74.勇者は語る
カフスとコイツ等に繋がりがなぁ。でも考えてみればそうか。カフスもロロと戦ったって言ってたし、同じ時代を生きたもの同士だ。繋がりがあって当然か。
……待てや。この神殿の扉は大昔から閉じられてるはずだ。だったらコイツ等が生きていた時代って何年前だ?
「因みにそれって何時の話?」
「今から千年前だね」
わーお。カフスめっちゃ長寿じゃん。そしてロロもじゃん。これがファンタジー世界の寿命か……。
「カフスとはね、偶然森の中で出会ってね。最初は食べられちゃうかと思ったよ」
「は? アイツってもしかして昔はドラゴンの見た目してたの?」
「そうなの、最初はそうだったんだ。それでね――」
オレの疑問にさらっと答えて、ウキウキアーサーの話は続くようだ。
「なんで食べられちゃうかって思たかっていうと、そのときのカフスは息を切らしながら森の中に佇んでいてね、お腹すいてるのかなーって思ったんだよ」
……こいつ、天然か?
にしても森の中で息を切らすほどのようなことをする……。そうか、カフスにも欲があったのか。オレはお前の味方だぞ、例えそれが野外派だったとしてもな。
「すぐに、邪神の眷属、ガランドウルを封印したから疲れてたんだって説明してくれたから勘違いは解けたけどね」
…………オレは最初から分かってたよ?
その後、アーサーの口からカフスの事が語られる。
大枠としては、その後カフスと交流を持つようになり、勇者達に興味を惹かれてカフスも同行するようになったとか。
カフスは最初、ドラゴンの姿で同行していたが、後に力を使って人の姿を模したのだとか。同じ目線で、同じ価値観で勇者達と歩ってみたい。そう思ったらしい。カフスらしい理由だ。
勇者から聞くカフスの様子は今と変わらない。それはまるで、オレ達と居るときみたいに楽しそうにしている様子が目に浮かぶ。
でもなんだろう……アーサーの話を聞く度に違和感を覚える。この違和感の正体はなんだ?
「そして、邪神の四天王とも呼ばれる存在を倒した僕達は、ついに邪神ゲゼルギアとの決戦に挑んだんだ」
そこら辺はどうでもいい。四天王の特徴や名前を聞いても別に興味を惹かれるような事柄は無かった。ガランドウルやユーステラテスに抱くような疑問が浮かばない。本当に四天王とかどうでもいいから聞き流した。
その後もアーサーの口から決戦の様子を聞かされる。
思えばここにも違和感がある。さっきまでコイツは出会う人や仲間の話をしていた、それはもう楽しそうに。
でも、今は表情は変わらないながらもほんの僅かに後悔の念があるように話す。まるで自分の行いを悔いているかのように。邪神を討伐した勇者だってのに。
そう思った直後、目の前で語っていたアーサーは、オレの抱いた疑問に対するようなことを良い始めた。
「イキョウ君。僕達はね、とんでもない間違いを犯してしまったんだ」
邪神との決着が付いたことを語り終えた後、アーサーは表情を静めて言う。
「ゲゼルギアはね、確かに全てを滅ぼそうとしていた。でも彼を弱らせて封印するべきではなかったんだ。手を取り合うべきだったんだ。彼こそが世界を滅びから遠ざけていたんだよ」
眉をひそめながら語る勇者の言っている意味が分からない。
「なんで滅ぼそうとするのが滅びから遠ざけてんだ?」
「……キミは水晶のような核を持っている者達と戦ってきたよね」
静かに、ゆっくりと勇者は口を開く。
「あーねぇ……。散々ぱら酷い目に会わされてきたぞ」
「全部、キミと戦ってきた者達以外も全部ね、ゲゼルギアが進行を食い止めていたんだ」
アーサーは今にも語りそうな口を無理矢理止めるように、空を仰ぎながら一人つぶやく。
ただオレはその止めを良しとはしない。こいつは何かを……いや、恐らく全てを知っている。だったら吐かせる。コイツはいい奴だ、無害だし殺したりはしない。
ただ、それはコイツが生きてる場合に限った話だ。
オレは右手にダガーを持ってアーサーの喉元へと突きつける。
「口止めないで続き話せ」
お願いじゃない。命令だ。
「遅かれ早かれこうなることは知っていたよ。でも、ごめんね。全部は話せないんだ。変わってしまうからね」
「変わらずに済めばどうなる」
「……ハッピーエンドだよ」
全部を知ってそうなアーサーがそう言うのか。そっか、そうか。だったら良いよ。オレはその言葉だけで納得してやる。
感謝しろよアーサー。この場に居たのがオレでよかったな。
オレとソーエンは状況の正しい理解よりも、己の納得を優先する人間だ。だったら他ならぬお前の言葉だけで納得してやる。
「そっか、じゃあいいや。答えられる範囲で教えてよ」
直感だけど確信がある。何でそう思ったのか分からない。でも、コイツは未来を知っている。だったら無理に聞いて変わるよりも、このまま知らずに良い結末を迎えるほうが全然良い。
