セイメアのお断り練習(2/2)
「――――…………気色悪いんで二度と声かけんな、このキモ男っす」
セイメアは躊躇いながらも、ちゃんとヤイナから教えて貰った言葉をオレに向かって言ったんだ。本当は言いたくない言葉を、オレを信頼して必死に言ってくれたんだ。
「ふぅん――」
――直後。あまりの心理的衝撃を受けたオレは、ジョッキを手に持ったまま背後へと吹きとばされ、座ったままの姿勢で壁に叩きつけられた。そして、そのまま壁をズルリと落ち、空気椅子状態のまま、壁に背を預けたまま、顔を落とす。
見れば、手に持ってるジョッキが震えて、酒が踊っていた。
――綺麗なセイメアから飛び出したあの言葉が衝撃的過ぎて……。あの見た目と声な人からそんな事言われてしまったら……男としての自信無くすわ嫌われたわ拒絶されたわでもう二度と立ち上がれない。「このまま死にてぇ……」
「パイセン戻ってきてー。ちゃんとメアメアちゃんに効果を教えてあげて欲しいっスー」
「へい……」
オレは空気椅子状態のまま足をちょこちょこ動かして、元の席へと戻る。それでもまだオレの酒は、ダンスすることを止めてはくれなかった。
「パイセン動きキモ……」
「「くすくす」」「へんなのー」「おもしろーい」
「やめて。今キモイとか変とかはマジでやめて」
「ガチトーンっス……。それでそれで? メアメアちゃんの一撃どうだったっスか?」
「このまま死にてぇ……」
「そ……そこまで……」
「きゃわわなメアメアちゃんだからこそっスけど、これで大抵の男は退けられるっスね。よきよきっス」
「もちょっと優しい言葉も教えてあげてよ……一撃が重過ぎる……」
「ダメっス。メアメアちゃん優しいんで、優しい言葉教えたらそっち使っちゃうっス。ガツンとした言葉を一個覚えるくらいが丁度良いんスよ」
「あの……キョーさん……ごめんなさい……!!」
あぁ……セイメアがわたわたしながら清らかな声を動揺させて謝ってくる……それだけでオレは元気になれるよ……!! 酒のダンスも披露が終わって静かになってる!!
「大丈夫、オレはこれくらいじゃへこたれないさ。むしろセイメアが練習できたことによって今後の糧になれたなら、それだけでオレの存在した価値はあるからだから全然気にしないで」
「ありがとう……ございます……!!」
セイメアは素直なお人だぁ……オレの言葉を全面的に信用してくれて、その上でお礼まで言ってくる……。こんな清らかなお人は今まで見たことが無いよ。ラリルレはオレの主神だから人にはカウントしない。
「わたしたちもまねするー」「きもーい」「はなしかけんなー」「ざーこ」「ざーこ」
「双子ちゃん汚い言葉ダメっス、そんな言葉はあたしにだけ言って欲しいっス」
「ヤイナきもーい」「ざーこざーこ」
「スヘヘェ……」
オレの隣で、だらしの無い顔をしながら下品な笑い声を上げるクソメイドがいる。自分だけ得してるスルメイドがいる。
「セイメア、こいつ優しいから現在進行形で絶好の練習タイミング作ってくれたぞ。言ってみな」
「あっ……えと、はい……。気色悪いんで二度と声かけんな、っす」
「――!!」
直後――。ヤイナは後方へ吹き飛び、階段下の壁へとオレと同じように叩きつけられた。そして、壁からずり落ちると……白目を向いて気絶した。
ざまぁ見ろ、クソメイドがよ。お前が与えた言葉は人を殺せる凶器になっちまったんだぜ。
オレは、わたわたと困惑しているセイメアを背に、気絶したヤイナを叩き起こそうと立ち上がる。するとその瞬間、丁度良く玄関のベルが鳴り、ネコへエサを上げに行っていたソーエンが帰って来た。そして無言でヤイナのほうへ眼を向けている。
「……なんだコレは」
「ちょっと色々あってな、お前もあっちに行ってくれ。セイメア!! 練習台もう一体確保だ!! 心を鬼にしてこいつにも言ってやれ!!」
「あわ……はわ……」
「一体なんだと言うんだ」
困惑してるセイメアの下へ、ソーエンはやれやれと言いたげにしながら向かって行った。
対してオレはヤイナの頬をペチペチ叩いて叩き起こそうとする。そんなオレの背後では――。
「おいセイメア、一体何があ――」
「あ、あの、その。えとえと、きしょくわるいはなしかけんなっす!!」
