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進め、キッチンへ(2/2)

 …………。


 ……。


 …………。


 そして何も思いつかないまま時間だけが過ぎ、オレとソーエンは調理台の前で立ち尽くす。一応、邪魔にならないように、調理台の端っこで小さく纏まりながら。


 オレ達が思考している間に一品料理を作り終えたシアスタは、ラリルレに呼ばれて皿の用意や盛り付けなんかをしてるけど、オレ達二人はこの場に取り残されて未だに頭を働かせていた。


 思慮浅いオレ達は必死に考える。だって、ラリルレから作ろうってお誘いを受けたんだから、絶対に何かしらを作らなければならないから。


 お手伝いに来たというのに、今となっては何も手伝いをしないまま、しかし新しい使命を全うするために、オレ達は調理台の端で案を出し合っている。…………と。


 とある奴が食堂にしれーっと入ってきて、冷蔵庫からワインを取り出してしれーっと去って行こうとしやがった。


「おい止まれそこの駄メイド」


「何一人で呑み始めようとしてるんだよスルメイド」


「あたし美少女メイドなんで」


 人様がこんだけ悩んでるってのに、干物女はワインをラッパ飲みしながら立ち去ろうとしやがった。だから一蓮托生精神でこちら側に連行し、頭数を増員させた。


「お前毎度毎度、いの一番に酒呑むの止めろ。キャンプ行ったときとか誰かん家集まったときとかいっちばん最初に酒呑んでなんも手伝わねぇじゃん」


「あたし手料理は作るよりも作って欲しい派なんスよ。特に、可愛い女の子とお泊りしたときに、愛を込めて作られたご飯を食べて、愛も料理も体も食べちゃうのが興奮するっス」


「どの口が『作る』とほざいているんだ。お前が料理をする姿など一度も見たことが無い」


「確かにコンビニスーパー宅配レンチンカップ麺、文明の利器様様バンザイ食生活してたっスけど、作らない訳じゃないっスよ? 既製品に一手間加えれば、それすなわちあたしの手料理っス。ピザにタバスコかけたり、カップ麺に七味入れたり、パスタに追いチーズしたり、それだけであたしのアレンジ手料理は最高の一品にしあがるっス」


「それでアレンジとか手料理とか言い張るってお前、生産者の方々に申し訳ないと思わないの?」


「ちゃんと料理を身に付けたシアスタを見習え。今日などカプレーゼを作ってくれたんだぞ」


「ほえー、凄いっスねぇ、シアシアちゃん天才っス!! でもでもあたしだって作ろうと思えば作れるっスよ? トマトとチーズ切って重ねて、味付けすれば良いんスよね」


 どうやらヤイナも料理の作り方くらいは知っているらしい。オレ達が見たこと無いだけで、コイツだって料理ができるはずだ。せめても、下手スタほどじゃないはずだ。お前も立派な大人なんだからさ。


 今オレ達の目の前には、余った野菜や端材、そして調理器具などが並んでいる。


 ヤイナはそれらを用いて料理をし始めるため、オレにワイン瓶を渡した。そして、具材の中からトマトとモッツァレラチーズを選んで、まな板に乗せた。


 次の手順のため、ヤイナは包丁を手に取る。柄を握りこむように持ち、食材を一切抑えないまま。その様子を、オレはワインを呑みながら見ていた。


「えいっ」


 ――けど、呑むのが止まってしまったよ。思わず喉を止めて見つめちまったよ。


「……お前って本当に料理できるの?」


「もちろんっスよ?」


「そっかぁ」


 料理できる奴が包丁振り降ろして食材を潰し切るっておかしくねぇ?


