05.超強敵、巨大、強力、脅威対象ゴライタス
「クソッ、何が起きた!!」
剣を構え、息を切らしながらニルドは険しい表情をする。
「イムズス!! ヒライ!! 無事か!?」
辺り一面に立ち込めている土煙の中に、ニルドの声が響いた。
「にゃんとか」
「無事ナァ……」
その煙の中から返事が聞こえてきて、ニルドはホッとする。
視界不良の中、二人が声を頼りに自分の下へと近づいて来ていることを、足音を聞いて理解しながらニルドはどうするべきかを考える。
数分前、にゃんにゃんにゃんは、総魔の領域を潜行する中奇妙なものを見つけた。それは、地面にそそり立った一本のゴツゴツとした円柱だ。
材質は岩のようで、くすんだ色をした不恰好な円柱。一つおかしなことがあるとすれば、柱のようなのにも関わらず、地面に刺さっておらず自立していたという点だった。
三人でその円柱を調査しようとしたそのとき、急に柱が宙に浮き、それと同時に激しい衝撃と木々が薙ぎ倒される音、そして風と土埃が辺りに舞った。
「一体何が……これは……呼吸音、だと?」
ニルドは耳をぴくぴくさせて小さく驚く。
聞こえてきた音は、呼吸の音。それだけならここまで驚く事は無い。この場周辺にモンスターは居なかったが、それでもイムズスとヒライが居る。だったら呼吸の音がしてもおかしくは無い。
しかし、あるはずが無い。この空洞を吹き抜けるような深くて重い呼吸音など、この場に急に現れるはずが無い。
その呼吸の音は巨大なモンスター特有の大きな器官からなる音であり、どんなに視界が不良であろうとも、その音が急にそばに現れることなど獣人の耳を持ってしてはありえないことだった。
「にゃんかヤバイにゃぁ!!」
「ニルド、撤退するナァ!!」
ニルドの元へ合流した二人にもその音が何を表すのかが分かっており、焦った様子で撤退の指示を仰いでくる。
「呼吸音からして、推定、全長二十メートル程……か。こんな視界の中で戦う訳にも行かない。撤退しよう」
ニルドは心は焦りながらも、頭は冷静に動かし、そして判断する。
霧に加えて今では砂埃が舞っている。二重の視界不良で相手の正体も不明、その上不意を付かれた会敵だ。普通の冒険者なら、いや、普通の人間なら戦いを選ぶ事はありえない状況だった。
この場の勝ちは捨て、撤退に集中をして情報を持ち帰ることが最善の策と考えたニルドはすぐさま撤退の指示を飛ばす。
が、三人が動き出そうとしたその瞬間。
辺りの地面に体が揺らされるほどの振動が起こり、強風が吹き荒れ、霧と土煙が拭き跳んでいく。
その風に飛ばされまいとにゃんにゃんにゃんの三人は下半身に力を込めて踏ん張り、腕で顔を覆う。
風はすぐさま止み、辺りの土埃は拭き消えた。霧は完全に消える事は無かったが、それでも薄くはなった。
そのせいで、今、自分達が何と対峙しているのかを、三人は理解してしまった。
「にゃはは……まさかこんにゃ所でお目にかかるなんてにゃあ……」
「ゴライタスじゃナいか……。死んだかナァ?」
「落ち着けイムズス、ヒライ」
――――三人が瞳に写しているのは巨大な亀。
名をゴライタスといい、その姿はくすんだ黒に染まった四足で歩行をする亀だ。ただし、見上げんばかりの巨体はそれだけで見た者の足を竦ませ、果ては押しつぶされてしまうのではないかと思わせるほどの重厚感を漂わせている。
ゴライタスの姿を確認してしまった三人なら、先程何が起きたのかは容易に想像がつく。
あの円柱だと思っていたものはゴライタスの足であり、あの巻き起こった砂埃はゴライタスがその巨体で自分達を潰すために身体を地面に落としたことで発生したものだ。
三人は偶然足の外側に立っていたから潰されなかっただけで、内側に居ようものなら問答無用に潰されていただろう。
ニルド達はその事を痛く理解する。しかし、そのことに身体を震え上がらせている余裕は無かった。
ゴライタスは確かに巨体だ。その大きさと亀という見た目故に鈍足なのだと思わされることだろう。確かにゴライタスの歩みはゆっくりとしたものだ。しかし、巨体ゆえに一歩が大きいので移動という点では一般人が全速力を出してようやく速度が勝るほどには早い。
