06.Yes I …No!!
あの手紙騒動から二日後。
オレは休日に外出をせず、食堂のテーブルに突っ伏して、向かいに突っ伏すシアスタの頬をつっついてた。
「なぁ~シアスタ」
「なんでふかーイキョーさーん」
のほほーんとしたオレの呼びかけに、ぽよぽよシアスタはのほほーんとしながら答える。
「一昨日にさぁー、二等級への昇級勧められてさぁー」
ぽにょん、ふよんとしながらシアスタの頬を突いてオレは話す。
「おめでとーございまふー。イキョーさん達ならいつかは上がると思ってましたよー」
ぽにょん、ふよんとされているシアスタは、頬を突かれながら答えた。
このまま今日はまったりのんびりした一日を送るんだろうなぁ。
「全力で断ったんだわぁ」
しかし――――オレがそう言った瞬間。シアスタはギョッとしながらオレの手を掴んで静止させ――。
「何でですか!? おバカさん!! イキョウさんのおバカさん!!」
テーブルに顎を乗せたまま、大声でオレを批判してきやがった。
「はあ? こちとら上がりたくないんじゃ。これ以上面倒事に巻き込まれて堪るかってんだよ!!」
だったらオレもと、テーブルに顎を乗せたまま反論する。
「おバカさんのイキョウさん!! 昇級すればもっとお金稼げますし偉くなれるんですよ!! 将来の為を考えたら上がるのは当然ですよ!! というか、普通の冒険者なら理由とか抜きに喜んで昇級しますから!!」
シアスタがガバァっと顔を上げてきたから、オレだって顔を上げるさ!!
でも……このことがあまりにも衝撃だったのか、シアスタは感情が高ぶってしまったせいて目に薄っすらと涙を溜めている。
「バカバカ言いやがって!! この……クソ…ガ……ぐぅ!! それは卑怯だぞ!!」
「卑怯じゃありませーん、私が意識的にやってることじゃないでーす」
「んだこのガキが!! 舐めてると潰あぁダメだ逆らえなくなるぅ!! くらえおらぁ!!」
オレとシアスタはテーブル越しに手をわちゃわちゃさせてお互いに攻防を繰り広げる。
「何でですか!! えいえいえいえいえいえい!!」
「まけるかァ!!」
「えいえいえいえいえいえい!!」
「オラァ!! ぷにぷにぷにぷに!!」
「イキョウさんのエッチ!! スケベ!! ロリコン!!」
「へんたい♡」「すーけべ♡」
「お前等こんなときばっかり急に現れんなァ!! おらおらおらおらおらおらおら!!」
「えいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえい!!」
「えいえいえいえいえい」「えいえいえいえいえいえい」
「まけるかぁーーーーーーーー!!」
「何をしている、このバカ」
オレ対双子とシアスタで壮絶な攻防戦を繰り広げていると、唐突にソーエンから頭を叩かれて、戦闘は強制終了となった。
「何すんだこのバカ!! ……ってカフスじゃん」
座ったまま振り向くと、ソーエンの横にカフスが突っ立ていた。
激しい攻防戦を繰り広げていたせいでカフスが来ていたことに気付かなかったわ。
「えい」
んで、どうしてこうしてか、カフスが急にオレの頬を突いてきやがった。
「お? なんだ? やんのかこら」
仕返しにオレもカフスの頬を人差し指で突っつく。
ここから喧嘩の開催か? とも思ったけど、突かれたカフスは嬉しそうな雰囲気をかもし出しながらほんっとうに薄っすらと微笑をした。
「楽しい」
「バカなことをやってないで用件を話せ。こっちは一々猫の集会場へ行くのを中断して戻ってきたんだ、早くしろ」
ソーエンがカフスを急かして話を進めようとしてくる。
こいつ、集会場に行く為に一人で外出してたから、その途中でカフスに捕まって戻ってきたんだろう。
「ん、分かった」
ソーエンに急かされたカフスは、オレの向かいにシアスタと並んで座る。それと同時にシアスタの頬を突いて、お互い笑いあってた。
ソーエンはというと、何時も通りオレの隣に座って……、双子はまあ何時も通りオレの周りをふよふよ漂ってる。全員が位置に付いたところで、カフスの話を聞くこととした。
「んでどしたのカフス」
「公務で帝国の皇帝から御呼ばれした」
帝国かぁ。一昨日に行ったけど、見たのは総魔の領域だけだしなぁ。どんなところか分からんわ。アステルの北に位置する位しか知らん。
