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進め、キッチンへ(おまけ)

 ――結論から話そう。最近家に泥棒が出没するようになった。


 概要はこうだ。


 ナトリは調味料を生成できる。それはナトリが食したものであれば何でもだ。


 その中でもよく使うものは共用のモノとして瓶詰めで冷蔵庫の中に保管してある。そして、とある小瓶だけ、皆が把握している使用量と消費量がどうにも合わないんだ。


 泥棒が狙うそのとある小瓶とは、調味料とは――ポン酢。


 マヨネーズやジャム、醤油、ごま油、その他数々の調味料がある中で何故か泥棒のターゲットとなってるのは――ポン酢。


 …………なぜぇ?


 そんな謎のチョイスをする泥棒を探すため、オレは仲間内から聞き取り調査をする事にした。


 まずはソーエンから。


「お前盗み食いとかしなくね?」


「ああ。腹が減ったらカ○メを食えば事足りる」


 コイツはカロ○が大好きだ。味、食感、そして何より手早く食えることが好きな理由。そんな奴が一々盗み食いを働くなんて面倒な事をする訳が無い。


 次は、ナトリ。


「……お前自分で調味料作れんだからコソコソする意味ねぇもんなぁ……」


「当然だ。減った分は我輩が補充しておく、存分に犯人を捜すが良い」


 と言う訳でコイツは犯人から除外。というか、今回の被害者みたいなもんなんだよな。


 次はヤイナ。


「お前盗み食いするタイプだよな」


「決め付けひどっ……あたし、ポン酢狙い撃ちするくらいなら貯蔵してるお酒呑むっス、そして深夜に一人で盗み食いするならパイセン達誘って晩酌するっス」


 最後の言葉が決め手となり、コイツは無罪放免となった。


 次はラリルレ。


「んふふ~、ちょっと悪悪わるわるな事してみちゃおっかなぁ。犯人は私だよ!!」


「はぁぁん」


 ――――白。


 次はロロ。


「んふふ~、ロロちゃんも共犯だよ!!」


「ラリルレがそう言うのならばそうなのだろうな」


「はふぅん」


 ――――白。


 次は双子。


「お前等盗み食いとかするタイプ?」


「ぽんずいやー」「きらーい」「おにーさんのまりょく」「すーき」


「でしたね。ガッツリオレのこと盗み食いしてたわ」


 コイツは白だけど黒。別の意味で黒。でも、最近は夜にお腹一杯にさせてから寝せるから、ちゃんと白になれて偉い偉い。


 次はソーキス。


「お前盗み食いがツマミ食い程度で済むタイプ?」


「んーん、完食するたいぷー。がぶ飲み派ー」


 食欲旺盛なことが起因して白。そして最近はこっそりをやめて、ちゃんと許可貰ってから吸うようになってるから白。双子もソーキスも、ちゃんと厳しくしつけてるぞ、ほんとだぞ。


 次はセイメア。


「セイメアは……盗み食いとかしないでしょ」


「は、はい……。元々小食なので……。あ、でも、たまに……本を読んで夜更かし、してるときには……ドライフルーツを少し……」


 ドライフルーツにポン酢は合わないから白。そしてドライフルーツ少しで満足するならやっぱり白。なんなら机で小説を読みながら、ドラーフルーツを噛んでぽわわぁってしてる情景が思い浮かぶから白。


 そして、最後は、家の真っ白ロリっ子、シアスタ。


「ポン酢」


「知りません」


 全てを言い切る前に、スン……としながら答えられた。


「ポン」


「知りません」


 …………見た目は真っ白。


 * * *


 と、いう訳で、オレとソーエンは現在、<隠密>を使ってキッチンで張り込みをしている。


 電灯のような灯りの魔道具は消し、月明かりだけが差し込む薄暗いキッチン。そこの奥にある冷蔵庫の横で、オレ達は二人揃って健気に張り込みをしてるんだ。


 暗い暗い室内。オレ達だけが潜んでいるキッチン、そこへ――――犯人が現れた。


 夜の暗闇が怖いんだろう。そしてバレないようにコソコソしてるんだろう。ビクビクしながら周りをキョロキョロして、抜き足差し足及び腰でしずかーにキッチンの入り口から入ってくる。パジャマ姿ではなく、いつも見慣れた姿で。相当盗み食いに気合が入ってるようだ。


