102.十日目の到着
旅路十日目。
「ようやく目的地が見えてきたのであるな」
ナトリの魔法によってアステルより少し離れた場所に出たオレ達は、そのまま徒歩でアステルへと向かった。
出た場所は、懐かしささえ感じるアステル近郊の森。そこから草原を抜けて街道へと出て、道に沿ってアステルに向かった訳だけど……。
「お前さ……初めて見た町だってのに感想それだけかよ」
見慣れた街道沿いに歩き、目の前には見慣れた門と城壁が広がっている。
でも、それはオレがアステルに住んるから見慣れたって表現できるわけで、初めてアステルとその周辺の景色を見る奴の感想としてはもっとあるはずだろ。
「ふむ。ならば仮に、貴様ならどういった感想を抱くのであるか?」
「オレか? 例えば……立派な壁ですねとか、立派な門ですねとか、爽やかな草原が広がってますねとか? あとは……うおー、でっけー……とかさ」
「ふはははははは!! なんと無様な語彙力か!!」
「んだコイツ!! だったらお前の豊富な語彙力とやらで感動を表現してみろやこの天才が!!」
「くっくっく。そも、感動というものは心の揺れ動きによって生じる思考の麻酔なのである。我輩がそのような状態に陥るなど、貴様等以外にはありえん」
「ほんとコイツやだぁ!! 難しいこと言ってうやむやにしてきやがる!! ラリルレ!!感動のお手本見せて!!」
「らじゃーだよ!! うーんとね……すっごーい!! おっきな町だ!!」
ひねくれ者のナトリと違って、ラリルレは全身を使って感動を表現してくれる。両腕を大きく上げて手を開き、キラキラした目をアステルへと向けて、まるで初めて見たかのような表現をしてくれた。
「これだよこれこれ。これが感動ってやつだよ」
「んふふ~、私がね、初めてアステルを見たときのことを思い出してみたんだ!!」
なるほど……オレは、ラリルレが初めてアステルを見たときの反応を見せていただいた訳か……。
「ナトリ……お前のおかげだ。ありがとな」
「くーっははははは!!やめろ!! ふはははははは!!本当にやめるのである!! 訳の分からない言葉を言うな!! ふははははははははは!! 腹が、腹が!!」
オレが礼を言うと、歩いていたナトリは身体をくの字に折り曲げて腹を抱えながら大爆笑を始めた。
そのせいで歩みが止まってしまい、あと少しで門にたどり着くってのに立往生を喰らってしまう。
「笑ってるのも良いけど歩けー。じゃないと置いてくぞー」
爆笑ナトリは見慣れてるから放置で良いだろ。ここまで来れば目の前にはアステルがあるわけだから、どこぞの方向音痴でさえも道に迷うわけが無い。誰だってたどり着けるから、オレはナトリを放置して歩き始める。
「え!? ルナちゃん!!キョーちゃん行っちゃうよ!! 折角一緒に来たんだもん、最後は皆一緒にゴールしよ!!」
「くっくっく、そうであるな。待て阿呆よ、そう急ぐでないわ」
腹を抱えながらも、ナトリはラリルレに手を引かれて笑いながら歩みを進めてくる。
ラリルレは、右手にナトリの手を掴みながらオレに並ぶと。
「はい、キョーちゃん」
左手をオレに差し出してきた。
「へーい」
だったら掴むしかないじゃないか。
「ロロちゃんも!!」
「我もか?」
「どこ掴む気なの?」
右側にオレ、真ん中にラリルレ、左側に腹を抱えながら笑って歩くナトリ。
ロロはラリルレの頭の上に乗ってるから、手を繋ぐならオレとナトリの外側にある手か?