 上から刃物を叩きつけられて、果肉が漏れ出ながら半分に切られたトマト。そして同じ手法で切られた、拳サイズだったけど今は半分のつぶれチーズ。


 ヤイナはそれを互いにくっつけて、トマトとチーズのハーフ球体を作り出した。そしてあろうことか、まな板の上だってのにオリーブオイルぶちまけやがった。


「よし。広義的にはカプレーゼっス」


「カプレーゼに広義的って言葉付随するの初めて聞いた」


「ある意味では前衛的な発想だな。よくもそのような腕で作れるとほざけたものだ。おいズボラ女、シアスタに謝って来い」


「なんでっスか!?」


「コイツダメだわ、調理においては一切戦力になんない。お前案出しだけしてろ」


「ひどいっス……あたしお酒取りに来ただけなのに散々な仕打ち受けてるんスけど……」


「肉、チーズは被りだからダメ。ニンニクはシアスタからNGくらった。凝ったものはオレ達には無理。どうすっかなぁ……」


「ふむ……。野菜を細かく刻み、卵にあえて野菜オムレツにするのはどうだ」


「それ良いじゃん、採用。サイズは個人個人で変えるか」


「決まっちゃってるっス、あたし要らなかったじゃないっスか……」


 早速ラリルレ料理長に報告しようとしたら……いつの間にかキッチンからいなくなってた。セイメアとシアスタ、ロロも居ない。


 でも声は食堂の方からするから、様子を見に行くと――皆で野菜の串打ちしてた。ナトリや子供達も一緒にやってる。ロロ凄い、触手使ってニュルニュルと串を増産してた。


 そんな皆に、オレ達が決めた一品を食うか聞いたら、快い返事をもらえたので、早速取り掛かることに。


 キッチンへと戻り、オレとソーエンで野菜を刻んで、オレとソーエンで卵を混ぜて、オレとソーエンで混ぜ合わせて、ついでにさっきヤイナが無駄にしたトマトとチーズも細かくしてからここに入れて――。


「あたし要らなくないっスか? 戻ってあっちでお酒呑んでるっスね」


「俺達だって呑みたいのを我慢している」


「そーだぞ、皿出しくらいは手伝ってくれや」


「いや……あたしが呑んでたワインパイセン達に回しのみされてるんスけど……二人共全然我慢してないんスけど」


 普通に食うぶんのオムレツくらいなら簡単に作れる。味付けやレシピを覚えるよりも、器用さが必要な料理だったらそこいらの料理人たちよりは上手くできるからな。


 オレにはこの眼が、ソーエンには猿真似程度だけど似たような目が、備わっている。


 だからオレ達二人はオムレツを焼いてはヤイナの用意した皿に載せて、そして――。


「でーきた」


「中々の仕上がりだ」


 ――完成、野菜オムレツ。見た目完璧、町の食堂で出すくらいなら問題ないレベルだぁ。


「よし、全部作り終わったことだし、味見しとくか」


「ああ」


「ほえー、味見って完成してからするもんなんスね。あたしもするっス」


 オレ達は三人揃って、味見用ミニオムレツを一口、口に運ぶ。


 うーん、中々にシンプルで奥ゆかしく、風味香る味わいだ。あまりに奥ゆかしい引っ込み思案な味のせいで、卵や野菜の風味だけしか感じられない。


「ふわふわ滑らかな舌触りが心地良くて」


「野菜たちの柔らかだが確かな食感が歯を楽しませ」


「けど味の無い風味だけの不思議なオムレツっス」


「「「…………?」」」


「オムレツってこんなもんだっけ?」


「素材は生かしきれているはずだ」


「味以外は完璧なオムレツなんで、これも広義的にはオムレツで良いんじゃないっスか?」


「「それだ」」


 よし、広義的オムレツ完成!! 不味くはないから文句は出ないだろう。


 素材の風味勝負の、舌触りと食感だけが飛びぬけて良いオムレツだもの、どうやったって不平不満が生まれる事は無い。


 今晩の飯でまだ作り終えてないのはヘルシー串焼きだけ。その串焼きも、オレ達がオムレツを作ってる間に準備が整ったようで、ラリルレ達お料理組がバットに乗せながらキッチンに戻って来た。


 四人はバットを調理台に置き、鍋を火に掛け、串に軽く塩を振りかけようとして……ふとこちらに眼を向けてきた。


 ラリルレとシアスタは眼をキラキラさせながら、ロロは二本の触手で野菜串を両脇に掲げながら、セイメアは興味深そうに、四人皆寄って来て、オムレツとオレ達のことを見てきた。


「すごーい!! かわゆいよぉ!! これキョーちゃん達が作ったの!?」


「おいしそうで綺麗可愛いオムレツです……心なしか輝いて見えます!!」


「オレ達特性、見た目と食感だけ完璧な広義的オムレツだ。よかったら味見してみる?」


「「やったー!!」」


 テンションの高い二人、そしてギョロっとオムレツを見てるロロ、ちょっとワクワクしてるセイメアは、四人揃ってミニオムレツを一口食べた。


 舌を動かし、顎を動かし、味わうように食べてる。美味しいものだと思って、その美味しさを味わおうとしてる。


「「「……?」」」


「なんなのだコレは。こういった手合いの料理なのか?」


 三人は小首をかしげ、そしてロロはまた皿に触手を伸ばしてもう一口食べようとしていた。


 シアスタなんて、小首かしげたまま固まっちゃってる。


「いっぱいお食べロロ。なんかね、味の無いオムレツ出来ちゃったの。でもオムレツってこんなもんでしょ」


「……………………えぇ」


 このオムレツに関して思考していたシアスタは、長い沈黙を経て出した声が、たったそれだけだった。引くとか困惑とかそんなもんじゃなく、心のそこから訳の分からないと感じているような声でした。