ダガーをしまってオレは再び座りなおす。
「まさかこんなにあっさり引き下がられるなんて、やっぱりキミと言う人間は見ただけじゃ……いや、根本は僕と同じな――」
「勘違いすんな。オレはお前が持ってる誇りとか、皆の為とか、世界の平和の為とかそんな輝かしい矜持は持ってない。必要なら誰だって殺すぞ」
あくまで決めたラインに添ってだけどな。じゃなきゃ悲しむ奴等がいるから。
「そっか。だからキミは……」
「そういう『……』みたいな感傷はいいからお前の話を聞かせろよ。そっちの方が楽しそうで嬉しそうだったもの」
「イキョウ君…キミは本当に…ごめんよ」
なんか急に謝られたんですけど。
「謝罪とかどうでもいいから」
「君達をこの世界に呼んだのは僕達だ」
「いや、なんとなく分かってたから。お前は重い告白をしたんだろうけど、薄々感じてたから」
「ダッキュは視力を代償に星読みの力を使って二十万通りの道を見た。失明してまで見てくれた。その中でも唯一の道だったんだ。だから僕は、僕達はその道を辿る為に全てを賭けた。その為の準備をした。ザンエイとガンマ兄は『魂と本来の肉体、偽りの肉体の融合』を。サタナとイヤセとセプテムは『仮初の物品を顕現させる魔法』を。僕は『異世界の民を呼び寄せる魔法』を」
誰が誰だか全く分からない。
でも、やっぱりコイツ等か。オレ達をこの世界に呼んだやつらは。
「レリックとその弟子達には悪い事をした。彼等が一番尽力してくれた」
レリック……誰だ?賢者か?
「レリックには『魂の変質』を、弟子達には『使者を異世界に送る』を代償魔法を作らせた。色んな人達を犠牲にした。多くの命が、記憶が、存在が失われた……皆…みんな…」
勇者は泣きそうな顔をする。それでも泣かない。泣く事が、その皆への無礼だとでも思っているんだろうか。
「……僕の手は血に汚れているんだ」
そう言ってアーサーは自分の手を見つめる。その表情には明るさなんてものはない。ただただ擦れて切れそうな男の表情だった。
「分かったよ。お前達が代償魔法を使って、ゲームの力を持ったままオレ達をこの世界に呼んだって事は」
「ねえ、僕達は世界を救う為にカフス以外のドラゴンの魂を利用した。皆泣きながら使ったんだ!!その魂を利用する為に!! 僕達は、特異点のカフスは、多くを救う為に彼等を切り捨てたんだ!! あんなの……誰も望んだ世界じゃなかった…………僕達が…皆間違ったから。世界が敵を間違えたから。彼を封印してしまったから…」
アーサーはオレの言葉を無視して苦しそうに語る。それでも泣かない。全く何言ってるのか分からない。しかも今しれっととんでもない事を聞いた気がする。
でも、そんな裏の事情とかオレには関係ないしなぁ。懺悔したいなら教会にでも行って来いや。大体さぁ。
「お前自分がとった行動が間違いだったとか言ってるけどさ、逆に何?いっつも正解引かなきゃ満足しない完璧主義者なの? ってかそもそもその時代は打倒邪神の流れがあったんだろ? なのに倒したら間違いだったとか、そんなん倒してみないと分かんないじゃん。ウダウダ言ってねぇでやれることやった自分を誇れよ」
目の前でうじうじしてる奴を見るのなんか腹立つなぁ。誰にもできなかった事を想像して後悔してんじゃないよ、成るべくしてなったんだから前見て進めよ。そしてお前はもう終わってんだからゆっくり休め。楽しい思い出だけに浸かっててくれ。
「そんな気休めじゃどうにもならない業を背負って、僕達は消えていったんだ……」
「はー!!知ったこっちゃ無いね!! お前らが生きた時代の間違いとかオレに関係ないし!!」
「いやぁ…直結してるんだけどね…」
「だったら必要事項と楽しい事だけ話して成仏しやがれ!! 悲しい話する暇あったら楽しい話してそんなこと忘れろ!! 後悔だけ聞かされるこっちの身にもなって見やがれ!! 特に言う事無いから!! 何?もうとっくにやっちゃったことなのに慰めて欲しいの? 口ではなんとでも言えるけど、ぶっちゃけ内心は『あっそ』と恨みつらみ位しかないから!! 優しい言葉掛けられるとでも思ってんじゃねぇぞ」
コイツとオレは価値観が絶対的に違う。コイツは自分が悪いってはっきり決め付けて後悔してる奴、ちゃんと物事をキッパリ分け無いと気が済まない奴。オレは白黒ハッキリつけるのなんて出来なくて、ひたすらにグレーなゾーンにしか立てない奴。曖昧で適当なオレが、こんな高潔な人間に掛けられる言葉なんて無いからな。
コイツは自分の行いが正しいと思って突き進み、その結果間違いだったと思ってる。じゃあ何? お前の考えで行くと、邪神との和解が最適解ってなるけどそれをお前は出来たと思ってんの? それが出来なくても、もしかしたらもっと良い策が取れたと思ってんの?