そしてこのモンスターはわざわざ対象を追いかけずとも、生物の命を奪う手段を持っている。その手段とは、岩石を辺りに降らす魔法だ。
無差別に落とされるその岩石は、ゴライタス自身は自らの堅牢な殻に篭って身を守り、自分以外の全てを押しつぶす雨を降らせる。
ただし、ニルド達の能力を持ってすればゴライタスから逃げ切る事は可能だ。反対に、討伐することの方が無理な選択肢であり、ゴライタスの堅牢な甲羅と分厚い皮膚を前に殺すほどのダメージを与えられるような手段を何一つ持ち合わせては居ない。
だから、取るべき選択肢は逃げるただ一択ではあったのだ、が。
もし、にゃんにゃんにゃんが逃げたとして、このゴライタスが追いかけてきた場合、必ずアドアリア防壁で戦闘が起きる。戻ればひまわり組とキアルロッドが合流し次第討伐する事は可能だろうが、もしゴライタスに魔法を使用された場合は人、壁、共に甚大な被害が発生する。
そのため、迂闊に撤退する手段を取る事は出来なかった。また、霧という時間制限と視界不良が存在するこの状況において、知らぬ方向へ闇雲に逃げるという選択肢は存在しない。
だから、撤退するなら絶対に砦の方向だけだ。
戦う事は出来ず、されど迂闊に撤退を選ぶ事は出来ない。
ニルドの額に脂汗が滲む。
このゴライタスは自分達を得物として見ている。逃げたところで確実に殺しに来るだろう。それほどまでに、その眼は執拗にニルド達のことを捕らえている。
「ひぃぃ、こんな大きいのに俺達食べても腹の足しにもならないナァ……食べナいで……」
「亀ってのは一度噛み付いたら絶対放さないってばっちゃんが行ってたニャ。もう目で噛み付かれてるから次は口ニャア」
言葉を端ながら、二人もそのことを理解していて、しかしニルドの指示を待つ。
勝手に逃げることも、勝手に戦うこともしない。なぜなら、安易な判断は命取りになると理解しているから。
だが、理性を持って対峙している二人も脂汗をかき、そして剣を構える手が震えている。安易な判断が命取りになるとは理解しているが、考えた判断が最善の結果を齎すとは限らないことを理解しているから。
一番良いのは、防壁から離れたこの場所で戦闘をし、ゴライタスを討伐することだ。そうすれば巨体や魔法によって砦が破壊される事は無い。
しかしそれは出来ればの話だ。今ニルド達が考えるべきはどうやって最善の方法を導き出すかを考えることであって、希望的観測をすることではない。
「……くっ、仕方ない」
恐らく、このゴライタスは自分達が接触していなくても砦へと向かっていただろう。
間引きを行う範囲でゴライタスが目撃された例はあらず、何よりこのゴライタスは最初から防壁の方向を向いていた。つまり、誰が何をせずとも、もとより砦へ向かうつもりだったのだ。
三人の運が悪いところは、ゴライタスが寝ている最中に接敵してしまったこと。
このゴライタスのように、亀の姿をしているモンスターは普段から呼吸の音はさることながら心音さえ聞こえ辛い。それに加えて、寝ている際に死んだように生体の反応を示さないのでニルド達はこのゴライタスの存在に気付くのが遅れてしまった。
しかし、それはもはや過ぎ去った問題。事実目の前にしてしまったら自分の運の無さを悔いている場合ではなかった。
いずれは防壁に到達していた存在を運悪く見つけてしまった。だが、この情報を持ち帰れば砦にて事前に作戦を組むことが可能となる。全てが悪い出来事だとは限らない。
だったら取るべき選択肢は、最善ではないかもしれないが、一つしかない。
「イムズス!!ヒライ!! ここはてった――」
「悪いけどその前に推薦の取消書いてくんね?」
「いを……を?」
「いや、困惑してるところ悪いんだけど、こっちももう待てねぇんだわ」
唐突に横からかけられた声にニルドは驚く。
まるで最初からそこに居たような存在は、声を出して初めて認識できたような感覚に陥らされるほど、当たり前のように立っていた。しかも二人も。