「キョーちゃん達味見はしたの?」


「したよ?」


「作った後にちゃんとな」


「あわ」


 オレ達の返答で、ラリルレは小さく声を上げて固まってしまった。まるで、思っても無い回答をされて思考停止してしまったような感じで。


「あ、で、でも……これで……完成という訳では……何か、かけて……食べるんですよね……?」


「あっ。そっか、その手があった!! セイメア天才!!」


「ソースを作ればよかったのか」


「なんか強烈に味濃いの乗せればいけそうっスよね」


 打開策が見つかったオレ達だった、が。セイメアは何か言いたそうにしながら、でも何も言わない。


 だったらオレ達は動くまでよ。三人そろって冷蔵庫の中から調味料や酒、使えそうなものを全て選び、おまけにナトリからスパイスをかっぱらって準備を整える。


 串焼きを焼いてる四人の横で、何か言いたげにされながらもちゃんと見守られながらソースを作った。


「完成!! 特性ソース!!」


「早速味見をするとしよう」


「色んなもの入れたっスし、絶対美味しいはずっス!!」


 そして――出来上がったソースを一舐めすると――。


 そのままフライパンを持って、流しにペイっとソースを捨てた。


「やっぱダメだわ。ソースって買うものだろ」


「普段既製品を買っている俺達が、自ら作ろうとしたのが失敗だったな」


「うえぇ……苦味とえぐ味やばいっス……なのになんで甘臭いんスか……しかもガソリン臭っ……」


 ソースって人が作れるものじゃないんじゃないの? 店で売ってる奴とか、実は特別な木の樹液だったりしない?


 下手に何か加えて不味くなるより、今の見た目と食感だけは完璧なオムレツの方が何百倍もマシだよ。やっぱこれで完成にしよう。


 そう考えていたら、串焼きを焼き終えた四人が、ミニオムレツを見ながら何かを話し合っていた。また食べたくなっちゃったのかな?


「どしたの」


「あの……その……私の、トマト煮、合うかなって……思いまして……」


「「「天才」」」


「ヤイナさんって実はそちら側だったりしません?」


 セイメアの天才的な一言で、新たな可能性への道が開けた。


 オレ達が作ったオムレツには未だにほかほかと湯気が立っている。そんなほかほかオムレツの上に、セイメアが作ってくれた熱々トマト煮をソースのようにかけてみると――。


「うまっ」


 見た目と食感だけが取り得の風味しか無いオムレツは、トマト煮を乗せることによって酸味と塩気が足され味を得た。相変わらずオムレツの味はしないけど、美味しいトマト煮と、オムレツの取り得である舌触りや歯触りそして風味が合わさって、なんとも美味しい。


 寧ろオレ達のオムレツは味の邪魔をせず、見た目と食感でトマト煮を引き立てる役割を果たしてるともいえよう。


「俺達が作ったオムレツは、思ったよりも遥かな可能性を孕んでいたようだな」


「ふわとろオムレツとすっぱうまトマト煮合うっスね……お酒お酒」


「「いえーい」」


「い……いえーい」


「美味い、美味い」


 オムレツトマト煮掛けへ、それを食した者達は全会一致の評価を下した。


 これでオムレツは完成だ。そして、これにて夕食が全て完成したぜ。


 オレ達は食堂に居る奴らも呼んで、全員で配膳を行う。人数が人数だから、運ぶ手が大いに越した事は無い。


 器や皿、鍋を取ってはテーブルへ運び、どんどん並べていく。パンが、ポトフが、ソテーが、酒が、どんどんと並べられ、最後に運ぶのは、シアスタが作って冷やしておいたカプレーゼだった。


