31.不正解の正解
「コーコローロちゃーん、しつもーんスー」
「なんであーりまーすか、ヤーイナどのー」
「総魔の領域のモンスターってどのくらい強いんスかー?」
「そうでありますねー……領域内のモンスターは変異種故並大抵の騎士や冒険者では隊を組んで挑まなければまず負けるであります。一対一で対峙するともなると相応の実力が、一刀にて切り伏せるには我々レベルの腕前が必要になるであります」
「ほぁー……ココロロちゃん凄いっス!! つよつよ騎士さんっス!!」
「そ、それほどでも……えへへ……」
「あれ? 仮面部隊ってイキョウ共々普段は力セーブしてるんだよね……? 大丈夫なの?」
「その件は問題ないっスよー、だいじょーぶっス」
* * *
「邪魔」
深い霧に覆われた領域の浅層。調査の取っ掛かりとして、防壁からそう離れていない森の中を調べながらオレは物思いにふける。
アテがね外れたの。
ナトリに連絡をしたらね、きっぱりと断られたの。だからソーエンもチャットに呼んで二人で問い詰めたら、『真実を知って未解決の結末を辿るか、それとも無知故に解決する結末を向かえるか。選べ、これは貴様等にしか選べない道だ。我輩はそのどちらも受け入れよう』とだけ言われた。
あの天才はどうやら答えを知ってるらしいけど、オレ達に教えるかはまた別問題みたい。
というか、答え知ったら解決できなくなる問題ってなに? オレとソーエンが自分で考えて行動することがどうして解決に繋がるわけ?
でも、ナトリがそう言うならそうなんだろう。
「邪魔」
別に、オレとソーエンは脳死でアイツの言うことに従ってるわけじゃない。
物事の解決には手順というものがいくつも存在する。ナトリはその手順を最短で終わらせられるタイプだろう。でも、オレやソーエンはあっちにフラフラこっちにフラフラしながら遠回りをして偶然終わりにたどり着くタイプだ。結局、たどり着けるならそれで良いんだよ。従ったって従わなくたってどっちでもいい。
アーサーからもオレの判断はちゃんと未来に繋がるってお墨付き貰ってるしな。そして貰ってなくてもオレの考えは変わらないからな。まあ、だからアーサーが教えてくれたんだろうな。オレが人から何か言われても変わらないって理解してたから。
ナトリとオレ達の歩み方を比べると、理論派のナトリとパッション派のオレ達では毛色が真逆であり、経路は全然違う。
的な違いをナトリに言ったら、『我輩には思いも付かぬ手段を取るのが貴様等だ。これもまた、貴様の言う派閥の違いであろう』
と、楽しそうに返された。ナトリはあの会話を議論だと思ってたのかな? あいつそう言うの好きそうだもんな。でも違うんだよ、オレとソーエンはもう答えを知る必要がないって分かってるから、お前と話したくて適当に反論してたんだぞ。議論しようとしてたんじゃない、面白おかしく言葉を交わしたかっただけ。
そんなこんなで、結局オレはナトリからは何も情報が得られずに調査を進めている。
「邪魔」
こうも視界が悪いと周囲が良く分からんから<生命探知>を発動しながら木々の様子を確認したり、土や草を見ながら歩いている。
確かに、キアルから聞いた通りさっきからちらほらとモンスターのような気配が断続的に防壁へと向かっているのが確認できた。中にはオレに向かってくる奴も居るけどな。
ってか、モンスターの情報も知っておきたいから、わざと<隠密>を切ってこちらの存在を露にしている。
「邪魔」
辺りに転がるモンスターどもの死骸。オレのワイヤートラップやダガーでくたばった死骸にまた、次の死骸が重なる。何度目かすら数えて居ない、雑魚モンスターの討伐だ。
現実はゲームと違って簡単だ。
