76.勇者達に賛辞を
「大丈夫なのかこれ……未来変わるんじゃねぇの? お前やらかしちゃった可能性あるぞ」
「元々話す予定が無かったところに僕が無理を言ってねじ込んでもらったんだ。これくらいなら大丈夫だってダッキュが言ってたよ。元々僕が教えようとしたことも、キミが後々知る事だから問題ないはずだしね」
「未来見た奴の予定に無いことを無理矢理ねじ込んでそれでも大丈夫って……もう未来複雑すぎて訳わかんねーよ」
未来見た奴が大丈夫って言ってんなら大丈夫なんだろうけど……鶏が先か卵が先かの哲学が今現実で突きつけられている気分だ。
未来を知ってるから過程が弄れるのか、全ての過程を知ってるから未来を変わらないものに出来るのか。いやこれどっちもか? 鶏と卵が同時に誕生してんのか? ってかそもそもオレの例えはあってるのか? ぐぅ…短時間に色んな情報が詰め込まれすぎてオレの脳味噌がオーバーヒート起してやがる。
もう考えるのは止めよう。目の前のアーサーと向き合おう。
「でも、これだけは言わせて欲しい。……ごめんね、イキョウ君」
もー、なんなんだよぁ。また勇者が涙を頬に伝わせながら、真っ直ぐオレを見て言ってくる。
向き合ったらこれかよ……だからそれやめろって。謝るくらいならそもそも呼ぶなって。だからオレはもう何も言ってやらない。
「本当に……ごめんね」
勇者はまた謝ってくる。でも、それでもやっぱし何も言ってやらない。
そして……時間が来てしまったようだ。アーサーがここを去る時間が。
草原が白み始め、それと共に勇者の姿が霞み始めていく。
「……」
勇者は涙を流してただうつむきながら消え始める。
ここがこの世界と勇者との今生の別れだ。コイツだけが自分とその仲間の記憶を持っている。この世界に存在してたんだって事実を知っている。お前が消えたらもう誰もお前達を覚えていない。
アーサーの消失が、勇者達の本当の死だ。本物を知るものはもう誰も居なくなる。
……あーもう!!
「お前がオレに伝えたかったことってなんなの!?」
「言えないんだ。だから謝るしかないんだ。この気持ちを伝えたくて僕はここにいる。僕にはその責任がある」
「責任感じてるなら言えや!! ってか罪悪感あんなら泣くな!! それがオレに対する最大限の贖罪だ!! だから泣くのは止めろ、止めて、止めてください。お前等がこの世界に居たって事はオレが覚えてる。オレが知ってる。だからお前は笑いながら安らかに眠りやがれ!! ってか笑って? それでお前の謝罪を帳消しにするからさぁ……頼むよぉ」
お願いだから泣くのを止めてくれ。オレの前でお前みたいな奴が涙を流すことをしないでくれよぉ。
「――――イキョウ君、キミは」
「そのうじうじした態度やめろ」
「……ごめんね」
思わず口にしそうになった勇者を、オレは止める。
お前が謝る意味はなんとなくは分かってたさ。だってお前の涙はそういうことだろ。
でも、消え行くお前が口にして良い事じゃない。口にしたらお前の涙は止まらなくなる。お前はそんな事忘れて安らかに眠ってろ。
「それより墓の場所は何処がいい? やっぱり生まれ故郷のシャーユ?」
「あり……がと……。本当に、ありがとう」
オレが話しの矛先を変えようとしたら、今度はアーサーが噛み締めるように感謝をしながら泣き始めた。アレは嬉しさの涙だからセーフ。
「…………出来ればカフスの居る町がいいな。そこで昔みたいに皆一緒に居たい」
「じゃあアステルの墓地にでも埋めてやっから覚悟しとけ」
「アス、テル……? そっか……カフスはその名前は忘れなかったんだね。魂のどこかでは覚えてたんだ」
アステルと聞いた勇者は、一人嬉しそうな顔をしている。
泣きながら、それでもその涙を忘れて笑ってる。それでいいよ、そうやってお前は消えて行ってくれ。
「アステルって言うのはね、僕たちのパーティの名前だったんだ。本にも記されていない、僕たちだけの特別なパーティ名。理由は、『明日』も希望を抱いた人々の笑みが『照る』。だからアステル」
「素敵な名前じゃん。ネーミングセンス化け物かよ」
「皆で考えて、皆でつけた名前だ。本当に大事な名前だったんだよ。そっかそっか、僕たちの名前が残っててくれた。嬉しいよ……ありがとう、カフス」
勇者はまた泣き始める。その涙は悲しみの涙じゃない、喜びの涙だ。だったらオレは大丈夫。
