38.良くならない
(とりあえず&‘調査の続行は確定だな。でも$”(、その前にこの場の収集をつけろ。
殺しちゃ*いけない?*からな。二人|~=は本心状|{*?態だから碌に動けないだろうし、いっそ|{?|‘”$()’。まだだ、ピウの為だ)
イキョウはピウの名を用いてる。ただ、ピウの為、ピウを思って、ピウだから、使って居る訳ではない。自分が死なない為の理由として、無理矢理ここに据えているだけだった。
そんなイキョウの裾を、掴むものがいた。
それは、ようやく余韻から抜け出せそうになっていたティリスだ。
「ねえ……あんた……」
ティリスは疲れきって脱力している体をゆっくりと動かしながらイキョウの裾をちょんちょんと引っ張る。
その行為の目的は……ただイキョウが自分から離れていくのが無性に寂しくなったからだ。だから恥らいながらもイキョウの裾を引っ張ってこの場に止めようとする。
しかし、イキョウにそんな事は関係ない。
「もうお前はどうでも良いんだよ。もう一回果ててろ」
視線を落としながら冷たく言い放つイキョウ。
その言い方は、強制を強いているようで。その言葉はティリスの心の奥底へと無防備に浸透していく。下腹部へ、体の芯へ、頭の中まで、無慈悲に浸透していくその言葉を受けてティリスは困惑する。
「え? なんで、やだ、待って!! 違うの、来ちゃ――あうっ――――!!」
そして再度ティリスの体が跳ねた。
鎧越しに両股の間を押さえながら、体が仰け反るほどの反応を起こして。思いもしなかった強烈な快楽に顔を歪ませながら全身を強張らせ、また達する。
そのティリスの姿を、無関心に視界の端で捉えながらイキョウは再度思考を始めた。
そして、何かを思い立ったように視線を艶かしくピウに向ける。
「なあピウ」
「ピゥっ!?」
ここに来て初めて動くことを許されたピウは、身体を小さく跳ね上がらせながらイキョウを見た。
怖い、次は自分が標的にされるんじゃないかと思うと心の底から恐怖がわきあがってくる。しかし……その反面あのイキョウの指に興味を持つ自分も居た。その自分のせいで、下着の中には生ぬるいものが溜まっている。
「オレってどうした方が良いと思う?」
「……え? どうしてそんな事……。 あれ?」
ピウは質問の意図が分からなくて思わず声を上げる。
そして自分でそのことに驚く。先ほどまでは自由に声が出せなかったというのに、今は思うように声を出せるようになっていたから。
「いつもはさ、依頼があって目的があってやるべき事が明確になってるからなにをすれば良いかが考えなくても分かるんだ。しかも今はソーエンとヤイナが居ないから尚更分からない。
でも今はやること終わっちゃったし、オレの足元に二人転がってる。コイツ等の人命を優先すれば良いのか? それとも放って調査を続行すれば良いのか? それともピウを防壁まで送ろうか? ピウはどうして欲しい? オレはピウの言うことを優先させるから。それともオレはもうオレを優先しちまっていいのか?」
イキョウは煙草を蒸かしながらピウへと問いかける。
その言葉を受けてピウは背中に悪寒が走った。
イキョウは問答無用で痛めつけてあの二人を壊したのに、無関心そうな態度を取っているのに、あの二人の命は助けようとしてる。しかしその選択肢にイキョウの感情は入ってない。本人は心底どうでも良いと思っているが、何かしらの理由があるから助ける選択肢を提示してきた。人命が関わってるからではなく、何か他の理由で。
人の命を何とも思ってないけど理由があるからとりあえず選択肢に入れておいた、そう言わんばかりの口調で言い放ったイキョウにピウは恐怖する。
どれだけ鍛えられた暗殺者でも、多くの戦いに身を投じた者でも、絶対心のどこかには命の価値観というものを持っている。しかし、目の前の男の行動や視線からはその価値観が感じ取れない。
殺さないから殺さないという単純な理由で殺さなかっただけで殺すなら殺すだろう。そこに何のラインも無い。目の前の男は殺すも殺さないも同義の位置に属してる。
