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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第五章-そんなに疲れさせないでよ異世界-
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15.カフカフ神

 路地裏で変な場面に出くわしながらも、オレは無事カフスを見つけることが出来た。


 夜の街で、ちっこいカフスを探すのは時間が掛かるかなとは思ったけど、そんなのは要らん心配だった。


 家々の屋根から飛び降りたオレは、人通りの少ない路地をテコテコと歩いているカフスの元へと静かに着地して姿を現す。


「よおカフカフ」


 オレが何故カフスをすんなり見つけられたのか。その理由は、コイツが持っているものにある。


 今のコイツは、前が見えてないんじゃないかってほど大量の紙袋や小さな箱、包み紙に巻かれているものを、器用に崩さず両手で抱えながら歩いていた。こんなへんてこな姿してるのはカフス以外に見たことも無い。


「ん」


 オレが横から声を掛けると、一瞥することなく返事を返してきた。


「またこんな大量に買い込んできたのかよ。ここ人通りほとんど無いし、オレのボックスに入れてやるから貸せ」


「イキョウ達が持ってるその力は本当に素敵。私も欲しい」


 カフスは表情は変わらないが、キラキラした声色をしながら言ってくる。


 なんかもう、生き返りを知っているカフスには、ボックスの能力を隠す必要性を感じられなかったので、適当にさらっと明かした。そしたら、謎の力について追求されるとか質問責めに会うとかは全く一切無く、ただ、食い物の品質をずっと保てることに対しての興味と感心を向けられた。色んな料理や食材の名前を並べられて、『これも? これも?』見たいな感じで、別ベクトルでめっちゃ食いつかれた。


 んで、今カフスがなんでキラキラした声色をしているのかというと、コイツが両手に抱えるほど持っている大量の物品は、全て食料だからだ。


「これ買ってきたのって、いつもの理由?」


 足を止めた後、オレは右手で食料の数々を触れながら淡々とボックスに収納していく。夜の街で、人通りのほとんど無い路地だから、オレ達に向いている視線はこの場には無い。だから遠慮せず収納する。


「ん。お夜食。ソーキスとイキョウと、みんなで食べる。楽しい、うまうま」


「その言い方気に入ってんの?」


「好き。気に入ってる」


「そう……。お、酒じゃん。これ後で貰っても良い?」


「一緒に飲む。それもうまうま」


「へいへい気に入ってんのは分かったから」


 カフスと何気ない会話をしながら、オレはアイテムボックスへスイスイしまっていき、それほどの時間を使わずに全てを収めきる。


 これでカフスの持っていた者は全部しまえたな。


「ってかさ、お前が持ってるマジックバッグにしまえばいいじゃん。なんでいっつも抱えて持ってくるの?」


 歩き出しながら、オレはカフスに尋ねる。


「匂いを感じながら持って帰るのが好き。まずはどれ食べようって考えて、次はどれ食べようって思える。それと、ソーキスにも食べて欲しいものを考えながら持って帰ると楽しくなる」


 オレに続いて歩き出したカフスは、うっすらとした微笑を浮かべながら答えた。食べ物の事になると饒舌になるのは相変わらずだなぁ。


「お前ホントソーキスのこと大好きだよな」


「初めての弟。物凄く可愛い、色んな美味しいものを教えてあげたい。一緒に美味しいもの食べたい」


 カフスの薄っすらとした微笑が、比較的笑顔な表情へと変化した。


「ずっと憧れてた。昔みたいに楽しくなりたかった。でも踏み出せなかった。でも、イキョウ達が来てくれた。そしたら楽しくなった」


 カフスは楽しそうに、嬉しそうに言葉を言う。


「いつの間にか、私の周りには人が増えた。そして弟も出来た。全部は救えないけど、一つは救えた。イキョウ」


「なに?」


 まだまだ語るもんだと思ってたら、急に名前を呼ばれたので何も考えずに顔を向ける。


「本当にありがとう」


 少し、そう、少しだけ驚いてしまった。


 カフスは、歩きながら笑顔を向けてきた。薄っすらとした微笑ではない。優しくて、温かくて、思わず引き込まれてしまうような、この世のものとは思えない笑顔だ。可愛いとか綺麗とかじゃない。なんだか幻想的なんだ。


