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墓守は歩く

 墓守は歩く。


 友等が眠るこの墓前を、そしてこの心地良い風が吹く爽やかな墓地を、一周して歩く。


 草を踏みしめ、木々のざわめきを聞きながら、この穏やかな空気を鎧に通してゆっくりと歩く。


 今日も問題なし。何時も通りの平和な褥だ。


 墓地の見回りが終った墓守は、友達の墓前を再度見下ろし、そして撫でるように触れる。


 名前が刻まれている墓石にも異常は無し。


 この墓地は今日も依然問題無し。


 そうして墓守は静かに、草原の風に笑みを乗せた。


 * * *


 墓守は歩く。


 二三日に一度、墓守はアステルへと赴いていた。友に話を持ち帰るために。


 なだらかな丘を下り、墓地から街へ続く道をゆっくりと歩いて行く。


 街と墓地を繋ぐ道は、途中で大きな街路に繋がっている。その街路は商人や冒険者、様々な者が利用し通行する。


「あ!! 墓守さん、おはようございます!!」


「「おはよ」」


「ふへー、おはおはー」


「んふふ~、ぽかぽかのお散歩日和だね、カモカモちゃん」


「(グッド)」


 その道では、墓守を知っている者と遭遇することもある。


 そう言うときは、墓守も歩くのを止めて止まる。この歩みは、ただ歩くことが目的ではないから。


 そしてまた、止まる。


「あ、墓守さんです!!」


「また会ったね。いや、また会えたねの方が詩的かな?」


「聞いてくれ墓守さん!! 私、昨日ソーキスやシアスタ達と一緒に遊びに行ったんだ!! マールとシーカ無しでだ!!」


「あれは……もう、感動ものでした……」


「そうだねマール……見ていて思わず涙が出そうになったよ……」


「……ん? 見ていて? それって――」


「(グッド)」


「墓守さん……やっぱり良い人だぁ……」


 何気ないやり取りを、日々の思い出を集めることが、墓守の歩く目的だったから。


 墓を守るだけではない。ただそこに居るだけではない。自ら歩んで、墓に眠る者達へ安らかな眠りを届ける。それが、今の墓守のしたいことだった。


 * * *


「おお!! 墓守じゃないか。いつもありがとな」


 町へ近付く。門を潜る。潜ろうとしところで衛兵に声を掛けられる。


 墓守は立ち止まる。歩みを止めて、この場に留まる。


「俺達衛兵も助かってるぞ。お前さんが来てから町の周りで魔物を見かけるのが少なくなった。……と言っても元から平和な土地柄だからな、おかげでもっと平和ボケしてしまいそうだ」


「(グッドグッド)」


「まあ、そうだな。平和な事は良い事だ。ただなぁ……最近俺も平和ボケしちまったようで……そうだ!! 今度手合わせしてはもらえないか? お前さん程の強者なら昔の感を取り戻せそうだ」


「(グッド)」


「そうかそうか!! ついでに衛兵達に稽古を付けてくれたらもっとありがたいんだが……」


「(バッド)」


「やっぱりダメか。分かってる、俺に付き合ってくれるだけでも本当にありがたい。それじゃ、よき一日を」


「(敬礼)」


 三日月髭は良い表情で墓守を見送る。そして、また墓守は歩く。その首には、滞在証が下げられていた。


 * * *


 墓守は見て回る。多くの人が、多くの種族が流れる町並みをゆっくり歩く。その光景一つ一つを、しっかりと見ながら石畳を踏みしめて歩む。


 喧騒の中に混じるのは苦手だった。しかし喧騒を見ている事は好きだった。緩やかで騒がしい町並みを、人々の表情を、墓守は持って帰る為に見て回る。


「っス? カモカモ!! カモカモ発見したっス!! カモカモカモカモー!!」


「カモが多いのであるぞ、ヤイナ。墓守は本日も土産の収集か」


「(グッド)」


 墓守は立ち止まり振り向く。駆け寄ってきたメイドと、遅れて付いてきた二人を、そのヘルムのスリットで見つめた。


「えっと……こんにちは……カモカモさん」


「(ぺこり)」


 静かな挨拶には静かな挨拶を。心地良い風に心がなびかれるように、喧騒を見て心が踊るように、静かな言葉には心が落ち着かされる。喧騒を見ている事は好き、しかし自分自身は静かな中にいることが好き。


