49.銀鏡の騎士 オルセプス
<ナイフシフト>の瞬間移動による接近。それによってオレはオルセプスの眼前へと踊りでる。
目の前には三メートルほどの巨体を白銀の鎧で身を包んだ騎士が居た。必死に身をよじって複数本の太い触手の拘束から抜け出そうとしている。
ダメージを与えるなら今だ。でも本体にじゃない、まずはこの鏡の大盾を破壊――。
「――混沌の気配……。貴様、混沌の従者か」
「はい? 平然と喋らないでもらえます?」
オレは急に聞こえてきた声に苦言を呈する。
視界の端では、オルセプスがヘルムをオレに向けて訳の分からんことを言って来た。
ゲームの頃は喋らなかったからもう違和感しかない。でもそんな違和感なんて今はどうでも良い。隙が大きい今の内にこの盾を破壊しなければ!!
「<煙幕>!!」
オレは即座にスキルで視界を塞ぎ、同時にインパクトアンカーと言う打撃属性に特化した大槌を装備する。
煙幕だって魔力を消費して使用するスキルだ。だから鏡に反射はされる。でも反射されたところでなんの問題も無い。この<煙幕>の使用目的は鏡に映り込む者を減らすため。ダメージ目的じゃないから反射されても痛くも痒くもない。
ゲームの頃は、ボス戦でしかも雑魚を含む複数戦を強いられるから、<煙幕>を使うと他プレイヤーの視界まで奪ってしまい戦況が超絶悪化する。『オルセプス戦で煙撒く自己中地雷叛徒は問答無用で晒せ』なんて言われるほどには禁忌とされていた手法だけど、今はオレしか居ないから躊躇無く使える。
素早く破壊をして有利な状況を。そう思ったオレは両手で、機械式のハンマーを振り上げて破壊の準備をする。このハンマーはスチームパンクとメカ技巧を凝らした大槌で、ヒット時には爆風を起こす純物理属性のハンマーだから、地面に横たわってる鏡の大盾を破壊するのには最適な武器だ。
最適な武器なんだ――――ケド。振り下ろそうとした瞬間に。
「……許さぬぞゲゼルギアァァァァァァアアアアアア!!」
煙越しに絶叫にも似た大声が聞こえてきた。
その声と共にオレの視界はホワイトアウトして――――。
* * *
総魔の領域で白い爆発が起きた。
光が暴走したかのように輝くその爆発は、周囲の地形ごと全てを飲み込む。そして爆発によって発生した光は、辺りの霧を消し飛ばすようにあたりに拡散する。
爆風や衝撃は無く、光だけが奔流した爆発。
それはまさに、霧を晴らす光。闇を晴らす光。
しかし霧は負けじとその光さえも飲み込む。照らす光を喰らうように蠢く霧は、消え去りそうになろうとも光さえも呑みこんで、光を闇へと塗り替えた。
一瞬。そう一瞬だけ、霧の中を駆け抜けた輝きは防壁まで轟く。
防壁上部で監視をしていた帝国騎士は皆見た。霧が輝き、光の奔流が視界を照らす様を。そしてその光さえも霧は飲み込んでしまった様を。
「一体……何が……」
「今のは……なんだ……」
「――っッ!! 総魔の領域内で異変が起こってるぞ!!」
一人の帝国騎士は思いもよらぬ光景を見て叫んだ。恐らく皆も同じようなことを思っていたのだろう。
皆は我を忘れて階段を駆け下り、見たものを皆へ伝えるべく慌しく行動を始めた。
* * *
「なんスかこれ……」
「良く分からんけど、マジで助かったわナトリ」
「気にするでない」
マジで間一髪。オレは爆発が起こる寸前に首根っこをつかまれて、ナトリの影移動によって安全な場所へと強制的に移動させられていた。
安全な場所。それはヤイナが即座に張った土壁の内側だ。
どうやらナトリはオレの指示通り、ヤイナとソーエン、カニ君達をこの晴れ渡る領域に連れてきたらしい。転移直後にヤイナは危機が目前に迫っている事を理解して防壁を展開してくれていた。そんなヤイナは、カニ君達を抱き上げて守るように抱えてくれている。そっかぁ、守ろうとしてくれたんだなあ。マジでありがとな、ヤイナ。
起こったことの順番を整理すると、オレが<ナイフシフト>で飛ぶと同時に、ナトリがヤイナとソーエンを連れて来た直後、謎の爆発が起きて、ヤイナはそれを見て即座に土壁を張って、そのタイミングでナトリがオレを回収して土壁の内側に避難したって流れだ。
この一瞬の物言わぬ連携を取れるのも、長年付き合ってきた仲間だからだな。
「何が起こった。説明しろ」
ソーエンは現状を知りたくて質問してくる――が。
「その前に……わーお……」
オレは土壁から顔を出して辺りの様子を伺う。
先にヤイナも同じようにして状況を確認したから、『なんスかこれ』って言ったんだろうな。オレも言いたいよ、なんスかこれ?