混乱したセイメアは、それでもオレの言う事を聞いてソーエンへとナイフをブッ刺していた。
「……ふむ、なるほど。何となく察した。俺がそのような言葉如きで――」
「ソーエンきもーい」「はなしかけんな」
「……」
おや、ソーエンが無言でこちらへスタスタ歩いてきて、ヤイナの横にスッと座った。
そのフードの奥にある目は、ずーんと落ち込んで、劇萎えしておりました。
「……」
「だいぶ心にきてんね……」
「どこのクソメイドが原因だ、双子があのような下劣な言葉を真似するようになったのは」
「このクソメイド」
「――起きろッ!!」
「あだぁぁぁぁああああああああ!?」
軽くキレ気味のソーエンは、気絶しているヤイナの頭を怒り混じりにぶん殴って、強制的に意識を再起動させた。
「頭痛い!! 死にたい!! やだ、メアメアちゃんに嫌われるのやだ!!」
「お前が自分で渡したナイフで刺された気分はどうだ? 随分切れ味良いよなぁ?」
「良すぎてあたし死にたいんスけど!? でもでもこれだけ効果的って事は、渡した甲斐があった……っス? ソーパイセンじゃないっスか。随分お怒りの様子で……」
「縛れているな丁度良い。二階に来い」
「え、え゛!? ちょっと、なんスか階段痛ァ!! お尻割れちゃうっス!!」
キレ気味なソーエンは、ヤイナの縄を掴みながら引き摺って二階に連行しました。
さらばヤイナ、永久に。
二人を見送ったオレは、呑みなおすためにテーブルに戻って席につく。
「ソーエンおこってた?」「ごめんなさいする……」
「お前等には怒ってないけど……そーね。後でちゃんと謝ろうね」
「わ、わた、わたし、も……皆さんに……」
「セイメアはダメ。お断りの言葉言った後に謝ったら意味無いから。むしろ謝罪したことで助長させちゃうから。オレは練習台としての『ありがとう』は聞きたいけど、『ごめんなさい』は別に求めてないから問題なし」
「は、はい……。……キョーさん、ありがとう、ございます……」
んー、その言葉が聞けただけでもう十分だぁ……。
ヤイナから何か着信がめっちゃ来てる……でもセイメアの言葉で十分だぁ……。煩いからミュートしとこ。
「良いの良いの。でも……あの言葉使うときは相当なときだけにしとこ? ご飯誘うだけでアレ言われたらもうオレ二度と飯食えなくなる。ご飯自体がトラウマになるわ」
「私としても……日常的には……」
「わたしたちも」「もういわない」「「むぎゅー」」
双子は先ほどソーエンに酷い事を言ってしまった自覚がある様で、悪い事をしたとしたという罪悪感を慰めるように、またセイメアへと抱きついた。
さて、場も落ち着いて、煩い奴も居なくなったことだし、このままゆっくり四人でお話でも――。
「パパパパパイセン助けて!! 殺されるっス!!」
「クソが、クソ待てクソメイドクソ」
――できません。階段をどたどたと下りてきた二人、縄を解いたヤイナがオレの影に隠れて、ソーエンはクソクソ汚い言葉を繰り返してまたヤイナを連行しようとしている。
「まあ待てってソーエン。今回ばかりはヤイナが全面的に悪いところは無いかもしれないかもしれないから。かくかくしかじかで、偶発的に双子が真似しちゃったところはある」
「ふむ……子供の前で汚い言葉を使って良い理由にはならないが」
「お前も存分に言ってるからな? それに、双子」
「ソーエン」「ごめんなさい……」
双子はシュンとしながら、落ち込んだような様子でしっかりと心からソーエンに謝っていた。
「…………まあ、良い。悪い事をしなければ悪い事と理解できないときもある。今回はその経験を双子にさせて上げられたということで良しとしておこう」
「うっわ……こんなあまあまなソーパイセン初めて見たっス……あたしにも優しくして!!」
「は?」
「一文字で返されたんスけど……」
「優しくしてるだろう」
「不器用すぎるんスけど!! ぎゃーぎゃー!!」
「なんだクソメイド。くどくど、ふむふむ、くどふむくどふむ」
コイツらうるせぇなぁ……もっとオレやセイメアみたく静かにできねぇのかよ……。
