85.それとこれとは話は別
* * *
「やや!? 遠くのほうで大爆発が!!」
「余所見をしない!!」
「申し訳無いのであります!! つい!!」
防御型ゴーレムとの交戦を続けているコロロとニーア。
蛇腹剣を振るい、衝撃を与え、雷撃を与えている二人の目の前には、依然健在なゴーレムが佇んでいた。
二人の攻撃はゴーレムにほとんど効いていない。
しかし、防御に特化したゴーレムの攻撃もまた、二人には決定打を与えてはいない。
「膠着状態。ゴーレム相手にこれは非常に不味いであります」
「ええ。分かってるわ」
二人は軽く呼吸を乱しながら武器を構えている。
膠着状態。それは、生き物対生き物ならばお互いに同じ条件を保っているのでそこに優劣は存在しない。
しかし、今の相手は生き物ではない。燃料さえあれば無尽蔵に動いていられるゴーレムだ。
そしてその燃料とは魔力。ならばその魔力が尽きれば動作を停止するのもゴーレムの特徴ではある。
だが、このゴーレムは普通のゴーレムではない。アーサーが天使とも呼んだ使徒が作り出したゴーレムだ。
数十人の魂を内包したゴーレム。それはこの世界では異質なゴーレムであり、魂があるからこそ半永久的に無尽蔵で動く異常なゴーレムだ。
ニーアもコロロもその異質さを根本では理解はしていない。しかし、本能ではそのことを感じ取っている。燃料切れは狙えないだろうと。
このゴーレムはギルガゴーレが生み出したただの雑兵。そんな事も知らずに、二人は目の前の存在をこの状況において最大の脅威と思いこんでいる。
騎士型ゴーレムや重装甲ゴーレムは、この場にいる全員を簡単に葬り去ることが出来る。だが、その存在を知らぬ者達が、その脅威を知ることは決して無い。
だからこそ、この場に居る者達は目の前の勝てるかもしれない敵を相手に奮闘している。
真の脅威を知らぬまま。この場の状況がルナトリックの采配で生み出されたと、誰も知らぬまま。
「ゴーレム戦の基本は力の供給源たる核を壊すか、全身の破壊であります」
「ええ。先程の脆いゴーレムは破壊でよかったわ。でも」
「こっちの硬いゴーレムはそうはいかないでありますね」
二人の攻撃は防御型のゴーレムに一線の傷さえつけていない。
二人は打開策を考える。幸い、目の前のゴーレムは積極的に攻撃を仕掛けてこないから思考する時間はある。
仮に攻撃してきたところで防御に特化したゴーレムの攻撃が当たるわけは無い。しかし、それはスタミナが続けばの話だ。
いずれは疲労が身体の動きを鈍らせる。その事を二人は理解している。
だから、勝つための手段をにらみ合いながら考える。
* * *
「全然割れませんね」
「でもヒビは入ってるんだ。いつかは壊れる」
氷の魔法と火の魔法を操る二人は、目の前の黒く煤けて赤熱しながら全身にヒビを走らせてるゴーレムを見ながら淡々と話している。
「あはは!! 凄い、凄いよ!! こんなに命をひりつかせながら回避をするのは始めてさ!!」
「ですです!! 私も全身ひりひりしながらこの頑丈な盾で攻撃をいなしてます!! なんだか成長してる気がします!!」
前衛二人はというと、赤熱ゴーレムの殴りや叩き付け、振り回しを興奮気味に回避していた。
「マールはゴーレム熱くて火傷してるだけなんじゃなーい?」
「大丈夫だソーキス。二人には事前に熱に対するエンチャントをかけてあるからあの程度の熱で火傷なんてしない」
「サンカすごーい」
「ふへへ、照れる」
「持久戦は覚悟してましたけど……本当に長丁場になりそうですね」
