81.ゴーレガーディアンズ
なんと言うことでしょう。
回避を終え、広大な地面に到達したオレ達。
その目の前には無残にも崩れ去っている雑魚ゴーレムと、あちこちに小さなヒビが入って倒れている巨大なギルガゴーレの姿しか映ってない。
理由は単純明快。地面に落下した衝撃でこの惨状は生まれた。ゴーレムは衝撃属性の耐性低いからな。そりゃあんな上空から無防備に地面に叩きつけられればこうなるわ。
でもあれほどの衝撃でもギルガゴーレは壊れていなかった。やっぱボス格はそう簡単に行かないか。
「くっくっく、予想外の事態が起こるとは思っていたが、まさかこうなるとはな」
ヤイナを抱いているオレの背後から、ナトリが近づいて来る。
ソーエンとラリルレ、頭に乗っているロロもそれに続いて寄ってきた。
ダウンしてたあっちの二人は回復魔法で酔いを治したのか。
それにしれっとあっち組みは仮面を装備してやがる。ラリルレとソーエンはいつものを、ナトリは……見た目全然変わんねぇわ。
「あれ? そういやお前酔いは?」
「――パイセンへの愛で吹っ飛んだっス」
「愛か、なるほどなぁ」
抱きっぱなしのヤイナはオレの耳に囁く様に言ってくる。悪くはないが、最高ではない。
……ん? 言うほどなるほどか?
「ナトナト、イカちゃんはどうしたんスか?」
なるほどの理由を考えながらヤイナを降ろし、二人して仮面を装備する。と同時にヤイナはナトリに尋ねた。
ヤイナの仮面はキャハーって笑顔の顔文字が描かれてるシンプルな仮面だ。
「落下が始まる直前に解除しておいたのである。地上戦において奴の生態は邪魔以外の何者でもないからな」
こっちは本当になるほどなぁだ。
ロッククラーケンって海中じゃないと自重に耐えられなくて動けなくなるもんな。そんなのを残しておく意味は無い。
本当はあいつにも役割があったんだけどな。ヤイナが<グラントグラウンド>を完了しきるまでの時間稼ぎ要因っていう重要な役割が。
でもそれも、ヤイナの頑張りのおかげで必要なくなるという結果に終わった。
「愉快、実に愉快だ。我輩が想定していたものよりも遥かに楽しいぞ!! フハハハハハハハハハ!!」
ナトリは大満足のようで、歓喜の大笑いをこの静かな夜の島に響かせている。
「笑うは後にしろ、まだ終わってねぇんだからな」
「セオリー通りに行くのならば長期戦は免れないな」
そう言ってソーエンはギルガゴーレに目を向ける。前方に倒れているギルガゴーレは、巨体と質感が相まってまるで岩で出来た丘だ。
そして、ソーエンの言ってる意味は一々見るまでもなく分かるんだよなぁ。
でもって、目を向けてみてもやっぱり分かる。落下直後からもう再生は始まってるんだもん。まーたコイツも再生持ちだよ。
まあ、予定では<グラントグラウンド>を使った後は大量のゴーレムとギルガゴーレをまとめて相手にする予定ではあったから、現状は良い方向で予想外の事態だ。雑魚ゴーレムは一掃出来たからな。
今攻撃を仕掛けても良いんだけど……。目的の胸部にはヒビが一切見当たらないから無策に仕掛ける意味は薄い。
海中でも、ソーエンの攻撃を受けて胴体部の表面がへこむか崩れるかだけで終わったから相当な硬さだ。あの巨大なギルガゴーレ胴体部が万全の状態から奥義を使ったところで核までは到達しないだろう。
今重要なのは胸部の装甲剥がしと核の位置の特定。
まずは巨体の中にある小さな核。それを見つけない事にはあいつを倒せない。
「さて、やるか。ソーエン」
「ああ。ここからは俺達の仕事だ」
作戦の第一段階は終了した。
後はオレ達だけで十分。
「じゃ、あたし達は予定していた、雑魚ゴーレムの排除をするっスね」
「新たに召喚されるまで我輩達は待機しているだけであるが」
「キョーちゃん、ソーちゃん。頑張って」
オレ達はもう勝ちを確信している。そしてそれが揺らぐ事はない。
だから二人で歩き出す。
「ッス? ナトナト? 何する気っスか?」
「なに。ゴーレムの素材を回収しておこうと思ってな」
後ろから気になることが聞こえてきたけど、ナトリなら何か調査する為に素材を回収するつもりなのだろう。
だからオレ達は気にせず歩き出す。
「イキョウ」
「あいよ。<生命感知>」
オレは歩みを止めずにギルガゴーレをスキャンする。
それを感じ取ったのか感じ取っていないのか、ギルガゴーレは身体を唸らせて再起動を始めた。
「ギギギ、サイドフメイ。イジョウタンチ、ブンセキフカ。ギャクタンチ、エラー、ゾッコウ、エラー、ゾッコウ、エラー―――――」
深く、もっと深く。流れる魂の起源を、あいつの中心を探るんだ。そこに核がある。
荒れ狂う魂のなか、オレは潜りこむように探る。
そして――。
「ギギギ、ボウエイプロトコルキドウ。ゴーレガーディアンズ、ボウエイジンテンカイ」
「最終ウェーブがもう来たか。ということは……」
「――見つけたぜ。オレがあいつの胴体に傷を打ち込むから、お前はそこを垂直に狙え」
「了解」
ギルガゴーレの足元にゴーレガーディアンズと呼ばれる、騎士の姿を模したゴーレム達が五十体現れる。
これがギルガゴーレ戦最終ウェーブの布陣だ。
本体を守るように展開されたゴーレムの群れと、本命のギルガゴーレ。この布陣は本当に厄介だ。
ゴーレガーディアンズは戦士系プレイヤーレベル二百に相当する強さを持っている。それが五十体もいるんだ。普通ならこの人数じゃ勝てない。
でも、オレ達は七名奈那のメンバーだ。これくらいじゃ負けない。だから雑魚共は背後の仲間達に任せる。
「<パニッシュメントサンダー>!!」
「<常闇は死を運ぶが如く>」
「<ステラストライク>!!」
雷が弾け、闇が濁流し、流星が降り注ぐ。
広範囲の戦術的攻撃だ。でも別にこの攻撃で壊滅を狙っているわけじゃない。なぜなら、本体を倒すまでゴーレガーディアンズは永遠と補充されるから一々倒す意味は無い。
でも、これで攻撃を受けたゴーレガーディアンズのヘイトは背後の仲間に向く。奴等の、ヘルムを模した頭部に開いている横一文字のスリット、そこから覗く円の光は背後の仲間達に向くはずだ。
攻撃を受けて身体にほころびを生じた騎士達の目はオレとソーエンをもう見ていない。
見ていない……。
「あれ?」
……見てね? 具体的にはオレをめっちゃ見てね?