絶対的な規準が何も無い。この男は生きてきた中で、自分の規準というものを何一つ持ってなかった。
ピウは冒険者になる前は暗殺を生業としており、命に対して鋭く敏感な嗅覚を持っていただった。だからある程度は相手のあり方が透けて見える。だから、目の前の男の考えの一端が分かってしまう。
このイキョウと向き合って初めて分かった。その姿は、その目は――――空っぽだった。空の存在だった。
「そん……な」
「どうしたの」
ピウは愕然としながら地に身体を落とす。
おかしかった。こんな事はありえなかった。昨日から見続けてきたイキョウの有り方はなんら変わらない普通の人だった。
しかし、あの目と向き合ったせいで理解した。理解してしまった。今のイキョウにはあり方なんて何もない。自分というものが無く、一連の行動に己自身を写しては居ない。外部から得たものだけで自分を動かしている。言葉も意思も行動も、そのどれもが全部自分のモノではない。そこにイキョウという人間の有り方がどこにも透けてない。
こんなにはっきりと人間性を失った存在を見たことが無い。存在するはずも無い。人であるから人なのに、人であるのに人じゃないなんでおかしい。そんな異様なナニカを見てしまったピウは、肩を抱いて震える。恐怖に怯えて身体をちじ込ませる。
イキョウのあり方を例えるならば、『何かをしろって言われたからやる。ダメって言われたからやら無い。周りが面白いと言ったからこれは面白いものだと理解はする』と言った、心の奥では理由を言われても理解できないが、上辺だけでは知ったフリが出来るから周りに合わせて行動しているだけの人間であり、理由を知らないから何をすれば良いのか、どうしてダメなことをやってはいけないのかを理解していない。
この男は理由を説明しても理解をしない。理解ができない。なぜなら、何も無いから。
道徳とは良心によって良い事を行い、そして悪いことはしない。つまり人の心がある前提で作られている。しかしこの男には何も無いからイキョウの中に道徳は存在しない。
法律も似たようなもので、守らなければいけないことではあるが、それは周囲の人との営みを保つ為の決まりごとだ。周囲とは他人も含む。しかしイキョウとって他人とはどうでも良い存在だ。だから、法律を守ることで仲間に迷惑が掛からないなら遵守しようとするが、法律を破っても仲間に迷惑が掛からず他人が犯罪の対象ならば平気で法を破る。
イキョウを構成しているのは全てが外部から得たものだった。だから、イキョウの中にはイキョウは居ない。だから空っぽの人の形をした何かになっている。
ただ、その成り立ちが分からない。どうやってこんな歪な人間が形成されているのかがわからない。
「そっか……怖がらせてごめんなピウ。こっちのオレのせいだよな」
イキョウはピウが怖がったからすぐに謝る。しかしそれは怖がったから謝っただけ。悪い事をしたっぽいから謝罪しただけ。
そしてイキョウは理解だけをする。心では何も納得をせず、上辺だけの理解を。
「ピウが怖がってるならそれはいけない事だよな。あ、そっか、この場はピウを規準に考えればよかったのか。だったら早く言ってくれよオレ、理解するのに時間掛かったじゃんかよバカが」
ピウにはイキョウが何を言ってるのかが分からない。だから身体を震わせてただ言葉が過ぎるのを待つ。問いかけられないように、全てが流れて終わってくれるように、祈ってただ待つことしか出来ない。
空っぽな人に、どんな返しをすれば正解なのかが全く分からないから。
「ねぇピウ教えてよ。このオレ止めて戻ったほうが良い? それともこのままお前を無視して調査続行したよう良い?」
「……」
イキョウの平然とした問いかけに、ピウは身体を震わせながら黙っている。
目を合わせないように、必死に怖いものから身を守る子供のように身体を抱いて地面だけを見る。
「やっぱこっちじゃダメか。上辺だけのオレに戻って……。あ、周りに誰も居ない。どうやって戻るんだっけ……わっかんねぇなぁ――」
「――――分かんないじゃないんスよこの大バカパイセン!!」