 その抜き足アスタ差し足アスタの歩みのまま、壁にある接触式のスイッチでキッチンに灯りを灯すと、ホッと一安心した様子で冷蔵庫へと近付いてきた。灯りが灯って安心したんだろなぁ……。


 そして、犯人スタはお澄まし顔になりながら、業務用冷蔵庫へと近付いて来て、扉に手を掛けた。


 オレとソーエンは目で合図と会話をし、そのコソコソしてる犯人スタの背後に回り、一緒にしゃがみこんだ。


 調味料が置いてあるのは冷蔵庫の下段。因みに食材は上段。そして犯人スタは、しゃがみながらポン酢の瓶へと手を伸ばしたところで――。


「「わっ」」


「はひゃぁああああああああああああああああ!!」


 ――オレ達は姿を現し、声を掛ける。


 そして犯人スタはというと――――今まで聞いたこと無いような声が裏返った叫びと共に、しゃがんだまま頭を抱えて丸まってしまった。めっちゃ震えてる、全身を強張らせてぷるぷる震えてる。


 でもコレは罰だ。いくら補充が利くとはいえ、共有のものを無断で勝手に使っている泥棒スタへの罰だ。事前承諾も事後承諾も無く、勝手に使うのは泥棒だ。そんな汚い奴に、オレ達はなって欲しくないから、今回ばかりは厳しい罰を与えた。


「シアスタ、ダメだぞ。いくらお腹がすいたからって、コソコソしながら泥棒まがいの事はしちゃいけない」


「誰もお前の夜食を止める者など居ない。一人でコソコソとしながらツマミ食いをするくらいならば、俺達も誘って堂々と食べろ。それくらいならば付き合ってやる」


 オレとソーエンは、泥棒スタへちゃんと言うべき事を言う。


 そして、犯人スタは、オレ達の声で、お化けじゃないと判断したのか、そーっと顔をこちらへ向けてきた。眼にたっぷりの涙を溜めて、頬に零れ落ちて流れるほどの涙を――――。


「あれ、オレっていたぁい!! なおすのはやぁい!!」


「場所を選べこのバカが。――シアスタ、怖がらせて悪かった。涙を拭くのに使え、予備のマフラーだ」


「いえ……ハンカチ持ってるので……」


「……」


 オレが頭に痛みを感じ、ソーエンはフードの奥で若干の落ち込みをし、シアスタがゴシゴシとハンカチで顔を拭く――居酒屋のお絞りで顔を拭くおじさんのように。


 そうしてオレ達は、張り込み役と泥棒スタから、オレ、ソーエン、シアスタの関係へと戻って、話をする。冷蔵庫を一旦閉め、三人でしゃがみあいながら。


「シアスタさぁ……別に毎晩夜食食うのは良いけど、食べ過ぎるとデブスタになっちゃうぞ。ポン酢はヘルシーでも、浸ける料理がカロリー高かったら意味無いからな」


「私太らない体質なので大丈夫です。いつまでも完璧なプロポーションの美しアスタなので。……あと、別にお腹が空いたからお夜食食べてるわけじゃないですから」


「ふむ……腹が減ってないのに食べるとなると……。食べ癖や過食症の気があるな。教会……よりも自宅で精神療法をした方が良いな」


「いえ……食べたくて食べてるわけじゃないので……」


「食べたくて食べてるわけじゃないのに盗み食いするって何? スリルに興奮して癖になっちゃったタイプ?」


「違いますから。…………お二人とも、誰にも言いませんか……?」


「内容によるわ」


「じゃあ……話しません。寝ます……」


「俺は言わない。約束しよう」


「じゃあ……ソーエンさんにだけお話します……」


「待って待って、内容によるけど、お前が変なこと企んでないってのは分かるから教えてくれよ。一応は、これでも信頼はしてるんだからな?」


「じゃあ……お二人にお話します……」


 そう言ってシアスタは、眼を伏せたり、チラチラとこっちを見たり、指先をツンツン合わせたあとに、恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「私、最近、お料理上手スタになりましたよね?」


「それはそう。お前の作るご飯めっちゃ美味い」


「ああ。いつも美味しく食べさせてもらっている」


「…………むふー」


 夜スタは落ち着いた様子で、それでも満足げな顔をオレ達へと向けてきた。


「それで……その……。皆さん、私達が作った料理を美味しく食べてくれるじゃないですか。それはそれで嬉しいんですけど……。前に、リリムさんとリリスさんが、ポン酢を初めて口にしたとき、苦手って言ってて…………だったら、私お料理上手スタなので……美味しく食べられるようにしてあげようって、思っちゃたりして……」


