11.みゅぅ
「めっちゃ良い経験できたぞおい。マジでサンキューな、キシウ」
旅路三日目。オレはコーマ帝国の首都にあるワイバーン発着場へと降り立っていた。なんか横には立派で堅牢な石造りのドデカイ城があるけど、まさかこれが王城なわけが無い。
そうそう、この日はキシウにダメ元であるお願いをしていた。
内容は、ワイバーンに跨らせてくれってお願いだ。
そんなオレからのお願いを聞いたキシウは笑いながら『ワイバーンは騎手以外を乗せる事は無いから無理だ』と言っていた。しかし意外や意外。冗談半分でオレがワイバーンに対して乗せてくれって頼んだらあっさり首を下げて乗せてくれた。
そんなオレを乗せたワイバーンの目を表現するならまるで、『こんな空も飛べない軟弱者に夢でも見せてやるか。やれやれ、乗せてやるよ』みたいな目つきをしていた気がするけど、多分勘違いだろう。
オレがワイバーンに跨った姿を見て驚いていた技師たちも、なんか同情するような顔を向けてきた気がするけど、気のせいだろう。
調教されたワイバーンだから、人の気持ちを慮れるワイバーンなだけだ。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。
「こちらこそ感謝するぞ、イキョウ。お前のおかげで報告は上手く行きそうだ」
ゴンドラを横目に、帽子を取ってお礼を言ってくるキシウ。
道中、オレはキシウととある企てをしていた。
キシウが何の報告も無しに帰っては、オレ達側もキシウ自身も怪しまれるんじゃないかって思って、口裏を合わせてお互いに不利にならないような情報を教えておいたんだ。
「良いって良いって。奢ってもらったんだしお互いにチャラってことで」
「そうか」
キシウはクシャっと笑いながら言ってくる。平凡で、特徴の無い顔でな。
「……ところで、お前は何時まで帝国に居るんだ?」
「えっ、どうだろ。カフカフ、オレ達ってどんくらい滞在するの?」
オレは、少し離れたところで、なんか紫色の髪をした騎士と話しているカフスに尋ねる。
もちろん、その背中にはソーキスがもたれかかっていて、二人でユラユラしていた。……言うほどもちろんかなぁ?
「予定では三日。でも美味しいお店を皆で回りたい」
「へいへーい、とりあえず適当ね。ってな訳で居ようと思えばいつまでも居れるっぽいわ」
「そうか……。そのうちで良いんだが、出来れば家に来て一緒に飯でもどうだ? 嫁と娘達にもお前を紹介してやりたいんだ」
「別に良い……え!? お前結婚してんの!?」
「諜報の仕事は内緒にしているがな。綺麗な嫁さんと可愛い二人の娘が居るんだ、ちょっとくらい自慢させてくれ」
「のろけかよ、別に良いけどさぁ」
「助かるよ。全てを曝け出せるのはお前くらいだから存分に自慢してやる」
ニヤッとしながらキシウは言い放つ。これまた平凡で、特徴の無い顔でな。
「かー、腹立つコイツ!! 上手い飯と酒用意しとけよクソヤロウ」
「分かってる…っと、俺は騎手としての仕事があるからここで」
「あいよー、諸々頑張ってなー」
「はは、言われなくてもがんばるさ」
技師に呼ばれたキシウは、その特徴を持たない出で立ちをウキウキとさせながら向かっていく。
見送ったことだし……さーて、オレもやる事やるか。
オレは見たくも無い景色を見てここがどこかを把握する。
足元には青と灰色の石造りの地面。そして、見渡そうと思えば町を一望できるほどの高台に作られた、立派な広い発着場。その傍らにはしっかりとした作りの馬小屋のようなものがあり、その中には鱗が艶めく質の良さそうなワイバーンが大人しく待機している。
そんでこの平らで広い石造りの発着場は、城みたいな建物の横に一段低く作られて居る訳で。横手の壁にはまるで城のような建物に続いている階段がある。もちろんそれも石造り。
ちょっと遠くを見ると、広がる町並みの向こうには取り囲むような感じで壁建てられている、堅牢そうな石造りの城壁。振り向けば、背後には岩肌を露出した山があって、町は半円状に広がっている。
これは……もしかして……。
「王都と王城ってことか?」
「い、いえ。帝都と、帝国城で、です」
オレの声に反応するように背後からオドオドとした声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはフワッとした紫色の髪を、両方の肩口で結んだ女が立っていた。
