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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第五章-そんなに疲れさせないでよ異世界-
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17.白昼の幸夢

 ホテル最上階にある一室が、今回オレ達が宿泊する部屋だ。


 さすが、帝国随一のホテルとだけあって部屋が広い。浴槽とトイレ完備、玄関のような出入り口を抜けた先には横長の部屋が広がっていて、左手には端にガラスの丸テーブルと三つの一人掛けソファが。手前には大テーブルと、その周りを囲むように長ソファが置いてある。右手にはダブルベッドが二つ並んでいて、その奥にはもう一つ部屋がある。その部屋は衣裳部屋だとか何とか。


 そんで、オレとミュイラスは大机の方にある長ソファに座っていた。オレの右側にあるソファにはミュイラスが座っている。


 一人一高級長ソファ。まるで金持ちみたいだぁ……。


「うけけけけ」


 オレは、向かって右側に座っているミュイラスを横目に、ワインを飲みながら煙草を吸って、大人な余裕のある笑いを発する。おお、金持ちッぽいぞ。より金持ちっぽくなった。


 まあ、オレがなんでこんな無駄なことをしているかというと、ミュイラスが一切喋らないからだ。レストラン出てから一言も喋んないんだもん、暇つぶしにこういうことするしかなくなるよ。


「けうううう。うけけけけ。けうぅぅぅぅ」


「イイ、イキョウ、さん。それでですね……」


「うけ……ん?」


 オレが金持ちで余裕のある大人を演出していると、レストランを出た後から一言も喋らなかったミュイラスが、ようやく口を開いた。


「私の……秘密なのですが……ハァハァ」


「うん……?」


 どうしてでしょうか。ミュイラスの顔が赤くなってらっしゃる。もしかして、このかっこいい最高にクールなオレが、大人の色気を出してしまったから惚れられたか?


 そりゃ申し訳無いことをしたなぁ。オレはお前の気持ちには――。


「身を持って体験してくださいね」


 ミュイラスは、オレに手を突き出してくる。その表情は、あの不健康そうな目を見開いていて、口がふにゃふにゃと曲がった笑みを浮かべている。上気した顔と、荒い息遣いのせいで扇情的に見えてしまうけど、この類の顔を見たら性的なものとは思えない。


 いうなれば今のミュイラスは、腹を空かせた猛獣が得物を見つけて興奮しているような状態だ。オレは欲求を満たすだけの対象としか見られていなく、その後オレがどうなろうと気にしてない。


「おや? オレは盛大に勘違いをこいたぞこれ」


 ミュイラスはオレに何かする気満々じゃん。


「安心してください、命令があるので殺しはしませんよ。そして、目が覚めたら記憶は消しておいてあげますから」


「物騒な物言いが聞こえ……やだぁ、聞こえなかったことにしよぉ」


「貴方の幸福だけを見せて、<白昼の幸夢>」


 ミュイラスの言葉が終わると共に、突き出された手からシャボン玉のようなポワポワとした半透明で虹色に光る球が出てくる。その玉は、オレに真っ直ぐ向かってくるけど……。


「優雅な力ですわの」


 オレはその球を指で突いて割る。


「みゅふ」


 その姿を見たミュイラスはまた可愛い笑い方をした。表情はあのままだけど。


 何? ミュイラスは一発芸を見せたくてオレと二人キリになったの? 確かに、何もない所からシャボン玉を出すのは凄い……よな。うん、多分凄い、凄い一芸をミュイラスは持ってるな。


 オレは、まあ、凄いことではあるよなぁ。と思いながら腕を組んでどうしたものかと悩む。


「……みゅ?」


 そんなオレの横では、まるで何が起こっているかを理解できていないような声を出したミュイラスが、キョトンとしていた。


 ミュイラスは奥手ってカフスも言ってたし、皆の前で今みたいな芸をすることが苦手なんだろう。だから、オレを誘って二人きりになってから見せてくれたのか。


「この見せたがりさんめ」


「みゅぅ……ぅ?」


 となると、シャボン玉を出すまでの言動や表情の変化は、芸を見せるための前フリってことか。


 扇情的な姿は、儚く美しいシャボン玉をより映えさせるための演出。得物を狙うような目は、奥手なコイツがようやく人に芸を見せることが出来て喜びのあまりにしてしまった表情。物騒な言動は、観客としてこの場にいるオレの心を引き付けるための前口上。