「ソーエンこれ……怒れる?」


「無理だ。怒る理由が全く見られん。だが、夜にこそこそする必要はないだろう」


「いえ、その。……試行錯誤してる姿見られながら頑張るより、何気なく急にさらっと美味しいを提供したほうが……クールでスマートっぽいので……」


 シアスタは恥ずかしがりながら、指先のツンツンツンツンを早めてそう言ってくる。こいつ……自信家だし見栄張りんぼだもんなぁ……。変なところは素直だけどさ。


「事情は分かった。分かったけどなぁ……でも共用のものを勝手に使うのはダメでしょ」


「はい……ごめんなさい……」


 シアスタはシュンとしながら、素直に謝ってきた。こういうところは本当に素直。


 やった事について、家のやつ等は皆特に何も問題とは思って居ない。調味料が減るくらいだし、補充だって利く。重大な問題ってわけじゃないから、大きな問題に繋がるわけじゃない。誰かがツマミ食いをしてるのかな? って程度の認識でしかないから、皆それほど問題視してない。


 でも、それでも――。


「シアスタ、オレ達は良いんだけど、お前は皆に迷惑かけちゃいけないよ。知らないうちに家のものが減るってのは、怖いことかもしれないだろ?」


「そうだ。俺達は良いが、お前には素直で居てほしい。罪の意識を感じているならば、おまえ自身が悪い事をしてると分かっているはずだ。そして、俺達よりもまず、誰に謝るのかも、分かっているはずだ」

 

「はい……え? 何か諭す言葉の中に聞き捨てならない内容が含まれてた気がするんですけど……」


「お前が美味しいを作るまでは、皆にはオレ達からそれとなーく納得できるような言い訳でっちあげとくから安心しな。でも、シアスタがこっそり使った調味料を、健気に補充してる奴だけには謝っておこうな。今回の騒動での、唯一の被害者だから」


「……はい……」


「その必要はないのである」


 シアスタがちゃんと反省をして、謝る気持ちに向き合って、『はい』と言った直後、キッチンの入り口から尊大な声が聞こえてきた。


 そして三人そろってそちらへ目を向ければ、声だけで誰だか分かるやつが、杖を付きながら優雅にキッチンへと入ってきた。


「我輩は知った上で補充をしていた。そも、探求をする者は探求に貪欲であれ、恥や罪なぞ――」


「ほら、シアスタ。オレ達も一緒に謝るからごめんなさいしよ? ごめんなさいは大事だから」


「はい……」


「ナトリ」


「今回の件」


「本当にごめんなさい!!」


 シアスタが悪い事をしたって自覚してるなら、相手がどう思うと謝る必要がある。たとえ相手が悪い事と思って無くても、悪い事をしたって思ってるシアスタが、ちゃんと向き合ってごめんなさいって言える事が大切なんだ。


 だから、オレ達三人は揃って腰を折って謝る。


「…………そうであるな。許そう、自分の罪の意識に向き合い、覚悟を持って謝罪をしてきたシアスタを。よくぞ打ち明けた、よくぞ向き合った。貴様は聡く、そして立派な者だ。人を捨てた探求よりも、人としての思いを重んじたのだな」


「あの……ルナトリックさん……怒ってくださって……構いません……」


「気にするでない、我輩は何とも思っておらん。そして、それでも許すと言った。罪悪を感じているならば、それがシアスタへの罰になろう。罰が無いからこそ満足に許されず、自らの内に響く、辛いものとなるであろう。……我輩も、先にはそうなるであろう」


「ナトリ……良いよ、カプレーゼの件に免じて、今後カレーに何入れても許すから……だから、そんなに思いつめないで……?」


「くっくっく……ふはははははは!! そうだ、そうなのだよ!! ならばこそ、シアスタ。貴様は我輩と違い罰を受けることができるのだ、だから許される罰を与えよう。罪を清算する罰を、我輩から貴様に課そうではないか」


