99.現実だった――
意識に感覚が宿って、パッと目が覚める。
視界に写った部屋は薄暗い。……ってことはもう夜か。
「結構眠っちまったなぁ」
オレはベッドで横になっていた身体を起こして一人つぶやいた。
一人。そう、一人なんだよなぁ。そのことを実感しながらオレは噛み締めるように夢を思い出す。
久々に見れた夢は最高だった。だって、ラリルレが居たんだもん。ラリルレと一緒にカフェに入って、ラリルレと一緒にベッドで横になって。最高ラリルレだった……。
何か変な光景を見た気もするけど、夢ってのはボヤっとしか覚えてられないものだったはず。薄っすらとしか覚えてないなら、あれもまた夢の光景だ。
ベッドから立ち上がってもまだあの夢を忘れたくなくて眼を閉じたまま立ち尽くす。
そして、ふと疑問がよぎった。
「どこからどこまでが夢だったんだ……」
ラリルレはみんなと一緒に帰ったはずだから、シャーユには居ないはず。だったらオレとラリルレがカフェの前で出合った所からが夢なのか?
でもそうすると、オレはどうしてこの部屋で寝てるんだ? もしかしてカフェ前でぶっ倒れて、後から来たナトリがそんなオレを発見して部屋まで運んでくれたのか?
「んもー、ナトリったらぁ。優しいんだからよ」
オレはナトリに感謝しながらブーツを手に持ち、ヤイナの部屋の扉を開けてそのまま一階に向かおうとする。
が。ふとまた疑問がよぎった。
「レイアウトは夢のまんまなのに、めっちゃ綺麗になってる……。ヤイナはこっちに来て片付けの方法でも学んだのか?」
オレは、扉から出ようとしたところで振り向いて部屋の中を確認する。
今居る部屋はとっても綺麗だから、いつも見ていたヤイナの部屋の状態とは違う。でも、この部屋の感じは絶対にヤイナの部屋のはず。だったら、絶対に汚いはずなんだけど……。どうしてかめっちゃ綺麗だ。
あまりにも汚いから、同居してるナトリやセイメア辺りに指導でもされたのかもしれない。
ここまで綺麗だと、ブーツでカーペットを踏むわけにも行かず、わざわざ手に持って移動しちまった。
オレは『あいつもちゃんと生活力が身に付いたんだなぁ』と少しの感心を覚えながら廊下にブーツを置いて履き、部屋を後にする。……スリッパ、あったんだ……。
薄暗い廊下には良い香りが漂っている。この匂いの出所は一階だ。ってことは、帰ってきたナトリが晩飯用意してくれてるのかもしれない。
朝以降何も食べてないオレの腹は、空腹を訴えてきている。だから、その匂いにつられて階段を下りて行き、もはや見慣れたと言っても良いカフェのホールへ降りる。
――――すると……。なんでだ……どうしてだ……。
オレは階段を降りて呆然と立ち尽くす。
ナトリが居るのは当たり前だ。あいつは、オレをシャーユに残した張本人だからこの場に居るのは当たり前。
ナトリは窓際の席で、こちらに背を向けるようにソファに座っている。そのテーブルには様々な料理が所狭しに並べられていて、とっても美味そうだ。
でもそんなことより、ナトリの向かい側。そこには――。
「――――オレはまだ……夢を――――見て……居る――」
「何をしている阿呆、早く座るのである。折角の料理が冷めてしまうではないか」
「あ、うん。そうね」
ナトリに促されたオレは、一旦思考を止めてナトリの横へと座った。
そして……。
「――――オレはまだ……夢を――――見て……居る――」
「くっくっく、何故態々やり直しているのだ」
「だって――」
「どーしたのキョーちゃん? お腹すいてないの?」
オレは未だに目の前の光景が信じられない。
寝起きの良いオレですら、まだ寝ぼけているのか、はたまた夢を見ているのかとしか思えないでいた。
「……どうして――ラリルレがここに居るんだ――?」
そう。経緯は分からないけど、オレの目の前にはラリルレがいるのだ。そして横のテーブルにはロロが乗っているのだ。
マジで経緯は分からないけど、オレの目の前には現実としてラリルレがいるのだ。ラリルレだけだ、ラリルレだけがオレに感動を与えてくれる。この際経緯なんてどうでも良いわぁ。ラリルレが居てくれるだけでもう最高だわぁ。