「マールとシーカが持ってくれれば良いんだが……あれは大丈夫だ。多分徹夜してでもやるんだ」
「マール!! ここで鍛えてあの男の鼻っ柱をへし折ろうじゃないか!!」
「ですです!! 絶対にイキョウさんに一撃入れて見せます!!」
「「<身体強化>ぁぁぁあああああ!!」」
「ふへー脳筋だー」
そんな脳筋振りを発揮している前衛を他所に。
「セイメアふかふか」「むにむに」「あったか」「ふわふわ」
双子はセイメアに抱きついてその身体を堪能していた。
その双子の行為に対して、恥ずかしそうに頬を赤らめながらセイメアは尋ねる。
「あの……リムリムさんリスリスさん、魔力の供給は……」
「ちゃんとやる」「でもつかれる」「いまはおやすみかいふくちゅう」「おわったらがんばる」
「えっと……よしよし……頑張ってください……です」
「あったかい」「ヤイナみたい」「でもセイメアはじゅんすい」「ヤイナちょっとえっち」「でもセイメアが」「いちばん」「「えっち」」
「エッ……!? はぅ……どうして……」
双子に身体を堪能されながら両手で顔を覆い隠し、真っ赤になるセイメア。
そんな光景を後ろに、シアスタとサンカは魔法を放って作業を進めた。
* * *
オレとソーエンの出会いは最悪――――――。ちげえわ、こんなタイミングでそんな回想する?
やり直そう。
拝啓、適当な誰かへ。
オレは今、海で水死体のようになりながら漂っています。
原因は、ソーエンが奥義をぶっぱなした直後にギルガゴーレが『ギギギ、自爆シークエンス……』とかほざいてその身体ごと大爆発を起こしたからです。爆発寸前に皆を庇うように大盾でガードしたので死にはしなかったのですが、HPがもうほとんど残ってません。オレは今瀕死です。
その爆発で島は消し飛びました。オレの視界も消し飛びました。気づいたら海に浮かんでました。ギルガゴーレ戦が終わったので仮面は外してます。皆もそうしてることでしょう。
「皆大丈夫!?」
海面に漂うオレの頭上から光が降り注いだ。
ああ、女神の声がする。どうやら家の女神は無事だったようだ。
心配している女神の声に答えねば。
「なんのこれしき」
水死体さながらの体勢から顔だけ上げてラリルレに無事なことを伝える。
その視界の端では、ソーエンとヤイナもオレと同じような姿勢をしながらラリルレの言葉に答えていた。
因みにこの二人は、オレがガードする瞬間にオレの背後に隠れてオレごと盾扱いしやがったからオレほどダメージは受けていない。……というかほとんどダメージを受けていない。
全員予想通り皆仮面を外していた。ナトリはいつもの仮面に戻っている。
でもそんな事より気になる事がある。
「逆にラリルレは大丈夫だったのか?」
「我輩のことは無視であるか?」
オレは、目の前でナトリに抱えられているラリルレに問いかける。
ナトリはどうやってか水面に立ってラリルレを抱えていた。まあ、なんかの魔法を応用して立っているんだろう。見たところ怪我もしてないようだし、なによりナトリだから心配する必要は無い。
「私は大丈夫だよ!! 爆発する寸前にルナちゃんが守ってくれたの!!」
「マジか……」
「「「ありがたやありがたや」」」
ラリルレの言葉を聞いたオレ達三人は拝むようにナトリに感謝をする。
ありがとうナトリ。ラリルレを守ってくれてありがとう。
「ふはははははは!! 通常ならば何故貴様等を庇わなかったかと問い詰められるべきであろう!!」
「あんな事になるなんて誰も予想できなかったからしゃーない。寧ろラリルレを守ってくれたお前には感謝しかないわ」