「亀と睨みあってるから終わるまで待とうって思ってたけど、長い長い。それに加えて撤退しようとしてるじゃん。んなことされたら今日中に手紙書く時間無くなるったらありゃしない」
「ニャーーーーーーーーーーーーー……ア?」
話しかけられたニルドは思考が停止してしまい、思わず『ニャ』がでてしまう。
「にゃんでイキョウが居るんだ? ルナトリックまで……?」
「細かい事情は後!! はよ書いてくれや」
「いや、そっちの事情が後にゃ!! 理由は分からにゃいけど、一緒に逃げるにゃ!!」
「だから逃げる前に手紙書けつってんだろがい!! こちとら金稼ぎ休みにしてまでお前等がやってくれたこと帳消ししに来てんだぞ!!」
「訳が分からないニャア」
「ナんナんだこの状況……」
「くっくっく……」
「イキョウ、よく見るにゃ!! あれはゴライタスっていう冒険者や騎士が大連隊を組んで討伐するようなモンスターだ!! ここで言い争ってる時間はないんだにゃ!! 今すぐひまわ――」
「はあ? あんなのデカイ亀だろ。因みにあれって殺すの有益? 無益?」
「えぇ……。あれがもし防壁に向かったらタダじゃ済まニャいから……有益といえば有益ではあるが……。そんな次元の話じゃ――」
「あっそ。だったらオーケー」
人の話を聞かないまま、イキョウは飛び上がる。
ゴライタスは急に現れた新しい得物が急に動き出した為、殺す為に広範囲高威力の大魔法を使おうとする、が。
「<下弦の蒼月><上弦の紅月>」
イキョウの放った二振りの蒼と紅の斬撃によって、ゴライタスの首は両バサミのギロチンのように断ち切られ、その生命活動をあっさりと停止させられてしまった。
当然、このような事があって良いはずが無い。脅威とはこれ程までに簡単に過ぎ去って良いものではない。ゴライタス、それも総魔の領域によって変異した種は一国を揺るがせるほどの脅威対象であった。人類最強のキアルロッドが一人、もしくは一等級冒険者やそれに並ぶほどの手練れ達が相対してようやく戦いの場が整うほどの強大な敵だった。
それが今、容易く死んだ。
断たれた太い首は、ニルド達の前でゆっくりとズレて行き、その断面があらわになる頃には、イキョウはとっくにニルド達の下へと戻ってきていた。
「にゃぁ……………………?」
「はいこれ机と椅子ね、んで紙とペン」
目の前に光景に、呆然としているにゃんにゃんにゃんの面々の前では、イキョウが虚空からそれらを出してセッティングを始めていた。
そしてそれと同時に地に首が堕ちる音が響き渡った。
「おいでニルド」
「にゃあ?」
「そうそう、座って座って」
「にゃあ」
「んでペン持って」
「にゃ」
「あとはナトリの言う通りに手紙書いて。はいよろしくぅ」
「にゃー」
「ふむ、まずは――」
未だ呆然としている面々を他所に、二人は好き勝手に行動をして、己の用事を淡々と済ませていく。
「ニャー、イキョウイキョウ」
「ちょっと来て欲しいナァ」
「え? へーい。ナトリ、あとは任せても大丈夫?」
「案ずるな阿呆。我輩に任せておけ」
「さっすがナトリー」
イキョウは手紙に書かれる内容を知ることなく、その場を離れて呼ばれた二人への元へ赴く。
「どしたのさ」
「これって夢なのかニャ?」
「うーん。どうだろ、オレ主演的な?」
「ゴライタスってこんなあっさり倒されて良いんだっけかナァ」
「有益なんだから良いでしょ」
「にゃあ、これ会話出来てるにゃ……?」
「夢だから会話できないのも当然だナァ……」
「それもそうニャ」
「何言ってんだお前等……――ちょっとナトリ!! 早くして!! ヤバイ!!めっちゃヤバイ!!」
「どうしだのだ阿呆」
「何かヤバイのが急接近してきてる!! 早くして!!」
「そう急かすでない」
「早く!! ハリー!!ハリー!!」
イムズスとヒライが理解を諦めたようにのほほんとしてる最中、イキョウはルナトリックの元まで走っていき、書面を見ないまま肩を叩いて急かす。
「まあ、これだけでも十分であろう」
「そう!? じゃあなお前等!! 次同じような事したら容赦しねぇからな!! 覚えとけ!!」