さっきまで廃城が有った場所は完全に干上がって何も残ってない。というか、今オレ達が居る土壁の内側意外は全て干上がっていて、眼前にはただひたすらに干上がった地面しか映っていない。
上には青空、下には干上がった状態の灰色の地面。見ようによっては一種の観光地だぞコレ。さっきまで這うように流れていた霧ももう無くなっている。あの謎の触手が消し飛ばされたからだろうか。
辺りには境界を作るように未だ霧が残ってるけど、さっきよりは大分薄くなっている。さっきの光で消し飛ばされて霧の量が減ったんだろう。見ようと思えば霧の先が透けて見える。
でもそっちに眼を向けてはいられない。だって、この地の中心にはまだオルセプスが居るから。
爆発が起きた中心、この霧の無い領域の中心には、鏡の大盾と直剣を携えたオルセプスが佇んでいた。――魔力を反射する大盾……装備しちゃってるじゃん……。
オレは顔を引っ込めて、身体を土壁の内側に隠しながら皆に一言言う。
「コレやばくね?」
「ヤーバイっスよ。遮蔽物も何も無くて、距離がメッチャ空いてて、こっちにはスキルも魔法も無しに攻撃力出せる面子一人も居ないんスから。しかもなんスかあの光の爆発。ゲームの時は見たこと無いくらい超火力の攻撃じゃないっスか。あたし特性の防御壁無かったら今頃全員即死っスよ」
「いやー、参った参った……。本当に参ってんだけど!?」
「言われなくても分かってるっスけど!?」
「どーすんだよこれ!!」
「「ファッ!?」」
「ここから奥義で鏡の大盾をぶち抜く」
「このバカ!! 反射されて終るわそんなん!!」
「だろうな。言ってみたまでだ」
「うーんこのとりあえず言っておこう精神奴。ナトリ、ヘルプ!!」
「ふむ……。現状を打開する最適な方法が一つだけあるのである」
……え? ナトリの頭脳を持ってしても最適な方法が一つしかないの? ナトリの最適が何を指すのかは分からないケド、それに頼るしかないじゃん。
「いいよ、この際なんだって良い!!」
「如何なる内容でもか?」
「さっさと言え。約束しよう、俺達はお前の指示に従う」
「ソーエンの言う通りだ。オレ達はお前を信じてる」
「そうであるか……。ならば仕方ないのであるなぁ。ヤイナと謎のクライブ共よ、行くぞ。<宵闇は導への誘い>」
「っス? あーれー」
ナトリはそう言ってヤイナごと影に沈むと、何も言わずにこの場から消えた。
…………
…………
…………
…………
「「…………?」」
どうしてかオレとソーエンだけが取り残されてしまっている。ナトリのミスかな?
「なあソーエン。この状況をどう見る?」
「逆に問う。お前ならばどう見る」
「うーんとね……。これ、オレ達理由も何も説明されずに囮的な役割押し付けられてない?」
「同意見だ」
オレとソーエンはお互いに意見を交わして、お互いに同じ意見だってことを相互に分かち合う。さすが親友だぁ。
「そこに隠れているのは分かっているぞ、混沌の従者よ」
壁越しに声が聞こえてきたな。なんでしょ。
「あいつも喋るのか」
「ねー、ゲームの頃知ってると違和感バリバリよな」
「混沌に属する者は全て滅す」
「何を言っているんだあいつは」
「さあ? 神の使いだし、なんか難しそうなことも言うでしょ。オレ達が理解しようとするだけ無駄よ」
「確かにな。
それで、どうする。戦うか」
「止めておこうぜ。
こんな視界がクリアで何も無い場所だとオレ達の複製体作られて戦って負けるのがオチだって。『オレ&ソーエン』vs『オレコピー&ソーエンコピー&オルセプス』だぞ。勝てるわけ無いじゃん。あっちの方が戦力勝っちゃうもん」
「ならば――」
ソーエンが何かを言おうとした直後、オレ達は嫌な予感がして、二人して同時にしゃがみこんだ。そして間をおかずに――。
「<光芒の剣>」
オレ達の頭上を光の筋が駆け抜けていく。その光は土壁ごと、そして伸びる光は霧ごと全てを切り裂いてしまった。
切断された土壁は音を立てて地面へと落ち、雲を裂いたかのように霧には裂け目が走って切り裂かれていた。わぉ。
「……これヤバくね? 過去一で強そうなんだけど。
お前には前に話したけど、ゲームの運営バランス重視して核持ちマイチェンしやがってるから、こっちのオルセプスはゲームの比じゃないくらい強い可能性がある。ってか確実に強い。
今の範囲おかしい光の斬撃とか、範囲も威力もおかしい爆発とか見たこと無いもん」