「私ね、爆発する寸前に皆を<ホーリープロテクション>で囲んだの。でも……キョーちゃんが怪我しちゃった……」
ああ、ラリルレのおかげで爆発の威力が軽減されたのか。だから被害はオレだけで済んでるんだな。
ラリルレはあの終局場面で多大なる功績を上げたってのに、オレが怪我しちまったせいでしょぼんとした顔をしている。
「おいバカ。お前のせいでラリルレがしょげている。早急に謝罪しろ」
「ッスッスー!! パイセン謝って!!リルリルちゃんに謝って!!」
……ふざけんなよ、オレを盾にしたやつらが文句言ってきやがったぞおい。
「は? お前等がまずオレに謝れよ。特にそこのクソフード、てめぇのせいで爆発起きたんだかんな?」
「あの爆発は止めをさされることが発動のファクターのようだった。偶然俺が止めを刺したから俺が原因のように見えるが、その実誰が原因になってもおかしくなかったことをその欠陥脳味噌に叩きこんでおけ」
「そんなことどうでもいいんスよ!! まずリルリルちゃんに謝ってから喧嘩して欲しいっス!!」
「ハッ……。ラリルレごめん!! 見て見て!!オレめっちゃピンピンしてるから!! いえーい!!」
ナトリの腕の中でしょぼんとしてるラリルレに向かってオレは全力の笑顔をしながらピースをする。
こんな怪我どうってこと無いってことをラリルレに見せ付けなきゃな。
…………内心は全然違います。クソほど痛いです。全身の筋肉が断裂して骨にヒビが入ってるんじゃないかってくらいの激痛が走ってます。
「それほどの怪我をして良く動けるのであるな。常人ならば痛みと死の這いよりによって発狂しているところであるぞ」
ナトリは何か言ってらっしゃるけど、含んだ声で言ってるから良く聞こえないわ。
「キョーちゃん……どうする?」
海面に佇むナトリに抱えられているラリルレは、今すぐにでも回復してあげたいといったような顔をしながらオレを見てくる。
「んー、とりあえず現状維持で」
そんなラリルレを前に、オレは回復を断った。
少し前からオレはラリルレに一つのお願いをしていた。
内容は『オレが指示するまで回復はしないで欲しい』というものだ。
これは奥義の力を引き出すタイミングをオレが図れるようにしたくてお願いしたもの。元々はゲームのときにもお願いしていた事だけど、ユーステラテスの一件を経てこの世界でも改めて同じお願いをしていた。
「……大丈夫? キョーちゃん」
「けっけっけ、ラリルレ。オレって痛み感じねぇんだ……、それどころか感情もない。喜び?楽しい? それって生きる上で必要なのかな?」
「うっわ。厨二臭いセリフっスね」
「わりぃ、感情無いからお前の言葉なんて何とも思わないわ」
「バカ」
「わりぃソーエン、感情無いんだわ」
「アホっス」
「わりぃヤイナ、感情無いんだわ」
「イキョウ者」
「……ソーエン、感情無いっつってんじゃん」
「バンダナ最高に似合ってないっスよ」
「……」
感情の無いオレは無言でヤイナに掴みかかる。
感情無いけど、オレは今最高に怒ってるぞ。いや、感情無いけど。
「っざけんなこら!! もういっぺん言ってみろてめぇ!! 感情無い!!」
「ありまくりじゃないっスか!! やめ、やめてっス!! 揺らさないで!!おっぱい零れる!!」
「感情無い!!感情無い!!」
「もはや鳴き声のようだな」
「ふはははは!!」
「んふふ~、キョーちゃんは私を笑顔にしてくれるのが上手だね」
おや? いまクッソ嬉しい事を言われた気がするぞ?
