18.世間話じゃなくてお話し合い
皇帝の企みの一端を知った翌日。
オレは、カフスやソーキスと共に、帝国城を目指して朝の町を歩いていた。
朝食はシーライサご婦人とじじいと一緒に取ったよ。ホテルから出るときは、二人に見送られながら出たよ。
そんで、町を歩いてたんだけど……。
「イキョウ、あそこのお店美味しい。オススメ。後でシーライサと一緒に行く。今はイキョウ、行こ?」
カフスがオレの袖を掴んでちょいちょいと引いてくる。
なんでも、昨晩シーライサご婦人と仲良くなれたカフスとソーキスは、皇帝との会談が終わった後に一緒に町を巡る約束をしたらしい。
因みにじじいは別件で仕事があるらしく同行はしないとか。
あのレストランに居た他の客達は、カフスに話しかけられても一歩引いた感じの距離感で接してきたらしく、町巡りに同行する奴は居ない。だから、昨晩でカフスと距離を縮められたのは、ご婦人ただ一人だけだ。すげぇぞあの人。筋金入りの箱入り世間知らず故に、カフスと距離を縮めやがった。
でも、カフスの町巡りは会談後の話であって今じゃない。今は町めぐりをするよりも会談が優先なんだ。
「ダメでしょカフカフ。お店はまたあとで来ればいいからさっさと城に行くぞ」
オレはソーキスを頭に乗せたまま立ち止まって、振り返りながらカフスに注意をする。
「少しだけ。ちょっと食べるだけ」
「すこしだけー」
「絶対お前等ガッツリ食うつもりだろ。いいからい行くぞ何だコイツ力強!?」
オレが引き摺ってでもカフスを連れて行こうとしたら、袖口ガッチリ摘まれてびくともしない。無理にひっぱたら破ける、袖破ける!!
「飽くなきグルメ精神はこれで満足させとけ!!」
オレはボックスからハニーアップル味のアメを取り出してそれぞれ二人に突きつける。自由な右手は頭の上のソーキスへ、拘束されてる左手はそのままカフスへ。こういう時、手にアイテムを出現させられるボックスの機能はホント便利だ。
「やったぁー」
「ん、我慢する」
アメを突きつけられたカフスは、手を離してからアメを受け取って包み紙を開く。
ソーキスはというと……コイツ、包み紙ごと舐めるから剥がす行為なんて一切しない。
「「うまうまー」」
「へいへい。アメ舐めながらで良いからさっさと行くぞ」
これでようやくスムーズに城まで歩いていける。
そう思ってたけど、この後何度か同じ手法を使われてアメを巻き上がられた。コイツ等……学習してやがる。
* * *
外側からは高い城壁を越して塔が散見させられる帝国城。その高い壁にある立派な城門を潜って中へと入る。
外見通りの石造りの城の中には甲冑や絵画、調度品が並んでいるが、優雅なクライエンの城と違ってこっちは厳格という印象を受ける。原因は甲冑が並んでいるからだろうか、それとも単に城の材質が無骨な石材だからだろうか。
まあ、そんな事はどうでも言いや。庶民からしてみれば城は全部城。違いを知ったところで手に入れる機会なんてないから一々良し悪しを知る必要はない。
「これはガラルが描いた絵、モチーフは花と風って言ってた。こっちはニュイガが描いた。人の心を表してるって」
「ほえー」
カフスはオレ達共に城の廊下を歩きながら(ソーキスはいつも通りオレに乗ってる)、目に付いた絵画を簡単に説明してくれる。
本当は城に付いた途端に、案内役のメイドが出てきたんだけど、カフスはそれを断ってオレ達とゆっくり歩きたいって言った。
それを二つ返事でメイドが了承するあたり、カフスって存在がいかに例外として見られているのかが分かる。
「なあカフス。お前って絵画にも詳しいの? 飯だけじゃないの?」
「本人達から聞いただけ。詳しいわけじゃない」
「なるほ……ど。さすが長寿のドラゴン。知識だけは貯えてらっしゃる」
「ふへー。カフスー、食べられる絵って無いのー?」
「昔にチョコとジャムで絵を描いたリザードマンが居た。あれは美味しかった」
「あったんかい。ってか食べたんかい」
「キャンバスは大きなパンだった。その作品は食べられてこそ真の芸術になるって言われて、一緒に切り分けて食べた」
「芸術家と美食家が合わさったらいよいよ持って価値観が分からなくなるわ」