「もし強さが据え置きならば確実に、早期にクソゲー認定を喰らってサ終一直線だっただろう。何も文句は言わん」
その言葉の直後、オレとソーエンはまた嫌な予感がして、しゃがんだままその場でジャンプする。
すると、足元に光の斬撃が通過して行った。地を這うような水平の斬撃は、また土壁と霧を切り裂いて行く。もしかしたら、霧の先にある木々も全て凪いで切り倒しているのかもしれない。
「ヤバイって。このままここに居てもジワジワ追い詰められて終るだけだって!! トンズラこくぞ!!」
「俺は戦闘スキルしか持っていない。小細工はお前に任せる」
「へいへい……。良いか、オレが煙幕焚いたら速攻で霧の中に逃げろ。絶対に鏡に映るな」
「だが――」
「言いたい事は分かる。確かに霧はさっきより薄くなってるから写り込み回避するのは難しい。
でもこの遮蔽物が無くて視界もクリアな状況で戦うよりマシだ。ワンチャン森の中に逃げ込めれば戦える。あの厄介な鏡の盾さえ封じれば勝てる」
「ふむ……。了解した。
二手に別れる、それとも同じ方向に逃げるか」
「別れる。いいか、お前はあっちに逃げろよ、絶対真っ直ぐ逃げろよ。じゃないとお前はこの土地で何年もさ迷う事になるからな!!」
「そっちには何がある」
「防壁だバカ!! マジで今回は頼むぞ、絶対、一回も曲がらずに、一直線で目指せ!! 戦闘になってもこの方向だけを覚えてろ!! マップ機能の包囲磁針だと南だからな!! 絶対南に向かって逃げろよ!!」
「なんだ、俺が道に迷うとでも思っているのか」
「当たり前だよ!? お前の感覚よりも、このほとんど機能してないマップ機能の包囲磁石信じたほうがまだマシだからな!? この方向音痴!! バカ、アホ、ソーエン!!」
「お前、毎度毎度俺の神経を逆撫ですることだけは得意だなッ!!」
「そろそろ戦いを始めようではないか。なあ? 混沌の従者よ」
おっと? オレ達の頭上から声がするぞ?
うーん、嫌な予感がする。でも顔を上げて確認しないとなぁ……。
オレとソーエンは二人揃って顔を上げる。そこには……。
「おっす、オルセプスじゃん」
「銀鏡の名に恥じない見た目をしているな」
「<真姿>だ。そして死ね」
オレ達をそのでかい図体で見下ろしているオルセプスは、オレ達二人の言葉を無視して、右手に持った直剣に光を溜め始めた。これってもしかして……さっきの光の斬撃を繰り出そうとしてるってコト!?
「問答無用すぎる!! <煙幕>!!」
「散ッ!!」
オレはすぐさま辺りに煙を撒き散らして景色を白に染め上げる。
それと同時にオレとソーエンは煙の中をそれぞれ駆け抜けて移動を始めた。別々の方向で、相手を撹乱させる為に。後は途中でオレが感知を利用してソーエンと合流すれば良い。
一旦別々に行動して撹乱させて距離を稼いだ後に、オレ達は森の中で合流して待ち伏せする。そういった戦法を取ろう。
「鬱陶しい!! <光芒の剣>!!」
背後からは怒気の篭った声が聞こえてくるけど、この煙りの中だ。こんな視界不良な中でオレ達を捕捉出来る訳が……。
でもオレは背後から何か嫌な気配がして、なーんかいやな気配がして、少しだけ身体を横に反らす。
すると、直前まで体があった場所には光が直線状に通過して行った。言うなれば、オルセプスはオレのことを確実に捉えているように光の突きを繰り出したってことっすね。
……は? もしかしてだけど……。
「逃がさぬぞ混沌の従者がァ!!」
「ヒェッ……」
オレの背後から声がする。オルセプスは確実にダッシュでオレを追ってきている。
何で!? もしかしてアイツもオレと同じように気配追えるタイプなの!? 『逃がさぬぞコトコトジューシー』とか訳分からん事言ってきてるしこえーよ!!
「ちょっとソーエン!! 作戦変更!! 二人で迎撃するからそっち合流するわ!!」
オレは速攻でチャットを繋げてソーエンに連絡を入れる。
「やれやれ。南は分かるか?」
「バカの一つ覚えやろうがよ……。<生命感知>使ってお前の方に行くからわざわざ方角気にする必要ないからな!! お前はただ突っ走っとけ!!」
オレは間をおきながら<煙幕>を連発して、絶対にオルセプスの盾にこの身を映り込まないようにしながらひたすらに駆け抜けた。パーティを抜け、せめて少しでも本気を出せるように、手に漆黒のダガー、サンザシャとベーラティを持ちながら。
必死に逃げながら、ナトリが何とかしてくれることをひたすらに信じて――。




