94.イカが好きでオレに依存してる物好き
「ちょっと失礼」
「フハハハハ!! それは大分失礼なのではないか!?」
「あ、起きてたんだ。おはよ」
オレは早朝にヤイナのカフェへと勝手に侵入し、そのままナトリの部屋へと突撃していた。
ナトリが寝てる横でオレもベッドにお邪魔すると、起きていたのか今起きたのか、ナトリが高笑いしながら言葉を発して起き上がった。
「ふむ……経緯は……ダメであるな。全くと言って良いほど予想が付かないのである」
「簡単に説明するとなぁ。徹夜した挙句弱体化中だから心置きなく休める避難所としてここを選んだって訳」
心置きなくというのは、どこぞの病みメイドがここぞと言わんばかりに弱体化しているオレの隙を狙って何かをしてきそうな予感がそこはかとなく感じられた。だから休む為にこの場所を選ばせて貰った。
「大方の事は理解した。良かろう、存分に使うが良い」
「ナトリ~、マジサンキュ。じゃ、お休み」
「フハハハハ!! 貴様は我輩と添い寝することを厭わぬのだな!!」
「別にナトリだしなぁ」
「フハハハハハハハハハ!!」
「んもぉー!! 朝っぱらから煩いっス!!」
ナトリの高笑いが部屋中に響くと同時に、ヤイナがドアを蹴破って突入してきた。
「大体なんで朝から大爆笑……ひーっ!! ナトナトとパイセンが一夜共にしてるっス!? メアメアちゃーん!!一大事っスー!!」
ヤイナは部屋に入ってくると同時に飛び出していき、そして。
「見て見てメアメアちゃん!!面白いことになってるっスよ!! これは発散レパートリー増えるっスね!!」
顔をくしくしして寝起きのセイメアの腕を引っ張って連れてきた。
セイメアはロングワンピースのようなパジャマを着ている。うーん、これも良き良き。
「ん……一体何が……キョーさん?」
「おはよー、そしてお休みー」
「はぅ…!! 寝起き…髪ぼさぼさ…」
「ボサボサだぁ? 全然さらさらじゃねぇか。真のくせっ毛見せてやろうか? バンダナ取る気無いけどな!!」
「あーもうパイセンの言動めちゃくちゃじゃないっスか。さては徹夜したっスね? くっそー、こんなことならあたしも寝ないで混ざれば良かったっス!!」
「ふははははははははは!! 貴様が来ただけで我が家の朝が騒がしくなったのである!!」
「じゃあ黙って寝るから起こすなよ。マジで寝るからな」
「存分に寝るが良い。事情は我輩のほうから説明しておこう」
「ナトリぃ……しゅき♡」
「かーぁッ!! ナトナト“理解”って無いっスね。ささパイセンも起きて起きて。両方から聞くからこそ面白いんスよ」
「は?」
ずかずかと近づいてきたヤイナに腕を引っ張られて無理矢理立たされる。
弱体化中のオレじゃ反抗する事が出来ず、あっさりと拘束されると。
「メアメアちゃん!!ナトナト!! 一階に集結するっス!!」
「オレ寝たいんだけど」
「えっ……と。少し身支度を……」
「メアメアちゃん分かるっスよー、その乙女心な気持ちはめっちゃ分かるっス。でも、今後パイセンの家に住むわけっスから、ここいらでだらしなさにも慣れておくっスよ。パイセン、コメント!!」
コメントだぁ……? ヤイナ、お前と同じ言葉をここで代弁してやるよ。
「セイメアはそのままでも可愛い。いつでも最高に綺麗、美人」
「って事っス!! メアメアちゃんはかわかわちゃんっス!!」
「セイメアよ。この阿呆は我輩以上に正直な男である。この言葉を信じろ」
「み、みなさん……はず、かし……ぃ……です」
「あれ? ナトリもなんでオレの腕掴んでるの? ヤイナと同じで下に連行する気満々じゃない? さっきの気遣いどこに行ったの? オレ寝たいんだけどってさっきも言ったよな?」
「パイセン三日くらい寝なくても動けるじゃないっすか。ほら、行くっスよー」
「寝なくても動けるってのは寝なくても大丈夫って意味じゃ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
オレは片腕をガッチリホールドされたまま部屋の外へと連れ出され、強制的に階段を下らせられる。