 それを子供達が運び、次いでオレも準備した一皿を持って、テーブルへと運ぶ。


「はいナトリ」


「…………」


 オレ特性のカプレーゼを置くと、ナトリは皿を無言で見つめ、そして観察していた。


「阿呆よ、我輩の分だけ不可思議なことが――」


「まずはいただきますでしょ!! はいせーの!!」


 ナトリの文句は一旦聞かないでおく。


 オレの言葉に合わせて、皆がそれぞれ声を出し、そして晩飯を食べ始めた。


 最近双子は、少しだけどご飯を一緒に食べるようになった。多分だけど、周りと一緒の事をしたいんだろう。ずっと二人だったけど、今は皆だからな。その皆が段々と自分の中に入ってきて、そうやって周りと同じことをしたくなって――。


「阿呆よ」


「なんだよナトリ。今良い感じの感傷に浸ってたのに」


「我輩のカプレーゼはシアスタが作った訳ではないのだろう?」


「あたぼうよ。オレ特性、カレーの仕返しカプレーゼだ」


「ほう……それだけの事で、下の皿が透けて見えるほど食材を薄くしたのであるか。見ようによっては一種の芸術のようである」


 ナトリの分のカプレーゼ。その皿に盛られたトマトとチーズは、空に透かせば雲が見えるほど、薄く薄くスライスしてやった。眼には眼を、歯には歯を、食には食で仕返しを。ただし、単純に不味いものを作って食材を無駄にするとラリルレやシアスタから怒られそうなんで、一手間加えた仕返しをさせてもらった。


 だってのにナトリは、その仕返しカプレーゼに感心するような眼差しを向けている。


「惜しいのであるな。これが料理という、食を価値の中心に据えているものでなければ、我輩のコレクションとして保管しておきたかった」


「……えぇ? そんなに? もーナトリ嬉しいこと言ってくれるんだからさぁ。良いよ、今の発言でカレーの件は許してあげる」


「折角だ、最後まで取っておくとしよう。ふむ、惜しい、実に惜しい……」


「おむれつー」「すーき♡」


 ナトリの事を許したオレの視界の端では、双子がオムレツトマト煮掛けを見ながら、とろんとした笑顔を浮かべている。


「お前等食に好きとかあったんかい」


「じょしかいでたべた」「おみせでたべた」「ふわふわ」「とろとろ」「「すーき♡」」


「オムレツは俺達が、ソースはセイメアが作った。食べてみろ」


「わーい」「ぷるぷるー」「「あー……ん」」


 双子はフォークを持って、最初はオムレツだけを口に運んで食べた。まずはオムレツの味を確認するらしい。


「「…………?」」


 そしてフォークを口に含みながら、二人でお互いの顔を見合って小首をかしげる。


「分かりますよ……そうなりますよね……」


「そのオムレツ、ソース一緒に食わないと味しないからあわせて食べな」


「そおー? ボクはうまうまで好きー」


「お前食に嫌いとかあるんかい。でもあんがと」


「味の無いオムレツ、それも一興であるな。我輩も一口、――――」


 直後。ナトリピタッと固まっちまったよ。ナイフとフォーク持ったまま停止してるよ。


「コイツ停止するレベルのオムレツってなんなの?」


「んーっ」「おいしー」「ふわとろ」「とまとあじー」「「きゃっきゃ」」


「んふふ~、かわゆいよぉ、おいしいよぉ、しあわせぽかぽかだよぉ」


「「んふふ~きゃっきゃ」」


「……ふふっ」


「まぁ? 私のカプレーゼも美味しいですけどね? 早く食べてもらいたいだなんて思ってないですけどね?」


 何気ない日の、何気ない夕食。皆で集まって、わいわい騒いで、時より笑顔が溢れる。夕食は、食事の中で一番騒がしく楽しい時間だ。そんな時間をオレは感じながら、思い出として最――。


「やっば、メアメアちゃんのトマト煮呑めるっス、お酒トマト煮お酒トマト煮メアメアちゃんで一生ループできるっス!!」


「――くっくっく、ふはははははは!! なんであるかこのオムレツは!!」


「うるせぇスルメイドと天才仮面!! 良い感じの感傷に横槍さすんじゃねぇよ!!」


「ループの最後にセイメアが来るのはおかしいだろう。あとオムレツの事は聞くな、俺達でも何も分からん」


 結局、うだうだ言葉を並べようと、ただただ煩いいつもの食事時間だよ。ただの日常風景だよこんなもん。


 もういい!! お酒呑む!! 騒がしさの中オレはワインのボトルを開け、細かい事は考えずに美味しい食事と美味しい酒を楽しむことにしましたとさ。


進め、キッチンへ ―終わり―

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