29.やいやいヤイナ
「禁煙なら得意だぞ。もう五十回くらいしてるから」
「なっはっはー。バーカ!! アホ!!」
「シンプル罵倒……。いいじゃんか、この煙草は臭くないんだから」
「まあ、そっちは体に良いっぽいから良いっスけど……」
オレの言葉を渋々受けたヤイナ。でも、その目は完全には納得してなかった。
その様子を横目に、オレは煙草を咥えて火をつける。
「なによ」
「いいえ~? 別に~? ふんっ!!」
んだこいつメンドクセー……。別にって言ってるならこっちだって気にしないからな。
「煙草……美味ぃ……」
「前から思ってたけど不思議な香りがする煙草だよね」
「特別製だからな~。欲しいなら一箱やるよ、ホレ」
「一言も言ってないのに投げて来やがったぞこいつ……。まあ、ありがたく受け取っておくよ。吸うかは別だけどね」
「あいあい~」
正直じゃないキアルは、腰に付けてるポーチ型のマジックバッグに煙草をしまいこんだ。あとでこっそり吸うつもりなのかな?
「でさ、話戻させてもらうけどね」
「煙草ウメ~」
「仮面部隊の二人の力を借りられる事にはとても感謝してる、本当にありがとう。それで、確認しときたい事があるんだけど――」
「キアルロッさんパイセンの扱い上手いっスね、スルー大事っス」
「イキョウが勝手やるんだからこっちも勝手しないとね。で、二人ってどれくらいの日数を総魔の領域内で過ごせそう?」
「っス? ソーマ? ソーパイセンの親戚っスか?」
「違うのでありますよ、ヤイナ殿。総魔の領域とは――」
バカみたいなことを言ったヤイナに対して、コロロは総魔の領域について優しく丁寧に解説してくれた。
紫色の深い霧に覆われていること、常人なら三日で異常を来たしてしまうこと、防壁のことなどなど、オレがナトリから聞いたことと同じようなことをヤイナへと教えている。
異常発生が輪をかけて異常発生していることを聞き、その解決を目的としてオレ達は協力を要請されてたとコロロから教えて貰ったヤイナは……こっちを見ながら……。またジトっとしながらオレを見て来た。
「なに?」
「あたし、そんな重大な事件を解決する為に呼ばれたって知らなかったんスけど」
「言ってないもん」
「あたし、昨日の夜に聞いたっスよね。何のために呼ばれたんすかって。そしたらパイセン、なんて言ったっスか?」
「なんかメンドそうな案件任されたわ。ちょっと遠くのところ行って調査するだけ。さっさと終わらせて帝国の美味そうな呑み屋捜そうぜ」
「んーこのバカパイセン!! あたしの聞いたことに何一つ答えてくれてない!! そしてあたしもパイセンとお酒のみに行きたかったからそれで納得しちゃたからバカっス!! あたしのバカぁ、パイセンと同レベルぅ……」
ヤイナは頭を抱えながら項垂れて、まるで自分を責めるような言動をしている。
「二人とも似たもの同士だね~」
「でありますね」
「どしたのヤイナ。大丈夫? 煙草吸う?」
「バカ!! なーんで国の一大事任されてるのにパイセンはヘラヘラしてんすかあーパイセン達ってこういう人達だったっス……リルリルちゃんが恋しいっス……」
元気に身体を起こしたかと思うとまた項垂れ始めたヤイナ。さらに、そこへ追い討ちをかけるようにキアルが口を開いた。
「昨日のイキョウは凄かったよ。皇帝陛下やひまわり組を前に口先で応酬繰り広げててね、挙句の果てには協力しないって言い始めたんだ。お偉方相手にして国のことを話してるってのにそれだよ? 考えられないでしょ?」
「いえ、それは簡単に想像付くんで大丈夫っス」
「「えぇ……」」
ヤイナが体をスッっと起こして冷静に話すと、キアルとコロロは『なんでぇ?』って顔をしながら困惑してた。
「では、ヤイナ殿はイキョウ殿の行動が想像出来るというのに、何故それほどまでに困惑しているのでありますか?」