なーんも知らんけど、カフスが御呼ばれしたなら見送る言葉を言うしかないな。
「ほえー行ってらっしゃい。御土産よろしく」
「イキョウとソーエンも行く」
「ほえー……」
「ふむ……」
……。
「「は?」」
「何? カフスは一人でお仕事できないさみしんぼドラゴンちゃんなのかな?」
「私はグルメさみしんぼドラゴンカセイフスちゃん」
「じゃんじゃん吸収していくじゃん」
「そういった無駄な話は省け。俺達が同行する理由だけ答えろ」
ソーエンは早く猫の集会場に行きたいようで、腕を組みながら貧乏ゆすりをし、露骨に不機嫌な態度を露にしている。
「仮面部隊を何人か連れて来てって手紙に書かれてた」
「そうか。だったらナトリとヤイナを連れて行け。今ガルルとメイメイ夫婦が出産間近なんだ。俺がアステルを離れるわけには行かない」
「ガルル、メイメイ。猫?」
「そうだ」
カフスの問いにソーエンはぶっきらぼうに答える。
そういや、あの猫夫婦の出産近いんだっけ。腹でかくはなってたと思ってたけど近いのか。そりゃめでたいことだ。
この状態のソーエンはテコでもこの町から離れようとは思わないだろうな。マジで絶対に。なんなら出産間際になったら夜通しで診るつもりなんだろう。
「私達も見に行くんですよ!!」
「はじめて」「ねこのあかちゃん」「たのしみ」「ちょっとこわい」
シアスタと双子は自慢するようにカフスに言う。
「ギャラリー多いと生み辛そうだな」
「そんな思いはさせないくらいにはちゃんとした信頼関係を築いている。そう言う訳だ、俺は候補から外しておけ」
ソーエンは本当に今すぐ猫の集会場に行きたかったようで、その言葉を最後に荒く立ち上がるとそそくさと家から出て行ってしまった。
「あ!! 待って下さいソーエンさん!!」
「わたしたちも」「いく」「がるがるー」「めーめー」
そして、そのソーエンの姿のを見て、シアスタ達も見に行きたくなったのか、いそいそと家を出て付いて行った。
…………一気に家の中が静かになったな。
四人が姿を消したってことは……引き算をすると、オレとカフスだけが取り残されたってことになるのか。……え? この件オレに丸投げっすか?
「仮面部隊なぁ……。はい紅茶」
案件を丸投げされたオレは、とりあえずカフスに紅茶を出して御持て成しをして差し上げる。
「ありがと」
「へーい」
カフスに紅茶を渡したオレは、頬をつきながら煙草に火を付けて吸う。
「何で仮面部隊連れて来いだなんて言われてんの?」
丸投げされたからには、一応は事情くらいは聞いておこう。カフスの話だしな、やぁれやれぇって思うけど、オレはどこぞのバカと違ってちゃんと人の話を聞ける人間だから聞いてあげるよ。
オレの問いに対して、カフスは紅茶を一口嗜んだ後答え始める。
「分かんない、絶対に連れて来てってだけ書かれてた」
「理由も書かずに? なんだその失礼な手紙はよぉ。アステルの王たるカフス様に対してなんたる無礼なことしやがんだ」
オレがそう言うと、カフスはわざわざ紅茶を持って立ち上がった。
そしてオレは『なんだ?』と思いながら頬杖を付くのをやめ、テーブルを回り込んでくる姿を視界で追っている、と。
「その呼び方止めて」
カフスは隣に座ってきて、ほんっとうに少しだけムッとした顔でオレの頬を突いて反論してきた。
「……これ気に入ったの?」
煙草を咥えながら頬を押されているオレは、カフスの付いてくる人差し指を目で指しながら問う。
「……ん、気に入った」
カフスはまた薄っすらとした微笑を浮かべながら指を離して答えた。
「そっかぁ。まあ、今のはノリで言ったみたいなものだから気にすんな。それより、理由も無しに呼びつけられて馳せ参じるほど、オレ達はお人よしじゃないんだけど」
「連れて来てくれたら美味しいご飯ご馳走するって書かれてた」
「……おいふざけんなよ。そんなクッソ下らない交換条件でオレ達の誰かが帝国行くってのかよ。皇帝とか言うやつはカフスの扱い方が随分上手いんだな」
「現皇帝のハインツは良い子で頑張り屋さん。比較的気軽に接してくれる」
「だからご飯でカフス釣ろうとして来れるってわけね」
比較的ねぇ、比較対象はオレ達だろうな。
にしても良い子で頑張り屋さんか、そう言われてもオレは理由も無しに帝国行く気はないぞ。
