42.捜査二日目
その日の深夜。オレが徹夜で見張りをしていると。
「キョー……シて?」
「急に起きて来たと思ったら……ま、指だけで良いなら良いよ」
ちょっとだけ夜が長くなった。
* * *
「ねぇあんた……いや、なんでもないわ」
寝ているピウを背負いながら移動するオレに、後ろから金髪が声を掛けてきた。その眼はピウをチラチラ見ながら何かを言いたそうにしている。
オレは現在ひまわり組と一緒に行動をしている。
ひまわり組の今日の予定は、調査をせず撤退をして、オレが教えた情報を本部に伝えに帰るつもりらしい。
だったらオレはオレで別行動で勝手に調査を続行しようとも思ってたんだけど、それは叶わなかった。
何でかって言うと……ピウが疲れ切って起きないから、現在ひまわり組に索敵役が存在しないから、オレが代わりに担当することになったんだ。
この霧の中を索敵役も居ないまま、人一人背負って移動するなんて普通だったら出来ない。だから、諸々の責任があるオレがちゃんと防壁まで送り届けてあげますよ。ちゃーんと責任を感じて三人には丁寧に接しよう。丁寧に、丁寧に接するんだ。
「なんだよ、言いたい事あるならハッキリ言ってくれや。お? あ?」
「いやっ……その……」
オレが丁寧に接したってのに、金髪は顔を真っ赤にしながら言葉を言い淀んでその先を話そうとはしない。そのせいなのか、代わりに魔女が口を開いた。
「深夜にピウとずっと遊んでたでしょぉ? そのときのピウの声がものすっごく気持ち良さそうだったから、私達も起きちゃったのよぉ」
「そうそう…………え? レレイラも起きてたの?」
「安心しなさぁい。ティリスに気を使って寝たふりをちゃんとしてたからぁ、私は何も聞いてないわぁ」
「それって……ああああああああああああああああああああああ!!」
何か急に金髪が頭を抱えて蹲った。耳まで真っ赤じゃん。そのせいで全員の足が止まってしまった。
「何でも良いけどさぁ。さっさと防壁に戻るぞ」
「うるさいうるさいうるさい!! 誰のせいでこんなことになってると思ってるの!!」
「いや知らんし。なーカニ君」
「「ファック」」
「本当に不思議な光景よねぇ。この総魔の領域に生息してるモンスターが人に付き従うなんてぇ」
立ち止まってしまったオレ達の会話。その中で魔女は不思議そうな顔をしながら、オレの両脇に控えて付いて来ているカニ君達を見下ろす。
平べったいカニだから横移動するかと思いきや、コイツ等普通に正面向いて歩くんだもんなぁ。びっくりだ。
「なんでだろうね。でも段々愛着沸いて来たからこのまま家に連れて帰って飼おうかな」
「「ファックッファック」」
「おお、カニ君達もそれでいいの?」
「なぁんで会話成立してるのかしらねぇ……」
「でも口悪いのはダメだな。やっぱり御機嫌ようって言ってくれない?」
「「ご機嫌ファック」」
「なんでそこまで言えて最後の『よう』が言えないの? あとそれだと上機嫌にファックするみたいだから止めて。逆に酷い」
「「ファック」」
「当分はこれで行くのかぁ。家に帰るまでには鳴き声変えような?」
「「ファック」」
「やだわぁ……。私の目の前で非常識なことがずっと続いてるぅ……」
「ほら金髪、はよ立って歩け。オレも暇じゃねぇんだよ。お前等送り届けたら調査再開するつもりなんだから」
「はあ? あんたも今日で二日目なんだから休まなきゃダメよ。じゃ無いと霧に当てられるわよ?」
恥ずかしさに蹲っていた金髪は、立ち上がってオレに反論してくる。その言葉には、以前と比べて少し思いやりが感じられるけど、どうでもええわ。
「言ったじゃん。オレはこの霧の中を無制限に動けるの。だから休む必要なし」
「そんなことっ!! ……あんただったらありえそうだから困るわ……」
オレの言葉を聞いた金髪は食いかかってきそうな雰囲気を出した後、急に諦めた感じを出しながらそう言った。
「ありえそうじゃなくて事実なの。ほら、さっさと行くぞ」
「はいはい……ん? なんかあんた、さっきから随分急かすわね。そんなに早く調査に向かいたいの?」
「いやぁ……、それもあんだけどさ。さっきからオレ達のメッチャ後方からメッチャデカイ反応がずっと付いて来てるのよ。たぶん防壁に向かってるモンスターの進路と被ってるみたい」
