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大人達の優雅な朝

 最近、平日の朝はセイメアのコーヒーを飲むのが日課になっている。


 オレとソーエン、ナトリ、セイメア。この四人が朝の食堂に介してコーヒーを嗜むんだ。なんて優雅な朝なんだ。


「いやぁ……タバコとコーヒーうめぇ……」


「ああ……最高だ……」


 オレとソーエンは、新しく齎されたコーヒーによって、至福の朝を堪能せざるを得なくなっていたのだったぁ……。


 因みにセイメアの朝御飯は、軽めのスープとパン、そしてコーヒーだけ。


 対してナトリは、その日によって色々変わる。オレのカレーを食ったり、ソーエンのカロメを食ったり、自分で作ったり買い置きしたものを食ったり。とにかく二日続けて同じモノを食っている姿を見たことがない。しかも、『あれ? それ前も食べてたな』って思ったものには、大抵調味料がかけられてて、同じ料理を同じ状態で食っているところを見たことがない。


 でもそれは自分で作った物や用意したものであって、家の誰かに作ってもらったモノは、基本的にそのまま食べる。基本的には……な。


「……ナトリさ、オレの作ってやったカレーに何入れた」


「マスタードであるが?」


「……一口頂戴」


「良いぞ」


 オレは黄色味がかったカレーを一口貰う。うーん、この劈くような地獄の痛みがマリアージュされたカレー風マスタード。


「ソーエンも食ったら? 意外といけるぞ」


「ふむ、そうなのか。では一口――」


 ――直後、オレとソーエンは椅子に座りながら取っ組み合いの喧嘩を始めた。


「ナトナトさん……あの……ど、どうしたら……」


「ふははははは!! 気にするでない、セイメアよ。…………実は我輩もこの組み合わせは少々苦痛だ」


「はぁぁぁあああ!? ナトリてめぇ人が作ってやったカレーに調味料ぶち込んどいてそれはないんじゃないの!? ってかお前スパイス効いてて辛いモノ好きじゃないんかい!!」


「確かに我輩は香り高い物を好む。だが、それはそれだ。此度、貴様のカレーを元に調合を試した結果この味となった。不味かろうが美味であろうが、調合した先に産まれた味というモノは興味深いのである。不味いが、これはこれとして味わうものであろう」


「不味いが、じゃないんだけど」


「あろう、でもないのだが。お前の理論に理解が全く追いつかん」


「美味が必ずしも喜に繋がるとは限らないのだよ。貴様等もそれは理解できよう、我輩が語らずともな」


「えぇ……。……あ、でも、ちょっと分かるかも。二つくらい思い付くことがあるわ。好きな人から作って貰っ料理は不味くても心で美味しく感じるってやつと、不味い料理を食ってみんなでワハハってする感じだろ?」


「それも数多にある答えの内である。そして貴様は今、我輩が思う事柄を言い当てたのであるぞ」


「それってつまり…………。ナトリはオレのことが好き……?」


 この回答を言った瞬間、ナトリはむせて笑いながら咳をし始めた。


 分かってるよナトリ。お前って、仲間達のことが好きだもんな。理解あるオレ君はちゃんとお前のむせを照れ隠しって理解してるよ。


 そうやってしみじみとナトリを眺めていると、ソーエンがセイメアに問いを投げかけた。


「セイメアは毎日似たようなメニューだな。飽きが来ないのか」


「あ、えと……はい。えっ……? あの……? お二人も、えっと……」


「オレ達は大好物だから毎日同じでも問題なーし」


「ああ。だが、まさかセイメアの好物がパンとスープということはないだろう」


 セイメアが何も言わずとも、オレはちゃんと理解できるよ。ちゃんとセイメアの意思と言葉を聞いて、そこからオレがちゃんと察するよ。


 ソーエンも、オレの言葉を聞けばおのずとセイメアの言いたいことを分かってくれるんだ。


「あ、そうなんですか……」


 オレ達の返答を聞いたセイメアは、ぱぁっと嬉しそうな雰囲気を醸し出して、ちょっと口元をニコっとする。語らずとも理解してもらえたのが嬉しかったのだろうか。かわえかわえ。


 そして、セイメアはあせあせとしながら語り始めた。


「あの、わたし……。元は朝御飯を食べなくて……食事にもあまり興味が……。あっ、でも、店長に出会ってからからは……色んなところに、連れていってもらえて……色々食べて……、美味しいなって。……。あっ、朝御飯のお話……カフェで働き始めてから、あのお店で静かに朝を過ごすのが好きで、そしたら食べるようになって……」


 セイメアは一生懸命に語ってくれる。語るのが得意じゃないってのに、それでもちゃんと話してくれる。何を話すかなんじゃない、誰が話すかが、今は重要なんだよ。


 そんな言葉を聞きながら、オレとソーエンは新しいタバコに火をつけて、二人でセイメアの話しを聞く。それは、コーヒーが、ありがくてぇ。


「あ、えと、なに、言いたくて……」


「自分の話するのって難しいよなぁ。自分は知ってるけど相手は知らない、だから沢山伝えたいけど、全部伝えようとしたらとっ散らかる。でも簡潔に話そうとしたらなんだか味気ない。それって勿体無い気しちゃうよね」