「是非そこに埋めて欲しい。皆……喜ぶよ。絶対によろこぶ」
泣きながら、嬉し涙を流しながら勇者はオレの手を取ってくる。その、今にも消えそうな手で。
「あいよ」
だからオレは一つ返事をする。
「ありがとう」
そして勇者も一言お礼だけを言う。もうオレにごめんを言う事は止めたようだ。
「イキョウ君……キミは強いね」
「レベルクソたけーしな。武器も良い物持ってるし」
「そうじゃないけど……」
「いいか、オレは仲間の中で最弱だ。力だとか、能力だとか、そんなんじゃない。オレは正真正銘のポンコツなんだ。だから強いって褒めたいならオレの仲間達を褒めろ。多分オレがいなくてもあいつらなら世界を救える。オレはマジで必要ないくらいに、全員より弱い」
オレが勝てるのなんて、逃走力とこの目くらいだ。……ソーエンだけは別だけどな。
「そんなことないよ。キミだから世界を救えるんだ。力だけの強さじゃない、異質な強さがキミにはある」
「ほむほむへいへい。こんなお世辞の問答はいいよ。お前は今散り際なのを自覚しろ。遺言とか聞いてやっから」
「え? 遺言? えっと……うーん……。もう……無いかな。お墓で皆で眠れるだけで十分だよ、これ以上の事は無いよ」
「贅沢言うならタダだぜ、子孫とかに言うこと無いの? 産まれた側の記憶無いだろうけど、ってか大昔のこと過ぎてなんのこっちゃだろうけど一応伝えてやるよ」
「僕たち忙しすぎて皆子供とか居なかったしなぁ……」
「でもお前彼女いたじゃん。やることやってんだろうし、ワンチャンお前が認知してないだけで子供居るかもしれないだろ」
話のどこかで出てきた娘。助けた後にちょくちょく話すようになって、お互いに好きになって行ったとか。
「……いやぁ。そういわれると……恥ずかしいなぁ」
「もじもじすんなぁ!! もしかしたらもしかするかもしれないし、一応何か言うこと無いの?」
「イキョウ君、良く考えてみて。僕たちの記憶が消えたって事は、恋人も僕のことを忘れてるって事だよ? ということは、知らないうちに子供を授かっていたってことになるんだ。それは単純に考えて怖くない?」
「おぉぅ…それは怖いわ…」
「それにそうなってたら僕は無責任な父親ってことになるしね。やっぱり何も言えないよ」
「何か……ごめん」
「キミが謝るようなことじゃないよ。それにね……僕はアステルで眠れることが嬉しい。きっと皆もそう思ってるよ。だからもうこれ以上は何も望む必要が無いんだ」
「そうかい。じゃあ、達者でな」
「最後はなんか面白い空気で終わっちゃったね。しんみりなんて忘れちゃいそうになるほどに」
そう言って勇者は笑う。
意図せずこうなったけど、これでいいや。しんみりするより、泣かれるよりずっといい。
「……最後に。やっぱりごめんね。キミに全部押し付けてしまった」
涙は流さず、それでもやっぱりアーサーは謝ってきた。もうこの問答は終わったんだよ。掘り返すんじゃない。
「何度繰り返すんだよ、未練がましすぎんだろ、化けて出ちゃうよ? いいんだよ、オレはなんとも思っちゃいないんだから。皆が笑っていられるならそれでいいだけだから」
「……やっぱりキミは異質だよ」
「正道の誇りがあるなら、オレは邪道の矜持だ。思いは違うだろうけどお前等も似たような事したんだし、今更お前がオレを否定する事なんて許さないからな」
「あはは…、まさかキミに謝ろうとしたのに励まされるなんてね。……やっぱりキミは僕と似てるよ。ありがとう、未来の勇者」
「勇者じゃない、オレは叛徒だ。ただ理不尽へ対して反逆の狼煙を上げるだけだ。だから神も殺してやるよ」
「そっか、キミは僕じゃないもんね、キミはキミだ。……キミと言葉を交わせてよかったよ。おかげで色々スッキリできた。でも覚えておいて欲しい。僕はキミに許されようと、自分の愚かさを許せない」
「それスッキリしてねぇから。だったらお前も覚えておけ。お前はもう消えるんだからオレに気持ちよく送らせろ。後悔するくらいなら、オレの矜持に免じてお前は幸せに眠っとけ。あとはオレに任せろ」
「……任せてしまっても良いのかな」
「バカがよ、そのために呼んだんだろうが。だったら任せて良いんだよ」
それで、お前が報われるなら。過去から今までずっと頑張ってきた勇者が、アーサーが泣かなくて済むならそれでいいよ。
そして何より世界救わなきゃやべーから、シアスタ達死んじゃうから!!
