100.帰り道、寄り道
ソーエン達がシャーユを出発してはや二日。
オレ達は諸々の手続きやら引越し作業を終えてようやくアステルへの帰路に着こうとしていた。
綺麗に掃除し、人の気配が完全に無くなったカフェにさよならを告げて町を出る為に出入り口に向かう。その最中。
「そういやどうやって帰る気なんだ?」
澄んだ空気が流れている早朝の町。海へ向かう漁師達とすれ違いながら歩いていたオレは疑問の声を上げた。
「乗り合いの馬車を使うんじゃないの?」
オレの隣を歩いていたラリルレが当然のことのように答えてくれるけど……。
オレもてっきり馬車を使うもんだと思ってた。でも、オレ達の前を歩いているナトリは、真っ直ぐ町の出入り口を目指しているように歩いていて、馬車へ乗りに行くような気配は無い。それに、こんな早朝から走っている乗り合いの馬車は無いから、この時間帯に帰路に着こうとしてる時点でオレ達が馬車を利用するという選択はありえなかった。
この考えをラリルレに伝えて、違うと思うと伝える。
「なるほどぉ。てっきりね、朝に皆でお散歩して、時間になったら馬車乗り場に向かうのかなーって思ってた」
「ラリルレは天才か? その線も捨て切れないなぁ。よし、その説採用で」
「それも一興ではあるが、我輩の予定を勝手に変えるでない」
「じゃあ本来の予定は何だってんだよ。ラリルレの説以上の理由じゃなかったら即却下するからな」
「有象無象が乗る馬車なぞ七面倒で退屈なものを利用するわけが無かろう。考えてもみよ、我輩は何だ?」
顔だけ振り向いたナトリから唐突にモラトリアム提示されたぞ。
「ルナちゃんはルナちゃんだよ。ねーキョーちゃん」
「ねーラリルレ」
オレとラリルレはお互いに身体を曲げながらニコニコして見合う。
「ルナトリックよ、己を見失ったのか?」
「そなたよ、そうではないのである。良いか、我輩はダークウィザードだ」
「あ、そゆこと」
オレ達はモラトリアムを提示された訳じゃなかったのか。でも、今更ナトリが魔法使いって言われてもなぁ。
「それがどしたの。帰る手段の話に繋がんなくない?」
「ならば徒歩で帰路に着いても問題ないであろう」
「ちょっと待ってくれよ……話が繋がってないぞ……」
「くっくっく、頭ががらんどうな阿呆の為に一から説明するとしようではないか」
「ごめんねルナちゃん……私も分からなかったから教えて……」
「ほう? ルナトリックよ、こやつを介してラリルレをも侮辱したな?」
ロロはラリルレの頭の上で、ナトリへギョロリと目を向けた。
「ふむ……。訂正だ。我輩も少し飛ばしすぎたのである。誰でも分かるよう、簡単に優しく説明するとしよう」
「「やったー!!」」
「ラリルレが良いのならば良い」
オレとラリルレが歩きながら両手でハイタッチをすると、ロロの目はナトリを睨むことをやめた。
「くっくっく、朝から愉快であるな」
ナトリはというと、この空気を満足そうに楽しんでいる。
さてさて、ナトリの簡単で優しい説明を聞こうじゃないか。
話を聞くためにオレとラリルレがナトリに顔を向けると、ナトリは口を開いて話し始めた。
「馬車なぞ使わずとも、我輩には<宵闇は導への誘い>がある」
<宵闇は導への誘い>
闇属性の超級魔法で、影の中に潜り込んで高速で移動する魔法だ。使用者は任意に同行者を選ぶことが出来て、ナトリにかけてもらえばオレ達も付いて行くことが可能。消費MPは同行者の人数と移動距離に応じて変化する。
「それを使用すれば町から町へ移動することなど容易いのである」
「じゃあもうそれ使って今日中にアステル帰ろうぜ?」
「我輩だけならばそれも余裕で可能だが、一度に四人となると精精王国までが限度であろう」
「じゃあ王国で一泊してそのあとアステルに帰れば良いじゃん。一泊二日でアステル帰れるじゃん」
「それではつまらぬ」
「は?」
オレの建設的な意見は、ナトリの訳分からん一言で一蹴された。
「折角貴様等と旅路を共に出来るのであるぞ? それを放って面白みを捨てるほど、我輩は風情が分からぬ男ではない」
「ふざけんなよ。お前の言ってることの中に風情見出せなかったぞ。なんだ? オレが『風情の分からぬ男』だってのか?」
「そう? 私はたのしそーだなぁって思ったよ?」
ラリルレはにこっとしながらオレの方を見て来た。
なるほど。
「ナトリめっちゃ良い提案するじゃん。これが風情って奴?」
風情ってラリルレの笑顔のことだったのか。
「ふはははははは!! 貴様の言ってるこれとはどれであるか!!」
「ねえねえ、ルナちゃん。もしかしてキャンプ? キャンプするの?」
ラリルレはぴょこぴょことしながらナトリの前に回りこんで、背中で手を組みながら後ろ歩きをする。そして、期待するように見上げ、ナトリの顔を見ていた。
「ふむ……。昼は歩き、夜は魔法を使って屋根のある場所へ移動しようと思っていたが……ラリルレが期待するならばやろうではないか。キャンプをな」
