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罹歪(1/3)

 この日、<絶・漆黒の影>と呼ばれる四人組みは、とある対象についての情報を集める為に尾行をしていた。


 四人は散らばり、建物の影に、屋根に、人ごみに、紛れながらそれぞれ尾行を続けている。ノラノラと歩くバンダナ野郎と、その横に居るフードを被った男の事を。


 絶影の四人は多少情報に差はあれど、それでも知っている、アステルに住まう者達、出入りする者達の情報を。データの量は対象の重要度、身分、役職などによって集める質や量は変わる。


 人には情報の少ない者、多い者が必ず居る。平和に、平凡に暮らしている者は情報は少なく、特質すべきことが無い為集める価値も薄い。その逆となる者は、情報が多く、集める価値は高い。


 情報が多い者、少ない者、差異はあれどそのどちらも集める。持っている。


 勿論、今回の対象となる人物達の情報も持ってはいる。アステル内での情報は、だ。しかし、それ以外は何もない。アステルでの行動情報は持っていても、過去が全く出てこない。


 調べようとしても分からない。ストップをかけられたわけでもなく、隠して居る訳でもなく、禁止対象になっているというわけでもないのに、調べても何も出てこない。そのような人物が五人居る。


 だから絶影は知るために動く。その五人の中でも最も軽薄で、口が軽そうで、簡単にボロを出すようなものを対象に据えて。そして、横のフードの男は、ただ単純な興味で、探る。


 対象は屋台に寄り、店に寄り、町の住人と話し、あちらこちらをふらふらと歩き回っていた。絶影に気付いて居ない様子であることは、絶影本人達からしてみれば明白だった。


「なあなあ、そこの路地裏でタバコすおーぜ」


「ああ」


 追跡者の四人はその言葉を聞き、ハンドサインを交わしてそれぞれが配置に付こうと即座に行動をする。


 屋根上に二人、路地入り口に一人、透明化して接近する者一人。


 人が入らないような、町中にある暗い路地裏。そこを監視しようと、四人が追跡を試みるが……。


(居ない……?)


 配置に付いた全員が同じ言葉を頭の中で告げる。


 一瞬、尾行に感づかれたのかとも思ったが、裏路地の先、曲がり角に緑の外套が流れていく様子を見て、二人は奥に進んでいるとすぐさま理解した。


(追跡を続行する)


(((了)))


 四人はハンドサインを交わして行動を再開する。


(右に曲がった)


(次は左だ)


 屋根上の二人は対象の行動を逐一報告し、路地を音も無く歩く二人へ伝える。


(この先は行き止まり、そして裏路地の奥。何かしら重要な会話が聞けるかもしれん)


(下の我々二人は透明化して接近、上からは我々が観る)


((了))


 サインを交わし、そして尾行する。尾行していた、していたはずだった。片時も警戒を緩めず、目を離していなかった。


 というのに――――。


(……居ない……だと……?)


 ――――対象が曲がったはずの、行き止まりの路地。そこに、二人の姿は無かった。見逃したはずなど決して無いと言うのに、その路地に在るのは道を塞ぐ壁と、樽、木箱だけ。人二人など、そこには居なかった。


(我々よ、上から観て――)


 路地を先行していた二人は、屋根上の二人へとサインを送ろうとした。交信するために、視線を上げた。が、しかし、その二人は何かに軽く押されたかのように、路地へと落とされていた。


 からがらに、二人は着地をする。が、自分達が何をされたのかが一切理解できておらず、着地して尚、誰かに押されたということだけしか把握できていなかった。


 行き止まりの路地に落ちてきた二人、それを見て、残る二人は判断する。ここは撤退だ、と。そう判断した絶影の二人は、残る二人を切り捨ててでもこの場を離れようと身を翻そうとしたが――それよりも早く。


「なあ」


 背後から声を掛けられた。声を掛けられただけだというのに、体が蛇に睨まれた様に動かせなくなる。気色の悪い視線が体を這いずり回るかのように、その身に纏わり付いてくる。