そんな疑問を持っていると、ロロはオレ達の繋がっている手に触手を絡めて――。
「これで良いか?」
――とラリルレに聞いていた。
「んふふ~」
ラリルレはロロの問いに対して笑うだけだったけど、それが答えだ。これ以上は何も語る必要が無い。そのことを、この場の全員が分かっていて、だからこそ何も言わずに歩みを進める。
土の街道を全員で踏みしめながら着々とアステルの東門へと近づき、そして。
「「ゴール!!」」
「であるな」
「そうか」
全員揃ってアステルの門へと足を踏み入れる。
オレとしては、イレギュラーな旅行と長い旅路を経てようやく見慣れた町並みに戻って来た気分で、足を踏ませていた。
ちらほらと人通りがある門は、ここを区切りにアステルの外と中を区分している。
門の外側も見慣れた風景ではあるけど、今目の前に広がるこの町並みこそが、仲間が安全に暮らせる穏やかな町って感じがして帰ってきたなぁって思える。
「なんだイキョウ。随分とかわいらしいお帰りじゃないか」
オレ達が門を潜って達成感に浸っていると、横から聞きなれた声が聞こえてきた。
「おっさん……じゃなくてグスタフじゃん」
その声の正体は、三日月のような立派な髭と、衛兵装備が張り付くほどの屈強な肉体が特徴の男、グスタフだった。
「グスタフさん、ただいま!!」
「おぉーお帰りラリルレ。どうだった、シャーユは良いところだっただろう?」
「うん!! 海は綺麗でご飯も美味しくて、すっごく良いところだったよ!!」
「そうかそうか」
ラリルレの言葉を聞いたグスタフは、良い笑顔でうんうんと首を振っていた。
「なんだよ、知ってたのか?」
「スノーケア様から聞いていたんだ。なんでも、転移事故で飛ばされたお前とサンカを迎えに行く為に、パーティ総出で向かったってな。……それにしても、お前はよく転移事故に合うな。普通なら生涯に一度合えば大層珍しい程の事例だぞ」
「好きで巻き込まれてる訳じゃないから。天運がオレに味方してくれないだけ」
「だけって……冒険者としては致命的じゃないか……。ところで、そちらの御仁はどなたかな?」
世間話をしていたグスタフは、衛兵としての目つきでナトリのことを見る。
そりゃ、スーツに仮面とか怪しい見た目してる奴にならこの目つきを向けるのも納得だわ。
「お初にお目にかかる、かの金剛殲鎚と呼ばれた御仁よ。我輩の名はルナトリック、この阿呆が捜していた仲間のうちの一人である」
「懐かしい名で呼ばれたな、今の私はただのグスタフだ。よろしく、ルナトリック」
グスタフはナトリに手を伸ばし、その手をナトリは取って二人で握手をする。
その後、ナトリは懐から金を取り出した。
「滞在は一月だ。それ以降はその都度払おう」
「了解した。イキョウやソーエンの身内ならわざわざ審議師の査問に掛ける必要も無いだろう。どれ、すぐに滞在証を発行するから少し待っててくれ」
ナトリとの握手を終えたグスタフは、その足で門の両脇内部に作られている衛兵だけが入れるスペースに入っていこうとする。
「えっ!? オレの身内ってだけで公的手続き免除されんの? オレの信用凄くない?」
「いや……厳密に言うと、ラリルレが全面的に信頼を置いているお前等の身内だから免除してるだけだぞ」
振り向き様にグスタフは簡略的な説明をして、分厚い城壁の門内側にある扉を開けて入っていった。
「――え? ……ラリルレめっちゃ凄くない?」
ラリルレが町の行政の審査の基準に食い込んでるんだけど……。
「そう単純な話ではないのである。あ奴程の立場の者でなければこの判断が通る事は無かろう」
「なーる。グスタフは確かな見る目と、それなりの立場があるから個人的裁量で審議師の尋問パスできるって訳ね。…………ん? ちょっと待てや。グスタフってもしかしてそこそこ偉いの?」
「何言ってるのキョーちゃん、グスタフさんは衛兵長さんだから衛兵さん達の中で一番凄い人だよね?」
「ほ?」
まるで当然のことかのようにラリルレはオレに言ってくる。けど……んお?
「ちょっとー!!グスタフー!! はよもどってきてー!!」
「どうしたイキョウ。……ははーん、さては早く町に入ってアステルの素晴らしさをルナトリックに伝えたいんだな? そう急かすなって、滞在証はもう少し――」
オレが大声でグスタフを呼ぶと、扉を開けてしたり顔をしながら出てきた。
「そういう小ボケは良いんだよ!! え? なに? グスタフって衛兵の長的存在だったの!?」
オレはグスタフに詰め寄って、事の真実を確かめる。
「あぁ、ついにお前も知ってしまったか……」
オレの疑問に対して、グスタフは眉をひそめながら目を瞑って口を横一文字にした。
「何その良い草!! てめぇ意図的に内緒にしてたろ!!」
「私はな、偉ぶるのがあんまり得意じゃないし好きでもないから、知らないないなら知らないで別にいいんだ。私が偉いからって変に畏まられるのはガラじゃない。前にお前の娘の滞在証を発行するとき、お前は私の身分について聞いたろ? あのときも素直に教えてお前に畏まられるのが嫌でついごまかしてしまったんだ」
娘……? ああ、そうだ。双子の滞在証を発行するときに適当にそういう嘘付いたんだった。そしてそんとき、確かにオレはグスタフの身分を聞いてはぐらかされたな。そっかそっか、そう言う事情があったのか。
「なるほどなぁ。その考えは分かるわぁ」
「それにな、お前が私の身分を知らずにバカみたいに接してくるのが面白くてな。つい隠してた」
グスタフは苦悶の表情はどこえやら、ニカッとした笑顔をしてオレを煽ってきやがった。
「はー!? てめぇ本性現しやがったなこら!!」
オレはグスタフの胸倉を掴んでガクガク揺らそうとする。しかしこの筋肉達磨、体幹がアホほど強くて微かしか揺らすことができねぇ!!
