28.わいわいワイバーン便
ちょうど早朝出勤していたキシウを捕まえて、事情を話し特別に運行してもらえるようになったワイバーン便。
色々苦言は呈されたけど、それでも『特別だぞ?』って言ってくしゃっと笑って許可してくれたキシウには感謝しかない。
ワイバーン便は、急ぎで飛ばせば一日も掛からずに総魔の領域に到着するらしく、これまた無理を言って超特急で飛ばしてもらっている。
激しく景色が変わる窓を横目に、出発すること数時間。オレ、キアル、コロロの三人は、寝ているヤイナを横に雑談をずっとしていた。
「ほえー、あれからちょくちょくマレックの家に行ってんだ」
「そうそう、晩御飯ご馳走になっちゃたりしてさぁ。この前なんて五騎士皆でお邪魔しちゃったよ」
「ムー殿は可愛らしいでありますねぇ……。私のことを『ころろおねーちゃん』って呼んでくれるのでありますよ」
「コロロおねーちゃん」
「そんな感じで呼んで――イキョウ殿?」
「しっくりこねぇなぁ……。やっぱマイフェイバリットエンジェルボイスコロロだな」
「むむむ? なんの話でありますか?」
「っスへー……、んぐぐぅー」
適当な話しをしていると、オレの膝の上から声が聞こえてきた。
声の正体はヤイナだ。コイツはホテルから今まで、ずーっと眠りこけて一切起きなかった。それがようやくお目覚めしたってわけ。
「スッスー……。あれ? ここどこっスか?」
ヤイナはクシクシと目を掻きながら、身体を起こしてぽけーっと周りを見る。
「ここワイバーン便。予定通りの行動中」
「なーるっス。……ありゃ、あたしの目の前にイケオジが座ってるっス」
ヤイナは伸びをしながら現状を理解すると、対面に座っているキアルのことを見ながらそう言った。
「どうも始めまして。クライエン王国で騎士団長をやってるキアルロッドだよ、気軽にキアルって呼んでね」
「キアルロッド……あ!! ニアニアちゃんのパパっスか!! ほぇー、かっけーパパさんっスねー。
あたしは元しがないカフェの店長で、今は道楽で冒険者しちゃってるメイドのヤイナちゃんっス、今後ともよろしくお願いしますっス」
「ニーアから話は聞いてるよ。コロロ共々、シャーユでは色々お世話になったみたいだね」
「そうであります、色々とお世話になったのであります。ヤイナ殿とは一緒にご飯に行ったり、カフェでおしゃれなティータイムを楽しんだり……はわわぁ……思い出しただけでも……」
コロロは素晴らしき日々を思い出すかのような、ご満悦そうな微笑みを浮かべながら語っている。
「うんうん。……ニーアにこんなに友達が出来るなんて……。ニアニアかぁ、俺も今度そう呼んでみようかなぁ?」
「お前がそれで呼ぶのは無理あるだろ」
「そうでもないっスよ。キアルロッさんみたいなイケオジパパなら全然嫌悪感ないはずっス。ニアニアちゃんもキアルロッさん大好きッスしねー」
「ヤイナさ、そこまで言ったなら最後のドも付けね? キアルおっさんみたいじゃん」
「っスねー……全部はなんか違うんすよね。キアキア……ルロッド……。やっぱキアルロッさんっスね」
「別に気軽にキアルでいいよ? ってかイケオジってなに?」