その言葉を聞いたイキョウはすぐさま取り出した物品の数々を収納していく。
「ふははははは!! さらばだ!!」
そして、唐突に現れた者達は、その痕跡を全て残さないまままた唐突に姿を消した。
後に残るのは、未だ呆然としているにゃんにゃんにゃんの面々と、首が落ちて巨体を地に落としているゴライタスの姿だけだった。
「ニャにこれ?」
「もしかして霧に当てられたかにゃあ?」
「ナァ、さっさと砦に戻って休ませて貰うかナァ?」
残された三人は呆然と立ちながら眼前の光景をただ見る。
死の可能性を含んでまで選択を誤らないようにしていた存在が、こうもあっさりと討伐された姿を見ると、どうにも現実を見ているとは思えなくて、夢か霧に当てられているとしか思えなかった。それに加えて居る筈も無い存在が、討伐できる可能性も無いモンスターを倒した姿を見たのならば尚更だ。
しかし、夢にしては緊迫感があったので、今回は霧に当てられてしまったんだろうと思うことにした三人。
「イキョウ様!!」
その三人の前に、必死の面持ちをしたメイドが木々の中から飛び出してくる。
その背後には、かの名高い騎士団長が怒りに満ちた顔をしながら付いており、その横には辟易とした四騎士が一人付き添っていた。
メイド姿の女、ニーアは辺りを不安そうに見渡すと、捜している者が存在しないことを知って、それでもにゃんにゃんにゃんの元へ駆け寄って詰め寄る。
「ここにイキョウ様は来なかった!? あの人は無事!?」
「ニャーーーー。来たと言えば来たニャァ?」
「来たナァナァ」
「やっぱり!!」
その返答を聞いたニーアは辺りをまた探るようにキョロキョロと見渡す。
そのあまりの必死な様相に、辟易として傍観しようとしていたコロロは――。
「どうしたのでありますかニーア、落ち着くであります!!」
普段は見せることが無いその焦ったニーアの姿を見て、コロロは顔を両手で挟んで落ち着かせようとする。
「――っ……。違うの……私はただ…。心配で…怖くて…不安で…」
コロロの行為に我を取り戻したわけではない。しかしニーアは、コロロの顔を見ながらポロポロと涙を流して、自分にしか分からない言葉を発して泣き始める。
「ニーア……?」
コロロは何故ニーアが泣き始めたのかが分からず、目の前の姿に困惑の表情を浮かべた。
その姿を見て、怒りを露にしていたはずのキアルロッドは、あたふたしながら困惑をし、何て声をかければ良いのか分からず辺りをキョロキョロしていた。
「ニャあニルド」
「にゃんだ?」
「やっぱり俺達霧に当てられたみたいだニャ」
「それナァ」
「ちゃんと会話が出来てる内に防壁に帰ろうニャァ」
「にゃあー、間に合うと良いナァ」
目の前の光景を現実だと思えない三人は、呆然としたままこの場を立ち去ろうとする。
「あ!! ちょっと待って!! ニルド達がこのゴライタス討伐したの?」
その姿を見て、あたふたしていたキアルロッドは声を掛ける。
「にゃ? 幻覚のイキョウが一刀両断したにゃ」
「こう、バサっとニャ」
「スパっとナァ」
「ああ……あいつほんと隠す気あるのかい……? まあいいや、こっちは何とかしとくから。……とりあえず帰り道は気を付けてね!!」
「ナアァ、幻覚のキアルロッドさん達も気をつけてナァ」
「ニーアさんが泣き止むといいにゃ。お大事に」
「それじゃーニャー」
「三人とも現実が受け入れられないんだね……。バイバイ、異常者達を目撃した者達……」
手を振り去ったニルド達を見送りつつ、キアルロッドは目の前の亀の報告書をどうするかと、それより目の前でコロロに抱かれて泣いているニーアをどうするかを考える。
少しお説教をしようとしていた矢先に号泣されては、お説教をするにも出来ないし、ニーアが泣いているという不安感がキアルロッドの心に混乱を齎す。
悪い事をして怒られた末に泣いてしまったのなら、それは仕方の無いことだからニーアを泣かせたくないキアルロッドでも受け入れはする。
(ま、ニーアが悪いことをするなんて無いけどね!! 今回以外は!!)