「なんで?」
「ギギギ、ギャクタンチイチブクリア。キョウイタイショウレツゴ。カナラズハイジョシナケレバナラナイノハヒトリダケダ。サイユウセンプロトコルシドウ。セイジャノシンパンテイシ、セキムヘノボウトクシャノハイジョ」
「機械音声が混じっていて何を言っているのかが全く理解できん」
「それな、ロボロボ声辞めて欲しいわ」
「ゴーレクラッシャーズ、コウゲキジンテンカイ」
おや? 見たことの無いゴーレム達が生成されたぞ?
重厚な鎧を模した見た目で、両の手の部分がモーニングスターのようなトゲトゲのついた鉄球になってる。
「ふぅ……やはりこうなったか」
「なにが?」
ソーエンの呆れた声に反応して疑問の声を上げるオレ。
その視界の端では、重厚ゴーレムの一体が腕を構えてオレに鉄球を向けていた。
「やはりイレギュラーは発生するということだ」
「なるほどな。それいつもだからもう慣れ――」
「ハイジョ」
「っぶねぇ!!」
会話してる最中に、唐突に重厚ゴーレムが鉄球を飛ばして来きやがった!!
銃弾のように高速で打ち込まれた鉄球。視界の端に捕らえてたから跳んで回避は出来た。でも、その鉄球の着弾地点、つまりオレがさっきまで立っていた地面は、融解していた。
ドロドロに解けた土がマグマのようになって沸騰している。
「あの鉄球どうなってんだよ!! 普通の鉄球じゃないのかよ!!」
「知らん。だが、このままでは」
「ゴゴゴ、イッセイコウゲキ。ショウヒ、サイジュウテン」
「ゲ!! 鉄球再生成してやがる!!」
オレに鉄球を撃ち込んだ重厚ゴーレムの手には、ボコボコとした黒い塊が発生している。どう見たってあれまた鉄球作ってるじゃん!! しかもよく見ると、鉄球周囲の空気が揺らいでる。どう見たって尋常じゃない熱量だ。
その再生成を待たずに他のゴーレムから無数の鉄球がオレに振りそそぐ。
またマイチェンしやがったなクソ運営が!!
「作戦変更!!ソーエン!!」
「俺の銃を舐めるな」
ソーエンは二丁拳銃の速射で、オレへ向かってくる全ての鉄球を撃ち落す。
頼りになるぜ、相棒。でもな。
「ゴゴゴ、ニシャメ」
今のは片手の分の鉄球。次は残った分のもう片方の鉄球を打ち込まれた。
「ヘルプ、ソーエン!!」
「再充填が始まっているな。標的はお前のみだ。任せろ、全て撃ち落す。そこを動くな」
「ソーエン♡」
「誤射してしまいそうだ」
「洒落にならないから黙っておくわ」
「お前は策を練っていろ」
「へいへい。墓守も戦いに参戦してくれない? 騒がしいから出て来たくないかもだけど、今は主のピンチだよ」
オレの言葉に影からの反応は無い。
「墓守、お前……。いつの間にか離れやがったな」
途中までオレの影にいたはずなのに、どっかに行きやがった。海の闇にまぎれて姿を晦ましやがった。つくづく命令に背きやがるイケてる騎士だな。
まあいいよ。今は別にお前の力が絶対に必要って訳じゃないし。
重厚ゴーレムの対処はソーエンに、ゴーレガーディアンズの対処はラリルレ達に任せて、オレは一人思考する。
ゴーレム達がどうしてオレを狙う理由を考える? 違うね。どうやったら勝てるかをだ。
鉄球、騎士の歩み、魔法の銃弾、雷、闇、彗星が飛び交う戦場の真っ只中でオレは突っ立って思考をする。
……アーサー、お前の言葉って本当に信じて良いんだよな?
そんな疑いを持ちながら。