「はいっ……どんな事でもしますっ……!! しっかり受け入れます……!!」


 シアスタは、手や顔をきゅっとしながら、覚悟を決めたようにナトリへと言葉を紡ぐ……けど、その姿を、オレとソーエンは安心しながら見ていた。緊張と覚悟の面持ちのシアスタは、ナトリだから安心して見ていられる。


 そして、ナトリはシアスタにふさわしい罰を言い放った。優しく、しっかり、ゆっくりと、シアスタに意味が伝わるように。


「シアスタよ、味の探求をしてみせよ。我輩が、双子が、美味と思えるような味を求めたまえ。満足でも、極上の美味でも、至高の味でもない、貴様が美味しく食べてもらえると思う味を求めよ。それまで我輩は、傍らで味見でもしてただ待つとしようではないか。あくまでシアスタが思考と錯語を繰り返す探求を、我輩は見ているだけだ。味見をするだけで何も言う気はないが、美味しさのあまり言葉が漏れてしまうこともあるかもしれんがな」


「お前鬼か? こりゃまた難題押し付けてきたなぁ。いやぁ難しい、すっげぇ難しいわぁ。どうすりゃシアスタが、双子にポン酢を美味しいって思ってもらえる味を作れるんだろなぁ」


「ふむ、俺達も味見に参加して、ナトリと共に待つだけで良いのではないか? 時たま、ナトリと同じように言葉が漏れる事はあるだろうがな」


 オレ達は、皆でシアスタに重い罪を課す。とっても残酷で、辛い辛い罰を、シアスタヘと与える。


 そして当の本人は、あまりに重い罰なもんで、重責に耐え切れず、キョトンとしながら涙を流していたぁい!!はやぁい!!


「シアスタ。呆けて泣くのも良いが、お前にはやるべき事があるはずだ。涙は俺の予備のマフラーで――」


「ハンカチ、あるので、大丈夫、です、うぐぅ……えぐ……」


「…………そうか……」


「我輩はスパルタでな、反省の意味も込めてシアスタの口から納得のいかなかった品々を語らせたいのである。どのように材料を調達し、どのような過程で調理をしたのか、我輩の品々に手をつけたと有らば必然的に語らなければならないのである。残酷な仕打ちだ、果たして貴様に耐えられるか」


 うーん……ナトリ、コイツ絶対知ってる。それでも言わせるのは、多分再確認の意味と、オレ達に知らせるためだろ。……なんて、スパルタなんだぁ……。


「ひぐぅ……はい……」


 まだ、シアスタは泣いていたぁい!! そしてソーエンがヘッドロックでオレのこと拘束してくるぅ!!


「冷蔵庫に保管してある食材は、皆さんのご飯を作るためにおいてあるので、使っちゃいけないって思って…………こっそり、一人でお店に行って材料、買って……」


「何て狡猾で健気な事をしていたんだ。シアスタはずる賢こスタだな」


「あ、ソーエンさん。それ語呂悪いので却下で。それで……」


「………ふむぅ……」


 ヘッドロックをしているソーエンから、落ち込み気味な声が聞こえてきた。そしてナトリは小さな含み笑いをして、深夜だからか爆笑を我慢している。


 ただ……シアスタが買い物していたときの姿は眼に浮かぶなぁ……。多分、お澄まし顔をしながらも、作るメニューのことを考えて、食材を掲げながら目をキラキラ輝かせてたんだろう。自分が作った料理を、双子が美味しく食べている姿を想像しながらな。


「シアスタ、お前絶対おまけ沢山貰っただろ」


「えっ!? どうしてそれを……イキョウさん……見てたんですか?」


「いやぁ……アステルのやつ等って皆良い奴ばっかりだから、そんな感じであれってなって持ってけ持ってけでおまけ貰えるだろなって思って。ごめん、良いよ、話し続けて」


「なるほどです。――あの、それで……私、クールでそつなく凄いってされたかったので、一人で色々試行錯誤してみたんですけど……。ポン酢の味が独特で初めての味なので、どうしても『これ!!』っていうものが見つけられなくて……。スープの味付けに使ってみたり、チーズに溶かしてみたり、ディップして合いそうな料理を作ってみたりしたんです」


「個人的には新しい試みって思うけど、案外イけそうじゃない? ポン酢のスキっとした風味と塩味って、スープのアクセントに良さそうだし、チーズに合わせれば味を引き締めそうではあるじゃん」