「やったー!! わぁっ!!」
ナトリは後ろ歩きをしているラリルレが危ないと思ったのか、両手で抱えて持ち上げると、そのまま腕に座らせる様に抱いて歩き始めた。優しい奴だなぁ。
「……ってなると。日が出てる間は歩いて、暮れ始めたら野営地捜してって感じか」
「そうだが……くっくっく」
オレはナトリの横に並んで歩くと、話しながらラリルレをそっと優しくナトリから奪って抱きかかえる。
「……あれ?」
胸に抱えられているラリルレは、目をぱちくりとさせてきょとんとしながらオレを見上げてきた。
「でもそうすっと徒歩だけで帰ることになるよな。何ヶ月も歩くことになっちゃうぞ? ラリルレ」
「え? う、うん。あれれ?」
「まあ、適度に魔法を使えばよかろう」
「リミット決めようぜ。ソーエン達がアステルに到着する前には帰っておきたい」
「ふむ……となると、十日が妥当であるな」
「ナトリが言うならそうなんだろな。だったらこれからオレ達は十日間の旅を開始する!!」
「厳密には九日目には王国の領土に飛ぶのである。その後、アステルへの移動だ」
「これからオレ達は九日間の旅を開始するゥ!!」
キャンプ道具はアイテムにあるから持ってるし、食料はカフスの土産の中からちょいと拝借しよう。もし足りなかったら、途中で町や村を通るだろうしそこで補充すれば良い。というか、ナトリは歩くことを想定して予定を立ててたんだし、コイツ自体もある程度の準備はしてるだろう。
あとの細かい事は歩きながら話し合えばいいや。
「ねね、キョーちゃん」
「ん?」
目を丸くしたままのラリルレは、不思議そうにオレの名を呼んできた。
「どーして私はキョーちゃんに抱っこされてるの? すっごい自然に移動したから気づくの遅れちゃったぁ」
「ラリルレを抱くのに理由なんて要らないんだ……。強いてあげるとするなら、抱きたかったから抱いた」
「そっかぁ。んふふ~、私も可愛いを見ると抱きたくなっちゃうから分かるなぁ」
「でしょー」
「我輩には分からん」
「我もだ」
「でも、抱っこも良いけど私も一緒に歩きたいな」
「えぇー? ラリルレが言うならしゃーないなぁ」
放すのは惜しいけど、本人たっての希望だ。これは聞くしか無いだろう。
そんなわけで、オレはラリルレをそっと地面に降ろして、オレ達は並んで歩き始める。
左からラリルレ、オレ、ナトリの順で歩く。おかしい、ラリルレを真ん中に下ろしたはずなのにトテトテ歩いて位置を入れ替え、オレが真ん中になってしまった……。でもいいや。
この歩みが目指しているのはアステル。たどり着くまでは何が起こるか分からないだろう。でも、平和な旅路になるはずだ。
自然を慈しみながらゆっくり歩いていこう。最終的にはナトリの魔法で移動するわけだしな。
「なーなー、キャンプっつったら飯はカレーだよな? カレーで良いよな?」
「我輩としては毎回カレーは飽きるのである」
「我は良いが?」
「そなた……」
「私もご飯作りたい!! キャンプご飯作ってみたい!!」
「たまにソーエンとヤイナと一緒にやってたからかまど作れるぜかまど!! 必要なら言ってくれ!!」
「キョーちゃん天才!!」
「交代交代でご飯つくろうな!! ラリルレカレーラリルレカレーの順でいこう、一日交代だ!! フィフティーフィフティーで問題なし!!」
「キョーちゃん頭良いー!!」
「ふむ……。待て、それでは一日毎にカレーになるではないか。我輩もそのルーティンに混ぜろ。そうすれば九日間という日程を丁度割り切れる」
「は? 調味料しか作れない男が何を作るってんだよ。天才がアホ抜かしてんじゃねぇ」
「阿呆は貴様の専売特許だ。気づいていないのならば教えてやるが、プロフィールを非公開にすれば縛りは無くなるのである」
「ガーッハッハッハ!!んなバカな!! …………マジ?」
「よもや気づいていないとはな。それでこそ阿呆である!! ふはははははははは!!」
「ラリルレよ、キャンプとは何だ?」
「そっか!! ロロちゃんキャンプ初心者だ!! 私もちゃんとやるのは初めてなんだけどぉ、んふふ~キャンプってのはねぇ――」
さらっと衝撃の事実を知って軽く放心しているオレの横ではラリルレがロロにキャンプというものを教えている。
そして、ナトリはオレを見ながら高笑いしている。
まあ、そんなこんなでオレ達の九日間のキャンプ生活は幕を開けた。
イキョウとヤイナのクソほど健全なやり取りをイラストで描いたのですが、なろうに載せたら恐らくアカBAN喰らうのでTwitterかPixivに上げておきます。
https://twitter.com/tabunsorede/status/1507914463974158337
https://www.pixiv.net/artworks/97207137