98.5 ぶかぶか
イキョウが静かな寝息を立てること数刻。
抱かれたままイキョウの寝息を感じていたラリルレは、そーっと動き出した。
身体に絡められたイキョウの腕をはがそうとすると、少しの抵抗があった。が、その後、穏やかに解き放たれる。
そのままベッドを成るべく揺らさないように身体を動かして静かに下りると、抱きかかえたままのロロをそっとベッドに降ろした。
「どうしたのだ?」
ロロはギョロリとした眼をラリルレへと向けて尋ねる。
「ヤイヤイちゃんのお部屋をお片づけしたいの」
立ったまま足を通して靴を履いたラリルレは、ベッドの方を向きながらロロの質問に答える。
そのままロロに向けた眼をイキョウへと向けると。
「んふふ~、ぐっすりだねぇ、キョーちゃんかわゆいよぉ」
静かな寝息を立てるイキョウの顔を見ながら微笑を浮かべて頭に手を伸ばす。
「良い子、良い!?」
頭を撫でようとしながら声を発したラリルレは、目の前の光景に驚いて手を止める。
手を伸ばしたその向こう。寸前まで寝ていたイキョウの眼がいつの間にか開いていたから、突然のことに驚いて手が止まってしまった。
「びっくりしたぁ……起きてたの? キョーちゃん」
「……なんだぁラリルレかぁ。もう全然撫でてー、お休みー」
ラリルレの質問に答えず、イキョウはまた寝に入る。
「ん、んふふ~。もー、キョーちゃんったらぁー」
「こやつとソーエンは一体なんなのだ。心を持つ者の中でも特に分からん」
ロロはイキョウの顔前まで近づくと、触手で頬をペチペチと叩く。
その姿をみて、頭を優しく撫でてるラリルレは答えた。
「んふふ~。キョーちゃんとソーちゃんはね、不思議な人なの。なんだかね、寂しいなぁって思うときもあるんだけど、それ以上に甘えんぼさんだし優しいんだぁ。二人とも頑張りやさんの面白やさんなの。よしよし」
「虚勢を張ってるということか?」
「んーん、違うよ。いっつも一生懸命なの」
「う……む。……やはり分からん」
「私も分かんないけどね、でもとっても優しい事は知ってるの」
ロロは未だにイキョウの頬をペチペチと叩いている。
「ダメだよロロちゃん。そんなことしたらキョーちゃんまた起きちゃう」
ラリルレは頬を叩いてるロロをそっと優しく持ち上げると、そのままイキョウの肩に乗せる。乗せられたロロの眼は、何故だか壁へ向けられていた。
「何故こやつの肩に?」
ロロの素朴な疑問に、ラリルレは一生懸命答える。
「女の子のお部屋をお片づけするんだもん。男の子は見ちゃダメ!!」
ラリルレは小さな声でロロの背中越しに語りかけると、見えて居ないというのに両手でバッテンを作って見せる。
「我は気にしない」
「私が気にするの!! ロロちゃんはキョーちゃんと一緒に寝てて!!」
「ラリルレが言うならばそうしよう」
ラリルレの指示に従い、壁に眼を向けたまま動かないロロ。
ロロは寝る際に瞼を閉じることが無いため、傍から見たら起きているのか寝ているのかの判別をつける事が出来ない。
ラリルレは静かに一歩、二歩、ベッドから離れると、顔だけ振り向いてロロに尋ねる。
「ロロちゃん、起きてる?」
「我は起きている」
「……ロロちゃん、寝てる?」
「我は寝ている」
「んふふ~、寝てるロロちゃん、おやすみ」
「ああ。我は寝ている」
それだけ言うとロロは微動だにせずただイキョウの肩に乗っていた。
その姿を見てラリルレは笑みを浮かべながら部屋の片づけを開始する。
散らかった服は綺麗に畳んで重ね、靴下は組みにし、タイツは丸めて包む。
とある一群の扱いは別で、その整頓したものの横に重ねて置き、一先ずは手をつけずに居た。
とりあえず、畳んだ衣類を仕舞う為にタンスを開け、段毎にしまう場所を確認しようとする。
「……なんだろこれ? ピンクのハニワ?」
純白のボディに金の金具が特徴の五段のタンス。その最上部の半分に区切られた内の右側を開けると、その中に何かが入ってるのを見る。靴下が無造作に入れられている段には何かが入っていた。
「今度ヤイヤイちゃんに聞いてみよ」
手に取ったそれを戻すと、他の団も開けて確認してみる。
だが、ラリルレの予想以上にタンスの中に規則性は無く、ただ衣類が適当に押し込まれているような収納の仕方としか思えなかった。
畳まれることすらされていない衣類は、無造作に突っ込まれているだけ。しかし、そんなことで引くラリルレではない。
「ん~、どーしよー。勝手に整理するのはダメだよね……」
タンスに手を掛けたまま、ラリルレはどうするか悩む。このしまい方は、ヤイナなりの規則性があってしまわれている可能性を考慮してのことだ。が、その実規則性なんてものは一切無い。本人がただただ無造作に突っ込んでいるだけだった。
「そうだ!! アステルに帰えればヤイヤイちゃんに会うんだもん、畳んだのはこのままアイテムボックスに仕舞って、会った時に渡せば良いんだ!!」
妙案を思いついたラリルレは、、畳んだ衣類の近くに座って手を伸ばす。
そのまま、畳んだ服をアイテムボックスに仕舞いこんで状態保存をした。こうすれば後々、このまま取り出せば畳んだ状態でヤイナに手渡せるという寸法だ。