「イケオジってのはイケてるおじさんの略で、ナイスミドルなかっこいいおじさんっス。その中でもキアルロッさんはさわやかで若々しく、それでいて大人の余裕を纏ったちょっと危ないイケオジタイプっス」
「だからキアルで……。う~ん、良くわかんないなぁ」
「ヤイナ殿の言うことは確かにと思わされるのであります……。キアル殿は平民貴族問わず、女性からの支持が熱いでありますから」
「っスよねココロロちゃん。王国最強の騎士でイケオジっス、そりゃ人気出るっスよ」
「これが若者の感性ってやつなのか……? スターフ、ザレイト、やっぱりおじさんはおじさんだったよ」
ヤイナとコロロが分かり合ってる光景を見て、キアルは納得できていないような顔を見せている。
「キアルおっさん。お前ってなんで人気あるのに結婚してねぇの?」
「今までずっとニーアのことで手一杯だったし。それに、家族を失ったニーアを他所に、俺だけが家庭を持つ事は絶対に許せなかったんだ。俺なりのケジメってやつだね」
「なるほどなぁ……未婚の理由が重いよ、キアルおっさん」
「イキョウ、おっさんは違うだろ」
「おや? 怒っちゃったかな?」
「キアル義父さんでいいんだぞ?」
「オレさ、こいつって実はバカなんじゃねぇかって思うようになってきたぞ」
「キアルロっさん、このパイセンに期待しないほうが良いっスよ。ってか、よくこんな人を娘の相手に選ぼうと思えるっスね」
「こんなって何? オレは何処に出しても恥ずかしいヤツだってじっちゃんからメッチャ言われてたんだけど?」
「ほら、コレっスよ。バカっスねーホント」
「…………むむ? 義父? 娘の相手? 何の話でありますか?」
「「「…………?」」」
コロロの一声で、他三人が全員首を傾げる。
その光景を見て、コロロはキョトンとしながら再度首をかしげた。
おや? コロロはまるで話が分からないような感じじゃないか。そう、それはまるで。ニーアがオレのことを好きって知らないような……そんな感じだ。
「ちょっと良いか?」
「なんでありますか?」
「コロロってさ…………。もしかしてだけど…………。…………言えねぇ……」
フった側がフられた側の話するってどうなのよ。切り出したは良いけど、本題に入れねぇわ。
「何でありますか!! 気になるでありますよ!!」
「ヤイナ、パス」
「無理っス。あたしは浅ましくて卑しくも強かな女なんで。キアルロっさんパスっス」
「え、俺!? えっと…………。実はね、ニーアとイキョウって許婚なんだ」
「ええ!? びっくりであります!!」
「ええ!? びっくりでありますゥ!! なに平気で嘘はいちゃってんの!? ちげーよ、ニーアはオレのこと好きなんだけど最近フったんだよ!!」
「「あ」」
「わお、言っちまったぜ」
「……なるほど。だからニーアは最近落ち込んでいたのでありますか……」
オレの暴露を聞いたコロロは、何か思い当たる節があったのか、その事とオレの言葉を照合して、自分の中で答えを出していた。
そして、コロロも少ししょんぼりした雰囲気をかもし出す。多分、ニーアが振られた事を悲しんでるんだろ。
――――悲しみ? こりょりょがかなちみを……ッ!! めがしゃめりゅ……!!