「ふへへー、ボクには分かるー。美味しいものは良いものー」
「ふっへっへ、ソーキスの言う通り」
「そうかい……」
オレ達はこんな会話をしながら、メイドに言われた待機室まで移動をする。
案内も無しに歩いてるオレ達だけど、カフスは真っ直ぐ向かってる訳じゃない事は分かる。廊下を曲がっては階段を登って、今度はまた降りて適当なところを曲がって自由に歩いてる。こんなことが許されるのもまたカフスだからなんだろう。
そして、カフスもオレ達と城の中を自由気ままに歩いて見て回りたいんだろう。だって、ずっとカフスの足はウキウキしながら歩いてるから。些細な変化だけど、それくらいはオレには分かるよ。
すれ違う騎士やメイドに頭を下げられながら自由に歩くこと数十分。ようやく待機室にたどり着いた。
「結構歩いたなぁ……」
扉の前でオレはそう呟く。
「会談まで少し時間がある。中でおしゃべりしよ」
カフスは嬉しそうにそう言いながらドアを開けて中へ入っていった。
「へいへい。全然良いぜ」
オレもその姿に続いて中に入る。
待機室は客様を待たせるだけあって、中は立派なモンだった。
「見てみろソーキス、やっぱ高いもんって金黒白赤だ!!」
「ほんとだー、おにいさんてんさーい」
部屋の中に入ると、床は真紅のふわふわしたカーペットが敷かれてて、渋い色のテーブルと、その周囲に黒いソファが備え付けられていた。
壁に沿って置かれてる棚には白と金の壷や金の燭台、皿が載ってて、この部屋の雰囲気にマッチしてる。
「イキョウ、ソーキス。こっちこっち」
部屋を見てはしゃいでるオレとソーキスに、早々とソファに座ったカフスが手をポンポンしながら座ってって伝えてくる。
「はいよー」
オレはその意見に素直に従って、ソーキスをソファに降ろしてから座る。オレ、カフス、ソーキスの順番で三人揃って並んで座るんだ。
「ん、こっち」
オレがカップを取り出して紅茶を注いでいると、カフスが立ち上がって場所を移動した。
カフス、オレ、ソーキスの順番になったな。移動する必要ある?
「カフス分かってるー。ふへー」
「ん」
そんで何故か二人が揃ってオレに寄りかかってきた。マジで何で?
とりあえず、それぞれの紅茶を注いでからちゃんとテーブルに並べて……っと。よし。
「なにこれ?」
「落ち着くー」
「ん」
「そっかぁ……。はいお茶菓子。クッキーとマドレーヌとカヌレ。全部出来たての状態だから」
オレはその品々を皿に並べてテーブルに置く。すると二人は、オレを見ながら――。
「カヌレとってー」
「ん」
とかほざいてきやがった。こちとら介護人じゃねぇんだぞ。
「ほら、今回だけだからな」
「ありありー」
「うまうま」
しょうがないからオレはそれぞれにカヌレを渡し、そして二人は美味しそうに食べ始めた。
二人が両手でカヌレを貪る最中、オレは煙草を取り出して火を付け吸い始めた。これよ、大人なティータイムは煙草に始まるんだ。
「イキョウ、煙草大好き」
「そですけど?」
カヌレを両手で持ちながら、カフスは薄っすらと微笑みながらオレを見て来た。
「んだよ、文句か?」
「違う。いいにおい。ソーエンとイキョウはいつも煙草吸ってる。おそろい」
「オレ達にとって煙草は生活必需品なの。お前等が飯が好きなように、こっちは煙草大好きなの」
「美味しい?」
「めっっっっちゃ美味い」
「ん、美味しいのは良い事」
カフスはそれだけ言って、またカヌレを貪る。
カフスお前……煙草を肯定してくれるのか……? やっぱカフスはいい奴だぁ。
「しょうがないなぁ……。特別にラリルレ特性のマカロンを出してやる」
オレはボックスから秘蔵のマカロンを、一個を除いて出現させて皿に並べる。
結構前から、ラリルレは良く子供達と色んな御菓子を作ってはパーティメンバーや知り合いに振舞っていた。
オレとソーエンはそれを食べるのが心底勿体無くて、いくつか数を残してはこっそりボックスに永久保存して、文化遺産としてロックして保存していた。最近はヤイナもオレ達側に参戦して一緒に文化遺産の登録を行ってる。