「そ……それが、はい……今の、私で……沢山話したいのに……あれ……?」


「安心しろセイメア。このバカならば言葉を語らずとも理解してやれる。しかし今は語る時間で良い、好きに話せ。そしてバカ、やれ」


「あ、へい……。セイメア、今朝御飯。まったりとした朝の時間。だったらゆるーくたのしーく話そう。セイメアが話したい事を、朝の時間に乗せてゆるーくまったりと話してみんなーでまったりしよーぜ。このコーヒーが美味しいんだからさ、コーヒーの香りが燻るまでゆっくり焙煎しようよ」


「やれと言った手前苦言を呈する事は自重するが、あえて言う。訳のわからない例えはやめろ」


「わたし……今の……好き、かも……です……。不思議で……考えさせられて……」


「そう? だってよソーエン」


「まあ……それも良いだろう」


「うけけ。そんでさ、なんでセイメアはいっつも同じ朝食なの? 知りたいから聞かせてよ。ゆっくり、のんびり、沢山聞かせて」


「あ、えと……はい……!! ……私、小食で、あまり量は食べられなくて……。一人暮らしをしてからは、食べなくても、平気だったのですが……。あ、代書人をしていた頃も、忙しいときは一日にパンを一欠けら齧ればよかったので……。ですけど、店長のカフェで、働いてからは、ごはん美味しいなぁって、実家に居たときに食べたごはんだなぁって、思えて、店長と外食したら……ごはん食べたら……美味しいなって、そう思えて……。美味しいなら、食べようと思って、朝ごはん、を、作って、食べて……でも、私、小食で、あまり食べられなくて……でも、朝に食べようと思って、カフェで初めて作った朝食がこれで……店長が起きる前に、窓の景色を眺めながら、静かに、このスープとパンを……朝を感じながら食べるのが、良いなって、思えたんです」


 セイメアは語る。肩肘張らずに、一生懸命に話したい事を話して、でも気負いはせずに、しっかりと話してくれる。


「そっか、セイメア。…………あふぅん!!」


 オレは自分の頬を殴りつけてから冷静になる。


 ――え? 小食な上、そんな食生活しててそんな静謐な体になれるの? なんて一切思ってないから。本当だから。


「そっか、セイメア――」


「きょー……さん? いま……お顔を……」


「――スープとパンが美味しくて好きってよりは、安心できる、ほっとした好きなんだね」


「あ、……はい、そう、です……。食べると、朝だなぁって思えて、あ、その、習慣、のような、安心する好き、です」


「オレのカレーや」


「俺のカロメと一緒だな」


「良いよねそう言うのって」


 オレもあの人がカレーを作ってくれた――じゃなーい。今はセイメアの話。


「朝って『美味い!! 美味しい!!』 よりも、『あ、これこれ~』ってもの食べた方が何でか活力みなぎるよな」


「あ……!! はい、そうです……!! 一日が始まった、と、思えます」


「じゃあさじゃあさ、今は『あ、これこれ~』味わったんだし今度どっか飯行って『美味い!! 美味しい!!』味わおうぜ。オトナチックな時間を過ごそう」


「えと、はい……。え……? それって…………」


「もちろん」


「ああ」


「「呑み会だ」」


「あっ、なるほど……そちら、でしたか」


 セイメアがオレ達の提案を聞いてほっとしてらっしゃる。


 良いぜ、大人な美味しいを味わおう。今度の休日は、大人組で呑み屋行って五人の夜を過ごそう。


 夜に酒を呑むのは大人の特権。それを行使せずして何が大人か。


「楽しみだわぁ。ナトリは行くの決定だから、あとは一応ヤイナにも声かけとくか」


「ゴホッ、げほ、である!! ん、んん。我輩は一言も行くとは言っていないが」


「行かないとも言ってないから行くんだよ」


「まあ、元より参加する腹積もりではあったがな、くっくっく……やはりこのカレーは不味いな」


「んだコイツゥ~? ひねくれ見せ付けてきた挙句カレーに文句言いやがったぞ? カレーが不味いわけないだろ!! もっかい一口食わせろ!!」


「良いぞ」


 オレは黄色味ががったカレーを一口貰う。うーん、この劈くような地獄の痛みがマリアージュされたカレー風マスタード。


「二口目は印象変わるな。ソーエンも食ってみたら?」


「そうなのか。ふむ、では一口――」


 ――直後、オレとソーエンは椅子に座りながら取っ組み合いの喧嘩を始めた。


「あの……わ、わたしも……」


「良いぞ」


 オレとソーエンが取っ組み合いをしてる横、オレの視界では、セイメアがパンにカレー風マスタードをちょびっとだけつけて、一口貰っていた。


 その一口を味わった直後、セイメアは口をキュッとさせて、あの辛さを小さく体で表した。


「か、から……い……」


「ソーエンてめっ、そのスプーンこっち向けんな!! 口に入れようとすんなァ!!」


「お前こそ止めろバカが、掬ったカレーをマフラーに塗りたくろうとするな」


「不味い、不味いな、ふはははははは!!」


 セイメアがしとやかに小さな声を出し、オレとソーエンはお互いを慈しみ合いながらスプーンを差し出しあい、ナトリは食を楽しみながら穏やかな笑い声を上げる。


 大人四人の優雅な朝。それは、優雅なオレ達が織り成す、とてもとても穏やかで落ち着いた空気が流れて、とってもとっても爽やかな朝なのでした。


「くたばれボケェ!!」


「死に晒せバカがッ!!」


大人達の優雅な朝―終―

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