「食べられない訳では無かったんですけど……ポン酢ありきの味だったので、ポン酢自体を嫌いなリリムさんとリリスさんが美味しいって思えるようなものではありませんでした……」


「ならば隠し味程度に少しだけ入れるか、他の調味料にアクセントとして混ぜ込めば良いだろう」


 ソーエンはそう言いながらオレを開放してきたから、ようやく普通の体勢で会話を聞けるよ。


「それはそうなんですけど……。私はお二人に、ポン酢の味が残りながらも美味しいって思える料理を食べて欲しいので、味は隠さずにしっかり残しておきたいんです」


「自らが望むものを求める。そう簡単な道ではないのであるぞ」


 そう語るナトリはいつのまにか、影で作った椅子に腰掛けていた。


「はい。……それでもやってみせます。お料理上手スタとして絶対に成し遂げてみせます……っ!!」


 シアスタは手を握りながら、小さくフンスと気合を入れている。


「早速取り掛かります!! 見ていてください、必ず美味しいポン酢料理を作りますから!! ですので味見よろしくお願いします!!」


 そして、シアスタは気合マシマシでテコテコと小走り気味に調理の準備を始めた。


 オレ達はそれを、後ろから見守るのであった。――――折角だしお酒でも呑みながら、ゆっくり見るかぁ。


 * * *


 あれから一週間。深夜のお料理会で、一つの成果が生まれた。


 それをシアスタは、晩飯のメニューにそっと入れ、テーブルに並べて皆の前に置く。


 お澄まし顔をしながらも、横目でチラチラと双子の顔を確認しながら。


「このおにく」「ぽんずのにおいー」「「やー」」


 皆が食事を開始した中、双子はすぐに匂いを察知して、手で軽く皿を押しのけ、拒否の反応を示した。


「好き嫌いはいけませんよ、リリムさん、リリスさん。食べてみたらきっと美味しいはずです、絶対美味しいはずです。私が簡単にちゃちゃっと作った、なんてこと無い手料理ですが、お試しで食べてみてください」


 雑な見栄の張り方だなぁ……。


「「やー」」


 でも双子は、二人揃ってシアスタを見ながら拒否をする。


 オレ達は何も言わないよ。シアスタが頑張って作ったなら、シアスタが食べさせるべきだ。だから、オレ達全員は、何も言わずにそれとなくその光景に横目を向けている。全員でな。


「大丈夫ですよ? 美味しいですよ? 一口、一口だけで良いので食べてみてください」


 おすまシアスタは、段々と必死さが漏れ始めている。


 その必死さを感じ取ったのか、はたまた違う理由なのか、双子はシアスタの言葉を受けてもう一度料理に眼を向けた。


 シアスタが作ったのは、ポン酢を使った甘辛ダレの照り焼きチキンだ。見た目も食感もしっとりとしていて、淡い小麦色に焼かれた皮はタレが照っており、食べやすいようカットされて露になった身は見ただけで柔らかさが伝わってくる。


 そんな照り焼きチキンを、双子は手に持っているフォークでツンツン刺して弄っていた。


「あ、もっと食べやすいようにしてあげましょうか? 小さく切ってあげますね、ついでにフォークも刺してあげます」


 シアスタと双子は三人並んで座ってる。けど、もうただただ必死なシアスタは席を立ち、ちょこちょこと動きはじめた。双子の背後に立って間へ体を入れ込ませると、自分の持ってるナイフで双子のチキンを切って、そして二人の手に持ってるフォークを取って細かくしたチキンに刺した。


 そして……もう手段選んでないじゃん……フォークをズイっと差し出して、食べる事を強制してやがる。


「「やー」」


「あーんしてください」


「「やー」」


「一口、いえ、一舐めでも良いです!! 舌のさきっちょでぺろってするくらいでも構いません!! ちょっとだけ、ちょっとだけですから!!」


「いまのいいかた」「すーき♡」「シアスタがむけてるもの」「てらてらしたおにく」「いやいやなめてあげる」「いやなかおでちろちろしてあげる」


「っス!?」


「座れヤイナ」


 何が双子の琴線に触れるか分かったもんじゃない。でも、それでも、双子は拒否全開の姿勢から、味をみるようまでにはなった。


 双子はそれぞれ、差し出されたシアスタの手に手を添え、いつもはとろんとしてる顔を、ちょっとだけ嫌がってるような顔にさせながら、舌をそーっと伸ばして、舌先だけを少しだけチキンになぞらせる。