「クックック。セイメアよ、騒がしい朝というものを奴で演習しておくと良い」
「えっと……はい。ふふっ、少し……楽しいです」
この後、セイメアのコーヒーを堪能しながらヤイナの誤解を解くのと事情説明を行った。
* * *
うーん。
ヤイナへの誤解を解くのは割りとすんなり行った。眠気ってピーク過ぎると逆に眠気無くなるし、コーヒーのせいで眠気吹っ飛んでその後は何時も通りの一日を過ごした。
太陽の恵み以外の皆には、沖の戦いでまた海に異常があるかも分からんから調査しに行くって適当な理由つけてソーエンとオレは別行動を取った。
その間にギャラとアルに出会って、海の事情が聞けた。
何でも、オレ達の戦いを海の民は察知していたらしい。ただその内容が少しおかしくなってた。
話は少し遡る。海の民は海底神殿近くで集団気絶事件が発生した原因は、神殿奥に封印されてる何者か(海の民の老公曰く海神様)の怒りを買ってしまったことによるものだと考えてたらしい。だから海の民の多くは、今回の騒動はその海神様の怒りによって起きたものだと考えているとか。
ただし、ギャラとアルはその説に納得が行ってなくて、それで原因を調べる為に海底遺跡に赴こうとしていた。そこでオレ達とブッキングした。
オレとソーエンも一応の後始末やオレ達に繋がるような証拠が無いかを調べる為に崩れ去った海底遺跡跡地に行こうとしていたからそのまま同行したが、辺りは海の民達によって封鎖されていた為、わざわざ<隠密>を使って瓦礫の中に侵入して調査を開始。
ついでだから……というか、アルの夢をぶち壊してしまったお詫びとして二人も同行させて調査をしたけど、お互いに証拠もヒントも発見できず探索は終了した。つまり、オレ達に繋がるような情報は残ってなかったってこと。
その最中にソーエンが『海神の始末はどうなったと思う』と尋ねたところ、ギャラから『人型の音反応が五つと何か変な音反応が一つあったからね、その人達がどうにかしたと思うんだ』と答えた。その情報でオレ達の正体へとたどり着かないのは仮面の効果のおかげだろう。ちょくちょく付けてない場面はあったけど、目視して無い限りは仮面の効果は広い範囲で働くようだ。ここまではまだ良い。問題はここからだ。
アルが『前に聞いたの。スノーケア様直属の部隊がクライエン王国を救ったって。多分今回もそれだと思うの』と、大分確信に近い答えを出しやがった。
あまりにドンピシャすぎてオレは天才か? と思いながら『何でそう思ったの?』って尋ねると、『町の人達が浜辺で戦ってるのを見たって言ってたの。その中に仮面をつけた異常な姿をした強い男がいたって聞いてるの。仮面、強い人、ここから導き出される答えはずばりそれしかないの!! 町も海もその噂で持ちきりなの!!』と自慢げに答え、ギャラはそれを『すごーい!!』と賞賛していた。
まあ……そうだよな。あれだけ浜辺でドンパチしてれば住民も起きるわ。外に出てる奴等は居なかったし、家の中から戦いを見ていたんだろう。
でも結局のところ、オレ達に繋がるような情報はなかった訳だからどうこうする必要も無いって事で、ギャラとアルにはそれ以上何も言わず、調査が終了後あっさり分かれた。
ただし、海から上がった後にアルの説とは関係ない話題が耳に飛び込んできた。
何でも、海神様の怒りを静める為に勇敢に戦った者が仮面部隊の他にも居るらしい。と。その噂の内容は、家の子達と太陽の恵み、そして騎士の二人を指す様な噂だった。
嫌な予感がしてこっそりギルドに赴いたところ――――。
案の定、クエストを受けようとしてたシアスタ達と太陽の恵み、同行しようとしていた騎士の二人がギルド前で大勢の輩に詰め寄られて大混乱が起きていた。
ただ、カフェ組みの姿は無かったから、恐らくナトリが何かしらの手段を使って脱出したんだろう。
あの浜辺を照らすのは月明かりしか無かったし、セイメアは目立った動きはしてなかったぽいから、住民の誰もが残り一人の正体が分からず、セイメアが関わっているとは思わないのだろう。というか、一カフェの店員があの戦いに参加してたなんて思うやつは一人も居ないだろう。