「思わぬところでぶち込んできたっスねぱいせん。よしよーし」
「んあ?」
ヤイナはオレの頭を撫でてくれた。そして何も言わずに視線を戻す。なにさ一体。
「……申し訳ないのであります。自分は色恋には疎い故、イキョウ殿の口から直接語らせてしまったのであります。ニーアの異変にも気付けなかったのあります。お二人とも辛かったでありましょうに、本当、不甲斐ないばかりで……」
コロロはがっくりと肩を落として落ち込んでる。
コロロが言ったニーアの異変、元気をなくした理由、それはオレが振った事が原因じゃない。あれは双方の為に明かしたが話原因だ。ニーアには本当に悪い事をしたけど、先を見据えれば正しい判断だったって思う。
「やっべ、オレの軽率な発言で空気悪くなったわぁ……。ヤイナ、パス」
「ココロロちゃーん。その件は当人達の問題なんで、あたしたちは外から温かく見守ろうっス。寧ろ、変に気を使ったり優しくする方が、ギクシャクしちゃうっスよ。ニアニアちゃんが話してきたら聞く、話さないなら聞かない。それくらいでいいんスよ」
「ヤイナ殿っ……かたじけないであります」
コロロはハッとした顔をした後、深々と頭を下げて感謝を述べていた。
「ってことで、この話は終わり。次の話題はー……キアル!! 何か面白い話して!!」
「無理難題だねぇー……。面白い話じゃないけど、そうだね、空気を変えるために、一つ質問をしようじゃないか」
そういってキアルは、ヤイナに視線を向ける。
その目は観察をするかのごとく、見極めようとしている風だ。ヤイナの肉感溢れるエロいメイド姿を、嘗め回すように……。
「げ、すけべオヤジじゃんか……」
「違うよ!? ただね、君もやっぱりイキョウやソーエン側の存在なのかと思ってね」
「っス?」
「ああ、あれよ、お前もデタラメな強さ持ってるのかって話」
「なーるっス。これって明かしてもいいんスか? バレてるのってキョーパイセンとソーパイセンの二人だけ何スよね?」
「なんなら詮索しようとしたら、どこぞのフードバカが王国を滅ぼす約束してたわ。探り入れて大丈夫なのかよキアル」
「ソーエンはやるだろうね、でもイキョウは絶対にやらない。だから、ソーエンの居ないここで、他愛ない日常的な質問で、単なる会話をしようとしてるんだよ」
「ふーん。いいぜ、キアルなら許すわ、オレが許してあげるよ。そんでちょい待ち」
オレは片手で皆を止めてから、右手を耳に添えてソーエンに連絡をする。
「なんだ」
コールして間もなく、すぐさまソーエンが応答する。様子はいつものぶっきらぼうな感じだけど、声に温かみがあるから、猫の集会場でゆっくり猫と戯れてるんだろう。
コイツのなんだの一言でここまで察せられるのはオレくらいだわ。
「開口一番のぶっきらぼうありがとよ。キアルがさ、ヤイナの事聞きたいって言ってんだけど」
「ちょっと!? イキョウ!?」
キアルは焦った様子でオレを見てくる。
そのキアルをまあまあと牽制しながらオレは話を続けた。
「キアル達にはオレ達の正体が知られてるから、一人増えたところで問題ないと思うんだけどさ。微笑み以外は」
「ああ。アレの誓約書の主目的は、ラリルレに要らん被害が及ばないようにするために詮索を禁じるものだ。ついでに、カフスとの契約を守る為と俺達に無用な火の粉が降りかからないよう口外を禁じた。
ラリルレは大切だが、ヤイナは詮索されようがその正体を口外されなければそれでいい。まあ、一応は念を押しておけ」
「あーい」
ソーエンから許可を貰ったことで、ヤイナことを正式に話せるようになった。
オレはチャットを切って、ほかの三人へ向き直る。
「ソーエンが、ヤイナのことはバラしてもいいって」
「相変わらず扱い酷いっスね……。パイセン達はあたしをなんだと思ってるんスか?」
「大事な仲間」
「……もー、パイセンそういうことサラっと言うんスからー!!」
ヤイナは嬉しそうにしながら思いっきり肩を叩いてきやがった。
「ってことで」
「淡々と進むね……」
「こちら、オレやソーエンと同じくらいのレベルを持つメイドでございます。口外厳禁で」
「っス!! 魔法めちゃめちゃ強いヤイナちゃんっス。仮面は媚態の仮面っス!!」
媚態。それは――いや、まあ、ノーコメントで。
「初めて聞く仮面の名前だね。微笑みじゃなかったのか」
「ですが、仮面部隊の一員であるというのは納得でありますね」
ヤイナの言葉を聞いた二人は、落ち着きながらヤイナの事を見ていた。
「……あれ? なんか反応薄いっスね」
「超越者だってのは何となく想像できてたからね」
「ええ。イキョウ殿と接する態度がソーエン殿に似ていたのでありますから」
二人は落ち着いた感じで言葉を発する。
オレに接する態度で分かるの? でも、それってオレが仮面部隊の一人だって知ってるから逆算できる答えであって、オレの正体を知らないヤツだったら絶対に分からないことだろう。
バレてる王国の等には直にバレるから積極的に明かして良いけど、他の奴等には軽率にバラす事は出来ないな。
「魔法が得意なようだけど、どれくらい凄いの?」
「そうっスねー……とりあえず五属性は使えてー」
「五属性だって!? これまた希少な……」
「流石はヤイナ殿であります。御見それいたしました」
「因みにオレも使えるよ? 見て見て、全属性エレメンタルフィンガー」
「イキョウは別に……」
「綺麗でありますねー」
ん? 何かヤイナとオレの反応違くない?