 こいつ……引っ込み思案ではあるけど、意外と目立ちたがりなのか? この世界にネットがあったら裏アカではっちゃけてそう。なんなら配信とかしてそう。いや、あくまでオレがそう決め付けてただけでそうとは限らないけど。


 でも、芸を見せてくれたのなら、観客としてはちゃんと言葉を返さないと失礼だ。


「ミュイラス……お前凄いな。めっちゃ綺麗な力持ってるじゃん」


「……? ……!……?」


 オレの言葉を受けたミュイラスは、右往左往しながら辺りを見渡したり、オレのことを見てきたりする。


「もっかい、もっかい見せて。綺麗なお前から儚いシャボン玉が出るの最高。なんならお前の声も悪くないから前口上から全部再現して」


「みゅ?みゅ? 綺麗? みゅ?」


「お前アレか。芸は人にせがまれて見せるものじゃないって思ってるタイプか。じゃあ、無理にやらせるのも悪いよなぁ」


「もも、もう一度 <白昼の幸夢>!!」


 オレの言葉を聞いてか聞かぬか、急にミュイラスは手を突き出してまたシャボン玉を飛ばせて見せてくれた。


「ほえーめっちゃすげー。えい」


 見せてくれたのに悪いな、ミュイラス。オレは男の子マインドを持っていて、シャボン玉を見るとつい突いて割っちゃいたくなるんだ。


「<白昼の幸夢><白昼の幸夢><白昼の幸夢>!!」


 対してミュイラスは、現状が良く理解できていないように目をグルグル回しながら、必死に沢山のシャボン玉を生み出してオレへと飛ばしてくる。


 うーん……えいえいえいえいえいえいえいえいえい。


「な、なんで、どうして眠らないのぉ……みゅ~!!」


「えいえいえ……え!? ごめん、割っちゃダメだった!?」


 オレがひたすらにシャボン玉を割っていたら、ミュイラスが急に泣き出してしまったァ!?


 上を向き、どうしたら良いのか分からないような表情をして涙をポロポロ流してる!!


「みゅ…みゅっ。みゅ~、ここ、こ、皇帝陛下申し訳ございませんんん……」


 ぐぅ!? 何とかして止めなきゃ!! ソーエンが居ないんだから堕ちんなよオレ!! なんなら泣かせた原因オレだからオレがオレを殺しに来るぞ!!


 ミュイラスは言っていた。なんで寝ないのと。だったらここは寝た振りをしてミュイラスには泣き止んでもらおう。


「……ぐーぐー」


 オレはミュイラスの泣き声を聞いて眉間にシワを寄せながら、それでも目を瞑ってソファに深くもたれかかる。


 腕を組みながらの寝た振り作戦だ。


「みゅーーーーー……みゅ? 寝、た……?」


 そうだぞぉミュイラス。オレは今寝てるぞぉ。


 オレの姿を見たであろうミュイラスは泣き止んだようだ。あぁ、でも鼻水を啜る音が聞こえてくる。涙の後遺症がまだ残ってやがる。


 いやちげぇ、まだ泣き止んではないわこれ。泣き声を上げるのは止まったみたいだけど、多分まだ涙は流してるわ。だって、オレの心はまだ落ち着いてないもん。


「そそ、そうですよね。私のスキルが効かない者なんて、すす、スノーケア様くらいです、そうです。そうですそうです。普通の人なら逃れられないはずなんです」


 鼻を啜りながら、自分に言い聞かせるようにして言葉を紡ぐミュイラス。それと同時に、ソファから立ち上がる音が聞こえてきた。確実にこっちに近づいて来てる。


 どうやら、自分の力には相当な自信があるようだ。


「みゅ、みゅふふ。ああ、貴方はどんな幸せな夢を持ってるのでしょうね。その幸せの中で殺してあげたい。でも今は出来ない」


 えっ。寝ることと殺すことって何の関係があるんですか?