 音も、気配も、存在も、一切捕捉出来ずに背後に回られた。その事実を理解できないほど絶影は愚かではない。


 四人は声の主を確認するよりも、振り向かずに、目を向けずに、慎重に両手を挙げて抵抗の意思が無い事を示した。


「……お前等さ」


 体を這いずり回る視線の上から、無機質な声が耳に入ってくる。聞きなれたはずの、しかし聞きなれない声が聞こえてくる。


「何でつけてきた。お前等手上げたって意味無いだろ、暗器隠してるもんな。なんで尾行したの。抵抗しても無駄だけどな。抵抗しないでくれ」


「やれやれ……。絶影、俺達のことを探ろうなどと思うな、思い上がるな」


 不可思議なツギハギの言葉と、それに呆れるようなため息。そして、忠告を、絶影は受ける。


 その言葉に、絶影は喉を鳴らしながら、慎重に首を小さく縦に振り同意を示す。示さねばならぬ、同意しなければ、この視線に縊り殺されそうだったから。


 体を這いずる気色の悪い視線は、体に入り込み臓物をも睨まれ、掴まれている気分にさせられる。絶影は初めてだった、影に生きても知る事はなかった――このような人ならざる目を向けられるのは。


 その目の主。そいつは、絶影が同意した姿に焦点が在って居ない。酷く冷めた、ズルリとした瞳で、彼方を見つめるように絶影を睨んでいた。


「二度は――ないからな」


 無機質な声は、路地に静かに溶け込んでいく。そして、絶影の耳にも。


 それが最後の言葉だった。その言葉と共に、這いずるような視線は引いていき、絶影の体は自由を取り戻す。弾くように呼吸をし、肺へと空気を入れ込んだ。


 ただし――すぐには振り向けなかった。背後には確かに気配が二つある。それが誰だかは分かっている。それでも、心の底に怖気が染みており、得体の知れない者を見ようとは思わなかった。


 死の恐怖でも、怯えの恐怖でもない。それ等など、絶影を怯えさせるに値しない。しかしただただ不気味だった、人智を冒涜するような怖気だった。


 暗い水底に霞む巨大生物のように、夜の闇に潜んで這う魑魅のように、得体の知れないモノが背後に居るような感覚に陥っていた。


 『知る』ということに重きを置いている絶影ですら、知りたくないと思ってしまうほどの不気味。


 それが――一歩――二歩――と、段々近づいて来る。タバコの煙を燻らせながら、香りを漂わせながら。


 そして、口を開く。


「折角だしこのあと呑み行かね?」


((((…………))))


 今度は聞きなれた調子の声。すっ呆けた様なフニャフニャした声。それを聞いた絶影は、あまりの予想外に絶句をしながらも、力んでいた体の力が抜けて、難なく振り向くことが出来た。


 振り向き、見る。さすれば見えるのは……のへーっとしながらタバコを吸っているイキョウと、憮然と立って煙を吐いているソーエン、いつもよく見る二人の姿だった。


 特にイキョウの姿。その力が抜ける立ち姿と気の抜ける顔、それを見て絶影からは強張りが引いていく。


 不気味な視線を向けられ、音も気配も無く背後を取られたというのに、その姿を見ると、先ほどの怖気など消え去ってしまう。


 先ほどと現在で、まるで別人のような気配の男。その変わりように絶影の四人は疑問を抱かない、抱けない。心の中で、『まぁ……イキョウだしな……』といった、変な納得をさせられてしまう。釘を刺された、納得してしまった。


 普段となんら変わらない二人を見て、安心感にも似た脱力をする。


 ただ、どうしても、口が動いてしまう。むしろ、今は軽薄になった男だからこそ聞こうとしてしまう。


「イキョウよ、先ほどのは――」


「ぶぶー、詮索禁止でーす、冒険者の暗黙の了解行使しまーす」


「このバカのことなどどうでもいい、それよりも店を探すぞ。安くて美味い店の情報を教えろ。この遠慮なしのバカとスルメイドに奢ったせいで金欠気味なんだ」


「……フッ。いや、金は気にするな同胞、そしてイキョウよ。此度は我々が奢ろう。それで手打ちにしてもらえると助かる」


「マジ? そんなぁ、約束してくれたから手打ちとか全然良いのに……。だってよソーエン、クソ高い店奢らせようぜ!!」


「ああ。無駄に高くて美味い店の情報を教えろ、お前等の財布を空にしてやる」


 先ほどの空気など有りはしなかったように、いつものふざけた態度を取る二人。それを見て、絶影は小さく笑う。この二人はなんなのだろう。そう思いながら。


 影として負けたというのに、一方的に敗北を突きつけられたというのに、そこに悔しさや狼狽えなどない。何もしなければ、二人は何時も通りに賑やかで愉快で、決して敵対することはないのだ。そう理解し、それが良いから、絶影も何時も通り冒険者として二人へ接する。


 そうして六人は、日陰の路地裏から日の当たる表へと歩み出し、お互いに普通の人として言葉を交わしながら店へと向かった。

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