その言葉に反応して、ヤイナから手を離してラリルレを見ると……にこにこでオレを見ていた。
ああ……浄化される。
「パイセンが菩薩みたいな顔になってるっス。ふい~、何とかなったっスね」
「阿呆の阿呆具合に限度というものは存在しないのであるか……くっくっく」
「おい、ホタテだ」
「ふははははははははははははは!!」
「ソーパイセン……。それで笑うナトナトも大概だと思うっスよ?」
なにやら周囲が騒がしい。しかし、そんな事はこのオレには関係ない。
ふぅ、怒りを持つって愚かな事なんだな。
悟りを開いて愚かな行為をやめたオレは現状に目を向ける。
そこではナトリが大笑いを上げていたけど、まあこれはいつものことだから別にどうでも良いや。大方ソーエンがなんかやって笑わせたんだろう。
「これにて一件落着……な気がしないんだよなぁ」
「なるほどっスね。だからパイセン回復しないんスか」
ヤイナはオレがいつでも戦える体勢を整えていることを理解したようだ。
ギルガゴーレは倒した。確かにちゃんと倒しきった。でもオレの経験と叛徒としての感が言っている。『何か嫌な予感がする』と。
なんだろう、もしかしてまだ核持ちがこの土地に封印されてるのか? それとも……なんやかんやあって神がこの場に現れるとかか?
核持ち、基使徒を四体も倒したんだ。そろそろ神と呼ばれる存在との邂逅があってもおかしくないはずだぁ……。
「イキョウ」
ソーエンはオレの名を呼んでくる。これが意味するのは、オレに対する問いだ。
それにちゃんと返事をしてやろう。
「ギルガゴーレの一件は終わったけどまだ変な感じがある。まるでこの件が終わっていないような、その続きがあるような。もしかしたらだけど、実は――」
「ふむ、それは我輩が雑魚ゴーレムを浜辺にて待機している者共にけしかけているせいであるな」
ナトリはオレの言葉を、わざとらしく遮るように言葉を発する。
そんでもって、ナトリの言葉を聞いてオレは納得する。なるほど、オレの考えは間違いだったって事か。
他の核持ちがこの土地に封印されても居なければ、神が現れる訳でもない。本当にギルガゴーレの一件がただ終わってないだけ。――――――は?
「お前今なんつった?」
「阿呆の脳味噌でも分かるように説明しよう。我輩は子供等とセイメア、騎士共を鍛える為に雑魚ゴーレムを浜辺に流したのである。ああ、太陽の恵みもであったな」
ナトリが言っている言葉の意味は分からない。こいつが何を考えてるのかが分からないなんて今に始まったことじゃない。
それでも無視できない言葉があった。
「……ナトリ、てめぇなんでそんなことしてんだよ」
「阿呆よ、感情が無かったのではないか?」
「無い訳無いだろ、こちとら今はただの小市民だぞ」
「ふははははは!!笑わせる!! 馬鹿も黙ってそのような眼を向ける出ないわ。貴様等の疑問には答えてやろうではないか。それが探求者としての勤めだ」
ナトリは尊大に笑っているが、オレとソーエンの眼は笑ってない。
オレ達は決してナトリを疑って居る訳ではない。こいつは本当に大事な仲間だ。心のそこから大事にしている。それはお互いに、だ。
だからこそどうしてシアスタ達をそんな危険な眼に会わせてるのかが分からなくてオレ達はナトリだけを見る。睨んではいない。真意を探りたくて見てるだけだ。
そのことをナトリも分かっているようで、オレ達の疑問に対して答えるべく口を開いた。
「奴等は強くなろうと努力をしていた。ならばその手助けをするのが先駆者としての務めである」
「ねぇねぇルナちゃん。ルナちゃんはシアスタちゃん達がゴーレムを倒せるって信じてるってことでいいんだよね?」
「ふははははは!! 信じているのではない、確定なのである。我輩の頭脳を舐めるでない」
……なるほど。どうやらナトリはシアスタ達が強くなる為の手伝いをしたかっただけのようだ。
「……いや、それでも納得できないわ。ちょっと今から大急ぎでシアスタ達のバックアップにしに行くわ」
「阿呆よ、その必要は無い。これは奴等のためである。そこに貴様が介入しては純然たる成長に害を与えてしまうではないか」
「んー……ナトリ、もっと分かりやすくいって? その説明じゃ何が言いたいのかがちょっと分からない」
「あの者等にとって我輩達はセーフティのようなものである。そこに居れば大抵の事をはどうにかなってしまう。そのような状況で戦うなど、ぬるま湯に浸かっているようなものだ。あの騎士共々な」
ナトリの言い回しは、オレ達以外が聞いたら理解し辛い言葉だろう。でも、自分達の力を知ってるオレ達だけなら理解できる。
ナトリが語ることの意味は分かった。ようは、オレ達が居ることで戦いに命のやり取りが生まれないってことだろ?
