103.喧騒は風に乗って
我が家に住人が増え、賑やかになったこと数日。
オレはアステルから少し離れた所にある高台に来ていた。
穏やかな風が流れるこの高台は、草原特有の青臭さが寧ろ心地良いと感じさせられる。アステル周辺はこんな感じの土地が広がっているから、この高台が特別ってわけじゃない。
でもこの高台には特別なものが沢山ある。それが墓石だ。ここはアステル周辺にある共同墓地の一つで、一番人気がある場所らしい。
「墓なのに人気の場所ってのもおかしな話だなぁ」
「生き死には相対的に見れば死の方が多い。生きてる者より死んだ者の方が多いんだ、需要があるのも納得だろう」
オレとソーエンはとある墓石の前に突っ立って、高台からアステルを見下ろしながら煙草を咥えて草原の風に煙を揺らす。
この見ている景色。それが人気の理由だ。ここからなら、死んだやつ等でもアステルを見ていられるからって言う泣かせる理由でトップクラスに人気のスポット。
こんなことを知れたのも平和の旗印のおかげだ。
オレが旗印を尋ねに行って『知り合いの為に墓探してるんだけど良い場所知らない?』って聞いたら、あいつら三人から『ソーエンを埋める気なのか……?』って顔で見られたけど、適当にちょろちょろっと訳をでっち上げてとりあえず、『遺体は無いけど遺品は持ってる』ってことで死体の無い墓を立てる予定があることを話した。
因みに訳の内容をざっくりざくざく簡潔に話すと、『色々頑張ってきたやつなんだけど、そろそろ休ませてやりたい』っていう、埋める奴の情報や死んだ理由もへったくれも無い内容だ。
だってのに、あいつら本当に人が良いからそれだけで承諾してくれて、とんとん拍子で話が進んでここを紹介してもらえた。人気なのにあっさり場所取りできたのは、ひとえに旗印のおかげだ。墓の紹介も出来るとか、あいつらの人脈どうなってんだよ。
まあ、そんなこんなで場所取りは出来たし注文してた墓石も今日出来あがったから、受け取ったその足でここに来て遺品の聖剣の破片埋めて、白い墓石ぶっさしてやった。
「おい。それで……今話した内容は全て事実か」
「お前なら確認しなくても分かんだろー」
一々ソーエンが確認を取ってきたから、オレは煙を吐いて適当に答える。
「そうか」
オレはこの場にて、アーサーから聞いたことを全てソーエンに伝えた。オレの主観はほとんど省いて語ったから、どう受け取るかはソーエン次第だ。
「ふぅ……」
ソーエンは町を見ながら心底めんどくさそうなため息をつくように煙を吐き出して黙り込む。
「まったく、オレ達に押し付けやがってよ」
オレも似た様な思いをしながら、吸い終わった煙草の吸殻を燃やして墓に向き直る。
そこには墓守がずっと立っていた。
この墓に来てからずっとこうだ。何も言わずにただ墓石の後ろに立ってじっとしている。
「なあ、お前はどうしたいんだ?」
墓守の姿はまるで、この場に残っていたいように思えた。だから、どうしたいかを尋ねる。
「(……私はまた墓を守りたい)」
墓守はゆっくりと、自分の思いを語りだす。
「そっか……は? はぁ!?」
「どうしたイキョウ」
「え? いや、だってコイツ話してんだけど!? めっちゃ普通に喋ってんだけどさぁ!?」
「何を言っている。ついにイカれた頭がイカれたか」
「ん~?」
墓守が喋ったことについて、オレが心底びっくりしてるってのに、横に居るソーエンは何の反応もしていない。
「まるで……ソーエンには声が聞こえていないみたいじゃないか……」
「本当に何を言っているんだお前は」
「(私の声は主にしか聞こえない)」
「なるほどぉ……コイツの声はオレにしか聞こえないっぽいわ」
「そうか。ならば終わったら教えろ」
「うーん、さすが親友。聞き訳が宜しい」
「(君に言葉を伝えるのには多くの魔力を消費するからあまり長くは話せないだろう。だから一方的に話させてもらう。その方が私も楽だ)」
「楽なら別に良いけど……。一応オレ宿主だからね? 許可も無しに勝手に決めないで欲しいところは無くは無いぞ」
「(グッド)」
あ、必要以上の言葉は省いて省エネしてるのね。今のグッドはちゃんと分かってるってことか。それでも一方的に話すって事は、本当に長くは話せないようだな。
「ごめんごめん。いいよ、続けて?」
墓守は地面に剣を突きたて、柄に両手を重ねてから話し出す。その姿は何かを守ろうとしているような姿に見えた。
「(私の願いがどのようなものなのかは未だに分からない。願いがあるという思いはある。だというのに、その思いがどこから生まれてくるものなのかが全く分からない。しかし、あの夜に話を聞いて心の中に引っかかる何かを感じた)」
墓守は微動だにせず、ただただ静かに語る。
あの夜……どの夜?