しどろもどろに、不健康そうで半開きの目をキョロキョロとさせなが俯いて、オレの方と視線を合わせないようにしている。
なるほどなるほど。似たようなタイプで言うなら、セイメアが静かな静謐で綺麗過ぎて手が出せないなら、この女は素朴で自信が無さそうだから押せばヤレルってド直球に言えるほど何かワンチャンありそうな雰囲気がある。
あとでヤイナに教えておくか。
「あ、あの、なにか?」
オレがヤイナへどんな感じの人物なのかを詳細に報告しようと、この女を観察していたところ、純粋な疑問を尋ねるかのような声色で声を掛けられる。
「うーん……」
この女性が身に着けている黒い鎧には所々棘のような、ナイフのようなあしらいが施されている。
大人しそうなのに攻撃の意を示すような鎧。言うなれば薔薇だ、手が届きそうだけど触れたら怪我をする。それが逆にヤイナを燃え上がらせそうだ。
なによりそれを際立たせているのは控えでスラリとした身体に張り付くような形で装備されている鎧だ。これはこれで逆にエッチだ。均整のとれた綺麗な比率のスラリとした体。エッチだぞ、ヤイナ。
「エッチだな」
オレは失礼の無いように真剣な顔と目をしながら、絶対的な評価を口に出す。
「んぇっ!?」
女性はというと、顔を真っ赤にしながらビクっと両手を縮込ませて反応をした。
この反応もまたエッチだぞヤイナ。ありがとうヤイナ、お前のおかげで最近段々と感覚が取り戻せてきた。
「そう言うのダメ。失礼」
ソーキスとユラユラしながら近づいてきたカフスは、僅かにムッとしながら開口一番にオレへダメだしをしてきた。
「あ、誠にごめんなさい。心のヤイナがな?」
「え、あの……そ、そうですね……?」
あせあせとしながらこの女性はオレの言葉に同意をするけど……。ヤイナは万国共通で心に潜んでたのか。知らなかった。
「こっちはミュイラス。こっちはイキョウ」
オレが世紀の新発見をしていたところ、カフスがユラユラしながら顔をちょんちょんと小さく振ってお互いのことを教え合わせていた。
その顔はマージで微妙な変化をしながら嬉しそうな表情をしている。多分、カフスはこのミュイラスって名前の女性を前々から知っていたんだろう。そんで、カフスはこんな風に初対面の奴同士を紹介することなんてあまりないから、ウキウキしながら紹介をしてくれたんだ。
その証拠に、名前を言った後に『ん、これで仲良し』見たいな顔をしてオレとミュイラスのことをポワワっと見てくる。
だったら従うしか無いじゃん。
「よろしくミュイラス」
「よ、よ、よろしくです。イ、イキョウさん」
オレが挨拶をすると、ミュイラスはまた俯きながらオドオドと言葉を返す。
「仲良し、嬉しい。ミュイラスは今日一日イキョウに付くことになった」
「ふへへー、おにーさんモテモテー」
ポワっとしたカフスと、その背中に持たれかかるソーキスは、何か良く分からないことを言ってくる。
「誰が誰に付くって?」
「あ、その。皇帝陛下から、わ、私はスノーケア様のお付きの人に、つつ、付くようにと命が……」
「へー。へー?」
「ミュイラスは仮面部隊に付くはずだった。でも居ないからイキョウにお願いする」
「は? 居ないなら仕事させずに休ませてやれや!!」
「わ、わ、私、が。自分からお願いしたことなので……だ、大丈夫、です」
「オレが嫌なんだけど」
お付きって言うのがどれ程付いてくるのかは知らないけど、とにかく今日一日は周りにずっと居るってことだろ? やだよそんなの。あっちも面倒でしょ。
「みゅう……」
オレの言葉を聞いたミュイラスは、涙眼になりながら身体を縮込ませる。
ただ数回しか言葉を交わして無い奴の涙なんか知らんわ。涙でオレを従わせたいならシアスタのような関係の深い奴を持って来いや!!
「全然嫌じゃないから。良いよ、よろしく」
……………………おやーーーーーー? 口が勝手に思っても無いことを言いやがったぞ? ついにオレの体が本格的にポンコツになったか?
「ほ、ほんとですか?」
「ホント。だから安心して」
なんだこの体。王国の件とシャーユの諸々を経ていよいよ持って上辺と底がごっちゃになり始めたか? どっちだ、今のオレは堕ちてるのか? 堕ちて無いのか?