しかし、今は何故泣いているのかが検討付かず、ただ悲しんで泣いていることしか分からない。
「あ、えっと、ニーア、大丈夫? あ、えっと、ニーア、えっと、平気?」
キアルロッドはわたわたしながらニーアの側で優しく声をかける。
「キアル殿って……ニーアの事になるとポンコツになるでありますね……」
コロロは、しくしくと泣いているニーアを抱き締めながら、キアルロッドへと呆れたような眼を向けた。
コロロは、引いては騎士団の皆はキアルロッドとニーアの事情を知っている。昼行灯の天才、完全無欠と思っていた騎士団長が、実は裏で苦悩を抱えていた事。そして冷徹で冷静で美麗なニーアが悲しい過去を背負っていた事を。
「うっ……。これでもマレックから色々話は聞いてるんだけど……いかんせん娘の年代がねぇ」
キアルロッドはコロロのどうしたものかと言う目を感じながらも、一生懸命弁明をする。が、その肩はがっくりと落ちていた。
「キアル様……申し訳ございません……」
コロロの胸から顔を上げたニーアは、キアルロッドの顔を見て丁寧に謝罪をする。が、やはりその顔には涙が流れていた。
「いや、これ、ええ? コロロ、この年代の子って抱き締めても気持ち悪がられない?」
「いやぁ、それを聞いてくる時点でどうかとは思うでありますが、ニーアとキアルロッド殿の仲なら大丈夫でありますよ。それほどに、お互いを大切に思っているでありますから」
「コロロ、お前が俺の部下で本当に良かった」
「こんなことで今まで向けられたほどの無い最高の笑顔を向けられたであります……」
コロロの言葉を受けたキアルロッドは、ニーアをそっと優しく抱き締める。
「ニーア、今回の独断専行は決して許されるものじゃない事は分かってるよね」
「はい……。申し訳ございません」
「うん。それがちゃんと分かってるんだったら良いんだ。でも、分かってるのにやっちゃったんだよね? それはどうしてかな?」
「……言えません」
「どうしてかな?」
「…………言えません」
「そっか。ニーアにも秘密があるんだね。それは俺にも話せないこと?」
「……申し訳ございません」
「誰かに口止めされてるの?」
「……私が言いたくないだけです。ワガママなんです。あの人の決心が鈍らないように、あの人の邪魔になってしまわないように……だって、だって私だって嫌なのに!!あんな顔で言われたら!! 私は何も言えないじゃないですか!!」
その言葉と共に、ニーアは大声で泣き出す。
大声で、理由も言わずにただ悲しむ。その涙はニーアの頬を伝い、キアルの鎧を伝う。
ニーアの嘆く言葉の意味が見出せず、キアルロッドは尋ねるようにコロロへと目配せをする。しかし、コロロも同じく言葉が意味しているものは分からないと、無言で首を振ってその意思を伝えた。
「そっかぁ。ニーアも辛かったんだね。良く我慢してたよ、偉いよ」
キアルロッドはニーアの言っている意味が分からない。しかし、そのうちに秘めているものは、誰にも明かすことなく我慢して隠していたことだと知っている。だから、ただ言葉を投げかける。
力強く抱き締め、そして、ニーアの肩越しに眼を鋭くする。
「-―――やってくれたなイキョウ。事情は知らんが、ニーアを泣かせた罪は重いぞ」
「ええ。キアル殿。此度の代償は必ず払わせましょう」
二人が心に怒りの炎を抱いている最中、揃って何かに気付いたような反応を示す。
「っと、このままニーアのこんな姿を見せるわけには行かないね。コロロ、後は頼んだよ」
「了解であります。この場は私に任せて、キアル殿はニーアを」
「お願いね」
キアルロッドは泣いているニーアを抱えて飛び、この場から姿を消した。
二人は気付いていた。この場に近づいて来る気配に。