 ってか泣きやんだのは良いけど、その代わりに、声の調子と息遣いがまた興奮してらっしゃる……。んー……でも、この声の感じ好きだな。良い、コロロが癒しなら、こっちはド直球にエロい。でも、エロイからこそ癒しにはならないわけで……難しいな。好きだけど、日常的に聞く必要のない声ではある。


「あとは――」


 オレが思考してる中、ミュイラスはオレの顔に手を添えてきた。


「貴方の夢の中に入れば……入れば…………はい……れば?」 


 どうしてだろう。段々と、ミュイラスの声がいつもの調子に戻り始めているぞ?


「……みゅ? は、入れない。どうして?」


 そしてついには困惑の声色へと変化してしまった。


「もも、もしかして……お、起きてます?」


 ……!! 嘘だろ!? 何で寝た振りしてるって思われてんだ!? この完璧な偽装を見破ったとでも言うんじゃないだろうな!?


 いやでも、寝たふりを続けていれば寝ている演技は終わらない。この問いに答えてしまうことこそ、寝たふりをしていることが真にバレるときなんだ。


「みゅ? みゅ? 寝てるのに入れない? なんで……なんでぇ…」


 ヤーバイ。またミュイラスが泣き出しそうになってるぞ。顔に両手を添えたままにな。多分今、ミュイラスはオレにまたがるようにしてソファに乗ってるんだろう。触れられてるから<隠密>使って逃げられもしねぇ。


「もも、も、もしかして、ね、願いや幸せを持たないとか? でもそんなのありえないですし……、やっぱりなんでぇ……」


 ひぃ……。寝てもダメ起きてもダメ。こんなの八方塞じゃないか……。


 こうなりゃヤケだ。テキトーなことやって全部うやむやにしてしまおう。


「お、おはようございまーす…今日も一日元気にがんばりましょー……」


「みゅ!?」


 目を開けると、予想通りミュイラスはオレにまたがって座っていた。しかも顔がめっちゃ近い。鼻息が当たるくらい近い。


 ミュイラスの半目って暗い様で奥に惹き込まれるような魅力があるな。でも、そんな目に涙を溜められては堪ったもんじゃないぞ。


「いやぁ、良く寝た良く寝た。あれれれれれれるぇ? もう朝かと思ってたけど、まだ夜じゃーん。もしかしてオレ、飲みすぎて寝落ちしてた?」


 顔がクッソ近いまま、オレが迫真の演技をしてミュイラスのことをどうにか落ち着かせようとする。


「みゅう? もしかして……お酒のせいで私のスキルが……?」


 よっしゃ、なんか良く分からんが勘違いしてくれたぞ!!


「あっ、近っ……離れないとっ、ひきゅ!?」


 落ち着きを取り戻し始めたミュイラスは飛びはねて離れようとする。しかし悲しいかな、フカフカのソファによる沈み込みによって立ち上がる際の体勢が崩れ、その上テーブルに膝裏をぶつけて体がガラスのテーブルに倒れこみそうになる。


 そんな重そうな鎧とトゲトゲの装飾がガラスに当たったら割れるだろ。


 流石にその姿を見過ごす事は出来ず、オレはすぐに立ち上がるってミュイラスの身体を押さえる。頭と腰に手を沿え、体の芯を使ってこいつの体を支えてあげた。


 傍から見れば、ダンスのフィニッシュを決めたようにも見えよう。っぶねー、なんとかセーフ。


「え? え?」


 ミュイラスは何が起きたか理解できていないようで、オレの腕の中で混乱していた。


 これは……使えるぞ。


「危なかったなミュイラスぅー。怪我がなくて何よりだ、びっくりしたな、腹減ったよな? 気分転換に何か食べに行こうぜ、具体的にはレストラン戻って食事の続きしようぜ。な?」


「みゅ、え、は、はい。え?」


「そうかそうかぁ。ミュイラスも腹減ってるもんな、しょうがないよな。よしそうと決まれば飯食いに行くぞ、さっさといくぞ」


「みゅ? え?」


「いやぁ、めっちゃよかった。シャボン玉綺麗だった。そりゃあ皇帝陛下も秘密にしたくなるよなぁ、分かる分かる。オレも神だからその考え分かるわぁ」


 嘘、なーんも分かんねぇ。なんでこのシャボン玉が皇帝の命によって隠されてるのかが全然分からない。


 でも、なんとなく予想は付いた。そしてその事をミュイラス自身に問い詰めるなんてことは絶対にしない。だって、話題ぶり返したらまた泣かれちゃう。


「よーし、食堂へレッツゴー!!」


 オレは押しに弱いミュイラスを強引にまくし立てて、手を引っ張りながら部屋を出る。


 流れだ、主導権をこちらに持っておけば、ミュイラスは押し通せる!!