ダメだな。近くにソーエンが居ないと判断が付かなくなってるかもしれない。矛盾を孕んだポンコツが本格的にポンコツになり始めたぞおい。ソーエン、助けてくれ。
「ちょっとたんま。もしもしソーエン?」
思い立ったら吉日。オレは即座に行動を起こす。
オレは誰の了解も得ずに周りを無視して、ソーエンに通話をかける。
「なんだ」
チャット越しに聞こえるぶっきらぼうで不機嫌そうな声。この声がオレを安心へと導いてくれるわ。
「今のオレってどう? 堕ちてる?」
「そんな巫山戯た言動が出来るのだったら堕ちてるわけが無いだろこのバカが」
それだけ言い放って、ソーエンは無慈悲にチャットを切った。
そっか、あいつが言うならそうなんだろう。ついでにラリルレにも通話をしておくか。
「ラリルレー、んふふーってしてー」
「んふふー、どーしたのキョーちゃん。帝国に行ってさみしんぼさんになっちゃった? いいなー私も行きたかったなー」
「初手で完璧ー。前にも言ったけど、ナトリが来るときに一緒においでー。オレもラリルレと帝国満喫したーい 好き好きちゅっちゅ」
「もーキョーちゃんかわゆいよー!! 絶対行く!! 一緒に帝国お散歩しよ!!」
「ああぁぁ、絶対だぁっ。必ずお散歩するぅ」
「んふふふふー!! 楽しみー!!」
「オレもー!!」
おあーお。ラリルレの声で満たされたオレは確信した。オレはオレであってあのオレではなく今のオレがオレなんだって。
ふう、最上の感謝を。敬愛を込めてラリルレに別れを告げたオレは名残惜しさ混じりに通話をあえて切らせていただく。
余韻に浸っているオレの前では、ミュイラスがカフスに何かを言われて納得していた。
「め、め、珍しい魔道具をお持ちなのですね」
オレの天才的なポンコツ頭脳が察するに、どうやらミュイラスはカフスからオレのチャットに関して解説を受けていたようだ。
だからこの肉体に備わるチャット機能のことを、魔道具による遠隔の会話だと勘違いしている。
ありがとうカフス。お前のおかげで説明する手間が省けたよ。
「というわけで、短い期間だろうけどお付きよろしく。テキトーにやってくれ」
「は、初めてそのような、軽い、あ、あ、挨拶をされました……。こ、こちらこそよろしくお願いいたします……」
オレは言葉だけで挨拶したってのに、ミュイラスは丁寧に腰を折り曲げて挨拶をしてくる。
なんだろう、このミュイラスの性格によって自然と生まれてしまったような上下関係は……。あんま好きじゃないけど、ここで指摘するようなことじゃないし……。
「そ、それで、スノーケア様には説明したのですが、こここ、この後すぐに皇帝陛下との顔合わせがあ、あ、ありまして……」
またもやミュイラスはオレへ伺うような口ぶりで話しかけてくる。
やだなぁ、こういうの。でも今言うことじゃないから深くは突っ込まないでおくか。
「顔合わせかぁ。それって仮面部隊との関係あるの?」
「無い。私が挨拶して少しお話しするだけ。本題は明日」
オレの疑問にカフスが答えた。
「じゃあオレはパスで、肩こりそうだから観光でもしてるわ。ソーキスは?」
「ふへーボクもやだー、おにーさん側ー」
ソーキスはカフスの身体に身体を預けたままオレへと言ってくる。
「いいよ。今日は顔合わせだけ、ソーキスはイキョウと行って」
「はーい」
カフスの言葉を受けたソーキスは、オレによじ登って何時も通り頭の上に陣取った。
「あ、あ、あの、え?」
「行ってきます」
「「いってらー」」
困惑しているミュイラスを他所に、帝国に何度も来たことがあるであろうカフスは迷わぬ足取りでスイスイと城へ向かって歩き出した。その後姿をオレとソーキスはひらひらと手を振りながら見送る。
そんなオレ達の姿を、ミュイラスはキョロキョロと困惑しながら見ていた。
「どしたのさ」
あまりにも右往左往するミュイラスの姿を見て、オレは不思議に思い尋ねる。まるで、予期せぬことが起こったようじゃないか……。
「て、てっきり弟様はスノーケア様と一緒に行動するのかと思いまして……」
まさに予期せぬことが起こっていたじゃないか……。
そうだよな。小市民代表のオレだけに付き添うと思っていたら、偉大なるカフスの弟まで付属してきたんだから困惑するよな。
「大丈夫大丈夫、コイツは色々アレだから」
「あ、あれですか?」
「ふへー、ボクはカフスの弟であって弟じゃなーい。でも弟なんだー。よろしくねー、ソーキスでいいよー」
「みゅ? え?」
「コイツは実質一般市民。ってことで何処行く? ってか宿どうしよう」
「あ、て、帝国城で御持て成しをして……あ、で、でもお望みでしたらお好きな宿に……」
「城はもう十分だから町の宿屋で!! 好きな宿って事は路頭に迷うこと無いじゃん!! テキトーに歩いて決めよーぜソーキス、まずは何処行く?」
「お城見てみたーい。男の子マインドー」
「さっすが半身、行くぞ!!」
「いえーい」
「ま、待ってくださいぃー……!!」