 墓守は、人々が楽しそうにしている姿を見届けることこそが自分の使命であり、戦いに身を置く自分はそれを見てるだけで良かった。それを守れればそれで良かった。


「聞いてっスカモカモ!! あたしが厳選に厳選を重ねてメアメアちゃんにぴったりのクエスト選んだんス。あたし偉いっス!!」


「(グッド)」


「カモカモは全肯定ボットみたいだから良いっスね、話すだけで自尊心盛り盛りに出来るっス」


「(バッド)」


「たった今自尊心破壊されたんスけど?」


「貴様は時間を掛けすぎである。我輩が見立てたものをそのまま受ければ良いものを」


「ナトナトからも自尊心ブレイクすること言われたっス……。でもヤダ!! メアメアちゃんのはあたしが選ぶっス!! メアメアちゃんは誰にも渡さないっス!! メアメアちゃん!!あたし偉いっスよね!?」


「あ……はい、店長。私の為に、いつもありがとうございます」


「メアメアちゃーん!! 抱き締めて!! 撫でて、あたしをありったけ甘やかして!!」


「はい、なでなで、です」


「スヘヘへヘへヘへヘへ」


「くはは。セイメアよ、こやつに踊らさせているな。この会話全てが貴様に撫でてもらうために企てたという事を理解しておけ。その女は見た目以上に浅ましいのである」


「あたしは浅ましくも強かな美少女メイドなんで、そこんとこ間違えないで欲しいっス」


「そうであったな、ふははははは!!」


「あの……言ってもらえれば……私はいつでも……」


「それじゃダメなんス。今は自尊心下げられてそれを慰めて欲しかったからこうしたんス。いわゆる慰めオ……待った、今の無しっス最後のは聞かなかったことにしといて欲しいっス」


「えっと、はい。良く……分かりませんでしたけど、店長が、そうおっしゃるのなら……」


「こやつの性癖は底なしであるな。我輩ですら理解できん領域に居るのである」


「スヘヘへへぇーメアメアたゃん」


「たゃん……? ですか?」


「ふむ、もう行くのであるか。墓守よ」


「(グッド)」


「あ……また今度、です」


「(ふりふり)」


「カモカモありがとっス。マジ感謝っス、すっへっへ、メアメアたゃんぬふかふかっスねぇ……」


「たゃんぬ……?」


「(グッド)」


 墓守は分からない。ヤイナにどうして感謝されたのかは分からない。でも、ありがとうという言葉は好きだった。昔から、その言葉を聞くために戦ってきた。その言葉があれば、自分はいつも立ち上がれた。


