13.ようやくチェックイン
一件、また一件と宿屋を巡る。キシウとミュイラス、オレ、ソーキスは宿屋を巡り巡る。
何件も何件も宿屋を回り、気がつけば日が落ち始めて夕方が始まりそうな時間帯に差し掛かってきた。
「もう……ここで最後だ……、ここ以外を所望するなら庶民向けの宿屋にグレードダウンするぞ」
キシウは若干やつれた顔をしながらオレに最後の物件を提示してくる。
恐らく、多分だけど、この品の良い区画の宿屋全部回ったぞこれ。にも拘らず、しっくり来る宿屋が一軒もない。
「ダメだな。客層がお上品そうな宿屋ばっかだから絶対肩凝るわ」
「がちがちー」
「あ、あわわ、時間が、明日になっちゃう、今日中に情報を……」
ダメだしをしているオレの後ろでは、ミュイラスがあたふたしながら何かを呟いている。
「ここもダメなのか……逆に燃えてきたぞ。何が何でもお前を納得させる宿屋を見つけてやらんと気がすまなくなりそうだ」
そんで、オレの横ではキシウが何故か燃えてた。諜報員として、情報をことごとく跳ね除けられたのが悔しいのかもしれない。
「んー……もう日も暮れてきたし、とりあえず今日は最初の宿屋に泊まっとくか」
「ダメだ」
「は?」
「なあなあで終わらせるなんて俺が許さない」
顔をズイっと近づけて来たキシウは、瞳に炎を宿らせながらオレに詰め寄ってくる。
「んなこと言われても……。今日泊まるだけだから、明日からまたちゃんと捜すから」
「俺がオススメしたんだから泊まるなら毎日泊まれ、とりあえずで済ませるのは負けた気がしてならんぞ」
「えぇ……。じゃあとりあえず毎日泊まるわ」
「ダメだ。とりあえずで毎日泊まるな。泊まるならちゃんと気に入ってから泊まれ。いや、泊まらせる。俺がお前にあのホテルのウリを説いて納得させてからしっかりと泊まらせてやる」
「んだこの堅物クソめんどくせぇ!!」
その後、オレ達はわざわざ最初の宿屋に足を運んで、内装を確認しながら一々キシウの説明を受けさせられた。
* * *
「アリガトウキシウ。オレはホテル博士に一歩近づいた」
オレは、ホテルの前でそんなことを言ってキシウと分かれた。
あいつ、めっちゃ良い笑顔して帰って行ったな。情報を心置きなくベラベラ喋れて嬉しかったんだろう。
対して説明を受けたオレは、んなめんどくせー説明なんて右から左に流してたから何話されたか覚えてねーわ。テキトーにすげーすげー返したら何かテンションが上がったキシウと噛み合って上手くいった。
そんなこんなでもう夜なんだけど。チェックインは済んでるからもう宿には困ってないからいいけど……。
「ミュイラスさ、いつまでオレのお付きやるの? そろそろ退勤時間なんじゃないの?」
キシウと別れた後でもミュイラスはこの場に残ってオレに付いている。てっきり、キシウが帰るタイミングで解散する流れだと思ってたからびっくりだよ。
「みゅ!? あ、あの、よかったら晩御飯を、い、い、一緒にどうかなぁ……なんて、思わなくも……」
「別に良いけど……だったらカフスも混ぜて全員で食うか」
「あ、あの、ででで、できれば…二人き」
「そうなるとカフス迎えに行ってその脚でどっかで飯食うか。ってかあいつ今何処にいんだ? まだ城なの?」
オレは試しにミュイラスに尋ねてみる。
「あ、あの……。いえ、分かりません……」
何か、思いっきりしょんぼりしながら答えられた。
まあそうだろうなぁ。あの神出鬼没な自由ドラゴンがどんな行動をしているかなんて分かるやつは早々居ないだろう。
でも逆に、カフスはオレのことを追えるから、帝国の何処に居ようがあっちは見つけられるはずだ。
「ふへー、お腹すいたー。早くご飯食べたーい、ホテルの高そーなの食べたーい」
だらぁーっとしたソーキスは、頭の上からオレに言ってくる。
「つってもカフスが来ないとなぁ。呼びに行こうにも何処に居っかわっかんねぇんだよなぁ」
「多分あっちー」
ソーキスは迷うことなく城とは反対方向を指差した。
「何お前、カフスが何処にいるか分かんの?」
「なんとなくー、あっちにいそーって感じー」
「へー、カフスレーダーじゃん」
擬似的な姉弟ではあるけど、立派な姉弟でもある二人。その間には何かしらの確かな繋がりがあるようだ。
「遠い? 近い?」
「多分遠いー。こっちに来てるけど時間掛かりそー」
「しゃーねーなぁ、オレ達で迎えにいってやっか。ミュイラスもそれでいい?」
「あの……あ、はい。行きます……」
ミュイラスがめっちゃしょんぼりしながら歯切れの悪い返事を返してくる。
こう……言いたい事があるならハッキリ言って欲しいとも思わなくないけど、こういう人に無理矢理コミュニケーションを取らせるのはダメってサンカから教わったからなぁ……。
少しだけ質問させてもらおう。
「大丈夫? 結構歩いたし疲れちゃった?」
「みゅ!? い、いえ。そんなことは……」
ミュイラスは驚いた後に首を横に小さく振って答える。
「えー、じゃあ……。あ、もしかしてカフスとご飯食べるの緊張しちゃう感じ? 嫌なら断っても良いんだぞ?」
「全然っ…!! 寧ろ光栄なことで……あっ……」
反射的な返事をしたミュイラスは、その後何故か『しまった』みたいな反応をして言葉が詰まる。
えぇ……。何考えてるのか全然分かんねぇ……。
オレは、このままミュイラスの言葉を引き出さずにカフスを迎えに行くか、それともちゃんと話を聞いてからにするかを悩む。
「そうだなぁ……。よし、ちゃちゃっとカフス迎えに行ってくるから、ミュイラスはオレ達の部屋でゆっくり休んでなよ。コイツ置いていくから好きに使って」
そういいながらオレはソーキスのくびねっこを持ち上げてミュイラスへとぶら下げる。
「ふへへー」
そしてソーキスは、ふにゃーっと笑いながらミュイラスに笑いかけた。
オレがワケを説明しなくても理解してくれるのは助かるぜホント。ミュイラスの前で堂々と、『話聞いてやってくれ』って言うのも気が引けるからな。
「で、でも、お付きの仕事が……それにソーキス様と、ふ、ふ、二人きりは緊張が……」
「ソーキスでいいよー、気にしないで一緒にだらだらしよーよー」
オレがぶら下げたままにしていたソーキスは、そのまま器用にミュイラスの腕を掴むと器用によじ登り始めた。
「あ、危ないです!! 棘が!!」
「ふへへー、ボク柔らかいから刺さらなーい」
「あ、あ、あ。ダメ、こんなに近いと……幸せを……」
おや? 何かミュイラスがやばいぞ。俯きながら顔を覆ってプルプルし始めたなぁ。
いや、観察してる場合じゃないッ!!