「パイセンが何しようがあたしに関係してなきゃ良いんスよ。っスけど、今回関係アリアリじゃないっスか!! あたしの肩に国とか世界乗っかっちゃってるんスよ!? そこの非常識人は良いとして、急にそんな重々な事乗っけられた一般人の気持ちになって欲しいっス!! 事前に言ってほしかったっス!! こんな逃げ場のない所で聞きたくなかったっス!! ぎゃーっス!!」
ヤイナはやいのいやの騒いで駄々をコネながら、身体を投げ出すようにオレの膝に倒れこんできた。
頬を膨らませながら、ムカムカしている顔をしながら、オレの腹に顔を押し付けて来やがった。
「あああああああああああ!! 無理無理無理ー!! あたしには無理ー!!」
そして勢い良く息を吸ったかと思ったら、絶叫し始めた。
今、オレの腹と服は、ヤイナのサイレンサーの役割をしてるんだ。この絶叫がうるさくならないよう、そして思いっきり叫べるように。
「そうだったねぇ……昨日はイキョウだったからなんとも思わなかったけど……。普通なら一般の人が急に、多くの国の未来が掛かってるから協力しろなんて話を聞かされたらこうなるよね……」
「こいつも大概一般人じゃねぇけどなぁ……。ほれヤイナ、バイトのときを思い出せ。そうすりゃ、オレやソーエンが居れば何とかなるって思えるだろ?」
「無理っスー!! あの何でも屋みたいなバイトはあたしが居たから何とかなってたんっス!! パイセン達を頼りにしたことなんて一度もないっス!!」
「お前が参加する前から何とかなってたんだけど!?」
「……嘘っス、売り言葉に買い言葉っス。頼りにしてたっス、頼りにしてるっス」
そう言ってムスっとしたあと、ヤイナは黙ってオレの腹に顔を押し付け続けてきた。
そのまま何も、一っ言も喋らずに動きを止めて、オレにへばりつき続けてくる。
「んだよもぉー。機嫌直したら起きろよ」
オレは横を向いたまま寝て、動かなくなったヤイナの肩にひじを置きながら煙草を吸い続けた。
二人からは『放っといていいの?』みたいな目で見られる。でも。
「気にすんな。んで、総魔の領域でどれくらい活動できるかだっけ?」
「うん……そうだけど……。いや、いいや、イキョウが言うなら気にしないことにしよう。気にしだしたら切りが無い」
キアルとコロロは納得したようにこちらを見てくる。じゃ、話の続きだ。
「キアルはどれくらい動けるんだ?」
オレは自分が総魔の領域でどれくらいの期間活動可能かなんて知らない。
人体に異常を来たす原因が毒くらいなら無制限に動けるけど、さっきコロロから聞いた話じゃ原因は不明らしいから規準が分からない。
だからここはキアルを参考にしてみよう。
「俺は一週間だね」
「だったらオレ達もそれくらいかなぁ……。いや待てよ? 偶然、身内に何でも知ってそうなヤツいたわ。そいつに聞いてみるわ」
「偶然でそんな人居るのおかしくないかな?」
オレはキアルの言葉を他所に、大抵の事は何でも知ってそうなヤツにチャットを繋いでみる。
ヤイナの肩に置いていた右手は耳に当て、煙草に左手を添えながら。
「へーいナトリ、ちょっと良い?」
「構わん。大方、総魔の領域内で阿呆とヤイナがどれ程の期間活動できるかを聞きたいのであろう?」
「おっふ……。そうです、正解です」
「阿呆に制限はない、好きなだけ闊歩できるのである。ヤイナは一ヶ月ならば行動は可能であろうな」
「聞く前に質問当てられるし、本当に質問の答え知ってるし……。んだこの天才? 因みにだけど、お前ってあの霧が何で生物を狂わせたり変質させたりするのか知ってたりする?」
「当然だ。我輩の知らないことは、我輩の知らないことだけである」
「範囲が全く明確にならない……。んで、原因は?」
「クックック、何故貴様が分からないのかが我輩には分からん。丁度良い、ヒントをやろう。貴様と同じく馬鹿も無制限で行動が可能だ。ラリルレも同じく無制限、我輩はヤイナと同じ一ヶ月である。それが人の限界といえよう」