本当は失う事は惜しい。でも、カフスになら食べてもらってもいいかな。食べ物ってのは、食べられて初めて真貨を発揮するから取っておく物じゃない、そんなことは分かりきっている。だから、思い出として一個を残して、それ以外のマカロンは全部お菓子としての価値を発揮してもらおう。ラリルレも、御菓子を食べてもらうことを望んでるはずだ。
こんなことを思うのも、副神であり、煙草を肯定してくれたカフスだからこそだ。
「ラリルレの作るお菓子好き」
「うまうまー」
「あっ!! ソーキスてめぇには……いや、いいか。後でラリルレに会ったら皆で美味しかったって言おうな」
「シアスタ達にもねー。ていうか、これ作るのボクも手伝ってるー」
「ソーキスお前レストランで美味いもの食ったからってシェフ全員に美味いって言うのか? 材料降ろした業者にまで言って回るのか? 違うだろ、指揮を取ったリーダーだけにこそ美味いって言うべきなんだよ」
「それー、ラリルレありきの考えが先行してるー」
「ソーキス、マカロンうまうま。うまうまありがと」
「嬉しいー。でもめんどくさかったー。やっぱりボクは食べるだけが一番良いー」
「でもお前ラリルレ達が料理するとき絶対に参加するじゃん」
「つまみ食いさせてくれるー。皆で作るのも嫌いじゃなーい」
「おこぼれ目的かぁ……めんどくさいんじゃなかったのかよ」
「ふへへー、ちぐはぐのおにいさんと一緒ー。気分しだいー、めんどくさいけど嫌いじゃないから皆で作るんだー」
「うけけ、さすが半身。お前良い事言うな。そうなんだよ、人ってのは大体はそのときの気分で行動が決まるんだよ」
「ソーキス、私も今度一緒に作りたい。参加していい?」
「ダメな訳無いじゃーん。皆で作ろー」
「ん、皆で作る。ふっへっへ」
オレは煙草を吸いながら和やかな会話をする。
凄い。会談前だってのに、全然そんな空気を感じさせないダラダラとした雰囲気だ。
思わず、ここが帝国城の中にある来賓用の待機室だってことを忘れてしまうくらいには何時も通りの空気が流れてる。
「煙草うめー」
「お菓子もうまうま」
「うまうまー」
「全部食うなよ、吸い終ったら食べるから残しといてくれ。でもまずは煙草を美味しく――」
和やかな空気を絶つように、不意に部屋に響くノックの音。
オレの言葉は、唐突に鳴り響いたそのの音で止められる。なんだろう、会談まではまだ時間があるはず。
疑問を抱いているオレを他所に、カフスはノックの音に返事をして中へ通す。
おやぁ?
「ご無沙汰しております、スノーケア様」
見知った顔が丁寧に入ってきたな。しかも二人も。片方の言葉と共に、二人が同時にお辞儀をする。……何でお前等ここに居るの?
「久しぶり、キアルロッド、コロロ。楽にして」
そう。カフスの言った名前の通り、この部屋には鎧を身に着けた王国騎士団団長親バカキアルとマイフェイバリットスウィートエンジェルボイスコレマデモコレカラモオマエイジョウノゴクジョウハアラワレルコトナイオマエノコエコソシジョウノココチヨサコロロが入ってきた。
だったら、総魔の領域で気配を感じたニーアも居るもんだと思って警戒したけど……周囲を探っても全然気配がしない。城全域、を探っても一切の存在を感じない。二人の様子から探っても、この国には居ないだろう。何らかの理由で王国に返されたな。それが一番だ、ニーアにはナターリアが一番の安心となるからな。
……おかしい。普段のオレってここまで探ってたか? もっと常識的な範囲で治めてなかったか……? どうだったっけ?
ポケっと、そんなことを思ってしまう。でも、それと同時にソーキスが『ふへー』って言いながらオレに寄りかかってきた。だらけてるその軽い体重を押し付けられたオレは、細かい事は忘れてその小さな頭に手を乗せてポンポンする。まったくこのダラけスライムがよ……。
「ではカフス様と呼ばせていただきます。この度は立会いとして私とコロロ、そしてひまわり組が会談に参列させていただきます。つきましては――」
オレが辺りを警戒し、ニーアが居ない事を把握し終わるまでに、キアルは話を進めてるけど……仰々しいな。
「立ってないでこっち来たら? 皆で座ってお茶しようぜ」
キアルは仰々しくカフスに対して挨拶してるけど堅苦しい挨拶なんて聞くのだるい。どうせ、今回の話し合いにキアルとコロロが参加する的な話でしょ?