だから、この件は仮面部隊の噂に乗ってシアスタ達に任せておけばその他に被害が及ぶ事は無い。
これにてギルガゴーレの件は一件落着。
じゃあ、なんでオレが初っ端に『うーん』と言ったかというと……。
二つのことに頭を悩ませていたからだ。
一つは、この穏やかな町で大きなイベントが起こった、具体的には名高い王国騎士のニーアとコロロが来訪したことが公になって軽いお祭り騒ぎとなってしまったから、これ以上騒ぎが大きくならないように、明日にはこの町を経つことになったということ。
でも、コロロ的には町の観光と女子を満喫できたので最高の休日を送れて満足したから、もう最高の休日を過ごせたってことで本人は納得していた。
だから一つ目の問題は大丈夫。なんなら、また纏まった休日が出来たら今度はお忍びしてでも旅行するし、その際には家の女性陣や太陽の恵みに声を掛けると言っていたから大丈夫。こんな終わり方になって申し訳なかったけど、コロロ本人が言ってるからまあ大丈夫。
問題はもう一つだよ。
「帰らないわ。この休暇中はアステルに同行するの、がぶがぶ」
深夜、月明かりだけが照らす部屋でいつもより強く噛んでくるニーアだよ。
雰囲気的には落ち込んでるんだけど、顔は凛として、それでいてちょっとワガママな感じになりながら噛んで来る。
「大体、貴方があの力を使ったのだから今日一日はお世話できると思ったのに、眼が覚めたら貴方は居ないし」
それが嫌だから逃げたんだよなぁ。わざわざソーエンをカフェに呼び出して、ナトリ達に皆への伝言を頼んで別行動したんだ。そこまでしたのにコイツに掴まってちゃ世話無いわ。
「今日でこれも最後かぁ。感慨深いなぁ」
「勝手に終わらせないで。絶対に付いて行くんだから、がぶがぶ」
いってぇ……。これ、いつもより強く噛んでるし、オレ自身の防御力下がってるから相乗効果で痛いわ。いつもは減らないHPがジワジワ減ってるもん。
「ねえ? もう少し優しくして?」
「嫌」
オレの願いはたった二文字で却下された。諸行無常だなぁ。
「気になって寝れねぇんだけど」
しかもニーアが抱きついて足を絡めてるせいで全身をガッチリ拘束されてるから<スリープ>が使えない。あれは対象に手を向けないと使えないから、両手が不自由だと何も出来ない。
いや? いけるか? 掌をそーっとニーアに向ければ――。
「何かしようとしたでしょ?」
「いえ……なにも……」
オレが動き出した瞬間に、あの眼で見られてオレの体は硬直する。
まるで石化状態のようだ……。
「あの……昨日から寝てないんすよ。今日寝れなかったらニ徹目になっちゃうんすよ」
「アステルに着いて行って良いって言ってくれたら寝かせてあげるわ」
「……むりーぃ」
「着いて行くわ」
「やだー!! こいつ人の言葉無視してくるー!!」
「絶対に好きになってもらうの。絶対に貴方のものになるわ」
「私のものにするんじゃないの?逆じゃない?」
「貴方のものになりたいの」
その言葉と共に、ニーアは首筋をガッツリと噛んできた。
「うーん……いたぁい!! ソーエンヘループ!!」
オレは助けを求める為にソーエンへとコールをする。
こんな深夜にあいつが出るとは思えない。それでも助けが必要だからオレは掛ける。
そしてどうしてだか、偶然繋がった。
「珍しいじゃん」
「最終日だからな。ナターリアへの手紙に書くことをまとめていたところだった」
「ほえー、助けて。今目の前でニーアが呪詛はいてるの」
「私が目の前に居るのに貴方は他の事をするの?今は私の時間でしょうにどうして他の――」
「そのような下らない事で深夜に通話をしてきたのか」
「下らなくないから。切実に助けて欲しいだけなんだけど」
「なんだ、俺の顔を晒して標的を逸らす算段をしているのではないだろうな」
「そんな事する訳無いじゃん。それはお前が一番分かってんだろ」
「フッ……。さすが親友だ。切るぞ」
「あいよ、手紙頑張れよ。良い夜を」
オレとソーエンはお互いに言葉を交わして通話を切る。……あれ?