「だったらやれやああああああああああああああ!!」
「え!? 何?」
「そんなに過去に後悔してんならさっさと過去を変えて来い!! できねぇだろ!? だったらうじうじ言ってんじゃねぇよ!!」
「でも…」
「お前のうじうじを聞く度にこっちは文句言いたくなんだよ!! そんな申し訳無さそうにオレに語るならそもそもオレを、オレの仲間達を呼ぶんじゃねぇ!! 見ててムカつくんだよ。お前は、自分は黒の道に落ちた者です、白には上がれません。みたいなスタンスをとりながらグレーや白を羨んでる。なのに仲間の話をするときは白に浸かってた。だったらそのまま白に浸かってろや!! 自分から堕ちんな!! 頼むぜおい!!」
「だって……キミがいるから……キミだから……僕はこうなってしまうんだ」
アーサーは苦しそうな表情をする。それでも泣かない。
「いいか、今からお前は、何でオレ達をこの世界に呼んだのかと楽しかったことだけ話せ。途中までいい感じだったからあの調子で、ハイよろしくぅ」
「え……えぇ…。僕には懺悔も後悔も許されないのかな……いや、そうだよね。許されるはずが」
「ストップ、ちょっと止まれ」
コイツ人の話し聞いてたのか? また暗いムードに入ろうとしてやがったぞ。
「話し聞いてた? お前の後悔とかどうでも良いから。何でオレ達を呼んだのかの説明から。はい、スタート」
「え……え…っと。ゲゼルギアを倒すまでが世に出てる本の結末だよ。本では魔王だなんて書かれてるけどね。でもまだ続きがある、本当はまた新たな勢力が現れたんだ。というよりは、ゲゼルギアはその勢力と僕達をまとめて相手してたっぽくて、僕達がその存在に気付かなかっただけって言った方が正しいかな。彼等は最初から居たんだよ」
「その勢力って?」
「それは――――。ガランドウルやユーステラテスのような、高いの再生能力と異質な力を誇る異常な化け物達さ。全部で七体居た事から、僕たちは『外世界の七使途』と読んでたんだ」
「七体も居んの? 他の奴等の名前は?」
「それは……ごめんね、そこは教えられないんだ」
「あっそ。まあいいや、話続けて?」
コイツは最善の道を知ってる。だったらここで態々捻じ曲げる必要が無い。
「その七使途を、僕たちはどうやっても倒せなかったんだ。だから各地に封印して時間を稼ぐ事にした、奴等を打ち滅ぼすためにね。そしてダッキュに星読みを頼んで倒す術を模索してもらったんだ。でもダッキュは言ったよ『何回見ても…………この世界に先は無い』って。あのときは絶望したね、うん。初めて絶望した」
苦笑いをしながら語る勇者。
心の中では『邪神と手をとってれば』なんて後悔してんだろうけど、口に出さないなら何も言う事は無い。
「皆も絶望したんだ。だから……あの子は優しい子だったから、僕たちの姿を見て…未来を見ることを止めなかった。ずっと、ずっと、その目の光が失われるまで一人で孤独に希望ある未来を捜し続けてくれていたんだ。そして、そのおかげで一つだけ道がある事が分かったんだよ」
「んー……なるほどなぁ。それがオレ達をこの世界に呼び寄せるってことか」
「正確には、仮初の世界で戦闘経験や力を蓄えさせて奴等を倒せるほど鍛え上げたキミ達を。だけどね」
「なーる」
あのゲーム自体が七使途を殺す為の訓練みたいなものだったのか。だからガランドウルとかがゲームにも居たんだな。もとはこっちの世界産で、ゲームのは似せて作られた模造品だ。
何百万人といるプレイヤーの中から偶然オレ達が召喚に選ばれたのか? いや、違うな。鶏が先かひよこが先かなんて考えても分からないけど、未来が決まってるって事は成るべくしてなったんだ。必然なんだ。
「…ん? いや、だったら完全再現しとけや。なんでちょっと違くしてんだよ」
スケルトンの軍勢やデミ生み出したり再生したり、そもそも知らん能力持ってたり。ゲームの頃とはちょっと違う。ゲーム版マイナーチェンジ化されてんだけど。
「え? そうなの? あ……でも使者って学者肌のレリックの弟子の一人だったし、変なところ拘っちゃったんだろうね。その仮初の……ゲーム?だっけ。その世界のバランスを取ろうとしたんだと思うよ」
「えぇ……」
確かに完全再現されたら強すぎるし面倒だしでクソゲーになってただろうけどさぁ……。
そのルリックの弟子って奴はそれなりの拘りがあるようで。世界滅ぼされるかもしれないのにゲームバランスの調整やっちゃうんだもんなぁ。
いや? もしもソウルコンバーションテールがクソゲーだった場合、オレやソーエン、その他の奴等だってやってないぞ? そう思うと、客寄せというか、天使討伐する人材集めというか、人を集めるにはバランス調整されたゲームの方が良いから結果的には良かったんじゃないか?