森の木々を揺らす音がしたと同時に、気配の主は振ってくるようにこの場に姿を現す。
入れ替わり立ち代りで現れた三人は、辺りを確かめるようにしながら口を開いた。
「状況は!! ……って、もう片付いていたのね」
ブロンドヘアに赤い瞳の釣り目の女性は、真紅の鎧に身を包み、生意気とも気高いともとれるような目をコロロに向けて状況を尋ねる。
「コロロさんが居るって事はー、キアルロッド様がこのゴライタスをー?」
スラリとした肢体に張り付くような装備を身に纏い、後頭部に揺った蒼い髪を揺らしながら、ヤル気の無さそうな目つきと声色を持って、この少女は現状の分析をする。身につけたマフラーによって口元は隠されている為、口の動きを読む事は叶わないが、それは少女が意図的に行っている防衛術であった。
「あら~、せっかく来たのに残念。折角本気で戦えると思ったのにぃ」
甘い色艶をかもし出す声色で残念と語るのは、肉感的な身を薄手のローブだけで包み、開けた胸元とスリットによって露にされた足を大胆にさらけ出した灼熱のロングヘアの女性だ。この女性のみ、煙管で煙を吹かしながら妖艶な目をコロロに向けている。
「わざわざ馳せ参じていただいて申し訳ないのでありますが、この場は我々王国騎士が治めたのであります。キアル殿とニーアは報告へ、自分はこの場の後処理を任されているのであります」
「な……るほど。ふーん……ゴライタスの首を一丁両断ね……」
釣り目の女性は、ゴライタスの切断面を見て訝しげと取れるような声を出す。
その声にコロロはドキリと反応をする。が。
「ま、いいわ。キアルロッドさんならありえない話じゃないものね」
ブロンドヘアの女性はツンと言い放って顔を背けた後、手でその長くウェーブの掛かった髪なびかせるように払って見せた。
「ティリス。癖出てるー」
蒼い髪の少女は、ブロンドヘアの女をティリスと呼び、その仕草を指摘する。
「あ!! ごめんなさいコロロさん!! つい……」
「分かってるでありますよティリス殿」
「あらぁ~、コロロさんは優しいわぁ。どお? このお仕事が終わったら一緒にお食事でもぉ」
「レレイラはどうせ振られるー」
「申し訳無いのでありますが、これが終わったら自分はすぐに王国へ帰らないといけないので……。くぅ、食べたかったのでありますよぉ、レレイラ殿と一緒にお食事をしたかったのであります……っ!!」
「ああ、コロロさんのそう言うところ、本当に可愛いわぁ……好きぃ」
「私も好きでありますよ、レレイラ殿」
「ダメ……真っ直ぐすぎて……好きぃ……」
「はいはいレレイラは黙ってて」
身悶えしている色艶かもし出す女性を蒼い髪の少女が押しのけてコロロの前に立つ。
「ごめーんコロロさん。疑ってるわけじゃないけどー、変異種のゴライタスを一刀両断するのって、キアルロッドさんでも可能なのー?」
「現に証拠がこの場にあるのでありますよ、ピウ殿」
「……そっかー。そうだね。お互いに何事も無くて何よりー」
やる気の無い目をしていた少女、ピウはコロロの言葉を聞くと、のほほんとした目つきでお互いの無事を喜んで両手を挙げた。
「でありますね。王国騎士、ひまわり組共々、怪我なく済んで何よりであります」
現在コロロと会話をしている三人は、パーティ名をひまわり組と名乗り、アステルを拠点に活動している冒険者達だった。
「コロロさ~ん、私がこのゴライタスの死体を焼き払うところ 見・て・て」
「はい!! 是非にであります!!」
「あ~ん、頑張っちゃう!! もっと応援して~!!」
「ファイトであります!! フレーフレーであります!!」
「私もゴライタスも燃え上がっちゃう~!!」