「何も解決してないじゃん」
「がぶがぶ!!」
「いたーい!!」
ニーアが自分の存在を証明するかのように鎖骨を噛んできた!! めっちゃ痛い!!
「ソーエン!! ソーエン!?」
また助けを求めるべくソーエンにコールするけど全然出ない!!
なんか良い感じ風に切ったのが仇になった!! あいつはもうナターリアの手紙のことに集中するためにコール音をサイレントにしやがった!!
「ヤイナは……ダメだ!! あいつ絶対に酒飲んで爆睡してるしそもそも夜はサイレントだ!!」
「がぶが……、ねえ、貴方とヤイナはどんな関係なの?」
オレが発したヤイナという言葉に反応して、ニーアは噛むのを一旦やめた。
「え? なんつーか……ぶっちゃけ身体の関係」
隠すようなことでもないし、あっさり白状する。
寧ろ、これでニーアがオレのことを嫌いになってくれるんじゃないかって期待もしていた。
「身体だけ……。じゃあ、心はまだなのね?」
「ポジティブシンキングー……目が怖いね」
「貴方ほどじゃないわ」
「いや……へい……」
ニーアはあの目で見つめてきながら淡々とオレの言葉に答える。
もうそれが……怖いわ。
「ちょっと質問宜しくてですのわ?」
「もちろんよ。貴方が私を知ろうとしてくれるなら、答えない意味が無いもの」
「うっす。……ニーアって最終的にオレとどうなりたいの? なんか恋人とかそういう甘い関係で収まらない気がするんだけど?」
「女の子に言わせるの?」
「へい……」
ふざけんなよコイツ、答えてねぇじゃん……。
違うの、普通の女ならオレもこんなこと聞かないよ。でもな、お前は普通じゃねぇんだわ、異常なんだわ。こちとら一般的な納得と理解で生きてきてる人間だからお前みたいな異常な奴は良く分からんのよ。
いや、待てよ? こちとら頭のおかしい奴等をよっぽど相手にしてきてるんだ。それをモデルケースにすればニーアの言動も分かるんじゃないか?
ニーアを理解する為のキーワードは、『オレの事が好き』『頭イカれてる』『依存気味』『オレの物になりたい』 つまり、導かれる答えは――――、なるほど。
「つまり、お前はイカが好きでオレに依存してる物好きってことか」
「……がぶがぶ!!」
耳噛まれたぁ!!
「痛い痛い!? なんで!? 仮説に基づいた立証が出来たはずなのに!!」
「全て間違ってるわ」
そんな事は無いはずだ。だって、キーワードを元に考えた場合の、妥当な答えが導き出せたはずなのに!!