 感謝の言葉を貰えた。ただそれだけで良い。それだけで墓守は歩いてゆける。ありがとうさえ貰えれば、それで墓守の一つの大切な思い出になる。


 今日は二回もその言葉聞けた。これだけでもう自分は満足だった。しかし今は友のために町に居る。まだまだ土産を持って帰りたい。


 だから墓守は、歩みを戻すことなく、また歩き出した。


 * * *


「むっ、墓守ではないか。今日も良い姿だ、実に良い……」


「ああ……漆黒の鎧は我々の琴線に触れる……。良い……。姿が見られたこと、感謝する」


 墓守は声を掛けられる。


「墓守じゃにゃい……ないか。聞いたぞ、この前家の若い冒険者を助けてくれたんだってな。本当にありがとう」


「ありがとだニャ」


「感謝感謝だナァ」


 その度に立ち止まり、そして話を聞く。


「よお墓守。アンタが墓地の警邏をしてくれるから皆助かってるぜ」


「けけ、あそこは他の墓地と比べて少し遠いからね。俺達や町の人、衛兵、見回りを担当してる皆の負担が減ったよ」


「皆……感謝。……担当、代表、お礼したい、言ってた」


 話を聞くたびにお礼を言われる。何時からだろう、そして何時振りだろう。ここまで他者からの様々なありがとうを聞いたのは。

 長い時の中、墓守はひらすらに王の側に寄り沿っていた。ずっとずっと、あの暗い静寂の中、静かに王に仕えていた。主の安寧を、ただそれだけを見届けたくて側にいた。


 でも今は――。喧騒の中、光を浴びて時を過ごしている。長い長い時を経て、再び喧騒を感じている。


 満足そうに去っていった主は、自分の願いを聞き届けてくれた。最期まで供せよとは言わずに、自分を世界に残してくれた。曖昧な願いを、最期に聞いてくれた。


 主が去ったあの墓を、主がもう守らなくて良いと言ったあの墓を、自分は離れてここに居る。あの主無き墓に居座ることは王の望みではない。居座ることこそ主への侮辱となる。


 だから自分は、ここに居る。今度は友の墓を守り、そして友の為に己の意思で自由に歩く。


 名は王の墓守。これは今の主が付けてくれた、自分には勿体無いほどの誉れ高き名前だ。この名は友の墓守となった今でも変えるつもりは一切無い。名はそれまでの功績を現し、だが友の墓守としては行動を持って現す。


 今は友のため。そのために、墓守はまた歩く。


 * * *


 墓守は五人の子供達に声を掛けられる。


「は、墓守さん!! この前は助けていただいて本当にありがとうございました!!」


「あの、これ……私達お金なくて、でも綺麗なお花見つけてきたので……」


 一人の少女がおずおずと差し出した花。それは純白の花。


 その花を差し出した少女の手は震えていた、遠慮がちに、控えめに、この花では墓守がしてくれたことに対する礼には遠く及ばないと思って。


 しかし墓守はそっと手を伸ばし、その花を静かに受け取る。何も言わず、何も言えず。


 でも、それでも墓守は受け取った花をヘルムの隙間に沿え、額に花を飾った。


 その光景を見た少女は、何故だかおかしくて笑ってしまった――。子供達が笑っていた。


 * * *


「だから言ってんだろがよぉ、こっちのクエストの方が効率良いって!! そっちのより報酬高いじゃんよく見ろこのボケ!!」


「ふざけろ。距離や時間的にはこちらの方が手間が少ない。短時間で高報酬、効率を重視するならばコスパを考えてからモノを言え。いや、お前の空っぽな頭では計算すら出来ないか、酷な事を言ってしまったな」


「んだおらてめぇ表でやがれ!! バカ、アホ、オレ並みの脳味噌野郎!!」


「チィ!!」


 ギルドの前。扉の前に立ち、押そうとした。しかしその向こう側からは、開けずとも聞きなれた声が聞こえてくる。


 喧騒の中でも一際煩い声。その声の主に会うため、墓守は扉を開いて中に入る。


 人が少ないギルドホール。そこでは、クエストボードの前で言い争いをしている二人が居た。そして――。その二人に笑顔で近付いている女性も居た。


「誠にごめんなさい」


「すまん」


「はい」


 怖いほどの笑みを浮かべている女性に、件の二人は腰を折って謝罪する。何も言われていないのに、近付いただけですぐさま謝罪の言葉を述べた。


「……あら? こんにちは、墓守さん」


「丁度良いや、お前も謝ってくれ墓守」


「下げる頭は多いほうが良い」


「(バッド)」


 墓守の姿に気付いた女性と、気付いてたのか居なかったのか分からないがすぐさまむちゃくちゃな言葉を言い放った二人。その元へ、墓守は返答を示しながら歩いて行く。


「墓守さん、先日は冒険者の子達を救ってくれてありがとうございました」


「なにそれ? 墓守そんな偉いことしてたの? ……ん? お前ヘルムから花生えてんぞ。墓守じゃなくて花盛りにでもなんのか?」


「ふふっ、ちょっと可愛らしいですね……んんっ。お二人とも、先日墓守さんには冒険者の子達を助けていただいたんです。対象を深追いしてしまい、近郊の森の奥に入り込んでしまったパーティが居まして、その際近くを通りかかった墓守さんがモンスターを一刀両断したそうです」


「ほえー……そんな偶然ある? 確かにあの墓の後ろ森だけどさ。何? お前森林浴でもしてたの?」


「ちょうど良い木の枝でも探していたのだろう」


「あれね、男の子マインドめっちゃくすぐる伝説の剣ね」


「(バッド)」


(――――)