これで第一群の片付けは完了した。これでようやく向き合う事が出来る。
本命に取り掛かるため、ラリルレは床に正座で座りなおして少しかしこまる。
ヤイナの為に部屋の整頓を始めたところはあるが、この為に片付けを始めたところも無くは無い。
ラリルレは興味津々になりながらおずおずと手を伸ばして、一つのそれを目の前に掲げる。
「お、おっきい……」
ラリルレが掲げたのはヤイナの下着。淡いピンクでフリルがあしらわれたその下着をマジマジと見つめる。
そしてその下着を見た後に自分の身体を見て、もう一度下着に目を戻した。
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけだもん」
ラリルレはどきどきしながら胸元へと下着をあてがい、そして比べてみる。
そして突きつけられた現実に、ラリルレは落胆した。
「ぶかぶかだよぉ……全然足りないよぉ……」
当てた下着と当てられた身体の間には大きな空間が生まれていた。
その格差を目の当たりにしたラリルレは、下着を押さえながら半泣きになり項垂れる。
と同時に――。
「ああ!? 今ラリルレの涙がぁ!?」
「キョーちゃん!?」
突然ガバッと起き上がったイキョウは、ぬらりとした目をすぐさまラリルレへと向けた。
腕を付いて上半身を飛び起こしたイキョウの肩には、律儀に壁を向いたままのロロが微動だすることなくへばりついていた。
「「……」」
この場にてロロはお構い無しに、ラリルレとイキョウの視線が交差してしまった。
言い逃れは出来ない。そのことを悟ったラリルレは、恥ずかしさと混乱で顔を真っ赤にしながら半泣きになり、その姿をイキョウは二三度瞬きしながら確認する。
その瞬きが終わると同時にイキョウの眼から力が抜けて。つぶやく。
「ブラ…恥じらいの涙……えぇ……? ああ……夢か」
その後にイキョウは一人納得すると、身体を落としてまた泥のように眠り始めた。
ただ、寝入ったイキョウの姿を見ただけでラリルレが落ち着けるわけも無く。心臓はバクバクとなり続ける。
「見られちゃった? 見られちゃったのかなぁ……。ううん。キョーちゃんが夢って言ってたし、多分見られて無いよ!!」
「我もそう思う。こやつは筋金入りの奇だ」
「ロロちゃん、お休み!!」
「我は寝ている」
ロロの返事に安心したラリルレは、深呼吸をしながらヤイナの下着を下着の山へと戻して心臓を落ち着ける。
「びっくりしちゃったなぁ。……次は……」
正座をして姿勢を正したラリルレは、下着の山に再度手を伸ばす。
「こっちは……スケスケだぁ。これはギラギラ…こっちのはツルツルだ……」
ラリルレは、幾度もブラとショーツを手にとって、自分では到底買うこと無いジャンルのものを一つ一つ評価しては戻し、また手に取るを繰り返していた。大人の下着とサイズへの興味、それが今のラリルレを動かしていた。
しかし、一組の下着を手に取ったとき、ラリルレの顔はしかめっ面へと変わった。
「ヤイヤイちゃん……これは女の子として見過ごせないよ」
ラリルレは手に取ったブラとショーツをジーっと見つめて苦言を呈する。
「ものを大切にしたい気持ちは分かるよ。でもね、破れたならちゃんと縫わなきゃダメだよ」
ラリルレが苦言を呈している下着には裂け目が施されていた。それを見たラリルレは、破れているのだと思い込んで言葉を発する。
「直したいけど……お裁縫の道具は家に置いてきちゃったしなぁ。そうだ!! リペアツールで直しちゃえば……。あっ、ゲームの頃のアイテム以外は直せないんだった……」
「我はラリルレがそこまでしてやる必要はないと思うが」
「うーん……。そうかもしれないのかなぁ、ヤイヤイちゃんが持ち主なんだもんね。……でもでも、やっぱりヤイヤイちゃんはかわいいから、見えないところも可愛いままで居て欲しいの!!」
「そういうものなのか」
「そーなんだよ、ロロちゃん。でも勝手に補修するのはダメだよね。帰ったらヤイヤイちゃんと一緒に直すことにする!! ありがとロロちゃん!!」
「我は何もしてないが」
「お話してお悩み解決してくれたもん、ありがとぉ。あと、ロロちゃん。お休み」
「我は寝ている」
ロロとの会話によって思考の整理が出来たラリルレは、一先ず破れていると思っている下着の件は保留にして、一つ一つを丁寧に畳んでアイテムボックスに収納していく。
手の取る下着に感心を示しながらも、次々畳んでいくラリルレの動作は手早い。そのテキパキとしたラリルレの働きによって、ヤイナの部屋に散乱していた衣類は全て綺麗に仕舞われた。
そのおかげで、ようやく部屋のカーペットが全貌を現し、部屋奥の角にスリッパが重なるように放置されていたことが発見された。
つまり、この部屋は元々土足厳禁だったことを表している。そしてスリッパが忘れ去られたように放置されていることから、部屋の持ち主がそのことを忘れてることも意味していた。
それを見てラリルレはほややんと一言つぶやく。
「スリッパあったんだ……」
ラリルレは、これしか言う言葉が見つからずにそっと靴を脱いで、カーペットに浄化の杖を使用した。