オレはキアルの話を聞き流しながらカップにお茶を入れて二つ追加する。カフスは楽にして良いって言ったんだしもっと楽にして欲しい。なんなら、もっとカフスと距離を近づけて欲しい。コロロはオレに零距離で話しかけて欲しい。
そう思ってオレは二人に声を掛けたんだけど……。
「……カフス様。失礼を承知でお願いをさせていただきます。イキョウを少しお借りしても宜しいでしょうか?」
「他意はないのであります。少しお話したいだけなのであります。何卒お願いいたします」
「……ん、良いよ。ソーキスと待ってる」
……おやおや。
カフスは、二人がオレと気兼ねなく話したいから呼び出したんだと思ったんだろう。だから、ほんの少ししょんぼりしながらも了承する。
でもなカフス、オレには分かるんだ。こいつらオレに対して何か言いたいことがあるから呼び出ししてるんだ。言うなれば、体育館裏に来いって言ってるようなもんなんだよ。カフスを仲間はずれにしたいんじゃない、カフスに目撃されたくないから呼び出ししやがってんだよ。
「良いかカフス、良く聞いて。お前がするべきは我慢じゃないんだ。お前が何よりもやらなければいけないことは、コイツ等の言葉を否定してオレをこの部屋から連れ出させないようにすることなんだよ?」
「……?」
「? じゃないの。いいから早く今の言葉を取り消しヤダァ!!お前等カフスの御前で忠臣たるオレを強制連行しようってのか!?」
オレが一生懸命カフスを説得しようとしてると……コロロとキアルがソファの後ろからオレの両脇を抱えて連れ出そうとしてきた。
クソォ!! コイツ等腐っても四騎士だ!! 制限下のオレじゃ全く抵抗できないくらいにはパワーが強い!!
「はな、放せ!! 無礼者!!」
抵抗する為に叫んだオレの口から煙草が飛ぶ。飛んだ煙草は丁度テーブルにおいてある灰皿にインした。ナイス灰皿。
「お前が言って良い事じゃないぞイキョウ!! いいからこっち来い!! そしてカフスさま誠に申し訳ございません!! この無礼に対する措置は後ほど何なりとお受けするので今だけはこのバカを貸してください!!」
「キアルてめぇ!! 偉大なるスノーケア様への畏敬を忘れてんのかコンチキショウ!!」
「イキョウそれ止めて。キアルロッドも気にしないで」
「へい……」
「心からの感謝を!!」
「イキョウ殿!! 観念して私達に付いて来るのであります!! 抵抗は――」
「分かった」
「え?」
「コロロが言うなら行く」
「えぇ……であります……。あ、でも、私ならといわれると……はぅ……」
オレは抵抗することを止めて、スンとしながらコロロの指示に従う。
「よしイキョウ。行くぞ」
「は? 何指図してんだてめぇ」
「指図じゃないよ? あくまでお願いだから、ねぇ? というわけでコロロ、お願い」
「えぇ、キアル殿……。えっと、イキョウ殿。来て欲しい……で、あります?」
「コロロからお願いされたら断れないよ。もちろん、よろこんで行く。どこでも行く」
「えぇ……あぁ……はぅ!! 何故にきゅんとしてしまうでありますか……」
「さて、行こうか……イキョウ」
キアルは、部屋の扉に目配せをしながらオレを連れ出そうとする。その顔は何時も通りの飄々とした表情を保っているが、目が笑っては居ない。
「コロロ、一緒に行こう。あの騎士団長怖い、目がマジ、騎士様がして良い目じゃない、呼び出し如きでしていい目じゃない。手繋ごう?」
「いえ……一緒にと言いますか……私も誘った側ではあるのでありますが……。はい……」
オレはコロロと並んで一緒にキアルの後について歩き出す。手を繋いで。
っと、その前に。
「カフス、これティーポット」
オレはカフスに紅茶をお代わりする手段を渡してから、いうべき事を言う。
「あとな、これだけは覚えといて。オレは世間話をするんじゃなくて、お話し合いをしにいくことを」
「ん。……ん? 良く分からない」
「つまり、楽しくないんだ」
「ん、それも良くわからない……けど、分かった。三人ともいってらっしゃい」
カフスはいってらっしゃいと言った。『行って』『らっしゃい』って言ったんだ。だったら、もう三人揃ってこの部屋に戻ってくるしかないじゃん。
「だってよキアル、コロロ。さっさと終わらせて帰って来るぞ、そんでお茶飲むぞ」
「こう……どうしてお前は考えもしないことばかり言うんだろうね。次第に寄っちゃ二人になるはずだったけど、カフス様がおっしゃるならば必ず三人で帰ってきましょう。な、コロロ」
「いやぁ……キアル殿……最近思うのでありますが、大分イキョウ殿に毒されてるのでありますよ……。天才が霞んでいるのであります……」
「じゃ、カフス、ソーキス。行って来ます」
「これにて失礼致します」
「えぇ……であります……」
オレはやるべき事のために、キアルやコロロと共にこの部屋を後にした。