「因みに超級魔法まで使えるっス」
「超級まで!? 全属性適正なのに、そこまで能力を伸ばせるとは……あまりに凄すぎて『凄い』以外の言葉が見つからないよ……」
「ヤイナ殿……、いつかは貴方のような高みにいる方と手合わせをしていただきたいのであります」
「因みにオレも上級までなら使えるよ? ここじゃ見せられないけどホントだよ?」
「イキョウは別に……」
「イキョウ殿、凄いでありますね」
コロロはニコっとしながらオレを見て来た。でも、なんでだろう。その顔には驚きや予想外を表すような雰囲気は出ていなかった。ヤイナと反応違うじゃん。
やっぱコロロは天使だな。ヤイナには尊敬の念を、オレには親しみの言葉を掛けてくれる。
対して、だ。
「キアルさぁ……」
「イキョウの言いたい事は何となく察してるけどさ、イキョウならなんでもありな所があるから驚かないの。仮にお前が超級の魔法を使えても同じ反応してたよ。というか、お前のアレを見たら、他の力が霞む位にはお前は異質なの」
「はぁ? 言っとくけど、オレって身内の中でも最弱だからな? 同じくらいにソーエンだわ」
「対モンスターは本当に最弱っスよね」
「そうそう」
「俺が言ってる異質ってのは強さとは別の話しで……えぇ……? イキョウやソーエンほどの力持ってて身内では最弱なの? 嘘でしょ?」
「世界は広いのでありますね……」
「そうだよ、世界は広いんだよ。ところでさ、煙草吸っていい?」
「ところでの方向展開が急過ぎないかい?」
オレは、二人が驚いている最中に尋ねる。
いつもみたいに自由に煙草を吸いたい。でも、このワイバーン便は超特急で総魔の領域に向かっているから速度はかなりのモンだ。そんな状況で窓を開けたら強風が流れ込んでくるから、換気の為に窓を開ける事は出来ない。
だから換気せずに吸って良いかを目の前の二人に尋ねる。断られたらそれまでだ。大人しく目的地到着まで待とう。
「珍しいことを聞いてくるね、煙草なんて好きに吸えば良いじゃない」
キアルは当たり前のように言ってくる。実際、この世界では煙草を吸う事への価値観が昔っぽいから、一々許可を取るような風潮はない。
でも価値観が昔っぽいといっても、喫煙者はそこまで多いわけじゃないんだよなぁ。
この話題が晩酌で出たときに、この世界には回復魔法や効果の高い薬草が出回ってるから、煙草が身体に良いって言う迷信めいた価値観が根付く事はなく、だから喫煙者が少ないんじゃないかってソーエンが推理してた。
だから煙草は嫌煙されることもなければ規制されることもない。でも、臭いが嫌いって奴は多いからな。そこら辺はちゃんと配慮しないと。
「パイセーン、一々聞くなら吸わなくてもいいじゃないっスか。禁煙してくださいっス」
ヤイナがこっちをジトっと見ながら言ってくる。
あっちの世界にいるころは、ヤイナは煙草を臭い臭い言って嫌ってたもんなぁ。