オレ達が居ることで、あいつらはどんな絶望的な状況になっても危なくなったら引いて良いし、自分達が逃げたところで後にはどうにかなるから必死に闘う必要が無いって言いたいんだろ。確かに強大な力を持つ者に一生懸命立ち向かってこそ得る事は沢山あるのかもしれない。オレは逃げ推奨派だけどな!!
でも、そっかぁ。ナトリはナトリなりにシアスタ達に鍛えようとしてるんだなぁ。
この気持ち、ソーエンなら分かってくれる。だからオレは名前を呼ぶ。
「なあ、ソーエン」
「ああ、イキョウ」
オレとソーエンは二人で顔を見つめあいながら同じ事を思っている。
「ほう? 阿呆共にしては聞き訳が良いであるな。助けに行くとのたまうものならば、甘さと優しさを履き違えるなと言おうと思っていたのであるが……その必要は無いようである」
「パイセン達はちゃんとシアシアちゃん達の成長を願ってるんスねー。ナトナトの手法は鬼過ぎて若干引いてたっスけど、パイセン達が認めたならあたしは何も言わないっスよ」
「ラリルレ、お願いがあるんだけどさ。ナトリから降りてくれない?」
「え? うん……? 分かったよ!! ヤイヤイちゃん受け止めて!!」
「ぐっへっへ、リルリルちゃんかもーん!!」
ラリルレはナトリの腕から飛び降りてヤイナの胸に飛び込んだ。
ヤイナはというとキャッチしたラリルレを抱き締めて激しく頬ずりしてる。……その上ではロロが無関心そうにぷるんぷるん揺れていた。
「ふむ? ……何故阿呆と馬鹿は我輩の足を掴んでいるのであるか?」
「それはね? ナトリ。お前に対してどうしてもやらなきゃいけない事があるからなんだ」
「ああ。あいつ等の事を思ってやったお前の行いに対して、俺達はどうしても伝えなければならないことがある」
オレとソーエンは、海面に立っているナトリの足を掴みながら話す。
それはもうガッチリと掴んだまま話す。
「ふむ……なるほどな。貴様等、言葉とは裏腹に内情は――」
「うるせぇこのド外道野郎が!! いきなりあのゴーレムぶつけんなァ!!」
「経験するにしても段階があるだろがッ」
オレ達二人は勢い良く腕を引いて、力いっぱいナトリを海に引き摺り込む。
確かにそういうことを学ぶのは大事だろうけど、そんな急にあんなゴーレムぶつけるなんてやりすぎだろが!! 段階どんだけすっ飛ばしてんだこの塩ニンニク!!
