30.遠くから見た防壁の感想
ナントカの防壁外周。
遠く前方にはドデカイ灰色の防壁が右にも左にもずーっと伸びていて果てが見えない。縦にも横にも広く、内部に入るための門が一切見受けられない防壁には、等間隔で数人が入れそうな鉄製の扉や四角い縦長の穴があった。壁には手すりつきの階段もあって、二階や三階部分に直接入れるようにもなっている。多分、人の通り道だろう。
キアルから聞いた話じゃ、この防壁の内部は砦のような構造をしているらしい。そして防壁の外側、つまりオレ達が立っている側には防壁内部へ入るための通路や扉が備え付けられている。防壁内側に入るには、各所に設置された堅牢な扉を開けて入るんだとか。
外側と内側を直線で繋ぐ通路は存在しなくて、外側は防衛時に人が入りやすいように、内側はモンスターが侵入してこないような作りになってるんだって。
因みに、砦の外側外周は森を切り開いたような作りになっている。そこには点々と距離を離して多くの建物が混在していて、田舎町のように見えるけど……実際は兵士の休息のための設備や施設になってるってキアルが言ってた。異常発生が起こった際に国外から呼ばれた者達の多くは、泊まる場所をその施設に割り当てられているらしい。
キアルはこの町について『戦い続ける戦士にも休息は必要だからねぇ~。そこら辺、皇帝陛下はよく理解してるよ』と言ってた。
オレ達は点々と存在する町の一つに降り立って、これからやるべきことに思いを馳せながら防壁を見ていた。
防壁の外側は晴れてて心地良い日差しが照っている。しかし、内側は空高くまで紫色の霧が伸びていてパッと見どう見ても異常だ。むしろ何で霧が外側に流れ込んでこないの? ってさえ思ってしまう。
でもここは異世界だ。常識では考えられないようなことも起こるだろう。
それを目の当たりにして、まずオレが防壁へと捧げる言葉は。
「うおー……でっけー」
「お前の語彙力には呆れるよ」
オレが遠く、しかし大きすぎて近くに感じてしまうような防壁を見ながらそう言うと、後ろからキシウが話し掛けてきた。
ここは防壁外部の町にあるワイバーン便の発着場だ。
地面は土、周りに柵などない、側にはちっちゃな建物があるだけの結構簡易的な発着場。キシウによると、この地にワイバーンを長居させるとストレスで弱ってしまうから常駐はさせないらしい。だから、基本的には用が済んだらすぐにここから離れる決まりになってるらしく、その為常駐するような設備は備えてないらしい。
発着場横にある小屋には常駐の職員が一人か二人居て、定期的に渡される運行状況を記した紙を元に、尋ねてくる人たちに便の予定を教えているんだとか。
「ありがとなキシウ。臨時で飛ばせたんだ、代金はハインツにでも付けといてくれ」
「お前とんでもないこと言うな……。お代はキアルロッドさんから貰ってるから必要ないよ」
「え? マジ?」
コロロに背中から抱きついてべたべたしているヤイナを他所に、オレは横に立っていたキアルに尋ねる。
「ホントだよ、イキョウには曲がりなりにも恩があるからね、ここは俺に払わせてくれ。予定に無い飛行をしてもらったんだ、ちゃんと色は付けてあるよ」
キアルは飄々とした笑いを浮かべながら、当然のことのように言ってくる。これって、デートの食事でいつの間にか支払いを終えて、且つ相手に気負わせないイケメンムーブじゃん。
「ヤダ……このイケオジカッコイイ……」
「凄い……死んだ目でキラキラ見られてるよ……」
「なあキアル。この騎手キシウっていうんだけど娘さん二人居るんだって。もっと色付けろ、オラ金出せ金オラ」
「お前の情緒はどうなってるんだ?」
これはこれ、それはそれだ。キシウの言葉は気にしない。
「本当かい? 年はいくつ?」
なんなら、キアルが変に食いついてキシウに質問したけど気にしない。
「えっと……? 十一と十五です……?」