「(――ザンエイ。その名は記憶に無いが、ひどく懐かしさを感じてしまう。この墓石に書いてある名も同様だ。一人として名を知らないのに、何故か懐かしいんだ)」
墓石にはオレが必死に名前を思い出して全員分の名前を刻んでおいた。じゃないと、蹴ったときに全員蹴れないからな。
にしてもなるほど……。墓守の言ったあの夜って、コロロと過ごしたスウィーティな夜のことか。
「(この懐かしさは、まるで古き友に会っているような気分にさせられる。君と一緒に勇者と呼ばれる男と会った時もそうだった。見覚えが無いのに見たことがある。聞いたことが無いのに聞き覚えがある。おかしな話かもしれないが、私はそう感じたんだ。いや、恐らくだが――私と彼等は昔に……)」
「会ってるでしょ。だって、どう考えてもお前はザンエイの親友の騎士で、勇者一行と一緒に邪神に立ち向かった騎士だろ」
墓守の話とコロロの話を照らし合わせるとそれが一番しっくり来る。だったらもうこれが結論だろ。
「急に話し出すな。単純に不気味だ」
「わりぃわりぃ」
横からソーエンに苦言を呈された。
墓守の声が聞こえないソーエンとしては、脈絡も無くオレが話し出したと思ったんだ。違うから、ちゃんと文脈あるから。
「(私もそう思う――いや、そう思いたい。しかし記憶が無いのだ。友だったはずの男の記憶も、邪神と戦ったという記憶も、何も残っていない。そしてそのことに私自身が疑問を抱くことが無い。もしや、私の勘違いなのだろうか。この墓石に刻まれている名は、どこかで見かけただけの似た名を勘違いして、懐かしいと思ってしまっているのだろうか)」
「いやな、最近知ったんだけど、無くした記憶って無くしたって気付くまで見つけられないし、なんならそれに気付かないと記憶なくしたことにも気付けないんだわ。だから別にそんな深く考える程のことでもないと思うぞ?」
「(私は当の昔に終わった身だからそれでも良いかもしれないが……生きてるキミは大分不味いのではないか?)」
「いいんだって、元々深く考えるの苦手だから。ってかお前もそれで良いじゃん。何? 記憶って証拠が無いと、その懐かしいって気持ちに自信持てないの? それじゃお前の感情が可愛そうだろ。懐かしいって気持ちを大切に思うなら大切にしなきゃいけないと思いまーす。大体、お前は代償魔法の副産物で思い出消されたかもしれないんだぞ? どうだ?一緒に墓石蹴るか?」
「(安直な考えだが……そうだな、そんな考え方もいいかもしれん)」
「どう? 蹴るの?蹴らないの?」
「(私は心から我が王へ忠誠を誓った。だから死後もずっと我が王が召されるまで忠誠をもって墓を守り続けた。今度はこの懐かしいという感情を持ってこの友達の墓を守り続けよう。次は私が召されるまで)」
「それって何時だよ。で、蹴る?蹴らない?」
「(いつかは分からない。だが幸い、私が守るのは墓だ。いつまでも共に居れよう)」
「そっかぁ。じゃあ、お前はまた墓守に戻る気まんまんなのな。宿主の許可も取らずによぉ?」
「(――すまない。君なら許してくれると思った)」
「オレがわざわざ王から受け継いだってのに、全然忠誠心の欠片も無いなコイツ……。別に良いよ、なんならちょっと前にお前の頼みなら一つだけ何でも聞いてやろうって思ってたしな」
墓守をソーエン側に付かせたときもそう思ったけど、コイツは道中ちゃんと全員を守って無事にアステルまで送り届けたしな。子供達の前にはあまり姿を現さなかったらしいけど、影ながら見守っていたことをセイメアから聞いた。だから、やっぱし頼みは何でも聞いてやるよ。
「(この高台は良い。心地良い風に乗って町の喧騒が聞こえてきそうだ)」
「お前って結局騒がしいの好きなの? 嫌いなの?」
「(眺めている分には大好きだ。私が愛した国も、ずっと眺めていたかった程には)」
「まあ、そうだよな。騒がしいの嫌いだったら町も嫌いだろうし、そんな奴が国の騎士やるわけねぇか」
「(主よ、私をここまで導いてくれたこと。心から感謝する)」
墓守は地面に突き刺した剣を掲げ、オレに向かって礼を言ってきた。
占めに入るようだし、そろそろ魔力の限界なのかもしてない。