「おぉぉう……急に話されるとびっくりするわ……」


「確か、イキョウさんだけは墓守さんの言葉が分かるんですよね? 詳細な報告書作成の為、なんと言ったのか教えていただいでも宜しいでしょうか?」


 墓守の言葉はイキョウだけが聞き取れる。その事を知っている者は皆、なんでイキョウだけ? っと思った直後に、まあイキョウだもんなぁ、というふざけた納得の仕方で全員がすんなり聞き入れた。


「いや何かね? 木々のざわめきとひりついた空気を感じたから見に行っただけなんだって。そんで子供達ドンピシャに発見したとか。あと、今回助かったのは幸運だから、そこら辺はしっかりと言い聞かせておいて欲しいってさ」


「なるほど……つわものの感というものでしょうか……。

 子供達から報告を受けた後、こちらの方でキンスさん達と一緒に注意とお話し合いをしたので、あの子達も事の重さをきちんと理解しているはずです」


「(グッド)」


「こえぇ……お話し合いだってよソーエン……」


「ローザが言うと意味合いが変わって聞こえる。ただただ恐ろしい限りだ」


「はい? どうかされましたか?」


「「何でも無い(です)」」


 騒がしく情け無い姿。それを見て、とあることを墓守は思う。


「何さ墓守。そんな見つめても魔力あげないからな、三日前にあげたばかりでしょ!!」


「(バッド)」


 しかしその事を本人には言わない。


 黙ったまま、沈み込むようにイキョウの影へと入り込んで行く。


「あ、てめぇ!! また勝手に貪りやがってんな!! っざけんな!!」


 影の中。外から騒がしい声が聞こえてくる。光の差さない暗闇、潜れば底には黒が広がる静かな場所。


 墓守はこの男の影の中が好きだった。一目見たときから、この男の影に惹かれた。目を輝かせて見惚れたわけではない。虫が光に吸い寄せられるように、そして在るべき場所に誘われるように、誘惑されたのだった。


 墓守は喧騒を見ているのが好きだ。自分は静かな場所に居るのが好きだ。この男の影は、その両方を満たしてくれる。騒がしいくせに、いつもどこか孤独な男の影。周りに人が集まって、喧騒の中心に居て、しかしいつも一人という矛盾を抱えた、騒がしくて静かな影の中。ここから遠く感じる景色を眺めることが、自分にとってとても魅力的に見えた。騎士であった自分が、喧騒を守る為戦った自分が、ただ沈んで傍観をしていても居ても良い場所なのだと思わせてくれた。


 だから、墓守はこの男を選んだ。


 墓守には魔力の味なんてものは分からない。しかし、その魔力を吸収すると、どこか自分が満たされる美味しさを鎧で感じる。理想の空間で、不思議な満足感に満たされる。魅了されるように惹き付けられる。

 ここが今、墓守の中で一番お気に入りの場所になっていた。この男の影は墓守が騎士として求めた最果てだ。皆の喧騒を傍観できる場所、もう、自分が守らなくても皆の笑顔を見ていられる場所――。


「この墓守オレの言うこと一切聞いてくれないじゃん……トホホ……」


 ――そんな場所である事を本人には絶対に言うことなく、墓守は影に沈む。


 ただ、ゆっくりと、穏やかに沈む。


 ――。


「――――墓守さ、あんまし長居はするなよ。そこは騎士だったお前の場所であって、墓守の居場所じゃないんだから」


「(……………グッド)」


 * * *


 夕暮れ時。友の墓前から、赤い太陽に照らされたアステルを眺める。


 心地良いはずの風が何故だか寂しく感じられ、草原は郷愁を思わせる赤に染まって行く。この土地全体が昼間とはまた違った様相を見せる時間だ。


 この光景も、墓守は好きだった。昼間の喧騒、夜の喧騒。この間に流れる、夕暮れ時の静かな時間が好きだった。


 騒がしさの間にある静けさ。それはまるで、皆がまた騒ぎだす為の準備をしているようで。


 この時間に墓地を訪れるものなど居ない。ただ一人、静かに墓守は友の墓標に並んでアステルを見ている。


 静かなこの場所に言葉は要らない。話しかけるのではなく、頭の中で、心で思い出すようにして、墓守は今日あった出来事を友達に話す。静かに、ゆっくりと、穏やかに思い出しながら、のんびりと皆で並んでアステルを見る。


 今日も明日も、これからも。この光景がずっと続くよう願いながら。

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