93.止マレ!
――――気がつくとオレは、何故か宿屋の裏庭に来ていた。
目の前では、マールとシーカが打ち合いをしている。
「おはようございますであります。精が出ているのでありますね」
コロロはオレの横から二人に声を掛けていた。
その声に反応した二人は打ち合いをやめるとこちらへ駆け寄ってきた。
「おはようございますコロロさん!! もー昨日の嘲笑さんの姿を見てから落ち着かなくて!!」
「そうなんだよ。寝る前もずっとウズウズしてしまってね、思わず早起きして先に鍛錬を始めてしまった」
「ほとんど寝てないんで身体はヘトヘトなんですけど、心はメラメラです!!」
マールとシーカは熱い瞳をコロロへ向けている。
おかしい。オレはさっきまでベッドで寝ていたはずだ。それがどうして外に出てこんな所で突っ立てるってんだ?
「は?」
現状を全くと言って良いほど理解できていないオレは、ただただ声を上げる。
何だこの状況。
「マヌケな声を出してどうしたんだい?」
「イキョウさん、まだ寝ぼけてるんですか?」
「オレはなんでここに居るの?」
「朝一番から評判に違わぬ発言をしてきたね……」
「まさか……無意識でこの場へと足を運んだのでありますか…。それほどまでに私との約束を――」
「ねぇコロロ。ちょっとオレが取った行動の記録教えて?」
「もちろんでありますよ」
オレのお願いを嬉しそうに快諾してくれたコロロは、現状へ至った説明をしてくれた。
整理すると、オレは考え事をしながら無意識のうちにコロロの後ろに付いて歩き、自らの足でこの場へと赴いたとか。
……。
「産まれたての雛じゃねぇんだぞ!!」
「わっ!! びっくりました……。急に大きな声出さないでください」
マールは身体を小さく震わせた後、驚いた顔をしてオレを見て来た。
んなことしるかぁ!!
「心ここにあらずでコロロに付いてくとかオレのコロロは心に支配されててんのか!? いいじゃん、最高じゃん!!」
「途中逆になってないかい? あとキレてる風な口調で満足するのは止めて欲しいのだけれど?」
「イキョウ殿にそう言われるとドキッとしてしまうのでありますよ」
「はーやってらんねぇわ!! 煙草吸って一旦落ち着こ!!」
「あのあの、イキョウさんは本当に人の話を聴かないんですね……。こっちの発言が完全に聞き流されてしまいます……」
なんだよ、オレのコロロが心で満たされるとかもう至れり尽くせりじゃん。
満たされすぎて逆にキレそう。
あーもう大好き、コロロという存在が大好きだわ!!
激情が渦巻いている心を落ち着かせるために、オレはいつものように壁にもたれかかって煙草を吸う。
ローヒートの火で煙草に火を点け、一吸い目を大きく吸い込んで肺に煙を充満させる。
一吸い目は味がどうこう言うやつも居るけど、オレは煙草を吸うという行為事態が好きだから一吸い目から大きく吸うぞ。
一口目の煙を吸い込んだオレの横には、いつものようにコロロが並んでいた。二人とも壁に持たれながらのいつものってやつだ。
でも少し違う。今日のコロロはとってもニコニコしていた。
「どしたの?」
「なんでもないでありますよ。ただ、夜も朝も、貴方が居てくれるだけで楽しいなぁと思っただけであります」
「そっかぁ……。でさぁ、お前等なんなの?」
オレは眼の目に突っ立っている奴等に疑問の声を上げる。
ぽかんとした顔をしながら突っ立てるマールとシーカにな。
「いや。君が煙草を吸い終わるのを待とうとしただけなんだけど……」
「あのあの、二人ともいい雰囲気じゃないですか? ここに来る時も一緒に来てましたし、もしかしてもしかするんですか?」
「もしかすると…でありますか?」
「おい脳内ピンク、そんな事実無いからな。オレの事情も知らないで、オレの情事を語るんじゃねぇぞ」
「あれあれ!? イキョウさんが睨んでくるんですけど!? 眼がぬらぁっとして気持ち悪い!!」
「君の事情は分からないけど、コロロさんの反応を見る限り本当にそういう事実は無いんだね。良かった良かった、サンカにもまだチャンスが――おっと――」