「ん? お前がここに残るとして、魔力の補充はどうするの?」
「(心配は要らない。必要なときは影を伝って君の元へ赴くつもりだ)」
「心配してるわけじゃねぇんだけどな……。いいよ、たまには顔見せに来い」
「(感謝を。友等と一緒に、ここから君達の住む町を見守ろう。あの穏やかで賑やかな町を、私が去るときまでいつまでも見ていられるように)」
そう言い残して墓守は影に沈もうとする。
だけどなぁ。それじゃ味気ないだろ。
「見守ってるだけじゃなくてたまには町に降りて土産話作れよな。そんでコイツ等に聞かせてやれよ。折角友達の墓守やるんだからさ」
「(――それもいいかもしれんな)」
「それでさぁ……蹴るの? 蹴らないの?」
「(ここで友等が眠りにつけたこと、そして私が友等の傍らにいられること。全てはキミのおかげだ。本当にありがとう)」
今度は騎士としてではなく、一人の男としての礼を言われた気がする。
礼を言って来た墓守は、墓石の影ではなくオレの影の上に立ち――。
「(そして蹴らない)」
――とだけ言って影に潜り込んだ。
話すのにガンガン魔力使ったんだから補充は必要だろう。
ここで跡を濁さずに黙って墓の影に隠れたならカッコもついたんだろうけど、捨て台詞の内容と魔力補給のせいでなんとも締まらんまま姿を消したなぁ。
でも、墓守はカッコつけるような人柄はしてないし、こんなもんでいいのか。
「話は終わったようだな」
横で黙って終わるのを待っていたソーエンは、墓守がオレの影に潜り込む姿を見てようやく声を掛けてきた。
「話した内容教えてやろうか?」
「必要ない。お前の返答だけで大体の予想は出来た」
「そうかい。にしてもこれでようやく今回の件は全部収まりの良いところに収まったって訳だ。証拠隠滅もばっちり。墓暴きはされないから隠蔽もばっちり」
「聖剣の破片は墓へと入れ、そこを墓守が守護する。これで俺達が聖剣を破壊した事は誰にもバレることはないだろう」
「ふぃー、これでやっと一件落着だぜ。流石に今回は一気に色々ありすぎたから当分はゆっくりしたいわぁ」
救援依頼に向かって、遠い土地に飛ばされ、新しい町に滞在し、仲間を見つけて、イカを倒して海底神殿探索してこの世界に呼ばれた訳知ってギルガゴーレ倒して――。
「……密度が濃いッ!!」
「そうだな。今日明日は休みだ、酒でも飲んでゆっくりするとしよう」
「それな。さっさと帰るかぁ」
事の始まりから証拠隠滅まで含めると、本当に長くて忙しい日々だった。シャーユの穏やかな空気に当てられてなかったら疲れてるところだったぞ。マジでシャーユありがとう。
オレとソーエンは己の身を大事にして甘やかせる為に家への帰路に着こうと、振り向いて歩き出す。
「っと、その前に」
歩き出す寸前、オレは振り返って墓石へ身体を向けた。
「どうした」
「いや、な。墓守も今回だけは見逃してくれよ」
ソーエンの問いかけを背に、オレは一歩二歩とアーサー達が眠る墓石に近づき、前に立つ。
そして右足を軽く上げると。
「悪いな。報酬は先払いにさせてもらうわ」
オレは軽く小突くように墓石を蹴った。
その瞬間、穏やかな風が耳元を撫でて過ぎ去っていく。それはまるで、アーサーがあの爽やかな笑い声を上げたようで、オレは蹴った気がしねぇなって思ってついでにもう一発蹴ってから、ソーエンとともに我が家へ戻るべく、アステルを目指して草原の中をゆっくりと歩いて帰路に着いた。
これにて四章は終了です。
四章についての雑感はこちら。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2029081/blogkey/2965697/
次章は帝国編になる予定です。
総魔の領域と呼ばれる土地を中心に、アレやコレやの問題に巻き込まれます。
イキョウのズレが現れ始めたり、過去が少し語られたり、願いに誘われたり。
また書き溜めをするため、次章までは一ヶ月ほど時間をいただきます。その間に幕間を投稿するので、次章ならびに幕間を楽しみに待っていただければ幸いです。
最後に。次章はギャグとピンクとダークな話になるかもしれません。