 これがドラゴンとして、生物の枠が違う者の表情というものなのか。


 ただなぁ……。


「その笑顔この状況で使う? もっと良いシチュエーションあったんじゃねぇの?」


 コイツの笑顔一つで、どんな場所だって美しくなってしまうだろう。それくらい、素敵で幻想的な笑顔なんだ。オレが大好きな、ラリルレの温かい笑みやソーエンの美麗な笑顔とも違った、カフスの特別な笑顔だ。けど、今のオレ達は食料買って宿屋に帰るだけの状況だぞ。特別なものなんて一切ないし、感動なんてへったくれもない。


「ねえイキョウ」


 何かオレの問い無視されたんですけど……。ってか、『ねえ』なんて珍しい呼び方されたんですけど。


 そんな珍しい呼び方をしたカフスは歩きながら、笑顔のままオレの顔を見てくる。

 

「私に何か聞きたい事は無い?」


 その言葉を言うカフスは、笑顔だけど、それでも少し悲しそうだった。


 オレが聞きたい事なんて、日常会話の中でいくらでも質問してるだろ。でも、違う。カフスが言いたいことはそう言うことではない。


 実のところ、オレはアーサーの一件に関してカフスには何も言わず、何も聞いてない。それどころか、アーサーの件に関して話しているのはソーエンだけであって、それ以外には一切何も言ってない。どうせ、めんどくさいことになるのは分かってるから。


 あと、知ってる奴はもう一人いたな。偶然、アーサーの空間と墓前に居合わせた墓守だ。でも、余計な事は言わないように命じてある。


 別にカフスから話を聞きたくないわけでもない。そして、別にカフスから話を聞きたいわけでもない。オレとしてはどっちだっていいんだ。どっちだって良いから、こっちからは何も言わない。


 だって、カフスは今までオレ達に何も語っては来なかったんだから。だったら、打ち明けるタイミングは全部カフスに任せるよ。


 それにな、そんな悲しいそうな雰囲気を出されたら、こっちは聞きたくなくなる。聞いて悲しむくらいなら、聞かずにもっと笑ってて欲しい。


 だから今はいいや。


「話したいならお前のタイミングで話してよ。あとな、今から美味いもん食うのに、しけた話したら不味くなるだろが。とりあえず今はいい。今は飯を美味しく食って夜食を楽しむことだけ考えとこうぜ」


「……ん、分かった。イキョウのそう言うところ好き」


 カフスはそれだけ言って、前を向く。笑ってはいるけど、それはいつものうっすらとした微笑だ。もう、あの笑顔ではない。


 でも、笑顔は笑顔だ。そこに悲しさももう無くなった。


「美味しい物は美味しくいただく。これが私のプライド」


「へいへい。随分ご立派なプライドなことで」


 カフスは何時も通りの様子に戻る。


 それが少し残念な気もする……は? んな訳ねぇだろうが。誰がロリ体系のカフスの笑顔に魅力を感じるってんだよ。ラリルレは至高の存在だからロリという括りに入ってない故に美しさを感じるがカフスはロリだろ、常識的に考えて。


 常識だ常識。普通が一番。普通だ普通。普通、常識… … 。


 あれ? 常識ってなんだっけ。幻想を見たら普通が分からなくなってきたぞ。バカじゃねぇの? 何が?


 んん? 思考がぁ……なんかおかしい。


 何か冷える。目が冷えていく。えぇ……なんでだよ……。あっちのオレと今のオレの境界線がごっちゃになってきたぞ。


 思わず、足が、止まる。やだぁ、勘弁してくれよ。


 王国の件で悪化した。絶対に悪化した。それは分かってる。忘れてたものを思い出した、忘れ続けていたものを思い出した。守るべき者を守れずシアスタが泣いてしまった、ニーアを泣かせてしまった、アーサーの話で自分のやるべき事を知った。奥底にある願望が近づいて来ている事をあっちのオレが嗅ぎ取っている。ソーエンが居ないラリルレが居ないヤイナがナトリが居ない。どれが今の自分だっけ。


 上塗りと底があやふやになり始めたな、こりゃ。多重人格なら切り替えが出来て楽だったんだろうけど、地続きのペルソナだから規準を忘れるとあやふやになる。


 今のオレはあの人に教わったオレ、でも元々のオレが変に混ざりそうだ。


 ついに使い分けが出来なくなったのかこのポンコツぅ!! スイッチ入ったとき以外は大人しくしとけや!!