レレイラと呼ばれる女性は、コロロの応援を受けて妖艶な声を上げながら炎を燃え上がらせてゴライタスの全身に赤熱の炎を滾らせる。その火力は凄まじく、ゴライタスの堅牢な皮膚や甲羅が融解するほどの熱量を帯びていた。
「ちょっとピウ、レレイラが注意を引きつけてる内に辺りの調査してくれない?」
コロロが必死に応援してる姿を後ろに、ブロンドヘアーのティリアと呼ばれる女性が、青髪のピウにコソコソと話しかける。
「あれは別に注意を引いてるわけじゃない。本人が嬉々としてやってるー」
「細かい事は良いの!! やってちょうだい!!」
「ティリアは生意気。リーダーの癖に調子乗らないで」
「ムカッ……!! 別にリーダーだからって調子乗ってるわけじゃないし。というか、普通リーダーの指示には素直に従うものでしょ!? どうして反抗されてるの私!?」
「反抗してるわけじゃない。言われる前に調査は終えてるから、一々指示してこないでってこと」
「だったらそういいなさいよ……ほんっとめんどうなプライド持ってるわね……」
「私は超一流のレンジャー。言われる前に仕事をこなすのがプライドー」
「はいはい。それで何か分かったの?」
「……あの断面は焼き凍らせた鏡面のように不思議な綺麗さがある、変。雷で焼けた痕跡は見られない。周辺にも、雷属性を使ったとき特有の焼き跡も見られなかった。でも、コロロさんの証言を疑うには、ゴライタスの首を一刀両断できるほどの実力を持つ者を候補に上げなければいけない。その情報を私は持っていない。私の推測ではキアルロッドさんなら可能。でもそれは雷属性の魔法を駆使したときのみで、それ以外は考えられない」
「えっと……つまり?」
「……キアルロッドさん以外は考えられないけどキアルロッドさんじゃないような? でも、そんな人が居たなら私が痕跡を見逃すはずは無いわけで……足跡も空気の揺らぎもにゃんにゃんにゃんのとキアルロッドさん達のしか無いし……」
「だから……つまり?」
「何にも分かんない。てへー」
答えを急かされたピウは、片手をゆるく握って頭に付け、反省の色を決して見せない表情で謝罪をする。
「てへ、じゃ無いわよ!! 超一流のレンジャーはどこいったの!!」
「そうかっかしないで。私が分からないってことが重要なの。
いい? ティリス。もしこの場に私の眼を欺くようなものが居たなら、それは私以上のレンジャーの実力を持ってるし、それと同時にあなたの力を超えるアタッカーの実力を持っている者だってことになるの。そんなのありえると思うー?」
ツリ眼の女性、ティリスは知っている。一等級冒険者である自分の実力とピウの実力を。お互いの力は高みにあるものでもあり、二つを同時に身につけられる力ではないと理解している。もしその両方の力を持つ者が居るとするならば、それは自分達の誇りでもあり力の象徴である一等級冒険者を遥かに凌駕する実力の持ち主だということになる。
「そう言われると……ありえないわね」
「でしょ。そんなのありえなーい。もはや人じゃなーい。ここは消去法で考えた方が得策。だから、ゴライタスを討伐したのはキアルロッドさんってことにしとこー」
「しとこーって……まあ、そうね。ピウがそう言うなら信じましょう」
「うふふ~、見て見てコロロさ~ん。このまま溶かしてオシャレな炭を貴方にプレゼントしちゃうわぁ~」
「お気持ちはありがたいのでありますが、これ程までに大きいと持ち帰ることができないで遠慮しとくのであります!!」
「や~ん、また振られちゃった……。灰にするわ」
「あの色ボケ……そろそろ懲りなさいよ……」
「天然はふしだらに勝るー」
こうして、レレイラはゴライタスの亡骸を跡形も無く焼き尽くしきった。