「ふははははは!! 我輩を海に引き摺り込んだところで<人魚のブレスレット>がある限り地上となんら変わらな――」
「<ロープバインド>」
「……これでは泳げないではないか」
オレのロープバインドによって海を漂うだけの藻屑となったナトリは反論してくる。
別にナトリを拘束して海に放置したいわけじゃない。今からオレのすることに邪魔をして欲しくないから拘束してるだけ。
その拘束もナトリ相手では長く持たないだろう。
「ソーエン!! 勢い付けたいから蹴りお願い!!」
「ああ、任せろ」
「そうは行かないのであるな」
「ゲッ!! もうコイツ拘束といてやがる!!」
「阿呆の矮小な縄など我輩の力を持ってすればあぶくにも等しいのである」
オレの拘束をいとも容易く解いたナトリはオレとソーエンの前に立ちはだかってくる。いや、海中で立ち泳ぎ塞がってくる。
どうやら自分の教育カリキュラムに相当邪魔を入れたく無いようだ。
「墓守だけならば見逃すが、貴様等は通さないのである」
「墓守いねぇと思ったらあっち行ってたのかよ!? いやグッジョブだけどよ、仮にもオレが主人なんだから黙ってどっか行くのやめてよ!!」
「細かい事はどうでもいい。そこを通せ、ナトリ」
「勘違いするでない。これは奴等のためではなく貴様等の……いいや、貴様の為を思って行っていることだ。邪魔をするのならばここで本気を出そうではないか」
ナトリはそう言うと持っている杖をしまって装備を変更しようとしていた。
ナトリの本気……。それは非常に不味い。こんな所で開戦したらお互いただじゃすまないぞ。
「…………ナトリ。一つ良いか」
「なんであるか?」
「お前がそんな本気を出してオレ達を止めるほど、シアスタ達に肩入れしてくれてたんだな」
ナトリのとった手段はアレだけど、そんな本気を出してまでオレ達を止めようとしてくるだなんてな。そんなにしてまでシアスタ達の強くなりたいって思いを尊重してくれてるんだな。
「そうであるな。そのことは決して間違いではない。何より、阿呆共が大切にしている存在ならば我輩もそれ相応の扱いをするのが当然であろう」
「ナトリよ、お前が仲間で本当に良かった」
ソーエンはナトリの肩に手を置いてそう言う。
「うん。オレもそう思うよ」
オレもナトリの肩に手を置いてそう言う。
「だがな」
「それとこれとは」
「「話が別だ」」
そしてオレ達は肩に置いたままの手に目一杯力を込める。
肩を入れ、腰を捻り、海底目掛けて腕を振り下ろし、全力でナトリを海底へと送り出した。
「ふはははははは!! やはり阿呆共は――――」
ナトリは沈み際に笑いながら何かを言ってたけど、すぐにその声は聞こえなくなっていった。
やる事はやった。一旦海面に浮上しよう。
邪魔者を排除したオレ達は海面から顔を出して次の行動に移ろうとする。
「っス? ナトナトどこ行ったんスか?」
「「海底散歩」」
「んふふ~、ルナちゃんってふぃーるどわーく? 大好きって言ってたもんね。お散歩大好きなんだろなぁ」
「こんな真っ暗な海歩くとかやっぱナトナトも頭おかしいっスね」
ヤイナ達の納得も得られたことだしさっさと動くか。
「ソーエン!!」
「ああ」
オレの合図と共に、ソーエンが海中でオレを蹴り上げて宙へと打ち出す。
それと同時にソーエンは<空歩>を使ってオレと同じ高さまで跳んできた。
「相変わらずパイセン達は阿吽っスね」
下からはヤイナの言葉が聞こえてきた。けど、それももう聞こえなくなるだろう。
オレはパーティを抜けて、あの漆黒の二刀を装備しスキルを歪める。
「行け。俺もすぐに追いつく」
「あいよ、<隠密>――――<叛逆の意思>」
オレは即座にパーティから離脱して奥義を発動する。それは最大限に勢いをつけるため。ソーエンの回し蹴りの勢いを最大限に活用する為。
オレの現存HPはなんと残り10パーセント。最大効果は引き出せないにしても、25パーセント以下の範囲に入ってるから全ステータス2.5倍のバフが入る。
だからそのバフの効果が乗った状態でソーエンの回し蹴りを踏めば相当な勢いで飛べるって寸法だ。
高速で射出されたオレの背後では、踏み込みの勢いに負けて回し蹴りを弾かれたソーエンが海に着水する姿が見えた。
パーティは無断で抜けた。漆黒の一振り、サンジャシャのおかげで<隠密>の効果は歪んでいるから、ラリルレとヤイナに奥義を使った事はばれない。
これでオレの全力が出せる。さあ、ハントの時間だ。