「あぁー、いい、すっごくいい。その年代の子達がどんな成長するのかはまだ聞いたことないから教えて欲しいよ」
キアルの言葉を聞いたキシウは、少し考えた後にハッとしてからオレに耳打ちしてきた。
「もしかして、キアルロッドさんって……」
「キシウの言いたい事は分かる。ってかそうとしか思えないくらい気持ち悪い質問だけど、あいつロリコンじゃないから安心して。最近急に年頃の娘出来て、一生懸命仲良くしようとしてる親バカの類だから」
「なる……ほどな。経緯は分からないが、そう言うことならば仕方ない。キアルロッドさんも子を持つ身だったのか」
オレの言葉で素直に納得したキシウは、オレから離れてキアルに向き直る。
「私も娘達の話をしたいのは山々なのですが、申し訳ございません。これからすぐに帝都へ帰らないといけないので」
「そっかぁ……そうだよね。
これ、追加のチップで渡しておくよ」
そう言ってキアルは金貨を数枚取り出して、キシウへと差し出す。
対するキシウは、その金を特徴の無い顔に微笑を浮かべながら受け取った。
「よかったじゃん、王国最強って言われてる男からチップ弾まれることなんて早々ないぞ」
「……ふっ、丁度俺もそう思っててな。娘達にまた仕事の自慢話が増えたと思って嬉しかったんだが……お前に言われたら何故だか笑い話に変わってしまった気がするよ」
「そっくりそのまま笑い話でしょ。この王国最強、娘が居るって知ってチップ弾んだんだぞ。見ようによっちゃロリコンだぞ」
「はっはっはー、イキョウが言って良い事じゃないでしょ。お前の周り小さい子ばっかじゃん」
「しょっしゃ、キシウ。そのワイバーン便に乗って帰るから今すぐ出せ。料金はキアルが払えよ」
「イキョウ、お前……。よくそうズケズケとキアルロッドさんにモノが言えるな。お前の周りの人間関係はどうなってるんだ」
「ん? まあ、仮面部隊の仲介役関連でちょちょいっと」
「また適当なこと言ってるね~」
「コイツってホント変なことしか言いませんよね。
イキョウ、残念ながらお前を送り届ける事は出来ない。お前やあちらのお嬢さんも仮面部隊の方々と一緒に調査に参加するんだろ?」
「へいへい、分かってるよ。やるだけやってみるからお前は何も気にせずのうのうと暮らしとけ」
「感謝するよ、本当にありがとう。
仮面部隊の方々は心配ないと思うが、お前は心底心配だ。すっごく心配だ。だから、ちゃんと帰って来てくれよ」
「あいよ。お前との約束もあるしな」
「ああ、本当に楽しみにしている。
では、私は運行表を渡してくるのでこれで。キアルロッドさん、イキョウ、御健闘を」
キシウはそう言ってから敬礼ではなくお辞儀をすると、姿勢正しくきびきびとした歩みでこの場を離れて行った。
その姿は真面目で勤勉を現したかのような、それでいて道ですれ違っても印象に残らないような歩き方をしていて。ほんっとキシウって印象を殺して生きてるんだなぁって実感させられる。
「キシウか……。接点出来たし、機会があれば話聞いてみようかな」
オレの横に居る男には大分印象が残ってしまったようだけど。
「キアルお前よぉ……そんなに娘の話聞きたいなら騎士団に居る子持ちの奴等に聞けばいいじゃん」
「そうは行かないんだよ。当然、家の騎士団にも子持ちや所帯持ちは居るけどさ、騎士団長の立場に立ってるのに部下に向かって娘との関わり方を相談できると思う?」
「出来るでしょ」
「それにねぇ……。多分ね? 子供の話聞いちゃうと、子持ちの団員のこと危ない所に配属できなくなっちゃう。ただでさえ今でも所帯持ちはなるべく安全なところに回してるのに、これ以上安全となると家族持ち全員内勤か警邏のような仕事になっちゃって、国の守備力だだ下がりだよ」
「そっちが話聞かない主な理由だろ」
「まあまあ。とにかく、この防壁を守らないとみんなの安全は無くなる訳で、そうすると俺がキシウと話すような場も設けられなくなるわけで。――――何より、家の国にも危険が及ぶ訳で」