「やばいソーキス、とりあえず中断!!」
何かやばそうな雰囲気を感じ取ったオレは、ミュイラスの上に乗っているソーキスを強制的に剥ぎ取る。
そして流れるようにオレの頭の上に乗っけて、状況を元に戻す行動を取った。ミュイラスがやばくなりそうになった要因を徹底的に排除する。
「はぁ…はぁ…」
ミュイラスは何か顔を真っ赤にして、扇情的な吐息を吐き出しながら両手で身体を包んでいる。その姿はまるで、自分の中の何かを抑えているように見受けられた。
「ごめんな、大丈夫か!?」
「は……はい……。なんとか……」
ミュイラスは先の体勢のまま、俯いて答える。
なんとかって……。それって何かしらが起こる一歩手前だったってことじゃん。
何があるってんだよ。オレはミュイラスと初対面だし、コイツ自身がほとんど自分の事を話さないから全くと言っていいほどどんな奴なのかが分からない。
知ってることといえば、ずっとオドオドしてるのと、人との関わりを避けてる奴だって事くらいだ。一度も目を合わせないくらいには、対面という行為を避けている。
いやでも、分からないけど、何かやってはいけない事をしてしまったことくらいは分かる。
「ミュイラスー。ごめんねー、大丈夫?」
ソーキスも何かやっちゃったことは分かってるらしく、ちょっと心配するような口調で謝った。
「め、滅相もございません……」
少し落ち着きを取り戻したミュイラスは、またあせあせとした様子でわたわた手を振りながら言ってくる。でも、まだ顔が赤い。
「めっちゃ滅相あるんだけど。こっちが全面的に悪いわ……。マジで悪かったよ。ごめん」
「ごめんねー」
流石にあんな姿を見せられて滅相無いなんては思えないわ。だから二人して謝る。
「あの、その……き、気持ち悪がらないんですか……?」
「何で?」
「い、いえ。なんでも……」
どういうプロセスを経てあの姿を気持ち悪いと思えるのかが分からない。なのに、理由を聞いてもミュイラスは答えてくれない。
思うに、多分この面子で会話を繰り広げてる事は出来ないし、無理矢理会話を続けたところで、やることはオレが質問する、ミュイラスが返答を濁すの堂々巡りにしかならないと思う。
このままじゃ埒が明かないわ。だから潤滑油的な存在がこの場には必要となってくる。
となると、もうあいつしか居ない。偉大なるグルメドラゴンをさっさと連れてこよう。
「ちょっとひとっ走りしてカフス迎えに行って来るわ。ソーキスはオレの分までミュイラスに謝っといてくれ」
「りょーかーい」
流石にやらかした二人が揃ってこの場を去って、やらかされた側だけが取り残されるのは気が引ける。だからこの場には一旦ソーキスを残して行こう。
確認の為に、ソーキスにもう一度カフスが居るであろう大まかな方向と距離を教えてもらう。これで準備オーケーだ。
オレはソーキスを降ろすと、その場で軽く屈伸をしてから飛ぶ準備をする。
この区画の通りは人通りが帝国の中では比較的少ない。それでも身なりの良いやつ等が結構歩いていて、こちらを見てくる奴等もちらほら居る。なんでかは知らんけど。
だから、オレは無言で適当な方向を指差して、こちらに向いているやつらの注意を逸らす。日常場面での人の注意っては単純で、こんなちっぽけな行為でも皆釣られるんだ。現に、皆特に深く考えることも無く『なんだろう』って顔をしながらオレが指差している方向に顔を向けている。
それは横に居るミュイラスも例外ではなかった。
「<隠密>」
オレは誰にも聞かれないような小さな声でスキルを発動させてこの場から姿を消す。そしてすぐに宿屋の壁を蹴って帝国の空へ向かって突き進む。
「……? あ、あれ? イ、イ、イキョウさん?」
「ふへー、気にしないでー。中入ろー」
下からは困惑しているようなミュイラスの声が聞こえてきたけど、いつもそんな感じの話し方するから本当に困惑してるのかは分からんわ。
オレは学んだ。アステル以外の町で空を飛ぶと通報されると。だから一々姿を消して飛ばなきゃならない。
帝国の空高く飛んだオレは、夜の闇を明るく照らしている町を眼下に駆け抜けていく。