「お前脳内ピンクだよな。オレの事情を包み隠さず教えてやろうか? この情けなさを教えてやんぞ」
「いやです!! 何故だか今のイキョウさんの話を心底聞きたくないです!!」
「――失言したかもとも思ったけれど、この男は本当に周りの声を聞いて無いんだね……」
* * *
一波乱ありながらも煙草を吸い終えたオレは、裏庭の中心に立って三人と向かい合う。
「本当に良いのでありますか?」
コロロは、オレが今日も三人一遍に掛かってきてくれと言ったときから不安な顔をし、度々オレに確認をしてくる。
「大丈夫って言ってるでしょ」
昨日もこの三人を相手取ったんだから何も問題は無い。
マールとシーカは相対してからずっとウズウズしてるし、さっさと始めたほうがいいだろう。何があってそこまでヤル気を出してるのかは知らんけど。
「そこまで言うのなら……私も覚悟を決めて、イキョウ殿の胸を借りるのであります」
コロロは心配する顔つきから、戦う為の顔つきに変わる。
でもその顔は、今までの鍛錬で見た事が無い。いつもは楽しそうな顔をするってのに、今日は真顔だ。まるで、オレの行いに対する返礼をするように真剣な顔になっている。
今日のコロロはコロコロ表情が変わるなぁ。コロロコロコロ。
そんな事をポケっと考えているオレの目の前では、コロロの合図と共に三人がこちらへと間合いを詰め始めていた。
だからオレはいつものように――――――おや? いつものように身体が動かないぞ?
「まるで……ステータスがダウンした挙句徹夜のせいで疲労が蓄積してるから身体が重くなってしまってるようじゃないか……」
なんて適切な表現なんだ……。
身体中に重りを付けてるかのごとく自由が奪われてるぞ。
「適切な表現っつうかまんまじゃんかよ」
よくよく思えば今のオレはデバフ有りの徹夜状態じゃん。なるほどなぁ、コロロはこの事を心配してくれてたのかぁ。
ユーステラテス戦後はステータスが1/100までダウン、今は1/10程度に治まってるから動けない訳じゃないけど正直しんどい。
もう三人は目の前に迫ってるじゃーん。ここは一言中断を宣言させてもらおう。
「ちょっとストッあぶね!?」
中断を宣言しようとしたオレへ向かって、無慈悲にも三人の刃が降りかかる。
その刃を間一髪で避け、力なくゆらりと後退した。そしてオレは今度こそ中断の宣言を――ッ!!
「たんまたんま!! ストップ!!」
ざっけんな!! 三人揃ってヤル気満々だから人の話全然聞かねぇぞ!! こいつら耳詰まってるんじゃねぇだろうな!?
オレの声が聞こえてない三人は何時にも増して気迫の増した剣をオレ目掛けて振ってきやがる。
ヤーバイ。身体の動きが重い上に、相手は三等級冒険者と騎士様の組み合わせだぞ。段々押されているし、このままじゃ目よりも先に回避行動に限界が来て手詰まりになるぞ。
最適な回避が出来ないから次へ繋げるときに無駄が生まれてる。無駄があるから無理な回避になって、後の行動に隙が生まれ始める。無駄と隙の積み重ねが辿る先は攻撃のヒットだ。回避は見切って無駄なく最小限に行わなければならない。一歩間違えればそれが命取りになる。だから回避はガードよりも難易度が高いんだ。
こんな不利な状態でもまだ戦えてるのは、この目があるのとナナさんと戦った経験があるからだ。でも結局は詰みが来る。
だったら指輪外してステータス上げるか? でもなぁ。能力がダウンしてるからってだけで、命の危機でもないこの状況で外すのはカフスとの約束を反故にするようで嫌だしなぁ。なるべく約束は守っておきたい。
そしてコイツ等とも『反撃はしない』と約束してしまってるから魔法やスキルを使って反撃をすることが出来ない。
だから仕方が無い。
三人は絶妙な連携と波状攻撃、同時攻撃を用いて攻撃を仕掛けてきている。でも、所詮は急造のチームワーク。動きに必ず隙が生まれてるんだ。
「悪く思うなよ」