「うむ…?」
「チッ、これくらいにしといてやるよ」
揺らせないことが分かったオレは、弾くように手を離して見逃してやる事にした。決して敗北をきしたわけではない。お互いに手打ちにしようとしてやってるだけだ。
「イキョウ、お前のレベルはいくつだったかな?」
グスタフが訝しげな顔をして確認するようにオレに尋ねてくる。
「相変わらずの二十だよ」
「本当に相変わらず成長せんなぁ……」
グスタフと会う度ちょくちょく確認されては同じやり取りしてるから、今更確認するほどのことでもないだろ。
オレの言葉を聞いたグスタフは、『だよなぁ…』と言いたげな表情をしながら顎をさすって何かを考えている。
「うーむ、最近は平和続きで特に身体も動かしてなかったしなぁ……私も衰えが来ちまったのか?」
「何? どうしたの? もしかしておっさんがおっさんになっちまったのか?」
「言ってるだろ、私はまだ三十だ。なあ、イキョウ。今度ちょいと手合わせでもしてみんか?」
「皆血気盛んだなぁおい。やだよそんなめんどくさいの。一応理由は聞いとくよ、なんで?」
「う、む。少しばかり体が訛っている気がしてな。そのリハビリと、レベルの上がらないお前に稽古でもつけてやろうと思ったんだ。どうだ? ソーエン連れて来てもいいぞ?」
「え、めっちゃやだ。そんなおっさんのリハビリに付き合うなんてまっぴらごめん」
「ハッハッハ!! 結局、私が衛兵長って知ってもお前の態度はかわらんなぁ!!」
グスタフは豪快な笑い声を上げながらオレの言葉を笑い飛ばす。
後ろを通行する人たちや他の衛兵が驚いてこっちを見るほどだ。
「おっと、これは失礼致しました」
その光景を見たグスタフはきりっとした顔に切り替えて敬礼をすると、皆安心したような微笑を浮かべて元の状態に戻った。
まあ、こんな筋肉達磨が急に大声出したらびっくりするだろうし、こんな立派な髭の頼りがいのありそうな衛兵長がキリっと敬礼をしたら皆安心するだろう。
「どーしたの? 何かあったの?」
ちょっと離れた場所で何かを話してたラリルレとロロ、ナトリは今の笑い声に反応して近寄ってきた。
「イキョウの素直さに感心していただけだよ」
グスタフはラリルレの問いに対して優しく答えていた。
その姿を横目に、オレはナトリに問い掛ける。
「そっちは何話してたの?」
「なに、ラリルレがアステルとはどんな町かを我輩に教えてくれていたのでな。我輩はそれを聞いていただけだ」
「なるほどなぁ。やっぱラリルレはすげぇぜ。天才のお前にモノを教えるなんて、ラリルレは女神でもあり叡智の神でもあらせられたか」
オレは後何回ラリルレの凄さを突きつけられるのだろうか。ラリルレ凄いところリストを作成したらノート一冊じゃ足りないくらいには毎度驚かされてる。
やっぱ、“敬い”なんだよなぁ……。と、そんな事を考えていると、一人の男が衛兵の待機所の扉を開けて表に出てきた。
そしてグスタフに何かを手渡すと、敬礼をしてそのまま扉へと向かって戻っていった。
グスタフが手渡されたものは、オレも普段からよく見るし使うもの。滞在証だ。
その滞在証を、グスタフは『アステルへようこそ』の言葉と共にナトリへ手渡す。
「いよいよナトリの新生活が始まるわけだな」
「今まで以上に愉快な日々になるであろうな。精精我輩を退屈させるなよ、阿呆」
ナトリは滞在証をスーツの胸ポケットにしまうと同時に、新生活一発目に煽ってきやがった。
「ホタテ」
「ふははははははは!!」
「これで爆笑するならお前が退屈する暇なんてねぇって……」
「ねーキョーちゃん。この後どーする? ここで皆のコト待つ?」
「んー……門で突っ立てるのもなぁ。先に帰ってようぜ」
「おや? そういえばソーエン達の姿が見えないな。一緒に帰って来る訳ではなかったのか」
オレ達のやり取りを聞いたグスタフは、門の向こう側に広がる平原を一瞥した後に尋ねてきた。
「諸々事情があってな。あっちはあっちでドカッと帰って来るから検問よろ~」
「任せておけ」
オレの言葉に、グスタフはニカっと笑って答える。
「じゃーなー」
オレは手をひらひら振りながら門を後にして、後ろにナトリ達がついてくる。
久々のアステルの空気を感じながら、オレ達は道を歩いて我が家へと向かい、ソーエン達の到着を待つことにした。
オレはちょっとやる事があるってことで家に到着早々皆と別れて、とあることを知りたくて平和の旗印が拠点にしている家を尋ねた。
これでようやくアーサーとの約束が果たせそうだ。
あと一~二話で四章は終了となります。