ピウは唐突に聞こえてきた声にハッとして顔を上げる。
聞き覚えのある声。元気でハツラツで、それでいて人懐っこそうな声が、この場に居るはずの無い声が聞こえてきて縋るように顔を上げる。
「――え?」
ただ、それと同時に心底驚いた。なぜなら――。ヤイナが人の形をしたナニカに向かって飛び蹴りをぶちかましていたからだ。それに加えて知らない人が二人増えている。フードを被り赤いマフラーをしている男と、仮面をしているスーツの男だ。
どこから現れたのか、何時からいたのか。まるでこの場に急に出現した者達を見てピウは困惑をしていた。
「ってぇなこのヤロウ」
イキョウはヤイナの蹴りを腕で防御しながら文句を吐く。ただしその顔には怒りや驚きは見られず、ただただ無情として表情が抜け落ちていた。
「なーんか嫌な予感して来て見たら的中っスよ!! チャット出て!! あたしの声聞いて!!」
不意打ちの飛び蹴りを防がれたヤイナは、それが当然の事かのように特に何の反応もしないまま地面に着地して文句を言う。
「チャット……。あ、来てたのか。めっちゃ来てるじゃん。悪い悪い」
「そっちパイセンの謝罪反省の欠片もなくて嫌いっス!! でも好き!! こっちのパイセンもめっちゃ好き!!」
「煩い、お前は引っ込んでろ。何があったイキョウ、敵か」
「いんや。そこの二人にお前等の事馬鹿にされて心底ムカついただけ」
「かーっ、こっちのパイセンでもそう言ってくれると、あたし達のことマジで大切にしてるって感じがめちゃめちゃ伝わって来て好き!!」
「だってオレを構成してる一部はオマエラだもん。失いたくないわ」
「っスー!!」
イキョウの言葉を聞いたヤイナは上機嫌になって両手を挙げながらニコニコしている。その横ではソーエンが黙って銃を取り出し地面に横たわる二人へ向けていた。
銃を向けられている二人は反応を示さない。疲労と強烈な快楽によって意識を手放し今は寝息を立てていた。
「やめて。こっちの子の仲間なの。今の規準、殺しはしないから。殺すくらいなら利用する」
「それはお前の言い分だ。仲間を侮辱したなら殺す。この霧の中では目撃者は存在しない。そこの女を封殺すればいいだけだ」
「止めよ馬鹿、銃を納めるのである。ここは阿呆の意見を尊重しようではないか」
「ナトナト平然としてるっスねー。このパイセン見るの初めてっスよね?」
「あそっか。始めまして」
「ふはははははは!! その哀れな姿でふざけるのは大概にしろ!! 我輩にとっては阿呆は生粋の阿呆。それだけである」
目の前で平然と行われる会話。それを見てピウは恐ろしくなる。人の形をしたナニカと平然と言葉を交わして、それでナニカも楽しんでる。その者達の姿を見て、自分は人の言葉を操る化け物たちの会話を聞かされているのではないかとさえ錯覚してしまう。それほどに異常な光景だった。
「……おい、ソエーン。銃降ろせよ」
「ふざけるな。出産期中だというのにナトリに呼び出され無理矢理こんな場所まで連れてこられ、挙句仲間を馬鹿にされ、俺の怒りはどこに収めれば良い。こいつ等しかいないだろう」
「チャットに出なかったオレが悪かったよ。帰ったら酒奢るから呑んで忘れようぜ」
「…………チッィ!!」
イキョウの言葉に全力の舌打ちをしながらソーエンは銃を降ろす。
「クソッ。……さっさと元に戻れ。でなければ帰れないだろう」
「別に帰っても良いのに優しい奴。ちょっと待ってろ。最近境界があやふやになってて戻り方が……」
イキョウは目を閉じながらソーエンへと言う。が。
「んー……時間掛かりそうだな。ぶっちゃけお前等って全員揃ってぶっ壊れてるところあるからな……」
「その為に我輩が秘策を用意しているのである」
「なにさ」
「しばし待て……。阿呆がチャットへ反応できるようになったのである」
ルナトリックはチャットにて報告を入れると――。
すぐさまイキョウへ着信が入った。
「お、ラリルレからじゃん」
Tips
イキョウの『わっかんねぇなぁ』時点でルナトリック達が介入してなかったら、ひまわり組の三人は命を落としていました。