オレの目には隙が見えている。でもその隙に反撃を打ち込む事は出来ない。
だから、オレはわざと回避行動の中に隙を作って三人が狙うよう誘導をする。
急造のチームワークってのは、味方の動きを完璧に理解し合ってるわけじゃない。その為、味方同士の動きを見ながら次の行動を予想する必要がある。
だったらその予想を上回るトラップを仕掛けてやれば良い。
もしここにコロロが三人いたならこんな事は通用しない。でもここにはコロロが三人居ないから通用する。
背後から迫るシーカ、正面から迫るマール、二人の斬撃はもう寸前まで届いている。そしてコロロは体制を低くして左側から大きく切り上げようとしていた。
この時点で三人ともオレの術中に嵌っている。
あとは、右へと身体を流して体制を逸らすだけ。それだけで、一旦この鍛錬は中断になるはずだ。
目の前ではシーカとマールの剣が交差し、その交差点にコロロの切り上げがぶつかる。
その衝撃でシーカの双剣とマールの直剣は空へと打ち上げられた。
「やりぃ」
これが一対多の戦い方だ。
狙い通りに行ったオレの目の前では、マールとシーカが剣を握っていた手を小刻みに震わせながらあわわとコロロを見つめていた。
手が震えているのは、コロロの斬撃によって大きな衝撃が加わったからなのか。それともコロロの攻撃の邪魔をしてしまったという罪悪感からなのか。それともそのどちらもなのか。オレには分からん。
空中に飛んだ剣を放置するのは危ないから、ロープを飛ばして回収しとくか。
「コロロさんごめんなさい!!」
「本当に申し訳無い!!」
空にロープを飛ばして剣を回収しているオレの目の前では、二人がコロロに頭を下げて謝罪していた。
「頭を上げて欲しいのであります。弾き飛ばしてしまった私にも非があるのでありますから。それに、これを狙っていたのでありましょう? イキョウ殿」
「そうかもな」
「はぁ!? いやいや、冗談だろう? どう見たって今のは偶然じゃないか!!」
「そうですよ!! 私達が未熟だったから偶然剣が重なってしまっただけですよ!! こんなこと狙ってやるなんて人間業じゃないです!!」
「じゃあ偶然だわぁ」
「「だよね(ですよねー)」」
「イキョウ殿……」
二人はホッとした顔をして、コロロは呆れた顔をしていた。
そんな顔されても……。別に強さを認めてもらいたい訳じゃないし……、あそこまで言われると説得もめんどくさそうだもん。
「あとさ、ちょっと話し聞いて? 今日ちょっと不調だからまともに的役やれないわ」
「なるほどね、通りで君の動きに違和感を覚えたわけだ」
「は? それ分かってて全力で切りかかってきたの? 頭おかしいんじゃねぇのお前?」
「君に言われたくは無いかな……。コロロさんが再三確認をしていたし、君もずっと大丈夫って言ってたから切り続けても問題ないかなって思ったんだ」
「じゃあやってみなきゃ分からない事もあるでしょ。やってみてダメだったから辞退するわ、今日絶賛不調だわ」
「あれで不調なのかい……不調の君にすら剣を当てる事が出来ない私達って……」
「イキョウさんって実は物凄く強いんじゃないんですか?」
「んなわけない。あとこれ、はい」
落ち込んでいるシーカと、訝しげにしているマールに双剣と直剣を受け渡した。
「これもね……いつの間に回収したのか分からないよ……」
「ごめんねコロロ。そういうわけでお休みさせてもらうわ。明日はちゃんとやるから」
「了解であります。明日を楽しみにしているでありますね」
「あーい」
オレはこの場を引き上げて、一眠りするために歩みを進める。
そのまま道に出て、宿屋とは反対の方向へ。ある目的地に向かう為に、わざわざ<隠密>まで使って移動を開始する。
何のためか。――確証は無い。ただ、このヘロヘロ状態で宿屋に戻ってしまったら何か良くないことが起きそうだから別の場所へと向かう。
オレが姿を消したことに気づかず鍛錬を再開した三人を尻目に、こっそりひそひそと朝の町へ繰り出した。