「「……?」」


 でも、思っていた味と違かったんだろう。二人はとろんとしながら、お互いの顔を見合って小首を傾げていた。


「どですかどですか?」


「あまーい」「しょっぱーい」「「ぽんずじゃなーい」」「「あーん」」


 多分、タレが美味しかったんだろう。だから双子はお肉の味も知りたくて、シアスタへと小さな口を開いて食べさせてもらおうとしていた。


「はい、ええ!! もう、どぞどぞ!! あーん!!」


 食べてもらえると思ったシアスタは、それはもう嬉しそうにしながら、双子の口へとフォークを優しく入れ食べさせる。


「もぐもぐー」「むしゃむしゃー」「「……」」「んーっ」「おいしー」


 タレ、お肉、合わせて照り焼き。その照り焼きの味をしっかり味わった双子は、目を閉じながら両手を頬に沿え、ちゃんと『美味しい』って言葉を発した。


「あわっ、あわわわ!! 美味しいですか? ちゃんと美味しかったですか?」


「あまからすっきりー」「やわやわおいしー」


「…………そですか? ふーん……むふー」


 シアスタお前……今更冷静ぶっても遅いぞ。クールでそつなくが全然取り繕えてないぞ。


「双子、その照り焼きさ、シアスタがお前達の為にめっちゃ頑張って作った料理なんだわ。ポン酢美味しく食べてもらえるように作ったんだわ」


「……えっ!? ちょっとイキョウさん!! なんで言っちゃうんですか!!」


「オレはおいしいが作るまでは言わないって言いましたー、でももう作れたんで言いましたぁー。努力したんだから結果だけじゃなくて過程も褒められるべきですぅー」 


「ぐぬぬ……褒められるの好きなので反論する必要ないです……ぐぬぬ!!」


「シアスタすーき」「わたしたちのために」「「ありがーと」」


「ぐぬぬむふー……!! 良いんですよ!! それよりもっと食べますか? お代わりもありますよ?」


「「あーん」」


「あーんです、むふー!!」


 良かった良かった。シアスタは結果、過程、両方を含めてちゃんと報われたから、それはもう大変満足気な様子で双子へとニコニコしながら食べさせていた。


 これにて一件落着。


「良かったねシアスタちゃん、たーっくさん料理作って頑張ってたもんね!!」


「おめでとう……ございます……」


「夜更かしアスタだったもんねー」


「はい!! 遅くまで起きて、たくさん作って…………? どーして知ってるんですか? 私、夜更かししたこととかいっぱい料理作ったこととか言ってませんよね?」


「オレが双子以外の全員に事前に言ったんだけど?」


「え?」


「お前そりゃ夜中に泥棒現れるんだから事情説明くらいはするだろ? ただオレは、約束守って『とあるポン酢嫌いの二人の為に、夜中に犯人スタがコソコソせこせこと頑張ってるから、たまにこっそり犯行見においで』って言っただけ。ちゃーんとそれとなーく事情を説明しておきました」


「……それで約束守ったって思えてるイキョウさんのおバカさ加減に私は何も言いませんええ分かってますもう分かってますから。…………おバカ!! イキョウさんのおバカ!!」


「オレはバカだけど狡猾だ。結果良ければ全て良し、それを踏まえて皆に説明した。ってことでここからは……ソーエン」


「ああ。皆で頑張ったシアスタを、そしてポン酢を食べられた双子を褒めるぞ」


「え、なんですか急にもー…………別に? そんな事されても? 私イキョウさんのこと許しませんけど? でも褒められるの好きなのでおバカさは大目に見てあげますけど?」


「わたしたちも」「たべれた」「「むふー」」


 誇らしげなシアスタ、誇らしげな双子。そんな三人を、皆は揃って褒め始める。


 言葉で褒めたり撫でたり、美味しくチキン食べたり、お代わりしたり。その様子を、オレは眺めながら酒とタバコを――。


「イキョウさん、褒めてください」


「「ほめてほめてー」」


「えー……オレは厳しいスタンスなんで褒めません。でもお代わり残ってるなら貰います、双子と一緒にポン酢を美味しく食べます」


「むふー!! しょーがないですねー!!」


「「むふー」」


 ――酒とタバコと照り焼きチキンを楽しむことにしたのでした。

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