オレは近くに居る煩い奴等から逃げるように、いそいそとセイメアの隣へ移動する。そして並んで座る、セイメアは膝に座る双子を撫でながら、オレは酒を呑みながらな。
「今日はごめんなセイメア。オレはセクハラじみた言葉なんて言いたくなかったんだけど、そんな心にも思ってない事を我慢しながらお前に言っちまって。今日言った事のほとんどはでまかせだからオレは毛ほども思ってないんだけど、でも嫌な言葉向けちまったな」
「いえ……大丈夫、です。キョーさん、言いたくないのに、言ってくれたんです、ね……。ありがとう、ございます……」
「おにーさんいや?」「セイメアのおっぱいさわりたくないの?」
「これっぽちも? ぜーんぜん? オレは紳士的な男なんでねぇ? ……あ、でもセイメア。これだけはどうか覚えといて欲しいの。お前自分が思ってるよりめっちゃ魅力的な女性だから、『私なんて……』みたいな悲しい事は考えないでよ。もっと自信持って、寧ろ魅力的な私に釣り合う奴なんて居ないってくらいには調子乗って当然だよ」
「ぇ……ぇと……」
「どう? 自信付ける? オレ相談に乗るよ? 何もしないから笑、二人きりで話し聞くだけだから笑」
「メアメアちゃん、おバカパイセンの言葉は話半分に聞くっス。その人の話まともに聞いちゃいけないっス」
「ふむ、どうやらイキョウはまた、お前の練習台になりたいようだ。やってみろ」
「ぇと……あ……!! なるほど、です……。……キョーさん、ありがとう……ございます」
「え、ちょっとまって」
ソーエンが要らんこと言ってセイメアが勘違いしちゃったよ。
オレやだよ、またセイメアからあんなこと言われるのだけはホント無理ィ!!
だからオレは席を立って、すぐさま逃げるように走り出そうと――。
「パイセンはや……」
「で、でも……その……もうちょっとだけ、柔らかい言葉も……言ってみます」
――お? セイメアは、自分の言葉でお断りを実践するらしい。良かった良かった。
オレは玄関にかけていた手を離して、ゆっくりとテーブルに戻る。セイメアの言葉……自分で考えた言葉……それを聞かせてくれ。そう思いながらオレはセイメアを信じてテーブルへと歩んでいく。
「読んだ小説の、一部を……引用します。キョーさん」
「なんだいンふぅ~?」
「バカが気色悪さを押し出しているな」
セイメアの声で言われる言葉なら、オレは何だって受け入れるさ。よろこんで練習台になって、あの声を聞かせてもらうさ。さぁ、セイメア、何でも言ってみなさい。
「今後……私の声が、貴方に届く事は……ないでしょう」
――直後。オレは後方へ弾くように吹き飛ばされた。――間をおかずに背中が玄関に叩きつけられることだろう――。今のうちに走馬灯と辞世の句を同時に終わらせておくか。さようなら皆、さようなら今世。来世があったらこんにちは――字あまり。
来世に思いを馳せながらオレは玄関へと叩きつけられ、そのまま扉をぶち開けて通りへと吹き飛んだ。
冷たい石畳の上で、力なく倒れこむオレに……無残にも散ったオレに……手向けなどあるはずが無いだろう。オレはこのまま一人寂しく死んでいくんだ……。
「何やってんの精剛。ここに花添えとくよ」
「あらイキョーちゃんじゃない。また面白いことしてるの? はいこれ、丁度さっき買って来たおかし」
「あ、私も持ってるから供えとくわ。シアスタちゃん達と仲良く食べてね」
「――――」
「――」
……………………。
…………。
……。
オレは両手にいっぱいの野菜やお菓子、花を抱えて家に戻る。
「皆……お供えモノ食べる……?」
そしてオレは、オレを放置して無慈悲に酒盛りしてる皆に玄関から小さい声で問いかける。
そして階段の下では……。
「…………えぇ……」
……師匠とやらへの手紙をしたため終わり降りてきて、一部始終を見ていたシアスタが、これ以上無いくらいの困惑した声を出していた……。
「メアメアちゃんのお断り記念に乾杯!!」
「「かんぱーい きゃっきゃ」」
しかもあっちでは乾杯始まってる……。
その後オレは、心で泣きながら、お供えモノを皆と分けながらお酒を楽しみました。
「ぽよぽよぽよぽよ」「たぷたぷたぷたぷ」
「やーん、今度はあたしっスか? よしよーし良い子良い子ー」
セイメアのお断り練習 ―終わり―