「んふふ~? あのねあのね。シャーユに来たときはキョーちゃんと一緒に来れなかったから、帰るときは一緒に帰ろーって思ったの」
「それだけの理由で――?」
「全然それだけじゃないよ!! 一緒に帰りたかったの!!」
めっちゃ嬉しい理由を述べてくれたラリルレは、ちょっと怒りながらめっちゃ嬉しい事を言ってくれる――。
感動で……涙が……出そうだ――。
「もういっそのこと目潰しでもして、血でも何でも良いから流そうかな――」
オレはぼそりとつぶやく。
この感動をラリルレに伝えたい。感動をラリルレに向けて思いっきりぶつけたい。
「くっくっく……くーっはははははははは!!」
そして横ではナトリがいつものように、突然笑い始めた。
これはいつものことだから無視してオッケー。ここにはラリルレが居る。それだけでオレは……。
待てよ? このテーブルの料理には見覚えのあるものがいくつかある。ラリルレが居るって事はまさか……。
「もしかして、この料理全部ラリルレが――?」
「んふふ~、そーだよ!! キョーちゃんがお昼寝してる間に買い物に行って来てね、折角海の幸が沢山売ってるから、えっとねえっとね。シーフードドリアでしょ、クリーム煮でしょ、アクアぱっつぁにシチューに……」
ラリルレは料理を作る事が楽しかったのか、ニコニコしながら料理を一つ一つ教えてくれる。
その姿を見ているだけで、白飯平らげて飢饉起こせるぜ。
「あっ、ごめんね。とりあえずいただきますしよっ!!」
語ることに夢中になりながらも、それを自ら途中で静止して切り替える。なんて立派なんだ……。
「これはもう米騒動が起こりかねない」
「やめろ阿呆!! これ以上何も喋るな!! くははははははは!!」
横ではナトリがテーブルに突っ伏しかねないくらいに身体を折り曲げ、腹を抱えて笑っていた。
「お前こそ笑ってんじゃねぇよ。ラリルレがいただきますって言ってんだから早くいただきますの準備しろ」
「ルナちゃん大丈夫? 収まるまで待ったほうが良い?」
ラリルレは皆で一緒に食べたいから、ナトリにどうするか尋ねる。
その質問を受けたナトリはというと。
「案ずるな」
スッと佇まいを治して冷静に答えた。情緒不安定かよ、こえーよ。
まあ、とりあえずナトリが大丈夫だというから、オレ達四人は手を揃えて一斉にいただきますを言う。
でも――。
「いただきふははははははは!!」
一人だけ頭可笑しい挨拶する奴が居るわ。
挨拶からシームレスに笑いに移るのはただただこえーよ。
もう無視だ無視。オレは目の前のラリルレ手製の料理を堪能したいんだ!!
まずは目の前にある皿に並んでる、ホタテのような焼き貝を一口――。
「おお、これは……」
芳醇な香りが鼻腔をラリルレの手製やっぱうっま。その中に秘められているラリルレの手製やっぱうっま。そして後から来るラリルレの手製やっぱうっま。
「ラリルレの手製やっぱうっま」
「んふふ~? そう?」
オレの言葉にラリルレはニコニコしながら嬉しそうに答えてくれた。
「ふむ、中々に美味であるな。我輩の舌にもふははははははは」
「食べるか笑うかどっちかにしてくださーい。うめ、うめ」
ヤバイぞ。フォークが止まらねぇ!! 目の前の料理全てが美味い。
「落ち着きの無い奴等だ」
「ロロちゃん、美味しい?」
「最高に美味だ」
「そっかぁ、んふふ~。皆美味しいって言ってくれて私も嬉しいなぁ」
ここまで美味い料理ってなると……。
「そういやヤイナが酒めっちゃ貯蔵してたよな」
「そうである。引越し準備などしていなかったからな、まだ奥の冷蔵庫に大量に残っているのであるぞ」
「よし。減らして引越し作業楽にしてやるよ」
こんな美味い料理には美味い酒が必要だからな。ちょいと拝借してご相伴にあずかろうじゃないか。
オレは素晴らしき晩御飯を堪能する為に、奥のキッチンへと足を運んだ。
その後、ラリルレは先にスヤスヤして、オレとナトリは夜通し酒を飲んでダラダラとした夜を過ごしました。