ゲームは設定されたHPを減らさないと敵は倒せない。でも、現実は生身だから殺すための一撃を与えれば殺せる。同時に、生身相手なら痛みと苦痛を与える手段だって取れてしまう。仮想のゲームではなく、現実の方がオレの眼と経験則は向いているんだろう。
だからやっぱり、オレとソーエンで自分なりの枷を作ったのは正解だったよ。『生き物』を『殺す』規準を作ってて本当に良かった。
この世界で二人から始まった異世界生活は、オレとソーエンだけで仲間は誰も居なかった。誰も止める者は居なく、規準となってくれる仲間達は居なく、だからオレとソーエンは自分達なりに規準を作ったんだ。
だってさ、ラリルレ、ヤイナ、ナトリ、チクマ、ナナさん、皆と再会したときに笑って合いたかったんだもん。オレとソーエンがお尋ね者になったり賞金首になってたりはしたくなかったんだ。
そして今は、総魔の領域では、『モンスター』を無条件で殺す事が是とされている。だったら殺して良い。ただ、殺せば良い。生き物を、『モンスター』ただ殺せば良いなんて、そんな簡単なことに感情や考えなんて向ける必要もない。
ただ見れば良い。オレの眼で見ておけば、それだけで良い。
この領域のモンスターを討伐するのなんて、この体でなくても出来るよ。オレもソーエンも、こんな奴等相手にすら成らない。
レベルとか能力差とかじゃないんだよ。殺せるから殺せるだけなんだ。
『楽勝』とか『簡単』とか『造作も無い』とか、そんな言葉を向けて相手してるんじゃない。ただただ、『死んだ』という事実だけを横目に、ただただ殺してるだけ。
せめて向ける感情は――『こんなもんか』だけなんだよ。でも人って、言葉が大事だからな、言葉はちゃんと喋ろうな。言葉を交わすのが、人ってものらしいから。
「こっちに来ない方が得だったでしょ」
オレはまた、眼前に現れた青白いトラのようなモンスターを切り伏せて地面に落とす。
さっきからこうだ、ちょくちょくモンスターが問答無用に襲ってきやがる。普通のモンスターに比べて積極的で獰猛に襲ってきやがるんだ。
木に擬態してるモンスターやら金属カタツムリやら獣系モンスターやら。当然、このトラだって何度も見てる。でも、コイツはちょっと他と違うな、右目が潰れてる。どうやら古傷のようだ。
「残念だったなぁ。オレに向かってこなきゃ防壁までたどり着けたかも知れないのに。……って言っても、お前は他と違ってオレと偶然接触しただけだったな」
一刀で即死させれられた不運なトラに手を伸ばし、何体目か分からないモンスターの死体をボックスに収納しながらふと思う。辺りにはモンスターの死体の山が沢山だ、久々にこんなに命を殺したよ。もうしまうのめんどくさいから灼いてしまおう。
オレは辺りに炎の大嵐を起こしてモンスターの死体だけを灼く。タバコを吸いながら、片手間に灼く。
「そういや……ここって誰にも見られねーよなぁ……。ま、誰とも会わないだろうし大丈夫か」
霧と煙、焼けた匂いが広がってる視界の中、オレはタバコを口に、一人つぶやきながら浅層の探索を続けた。
* * *
イキョウが浅層の探索をすること数時間、防壁外部の町にある集会場の一室では、ダグラスとミュイラス、ひまわり組がキアルロッドと対峙していた。
「キアルゥ!! コレは重大な条約違反だぞ!! この際仮面部隊は見逃すが、あいつは別だ!! 何の許可も取らずに総魔の領域内部へ侵入しただけじゃなく、国家間で定めた生命活動管理援助の掟すら破って、何がしたいのか全く意味分からん!! 死にたいのなら勝手に死んでおけ!! ってか死ねぇ!!」
ダグラスは大テーブルに拳を振り下ろし、石造りの壁が振動するほどの大声でキアルに言い放つ。