「んー……オレとラリルレの共通点は、出来た人間であるって事と神ってこと、教養がしっかりしてるってところくらいで……そこにソーエンは入らねぇしなぁ……。全員共通してるのは、装備なり顔なり存在なりで見た目が良いってことくらいしか……でもそれが霧と関係してる訳ねぇしなぁ。ダメだ、分かんね」
オレの回答を聞いているナトリは、終止尊大な笑いをしていて、ついには喋れないほどにツボっていた。
ひたすらに爆笑と『何故』って言葉を繰り返している。
「ま、別に霧の性質知りたいわけじゃねーし良いわ。活動時間知れただけでオールオッケー、サンキュ」
「ふははははははは!! だから貴様は――」
一番に知りたい事が知れたからコレで良いわ。ってか、チャットって電話と違って耳から離せないからひたすらにナトリの爆笑が聞こえてきてうるさい。笑い終わるのを待つのは時間が掛かるし、音量調節やミュート使って待つほど気になるようなことでも無いから、チャットは切った。
オレに影響が無く、ヤイナに影響が薄いならそれで良い。それだけでオレは納得できる。原因とかはメンドクセーし、調べなくてもナトリが知ってるならそれでいい。
「聞きたい事聞けたわ。オレは無制限、ヤイナは一ヶ月だそうだ」
オレは左手に持った煙草を口から離し、煙を床に向かって吐きながら二人に伝える。
「本当に分かっちゃうもんなんだねぇ……」
「恐らく連絡の相手はルナトリック殿でありましょう。あの御仁は博識でありますからね」
「ああ、あの。一度話してみたいね、色々と学べそうだ」
面識のあるコロロは、オレのチャットの相手がアホほど天才ってことを知っている。どうやらキアルもコロロやニーアからその事を聞いていたのだろう。
コロロが言う博識……。あいつってそのレベルで収まってるのか? 全知って言っても良いくらいには何でも知ってるところあるぞ、頭が良いってレベルじゃない気がする。ま、それでも違和感ないのがアイツらしいんだけどな。
「ってことで、オレはヤイナと二人で調査させてもらうわ。何処にも属さない、独立組として好き勝手やらせてもらうよ」
「一週間だったら俺と一緒に行動して欲しかったけど、その方がいいね。むしろ、一緒に行動したら俺が足手まといになっちゃうよ。イキョウ達の動向や報告は俺達の方で何とかしとくから自由に動いてくれ」
「では、私はキアル殿とペアで一緒に調査を――」
「ダメっス」
「……は?」
良い感じで話が纏まりそうなところで、急にヤイナが異議を唱えてきた。まだ腹に顔を付けてモゴモゴしながらな。
「今のあたしはおヘソ曲がってるんでパイセンと二人きり嫌っス!! あたしもココロロちゃん達と一緒に調査するっス!! 女の子成分補充しないと曲がったおへそが真っ直ぐにならないっス!!」
「はー!? オレだってコロロと一緒に調査したいんですけど!? 困ってるコロロの為に早く終わらせたいから我慢して独立で動くことにしたのに!! オレもへそ曲がったわ!! コロロの声聞かないと真っ直ぐにならないわ!!」
「パイセンが曲がってるのは根性と性格っス、清純なあたしと一緒にしないで欲しいっス!!」
「てめぇ!! どの口が清純とかほざいてやがんだ!! ただれまくりだろうが!!」
「コロロもてもてだねぇ~」
「いやぁ……あ、あはは、これほどまでにお二人から求められると照れてしまうのでありますぅ……きゅんきゅんであります」
「「かわいい~」」
「実は喧嘩してないんじゃないの? 君達」
羽陽曲折あって、コロロの安全を守る為にヤイナはキアル達と行動することになりました。オレはまさかの単独で調査をすることに。
やっぱ……ヤイナ呼んで良かったわ。コロロ達と行動するってことは、コロロの安全が守られるってことだもの……。マジでありがとう。