「……え? 私……手繋いでるのに……何も感じない……」


 オレの後ろでは、ミュイラスが何か困惑していた。


 * * *


 ミュイラスは、イキョウにまくし立てられながら食事を済ませ、その後帰路に着いた。


 帝国城まではイキョウが送り届けて、到着と同時に解散をした。


 ミュイラスは夕食の光景を思い出しながら城の廊下を歩く。


 人との関わりをあまり望まないミュイラスは、イキョウの次々と放たれる言葉の数々に翻弄させれて全く落ち着くことが出来なかった。だが、こんな気色の悪い自分にずっと話してくれる人は初めてで、だからこそ、どう対応して良いのか分からず……正直苦手だった。


 こんな自分と話していても楽しくないだろうに、ずっと話しかけてきたイキョウとのやり取りを思い出すと足取りが重くなる。


 変な言葉しか返せなくて、内心はつまらないなと思いながら話をしていたのではないだろうか。そんなことを思われてしまうくらいなら、今後は距離を置いてあまり関わりたくはない。


 イキョウが苦手。ミュイラスは、心の底からそう思う。それと同時に、案内役の仕事が今日で終わったことに安堵する。


 これでもう、関わる事は無いだろう。そう思うと、少しだけ足が軽くなる。お互い損しかない関係なら、何も言わず自然と距離が離て自然に消滅させた方が、角が立たずに終わってお互い楽だろう。と、ミュイラスは考える。


 重い足取りから少し軽くなった足取り。しかし、それは再度重くなる。


「あぁ……」


 静かで薄暗い廊下。誰に聞かれるわけでもなく、ミュイラスのため息は廊下の奥の闇へと消えていく。


 ため息は、皇帝から下された命を遂行できなかったことに対する心の重みを表していた。


 何一つ情報を持たぬまま、彼女は廊下を歩いて頭を悩ませる。


 言い訳などは一切考えていない。情けない自分が、どうやって責任を取るかということをひたすらに悩み、そして何も思いつかないままにその足は皇帝執務室の扉の前で止まった。


「帰りたい……」


 ミュイラスは落ち込んだ顔をしながら、ポツリと一言だけ吐いて扉をノックする。


 ノック後すぐに中から返事があったものの、ミュイラスは二三度ドアノブに手を掛けては離すを繰り返した。しかし、入らない選択肢はないため、扉を少し開けておずおずと中に入りながら、自らの名を小さく名乗る。


「やあ、待っていたよ」


 皇帝ハインツはその姿に関して何も言及はせず、ソファに座ったまま振り向かずに書類を見ながら言葉を掛ける。


 部屋に一人で篭っていたハインツ。その手には書類が持たれていて、目の前の机には書類の山が積み重なっていた。


 ミュイラスは皇帝の言葉を聞いて、身体に激しい重みがのしかかる。その声が、自分の失敗を一切考えておらず、成功していると絶対的な信頼をしているから。


「随分遅かったね。報告長くなりそうだし、座っていいよ」


 現にハインツは、ミュイラスが失敗して帰ってきたなどとはツユほども思っていない。


 ゲールの紹介でミュイラスが軍に所属してから六年。この間に与えた任務を失敗したことはなかったから。そして、ミュイラスの力を知ってるから、その信頼は揺らがない。


 だが、その思いと裏腹に、ミュイラスは信頼をしないで欲しいと思っている。


 信頼されること自体は身に余る光栄ではあるが、こんな自分に多大なる信頼を向けられるのは重圧でしかなく、任務のたびに失敗しちゃいけないとプレッシャーに晒されていた。


 ただし、それは信頼をされてるからそう思ってしまうだけであって、ミュイラス自身も自分の力にはある程度の自信は持っていた。それが、自分の中で唯一人より秀でている力だからだ。逆に言うと、それ以外の事は何も自信が無いから信頼をして欲しくない。