この場に居る全員は、今後の予定を打ち合わせするために集会場の一室に入室して席に座った際、キアルから開口一番に『イキョウは嘲笑の仮面とそれぞれ探索に行ったよ~』との言葉を受けていた。
そしてその言葉を聞いたダグラスは怒り心頭の様子を全面に出した。
ダグラスの横に座ったミュイラスはあたふたとしながら自分の両手の指を何度も合わせる。
ダグラスの怒りに困惑しているわけではない。もし、イキョウに野垂れ死なれた場合、ゲールにお願いされていた死体の回収が出来なくなるのでどうしようと焦っていた。ダグラスの怒りもイキョウの死も、ミュイラスを困惑させるに至らない。ただお願いされた事が出来ない不安のせいで彼女は困惑しているだけだ。
そしてひまわり組みはというと。
「ホンット呆れたわ……。凶悪なモンスターの巣窟に勝手に入っていって、帝国の決まりを破って、国家間の条約を破って……。あの男は何がしたい訳? こんな行動、無知で馬鹿で愚かじゃないと取れないわよ? やっちゃいけない事を知らないからやってるとしか思えないわ」
「ねぇ~。条約を守った上で死んだなら帝国さんと所属してる国の間でお金や責任を話し合うけどぉ、条約破って死ぬのなら責任は個人に降ってくるわぁ。逆に~、勝手に死ぬ分には誰にも責任が降りかからないから楽ではあるけどねぇ?」
ティリスはイキョウの身勝手で馬鹿みたいな行動に呆れを現す。レレイラは煙管を蒸かしながら含み笑いをして煙を吐き出していた。
「まあまあ落ち着いてよ」
「コレが落ち着けるかァ!! 陛下には不敬を働く、勝手に行動しやがる、条約すらも無視する。あの男には何があるってんだ? 義理も礼儀もありゃしねぇ!! 俺は調子に乗ってる軟弱なバカが一番嫌いなんだよ、そう言う奴は若い奴に多いんだ。何にも知らねぇクセに、何でも出来る気になってやがる。反吐が出るなぁ!! ボッコボコにして一から分からせてやらないとそういったバカは理解できねぇんだよ!!」
ダグラスは額に青筋を浮かべながらツバを飛ばして言葉を言い放つ。
「ダグラスの意見には一部賛成だけど、別に拳じゃなくても良いんじゃないかなぁ。ほらほら、言葉で優しく教えてあげてもいいじゃない?」
「教育の方法なんざどうでも良いんだよ!! 今はあのバカの処遇について話し合うのが先だろうが!!」
「それに関してだけど、どうでもいいんじゃない?」
「…………ほおぉ? まさか、バカ側だと思ってたお前からそんな言葉を聞くとはな。まさかお前も腹の底では怒り溜め込んでたのかぁ?」
キアルの言葉を聞いたダグラスは、ニヤァっと笑いながら粗雑に座りなおしてキアルに顔を向ける。
「ははっ、違う違う」
「チッ、んだよ」
自分の言葉を笑い飛ばされたダグラスは、多少怒りを再燃させながらも人類最強が続けて言うであろう言葉を待つ。
「イキョウは放っておくのが一番良いって言ってるの。考えるだけ無駄、っくく、考えると面白くはあるけどね」
イキョウを語るキアルは、手を頭の後ろに組みながら椅子の背もたれに寄りかかり、あの男の姿を思い浮かべて一人笑う。その風体にイラつくダグラスと、不思議そうな顔をする他の面々だったが、余計な言葉を言わずに続く言葉を黙って待つ。
「アイツと……そうね、もう一人。とある奴とアイツを合わせた二人の事はスノーケア様預かりとして考えて、国や条約といった面で考えるのは辞めようよ」
「もう一人……だと?」
「まま、細かい事は気にせず俺達は事態の解決に集中しようって事で決まり。後は全部スノーケア様にお任せする、それでいいよね」
キアルロッドは飄々としながらも、言葉には強みを込めて無理矢理にもこの場の流れを掌握しようとする。