となると、ソーエンが言った通りナトリとヤイナに任せるか。ってかナトリ一人で良いんじゃね? あいつなら何があっても大丈夫だろ。
「カフス、ちょっと待ってて」
オレはカフスに断りを入れてから、ナトリに通話をかける。
あいつは今日、何も言わずにどっか行ってるからどこにいるかは知らん。
「そろそろかけてくる頃合だと思ってのである」
そのどこに居るか分からないナトリから応答があった。
チャットは周りの音を拾わないから、やっぱりナトリがどこに居るのか全く分からんわ。
「あ、ナトリ? カフスと一緒にちょっと帝国に行ってきて欲しいんだけど」
「阿呆か馬鹿は同行するのであるか? しないであろうな」
「もち、絶対行かない」
「故に断る」
それだけ言われて通話を切られた。
「んだあいつ、薄情者!! 次!!」
第一候補のナトリは断られたが、こっちにはまだヤイナが居る。だったらあいつに全部丸投げだ。
「何スかぱいせーん、メアメアちゃん達とのデート邪魔しないで欲しいっスよー」
ぶーたれた声でヤイナからの応答あり。
あいつは今セイメアやラリルレ、ロロと町に出てるんだったな。それをコイツはデートと言っている。なんならラリルレもデートと言ってた。オレには良く分からんわぁ。女の子同士で一緒に出かけるのがデートらしい。
「すぐ話終わるから。カフスと一緒にちょっと帝国に行ってきて欲しいんだけど」
「っス? なぜなにどうしてっスか?」
「理由不明だって」
「……いや、それで行くほどあたし仕事熱心じゃねーっス」
その言葉を最後に通話は切られた。
「んだあいつ薄情者!! 次!! ソーエン!!」
「断る」
「薄情者!! クソォ!!」
オレは煙草を噛み潰して悲しさに暮れる。
どうしてオレの周りには面倒事を押し付けようとすると断る奴等しか居ないんだ!!
残る仮面部隊の候補はラリルレだけだけど、絶対に一人で帝国に行かせる選択肢は無い!! オレは、平和に、アステルで、何事も無く、ラリルレと、キャッキャウフフしてたい!!
最初からオレが帝国に行く選択肢は無いから、おのずとラリルレも帝国に行く選択肢はありえないんだ!!
「ってなわけでごめんカフス。オレの身内に碌な奴居なかったわ」
「全員無理?」
「そゆこと」
「ん……残念……」
オレの返事を聞いたカフスは、紅茶を持った手が下がり、顔を俯け、露骨に悲しそうな雰囲気をかもし出している。顔も少しシュンとしてしまってもう。
………………ぐぅ、そんな顔しないでくれぇ。なびく、なびいちまうぅ。
いやダメだ。こんな同情でイエスと答えてしまったら、次もまた同じようなことが合った時にオレが出向くはめになる。ここはちゃんと断ろう。
「オレで良かったら……行きます」
オレはしっかりと決心をして――――。肩を落としながら打ちひしがれるようになびいた。
無理だって。こんな顔されたら断れねぇって。
「ん」
オレの返事を聞いたカフスは露骨に嬉しそうな雰囲気と、微笑を浮かべながらその慈愛なのか眠いのかわかんねぇ優しそうな目でオレを見てくる。
やっぱ表情筋死んでんじゃねぇのかコイツ。
でもそんな雰囲気出されたらもう断れねぇって。行くの決定だよ。
「あれ? でも仮面部隊って名目で呼ばれてるのに、オレがそのまま行ったら不味くね? 正体ばれちゃうじゃん」
「私に考えがある。でもイキョウにも考えあるかも」
「今話されたのにある訳無いじゃん……。いいよ、ケースバイケースで適当に良い感じになれば良いよ。でさぁ、何時出発?」
「今から」
「そっかぁ……。今何つったお前」
「今から出発する」
「やだぁ、このドラゴン、人の予定ってものを知らなすぎるー。……マジで言ってんの?」
「ん」
「そっかそっか。<隠みt」
「いこ」
「あ、お前腕掴むんじゃねぇ!! これじゃお前から隠れられねぇだろうが!!」
悲しいかな。捕まってる状態で<隠密>を使っても即解除か相手を巻き込んでの発動になるから、今のカフスから逃れられることは出来ない。
「馬車とワイバーン便どっちがいい?」
そしてオレはそのまま引き摺られるように強制的に移動を開始される。
「んだこいつ力つよっ!? 待って、そういうのは普通出かける前のフェイズで決めることなんだって!! ヘルプ!! へループソーエン!!」
こうしてオレは、心なしか浮き足立っているカフスに連れられて、急遽帝国へと赴くことになった。