 実際、今回は皇帝の信頼に答えることが出来ずに帰って来てしまった。だから、皇帝の『座っていいよ』という優しい言葉に応じることが出来ずに扉の前でモジモジしながら立ち尽くす。


「……どうしたんだいミュイラス?」


 中々座らないミュイラスに疑問を覚えた皇帝は、ようやく書類から眼を離して不思議そうにミュイラスを見た。


「ここ、こう、こう。こう」


「落ち着いてミュイラス。話せる様になるまで私は仕事してるから、こっちは気にしないで良いよ」


「はは、はい」


 ミュイラスは、大きく深呼吸をし、両の手を繰り返し握っては開いて自分を落ち着かせる。


 が。


「こ、こう、こうていてい、陛下」


「焦らなくていいよ。ゆっくりゆっくり、ね?」


 言うべき報告をしようとすると体が強張ってしまって、言葉を話すことが出来なくなってしまう。


 しかし、それでもまず言うべきことが一つある。


「も、申し訳!! ご、ざいませんでした」


 強張った身体を無理矢理動かし、大きな声や裏返った声をだしながら、最後には消え入りそうな声でミュイラスは謝罪をした。


「そんな、いつまでも待てるから気にすることないよ。まだまだ仕事が――」


「そうでは、そうではなくてっ!!」


「……ふーん。なるほど……。失敗……したんだね?」


 ミュイラスはその言葉に対して無言で首を縦に振った。


 ハインツは、今の言葉でミュイラスの真意が分からないほどバカではない。寧ろ聡明な者だ。だから、期待ははずれてしまったが、それでもミュイラスの言葉をよく考えて受け止めた。


 落ち着いている姿を見せつけるように、書類をゆっくりテーブルに置いてミュイラスに向き直る。


 にこやかな笑みは崩さず、ミュイラスを責める気は無いことを顔で現しながらもう一度着席を促す。


 対するミュイラスは、失敗した身であるのに皇帝の言葉に従わない訳には行かないので、身体を強張らせながらもソファに腰掛けた。


「ミュイラス。私はね、君を責めるような事はしないと誓おう。その上でもう一度確認させてもらうけど、失敗したのかい?」


「は、い」


「なるほどなるほどね。……本当に?」


「う、嘘偽りごご、ございません」


「なるほどなるほど…………。うん、うん」


 笑みを崩さないまま皇帝は頷く。


「そっか。失敗しちゃったか……。うん、大丈夫。こっちには切り札があるからね、昼間偶然手に入れられたからね」


「そ、そうですか……」


「そうそう、だから大丈夫。大丈夫……大丈夫」


 皇帝は落ち着いた様子でミュイラスに言い聞かせる。が、その姿はまるで自分にも言い聞かせているようにも見えるのかもしれない。


「いやぁ……本当に彼がバカで助かったよ……。まさかあっちから自爆してくれるとは……」


「あ、もしかして」


「そう、それ」


 ミュイラスの言葉を聞いた皇帝は、その先を聞くことなく同意する。


「ところで、どうして失敗してしまったのかな。確か……イキョウ君? だったかな。彼はそこまでレベルが高くないはずだろう?」


「こ、皇帝陛下はイキョウさんのことを、ご、ご、ご存知で……?」


「まあね。ちょっと前にゲールから渡された書類に載っててさ。あれだよ、ちょっと前に話した、仮面部隊に関して調べてもらった奴」


「あっ……」


「でもねぇ……。冒険者やってるのにレベルは低いし、等級も一般的って言えば一般的だ。ほとんど印象に残らなかったから、彼の名前を聞いて思い出すまで時間が掛かったよ。彼が二等級なら話が別だけど、三等級ともなるとね。ミュイラスの敵じゃないだろう?」


「お、お言葉ですが……一等級であろうと、わわ、私のスキルを防ぐ事は……」


「分かってるよ。君の<白昼の幸夢>は他に例を見ないほど強力な力だ。どんな生物だろうと、生きてさえいれば君の術中に嵌るんだから。唯一例外なのは、異常なほど強力な力を持っていると言い伝えられてるカフス殿だろう」