「……ありがとう。そしてさようなら、後はよろしく頼むね。叛徒のイキョウ君」
勇者は手を差し出してくる。
「あいよ、任された。さよなら、過去の勇者達」
だからオレは手を取る。
「達……キミは最後まで……。よかったね、みんな。僕たちは看取ってもらえたよ。最期を誰かに観てもらえるなんて、僕たちには過ぎた祝福だ」
オレの手を強く握りながら泣いて、一人皆に語りかける。
――――そしてオレを見つめて口を開く。
「キミの行く末に限り無い幸福を」
「あいよ。お前達の行いに最高の賛辞を」
世界のために頑張ってきた奴だ。これくらいは言っやってもいいだろう。本音を言うと、オレさ、お前のこと、多分羨ましいって思ってるからさ。
そして、オレの言葉を聞いたアーサーは微笑む。それが最期の返事だと言わんが如く、草原が、アーサーが、全てが消えて――――後に残るのは石造りの景色だけ。
世界を救おうと抗った勇者達の最後。オレはあいつ等を救えたんだろうか。
いや、救ったさ。アーサーの最期の顔は良い顔だった。多分、この後はあの世の仲間達に会いに行くんじゃないか? 千年もの間一人でここに居たんだから、積もる話もあるだろう。
ま、死後の暗闇は知っててもあの世があるかなんて知らないけどな!! それくらいいい表情だったってだけだ。
でもなぁ……アーサーのやる事は終わったのかもしれないけど、こっちはまだまだ山積みだよ。
そんな訳で、オレは戻って来た風景に目を向ける。
水に満たされた海底ダンジョンの最奥。そこそこ広いけど、なんの装飾も無い部屋。壁と天井と床以外なんも無い。ただ立方体を象っただけのエリアだ。
その中央には細長い台座があり、その上には見慣れた水晶が乗っている。
もう三回見たからすぐに分かる。アレは核だ。『外世界の七使途』の心臓と言ってもいい弱点だ。
……封印解いたけど、まだ何も起こってないな。
蒼い水晶は全くと言っていいほどアクションを起していない。傍から見れば、高値で売れそうな水晶がただ祭られているってしか思わないくらいに何も起きていない。
……これ、ソーエンが来るまで余計なことせずに待機してれば、あいつの奥義でワンパンなんじゃね?
「ギギギ、イマワシキ、カセ、ナクナッタ」
「うお!?」
甘い考えを持っていたオレを見抜いたように、急に声が聞こえる。
低く、それでいて機械音声のような声。
もう絶対こいつしゃべってんじゃん。目の前の水晶起動しちゃったじゃん。
だったら。オレはダガーを握り込み――。
「先手必勝!! <鋭線一陣>!!」
――攻撃力アップと斬撃属性アップ、攻撃速度アップの一刀を水晶に叩き込んだ。
ガランドウルは魔法耐性が無で魔法が通じたからオレが壊した。貪食王とユーステラテスはソーエンの攻撃力でごり押した。
だったらコイツはどっちだ? オレの力で壊せるのか、それとも壊せないのか。弱点を突く必要がるのかごり押せるのか。
それを見極めるべくオレは水晶を見る。手ごたえを感じなかった水晶をな。
せめて傷は付いていてくれよ。そう希望を抱いていたけど……まったく傷はついていなかった。うーん……。
「ギギギ、コレヨリ、シンパンヲサイカイ。コウセイブッシツテンカイ、シュツリョクセイギョ、ケンゲン、ケンゲン」
オレの攻撃を意に介さず、水晶は何かの行動を始めた。
核の表面に段々と小石のようなものが湧き出てきて、それが次々に増殖し始める。放っておけば、すぐにこの部屋を小石によって体積を増やした核が埋め尽くすだろう。
これは……ここに居てもオレに出来ることは無いし…よし――――――――撤退だ
「みんなー!! やべーからチャット出てー!!」
オレは全体チャットをコールして泣き言を吐きながら、必死にダンジョンを脱出しようと全力で泳いだ。