「よく分からない、全く分からない……」
こういう時にソーエンが居てくれれば、まだ何かヒントが得られたはずなのに……。よりにも寄って最悪のタイミングで通話に応答しない状況を作ってしまったぞ。
でもあいつの知識はある程度トレースする事は出来る。そして、こういった恋愛のいざこざは、あいつの貸してくれたマンガで見たことあるぞ。
「つまり……ハーレムを作れってことか?」
「他の女を知った上で私を一番と思ってくれるならそれでも良いわ」
「バカじゃねぇの? オレにそんなハーレム作れる器量ある訳無いじゃん」
「がぶぅ!!」
「いってぇ!?」
ニーアは少しイラッとした顔をしながら鼻を噛んできやがった。オレが何をしたって言うんだよ。
「貴方は少し、女心を学んだほうが良いわ。もちろん、私で」
「おいふざけんなよクソアマ。お前よりよっぽど異性経験あんだぞこっちは。そもそもお前に好かれようとなんてこれっぽっちも思ってないからな」
「好かれようとはしてないわ。だって、貴方は私を好きになるんだもの」
「おやぁ? 会話が出来ないバカ発見だ」
「貴方に恋愛感情というものが無いのは知ってるわ。でも、好きというのは何も恋愛感情だけではないの。愛着でも良い、必需品でも良い、お気に入りでも良い。愛が無いなら物でも者でも存在でも言葉でも名前でも符号でも象徴でも好みでも作品でも美しさでも快感でも印象でも感覚でも思いでも何だって良いわ。貴方の好きの隙から貴方の一番を取ってみせるの」
「うっわ……こわぁ……」
ニーアはオレの胸に顔を乗せながら眼を見つめてきて淡々と述べてくる。
それがもう、ただただ怖くて……。人の闇を見せ付けられているようで怖い。こいつの異常さは経験から来る者じゃない。生まれ持っての気質だ。コイツはナチュラルに頭おかしいぞ。
「でも……本当は貴方の愛が一番に欲しいの。貴方に人として尽くしたいの」
そう言ってニーアは胸に顔を埋めてくる。
コイツ、見た目が好みだからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。こちとら見た目で惑わされる程落ちぶれちゃいねぇんだからな、おかしいほどの顔の良さを持つソーエンで耐性出来てるからな。
というか、そもそもコイツには言わなきゃいけない事がある。これ以上希望を持たれてはいけない事がある。
ソーエン以外には誰にも話す気は無かった。でも、内情はどうであれコイツはこれほどオレを思っているから話さなければならない事がある。オレを好きでい続けてはならないことを話さなければならない。
余計な事は話さない。だから、必要なことだけを話す。
最低限を話したから最初は信じてもらえなかった。それでも知ってもらわなきゃいけなかったから何も答えずただ見つめた。
そして泣かれた。泣き喚かれて、それ以上はもうどうにも出来なかった。この涙をオレはどうすることも出来なかった。
泣かれた。叫ばれた。叩かれた。
それすらもオレは受け入れるしかなかった。やっぱり、オレの歩む道の先はこれが妥当な結末なんだ。碌な人間じゃないからな、オレの先には未来なんて無いんだ。
「――――」
そう言ってすすり泣くニーアの言葉に、オレは何も返せないまま夜を過ごすことしか出来なかった。
* * *
ニーアが泣き止んだのは明け方だった。
泣きつかれたニーアは目を腫らしながら寝ている。
この姿を見たところで別に罪悪感なんて沸かない。お前がオレの歩むべき道に勝手に入って来たんだから、それは自己責任だ。
涙を流しているなら露知らず、泣いて居ないニーアを見てるならそんなことしか思えない。
ただ、泣いているニーアを一晩中見てしまったから。それでオレの心はさざめいてしまったから。少しだけ体が冷えていた。堕ちては居ない。堕ちきっては居ない。
それでも、あのバカが居ないから心に漣があった。
「はぁ……やんなっちゃうなぁ」
感情の上辺だけを使えば軽口は叩ける。でも、それは癖や脊髄反射のようなものであって心の奥底にはあまり良くないものが溜まっていた。
「結局ニ徹しちまったよ」
それも原因の一つだろう。
オレはベッドで静かに寝息を立てているニーアを尻目に、煙草を吸いながら中庭へと向かうのだった。
だって、約束があるからな。