「は、はい……。スノーケア様は、恐らくですが、私の力を撥ね退けてしまうほどの抵抗力を持っているかと……。実際……以前使用しようとしたら……」


「え?」


「い、いえ。なんでも……。で、ですが、スノーケア様以外なら絶対に私の力を逃れる事は出来ません。か、かの最強と謡われるキアルロッドさんですらも……無理です。皆、幸せの形を、夢を持っていますから……」


「だよね。となると……彼は冒険者でありながらカフス殿に付いて回るような重要な役割を持っている。だから今回の召集においては、カフス殿から直々に、身を守れるような装備を貸し与えられてるのかもしれない」


「こ、今回?」


「そう、今回だけさ。もしそんな強力で特別な装備を日常的に持っているなら、彼は今頃二等級までは確実に上がっているだろうさ。でも実際は、一般的な三等級までしか上がってない」 


「あっ、そそ、そうですね」


 ミュイラスは皇帝の言葉で納得をする。


 しかし、二人は知らない。イキョウ自身がミュイラスの力を弾いていたことに。


「でもそうなると、どうして<常夜の幸夢>を使わなかったんだい? そっちなら確実に夢を見せられただろうに」


「あの、その……あ、あれ、あれは。<白昼の幸夢>は夢を見せて、<常夜の幸夢>は夢に捕らわれるんです……。そうなると、強すぎて……目覚めなくなってしまって……。絶対に殺してしまいたくなってしまうので……。此度の任務にはそぐわないかな、と」


「そうだったんだ……始めて知った……」


「もも、もうし、申し訳ございませません……!! 任務によって独断で使い分けていたので、しょしょ、詳細は語らなくて良いかなって、気持ち悪いかなって思って……。け、結果はきちんと持ってきてました、ので、何卒……」


「いや、気にしなくていいよ。実際のところ、今まで気にする必要はないくらいにはミュイラスはちゃんと働いてくれてたんだから」


「は、はい」


「最悪、カフス殿から仮面部隊の協力を仰ぐことが出来なかったら、彼を脅して利用しよう。無理矢理にでもこっちの意見を飲んでもらうよ」


「すす、すみません……。わ、私がイキョウさんの幸せを見ていたなら……」


「友好的に対価を差し出して協力させるか、脅して利用するかの二択だし、結果だけ見れば変わらないよ」


「はい……」


「まあ、そんな思いつめないでよ。こっちとしても嬉しい誤算があったわけだからさ。

 仮面部隊が直接来ると思ったら、その仲介役の人間がカフス殿についてる。その彼は、こちらの戦力を持ってすれば簡単に御せるほど弱いんだ。むしろ、戦力や正体が不明な仮面部隊が来るよりよっぽど扱いやすい」


「はい……」


「当初の予定とは大きく外れたけど、風は確実にこちらに吹いてる。だからミュイラスも、明日に備えてね。もう下がっていいよ」


「はい……。本当に――」


「今日の事はもういいから。また明日ね」


「……はい」


 一切のお咎めはなかったが、それでも失敗したという烙印を自分で拭いきれないミュイラス。ソファから立ち上がり、とぼとぼと扉へ向かってあるぐが、その胸中は、いっそのこと失望してもらったほうが良かった。と思っていた。


 しかし信頼は揺らぐことなく向けられ続けたため、次は絶対に失敗できないと思いながら部屋を後にしようとする。


「あ、そうそう。もし、私がイキョウ君を殺せと命じたら殺せるかい?」


「はい。幸せに包まれながら死ぬことこそ、人生の幸福だと思いますから」


 それだけは、その回答だけはミュイラスの口から自信を持って発せられた。


「上出来だよ」


 二人は、その会話を持って扉の閉まる音を分かれとする。


 ミュイラスは廊下を黙って歩き、ハインツは執務室で書類を手にとって。


 そして。


(えぇ……オレって、『もし』で殺される可能性あるの?)


 イキョウはハインツの背後で誰にも認識されないまま、皇帝の背中を見下ろしていた。

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