「どうしたのイキョウ」


 足が、止まった、オレを、カフスが、不思議そうに、覗き込んで、くる。これは、どうでも、良い事、じゃない。自分の、事じゃ、ない。

      思考が混ざり合うなぁ……途切れ途切れになるぞおい。なんで、こんな、所で、こんなこと、に、なるかなぁ。


「いやなぁ……。今のオレって普通の人?」


 普通ってなんだっけ。どうすれば普通になれるんだっけ。教わった普通ってどんなんだったっけ。


「イキョウは普通じゃない。特別」


「そうじゃない。分からない。何処が規準だっけ」


「規準?」


「いい。大丈夫。――――――――あ、ソーエン? ヘルプ」


「なん……ああ、そうか。思い出せ、俺達の基準は何処にも無い。故に社会のあたりまえに混ざれ。それが出来ないなら仲間を思い出せ」


 社会のルールに興味は無い。でもそれが生きてく上での規準。

   でも異世界の当たり前って知らない、興味ない。あの人が教えてくれた当たり前じゃないならどうでもいい。

  仲間。仲間がダメって言う事はダメだよな。異世界に来てまず心に持っていた基準はこれだ。


 ラリルレが悲しむような事はダメ。ヤイナが怒ってきそうなことはやっちゃいけない。ナトリが違うと言いそうなことは違う。チクマが叱って来そうなことはやらない。ナナさんが失望するような行為は避ける。


 うん。それだ。これが規準だ。知られない状況を作らない限りは、オレの規準で動いちゃいけない。


 オレの独断で動くときは、仲間達に知られないような状況を作ってからだ。規準を気にしなくて良いときはオレ。

 日常を謳歌したいなら仲間だ。仲間。仲間の基準に則れば良いんだ。


 せめて家の子達が居れば。でも居ない。ソーキスは半身だ。違う。でも仲間。シアスタが悲しむようなことも、双子が嫌がりそうなことも、ソーキスがオレを同情するかのような目で見てくるようなことも、絶対にするわけには行かない。悲しみは取り払わなければいけない。


 そうだ。これが規準だ。思い出した。思い出すまで時間が掛かった。


 オレは――――七名奈那の常識人筆頭だったわ。

 

「やっぱお前が居てくれないとダメだわ。サンキュー親友」


「お互い様と言っておいてやる」


 ソーエンはそれだけ言って、無遠慮にチャットを切りやがった。


 まあ、それがあいつらしいっちゃあいつらしいわ。多分、今は猫の集会場で夜番をしてるんだろう。だから早々に切りやがってからにホント……。


「イキョウ……」


 カフスがオレの顔を覗き込んでくる。表情はほとんど変わらない。でも、多分、恐らくだけど、心配してるんだと思う。


「なんでお互いこんなところでなぁ……」


「ん……。え?」


 オレはそう言いながら、カフスの事を抱き抱えて持ち上げる。そして宿屋を目指して歩く。


 カフスの貴重な笑顔といい、あやふやになりそうなオレといい、こんな所で起こすイベントじゃないだろ。今居るのってただの町中だぞ。


 でも、オレがあやふやになってしまった原因は分かる。帝国に付く前からちょっとあやふやにはなってたけど、親友ソーエンと通話をして回復したはずだった。なのにこうなってしまったのは、カフスのこの世ならざる素敵な笑顔を見てしまったからだ。


 日常を謳歌しようとしてるのに、非日常を突きつけられたら忘れてしまうってもんよ。それほど、カフスの笑顔は幻想的だった。今後もあの顔見たらまたオレがごっちゃになりそうだ。心構えを作って対策をしておこう、不意打ちで来られたら堪ったもんじゃない。