そう言ってキアルの顔つきが若干変わった。いつもの飄々とした感じのヘラヘラした笑みから、笑ってはいるけど真面目な目つきに、声はマジなトーンになっちまってからに。
「真面目な王国騎士団長じゃん。怒られたくないからさっさと取り掛かるかねぇ」
「怒りはしないけど……。真面目にやってくれるならそれに越した事は無いよ、力貸してくれてありがとね」
「そういうのは解決した後で聞くわ。ヤイナ、そっちは頼んだぞ」
オレはその場で屈伸をしながら、コロロに抱きついて離れる気の無いヤイナに言い放つ。
コロロもコロロで嫌がってないんだもんなぁ……。それどころか抱きつかれたまま防壁を指差して色々な説明をしているようだった。
オレの声を聞いたコロロはこちらをくるりと振り向いた。それの体の動きによって、必然的にヤイナの顔もこちらに向く。
「あいあいさーっス」
「調査開始まではまだ数時間あるというのに、ヤル気満々でありますねイキョウ殿」
コロロの言った調査開始。それは、帝国側から管理されている調査開始予定時間のことだ。行動する班はバラバラだけど、内部に入る時間は厳密に決められている。なぜかって言うと、そっちの方が管理をしやすいからだそうだ。
常人の活動限界日数は三日。そして帰還を言い渡されてる日数は二日。この間にズレの一日が何故存在しているのかというと、帰還予定の二日を過ぎても捜索して救助する為に必要な日数らしい。帝国だけじゃなくて他国のやつ等も大勢居るからこんな厳密な取り決めをしてるんだろうな。
って言っても、三日という短い日数を無理矢理に区切って使ってるんだから、帰還率救助率共に百%になることはないだろう。
でもオレだったら活動時間は無制限だ。好きな日数を中で過ごせるし、好きなタイミングで帰路につく事が出来る。だったら、帝国側に管理される意味はない。
さっさと侵入してしまおう。
「イキョウ殿を見習って、少し早めではありますが私も準備運動を――」
「違うっスよココロロちゃん。パイセンは今から早速行く気なんスよ」
「そゆこと。ってことで、諸々の手配はキアルに任せた」
「唐突だね……」
「範囲縮小版<煙幕>!!」
ここは田舎だろうが仮にも町だから、人通りがちらほらある。辺りにある、地形の空いているところに無作為に建てられた石造りの建物、人の手によって整備されたというよりは建物があるところ以外が全部歩くところになっている土の道、そこらに居る奴らは、オレの側にキアルが居るせいでこっちに視線を向けている。
だったらその視線を<煙幕>で全部遮るまでよ。
「本当に唐突だね!! ケホゴホ!!」
「<隠密>」
煙で身を隠し、隠密で存在を薄める。
もうこれで、オレを見つけられる者は誰一人としていなくなった。これにて下準備完了。
あとは目の前に聳え立つ防壁を蹴ればいいだけ。どんな壁があろうと、オレの歩みは止められないぜ。
世界から存在を希釈してオレは、両足に力を溜めて。そして思いっきり地面を蹴る。
「この流れ、煙が晴れたらイキョウはもう居ないんだろうなぁ」
「キアルロッさん大正解っスよ」
白煙をぶっちぎって飛び出したオレの背後からはキアルとヤイナの声が聞こえてきた。
しかしその声すら置き去りにして駆ける。
もっと速く、もっと速度を。全てはこんな問題をさっさと終わらせてコロロの不安を取り除くのと、ラリルレと一緒に帝国の町を散歩するため。
そのためだったらオレはなんだって出来る。風を切って横目の景色を強制的に流す。目指すは防壁、さらにその先。
町を風のように駆け抜けたオレは、高く聳え立つ壁を蹴ってひたすらに駆け上がり、そして空へ飛んだ。
さあ、どうでもいい事件のしけた原因を究明しようじゃないか。
原因……原因?
「……あ。アイツに聞けば早いんじゃねーの?」
オレはふとそんな事を思いながら空から霧の中にダイブしたのでした。