「お前のヘラヘラした態度は嫌いじゃねぇからな、乗ってやるよ。それでいい。それでいいが、もしあのバカが領域内で死のうが、俺達は何の責任も負わない事は理解しておけ。スノーケア様から糾弾されたときはお前の名前を遠慮なく上げるからな」
「それで良いよ」
『そんなことはありえないけどね~』とキアルは心の中で思いながらダグラスの言葉に返す。
もしイキョウが死ぬようなことがあったなら、それは全世界がどうにも出来ないことだから。キアルは自分の情けなさを胸中だけで自嘲的に笑い、誰にも悟られないまま、意識を目の前に向けた。
しかしその目の前には、一人だけそわそわしている者が居た。ミュイラスではない。その者は、傍から見ればとても落ち着いて見えるだろう。しかし、キアルの目には、居ても経っても居られない、そう言いたげな雰囲気をかもし出してる少女が居た。
「ひまわり組からは何かある?」
その少女の姿を見て、キアルはグループ全体へと呼びかける。
「いいえ、お二人がそう判断したなら私達冒険者が口出しするようなことはございません」
「そーねぇ。――もし死体を見つけたなら持ち帰るわ……としか言えないわねぇ」
ティリスはキリっとしながら、レレイラは煙を蒸かしながらキアルの問いに答えた。
「私も特に無いかなー。イキョウのことは放っておいて、さっさと調査に向かいたい」
ピウも忽然とした態度でキアルへ言葉を放った。
「そっか。ところで、そろそろ予定してた時間に迫ってるけど、まだここで話し合いを続ける? それともすぐに開始する?」
「いいぜ、さっさと取っ掛かかろうじゃねぇか。ミュイラス、お前は念のためあのバカの捜索に当たれ。お前なら単独でも出来るだろう」
「ミュ!? あ、はい、わ分かり、ました」
「ダグラスは優しいね~」
「一応は軍部のトップだからな。条約を尊重してるまでだ」
ダグラスは表面上の理由だけをキアルに述べて、真の思惑をはぐらかす。
そんな王国騎士団と帝国軍のトップが話している横では。
「ティリス、レレイラ、早く行くよ」
「どうしたのピウ!?」
「あら~、珍しくヤル気満々ね~」
ピウが二人の手を引っ張って、強引に部屋から連れ出そうとしていた。
その姿を横目に、キアルは心の隅でやっぱりなと思いながら見送る。
「おいキアル、ところでよぉ」
そんなキアルに、顎を擦りながら純粋そうな疑問の顔を浮かべながらダグラスは尋ねる。
「外に居るコロロに引っ付いてたあのメイドは何だ? お前が引っ掛けてきたのか?」
「あ~、あの娘ね。イキョウ経由で力貸して貰えることになった、アステルからの助っ人」
「アステルのメイドだぁ? 何だお前、貸し与えられたメイド使って休憩時間に紅茶でも飲む気か? いいよなぁ、最強さんは余裕があってよ」
ダグラスや他は、メイドの格好をしている者がメイド以上の働きをすることはないと思っている。だからお茶請け係りとしか思って居ない。
「違うよ、探索をスムーズに行う為に力かして貰うだけ。やめてよダグラス、手を出したら痛い目見るよ?」
「ほざけ、誰があんな小娘に手ぇ出すかっての。女を抱くならやっぱし肉の乗ってる熟女よ、ダァッハッハ!!」
(あ、うん……。まあ、この防壁周辺に居る男共が手を出したところで、束になっても叶わないからそれで良いけど……。変な心労増えちゃうなぁ、娘の友達だから変な虫が寄り付かないように気を張っておこう……)
好みを晒すダグラスと心労が増えたキアル。その二人を他所に、ミュイラスは気配を殺してこの部屋をそっと出た。己の目的を果たすため。皇帝から賜った命と、ゲールからお願いされたことを果たすために。