「「……は?」」
「はぁ?」
「いやいやいや!! あんたが は? はおかしいでしょ!! 何でそれ知ってて報告しないの!? 仮にも索敵担当でしょ!?」
「大分後ろに居るから別に良いかなって。普通に歩いてればオレ達の方が先に防壁到着するし」
「ちょっと良いかしらぁ? 具体的な距離と反応の大きさを教えてもらっても良い?」
「別に良いけど……何? 討伐しにでもいくのか?」
「その判断は貴方から情報を聞いてから判断するわぁ。危険そうなら事前に排除して置きたいから、そのつもりでお願いね?」
「あいあい、好きにしてくれ。距離は後方十キロくらい」
「えぇ……何そのデタラメな感知範囲……。凄すぎて逆に引くわ……」
なんか金髪からドンビキされてしまったぞ。んだコイツ。
「で、大きさは……ドンくらいだろうなぁ。たぶん高さは防壁と同じかそれより少しちっちゃいくらいかな。二十メートルくらいだと思う」
「なるほどぉ……。…………ねぇティリス?」
「ええ、レレイラ」
オレの報告を聞いた二人は、何かを察したようにお互いに顔を合わせながらヤバイ……みたな表情してる。
なんだろう。コイツ等には今の情報に該当するモンスターに心当たりがあるんだろうか。
「……ヤバイわよ!! それって絶対ゴライタスじゃない!! もっと早く報告しなさいよこのバカァ!!」
「このままじゃ不味いわねぇ。防壁で戦闘になったら壁が崩壊する可能性が高いわぁ」
「ほえー。大変だな」
「何その他人事見たいな言い方!! 少しはあんたも焦りなさいよ!!」
「だってマジで他人事だし……。壊れるなら勝手に壊れてやがれ」
「何コイツ……人の心ってものがないの?」
「ティリス、諦めましょう。今はゴライタスを討伐する事が先決よ」
「そうね、そうよね。私達のパーティなら討伐なんて楽勝……ピウ寝てるじゃない!?」
「私とティリスだけでも行けるけれどぉ、ピウが居た方が安定性はあがるわよねぇ」
「戦闘中に周りの索敵やサポート、あの巨体過ぎて霧に隠れてる全身の状態を感知で逐一確認、ゴライタスの魔法発動のタイミング、ピウが居ないとこの霧の中での戦闘はフリになるわ」
「だったらぁ、ティリスのアレを使う?」
「今日は帰るだけだから使っても良いけど……。いえ、使いましょう」
「だったら私も超級魔法使っちゃおうかしらぁ」
オレの目の前では二人が必死に話し合いをしている。どうやら反応の対象を討伐しに向かうようだ。
「何か大変そうだな、頑張れよー。行こうぜカニ君達」
オレはピウを背負いながら、二人に激励を飛ばしてこの場を去ろうとする。
が、しかし。振り向いた瞬間に金髪が目の前に躍り出てきて進路をふさがれた。
「あんたも来るのよ!! もしくはピウを置いていきなさい!! 最悪起こして協力して貰うから!!」
「索敵二人が居なくなると私達の帰り道ハードになっちゃうのよぉ。だからぁ、お願い」
「えぇ……ピウ寝てんだから起こすなよ。お前等に人の心ってもんはないのか?」
「ボケた発言してるあんたにだけは言われたくないわよ!!」
金髪の反論を聞き流してオレは思考する。
んー……コイツ等置いていって、もしもの事が合ったらピウは悲しむだろうなぁ。それだけは避けたい。だからってスヤスヤピウを起こすのも忍びないなぁ。
ピウを悲しませず、且つ起こさずに済む方法……。しゃーない。
「いいよ、オレも着いてくよ。カニ君達もそれでいい?」
「「ファック」」
「何よ……案外素直なのね」
オレの返答に驚いたのか、金髪は面食らった顔をしていた。
「ピウのためだからな。少しは力貸すよ」
「…………いやああああ!! 今の言葉でモヤっとしちゃった自分が嫌!! ホント嫌!!」
「ねぇ~、これって一種の拷問よぉ。屈辱と言う名のねぇ」
「へいへい、はよ行って終わらせるぞー」
「……ふんっ!! 分かったわよ!!」
「はぁ、ずっと貴方のペースに流される気がするわぁ」
「そういやゴライタスってなに?」
「はぁ? あんたそんなことも知らないわけ? いいわ、教えてあげる。ゴライタスってのはね――」
なし崩し的な流れで、オレはゴライタスについての説明を聞きながら霧の中を進んだ。