「イキョウ……どうして私を抱っこしてるの?」


 抱えられたカフスは、不思議そうな声色をしながらオレに尋ねてきた。


「なんでだろなぁ……。分かんねぇ。でも、誰かに触れてないとまた忘れそうになっちまいそうな気がする」


 夜道を歩きながらオレは答える。


 いっつもラリルレを抱くと心が落ち着くんだ。オレにとってラリルレは最高に最高な最高の存在なんだ。でも、今はラリルレが居ない。


 だから、もしかしたら、オレとソーエンの中で一番の基準になってくれてる最高なラリルレの代わりに、オレはカフスを抱えてしまったのかも知れない。


 最高……。ラリルレ、至高。至高ラリルレ、なんだよなぁ。


「抱っこしてると落ち着く?」


 オレが至高の存在に思いを馳せていると、カフスは問いかけてきた。カフスが抱っこって言うのなんか面白いな。


 その問いを受けてオレは気付く。ラリルレほどじゃないけど、カフスも抱えると少し落ち着くな。


 さすがはグスタフが声を大に出して称える存在。慈愛の精神は伊達じゃないって事か。


 ……よくよく思うと、貪職王戦の前に、オレはこいつに癒されたんだよな……。


 おや? そうなると、カフスはオレに癒しを齎してくれる存在になるのか? 絶対的存在であり最上級の癒しをくれるラリルレに続いて、第二の存在が現れたって訳か。


 だとすると……カフスを無意識に抱えてしまったのも頷ける。


 主神がラリルレなら、副神はカフスになってしまうのか? その可能性も無きにしも非ず。


「カフカフ神も視野に入れなければ……」


「?」


「落ち着く……のかもしれない」


「ん。良かった」


 オレは驚愕の新発見に打ち震えながら答えると、カフスはいつもの微笑で返事をしてきた。


 どうやらオレの返答を持って聞きたい事を聞き、満足したようだ。


 そして。


「初めて抱っこされた。楽しい」


 オレに抱えられているカフスは、オレの胸中を知ってか知らぬかそう言ってきた。


 いや、カフスは自分が言いたい事を言ってきたんだ。ただそれだけだ。


「肩に乗ってみたい。ソーキスと一緒」


 あまつさえ、そんな要求をしてきた。


 いいさ、今更お前等みたいな子供体系を肩車することを断るほどオレは未熟者じゃない逆に熟練者だ。日々ソーキスに乗られているオレが、断る理由なんて一切無い。


 だから、オレは歩きながら抱えたカフスをスムーズに移動させて肩車をする。


「これがソーキスの見てる景色。ふっへっへ」


 肩車をされたカフスは、ソーキスと同じように全身をオレの頭に預けながらそう言う。


 背負っているオレとしても、ソーキスを乗せているのとなんら変わりない感覚だ。気持ち、カフスの方が硬いかなってくらいでそれほど差異はない。どっちもむにむにだ。


 肩車一発目で真似できるってことは、それほどソーキスのことをよく見ている訳で、カフスがどれだけソーキスのことを溺愛しているかってことが良く分かる。


 でも、似てない所が一つあるんだよなぁ。

 

「その笑い方なに? ソーキスの真似してんの?」


「あの笑い方好き、真似してる。ふっへっへ」


「えぇ……それで真似できてると……。いや、はい、なんでもないわ」


 ここで似てないと言うほどオレは冷酷な人間ではない。本人が満足してるならオレは何も言いません。


「このままホテルまで帰る。ふっへっへ」


「それ気になるわぁ……。あれ? ホテルに泊まるって言ったっけ?」


「イキョウの反応がホテルで止まってた。あそこは良い。ご飯が美味しい」


 どうやら、カフスは帝国に何度も来たことがあるから地理を把握しているようだ。そんでオレの位置と地理を照らし合わせて、こっちの行動を読んでいたらしい。ドンピシャで当たりだよ。すごいぜカフスは。天才か?


「あ、そうそう。ミュイラスも一緒すんだけど良い?」


「良い。大歓迎」


 カフスが二つ返事で了承してきた。


 よかった、これでようやくミュイラスとちゃんと話せそうだ。


 オレは、そんな安堵とカフスを抱えながらホテルまで足を進めた。

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