41.おはようございます
* * *
朝起きると、ニーアが居なくなってた。
オレは一体どれくらい噛まれてたんだろう……。
時間は早朝。空が白んでそろそろ朝が訪れる時間だ。
オレはサンカを起さないようにそっと部屋を抜け、宿屋の裏庭に出る。
そして煙草に火をつけて深く吸い込んだ。
静かで綺麗な朝の一服。至福の時の一つだ。
「やや!! イキョウ殿ではありませんか」
裏庭で一人佇んでいると、コロロが柵を空けて入ってきた。
簡素な服に身を包んでいるコロロ…。まるで身体を動かす為だけの服のようだ。
「こんな朝早くから鍛錬か?」
剣も握ってるしな。コロロのことだし、休みの日だろうが訓練を怠るようなことはないだろう。
「そうであります。騎士足るもの、何時如何なるときも己を磨く事を忘れてはいけないのであります」
「だからって旅行中もとか…しかもこんな朝早くから。コロロは偉いなぁ」
「偉くなんてないでありますよ、これが当然のことでありますから」
「いやもうそれが偉いわ……」
一方は民の為に己を磨き、もう一方はただ自分の欲を満たす為に煙草を吸う。
対比するのもおこがましい位に、あっちの方が立派。
「そういうイキョウ殿も早起きでありすね。ふふふ、分かってるでありますよ、鍛錬の為でありますよね?」
「煙草吸うため」
「え?」
「美味いタバコを吸うため」
「えぇ……」
そう引かないでくれ。早起きは得意だけどこんな早朝に起きる理由なんて、強いて言うならこれくらいしか無いんだよ…。朝には体が目覚めるだけで起きること自体に理由なんて無いんだよ…。
「煙草とはそれほどまでに美味しいのでありますか?」
「美味いよ。っつても、味が美味いんじゃなくて吸うこと自体が美味いの」
「……? 難しいでありますね」
「こればかりは吸ってみないと分からないよ」
「なるほどであります……?」
「いいよ、無理に理解しようとしなくて。それより鍛錬するんでしょ? 邪魔になるようなら消えるよ」
「いえ、そのようなことは……。……!! むしろお付き合いして頂いても!!」
「えっ、なにその良いこと思いついた。みたいな顔」
「だめでありますか?」
「うーん、全然オッケー。付き合っちゃう」
「やったであります!!」
コロロは嬉しそうな顔をしながら、小さくガッツポーズしている。
まさか、早朝に煙草を吸ってたらコロロの鍛錬に巻き込まれるとは…でもあの声でお願いされたら受けるしかねぇよなぁ!!
やっぱ……コロロは最高だぁ…。
「ド突き合い? それとも打ち込み用の的? なんでもやっちゃう」
「町中で本気の戦闘はできないのであり……おや? イキョウ殿を的扱いするような人間だと思われているのでありますか? 私は」
「それくらい何でもするって事、なんでもしたくなっちゃうの」
「なんだか……嬉しいでありますね。でしたら、私が攻撃するのでイキョウ殿には回避していただく、というのはどうでしょう」
「それだけで良いの?」
「四騎士相手に『それだけ』と言える時点で、私の提案は意味があったのであります」
「…? まあ良いけど」
「今回は強化や蛇腹剣は使わず、己の身と剣の基礎を見直すであります」
その二つを使わないのは、町に被害が出るからって訳じゃないのが凄い。コロロほどの者になれば自分の力量を把握してるから、鍛錬如きで一々周りを心配する必要も無いんだろう。
「ちょっと待ってね、煙草吸い終わったらすぐに始めるから」
「自分に構わずゆっくり吸ってください。早く始めたいのであります、ワクワクであります!!」
「あっ…うん。やっぱり早く吸うわ」
「ああ!! ゆっくり、ゆっくりで構わないのであります!!」
* * *
「いざ」
ゆっくり急いで煙草を吸って、今はコロロと対峙している。
コロロは構えてオレは棒立ち。
そして、睨み合う間もなくすぐにコロロが動いた。
コロロは分かってるんだ。これがオレの回避の構えだって。だから開始の合図なんて必要なかった。
開始と共にコロロは、直線的、フェイント、死角から、様々な斬撃を繰り出すけど。
前にコロロの太刀筋は見たし、なんなら強化あり蛇腹剣あり<神速><閃光>も見た。だからただの斬撃なんて簡単に避けられる。
オレはただ避けてるだけ。でも、コロロはずっと楽しそうに剣を振っていた。ずっと笑顔だ。
朝日が町を包み込むまでそれはずっと続いた。ずっと、ずっとひたすらに楽しそうにしながらコロロは剣を降っていた。
でも、時間が立つごとにコロロの呼吸は乱れていく。流石の四騎士も、長時間剣を振っていると疲れるらしい。コロロは肩で息をしながら一旦オレに向かって綺麗に構えると、そのまま剣を降ろした。
「はあ…はあ……、流石で、ありますね、一発も当てる事が、できなかったので、あります」
息を切らしながら、それでも満足そうに喋るコロロ。
「何回か当たりそうになったよ。たまに掠ったし」
「世辞を、はあ、それはイキョウ殿が、私の太刀筋を、完璧に見切っていたからで、ありましょう」
全然本気を出していないから、半分ホントで半分は世辞だ。でもこのレベルの奴には簡単なお世辞なんて見破られるか。
「それに…私だけ、息を切らせて…はあはあ。イキョウ殿は、全く疲労が見えない、で、あります」
「攻めと守りだったら守りの方が消耗少ないしね」
「ふぅ。すううううううううううううう、はあああああああああああああああああ、すううううううううううううううううううっ。悔しいでありますッ!!」
大きく深呼吸して息を整えたコロロは、両手を挙げながら『悔しい』と言う言葉を笑顔で言い放つ。
「ずっと思ってたんだけど、コロロって楽しそうに剣を振るうよな」
「楽しいでありますからね。一振り一振りが私を成長させると思うと止められないであります。騎士の一振りは成長の歩みでありますから」
「今名言が生まれた気がする」
「それに、自主的な鍛錬は一番自由な鍛錬。そこにイキョウ殿のお力が合わさったとなると、ものすっごく楽しかったのであります!!」
「あ、嬉しすぎてさっきの名言頭から吹っ飛んで行った」
「出来る事なら毎朝付き合って欲しいのであります」
「そんなこと言われて断れるわけないじゃん。一緒に居る間はずっと付き合うしかないわ」
「本当でありますか!?」
コロロがオレの言葉で嬉しそうな声を出す。
もう……これが聞けるなら何だってやるよ。
「もち」
「やったであります!! では仕切りなおして――」
「待った。今日はここまでって事で」
「どうしてでありますか?」
「だって……朝食を作る良い匂いがしてるから」
宿屋の裏庭。そこには厨房から流れてきたのか、腹をくすぐる良い匂いが辺りに漂っていた。
町の住人もちらほらと見え始めたし、ここらが止め時だろう。
これ以上続けて、コロロが疲労困憊になるのも避けたい。折角旅行に来たなら、そっちも十分に楽しまなきゃ。疲れて宿屋で寝るなんて勿体無い。
「ほあぁ。良い匂いであります。今日の朝食は何でありましょうね」
「なんだろう…オムレツとかかな」
「楽しみでありますね」
「なー」
鍛錬を終えたコロロとオレは、朝食が何かを予想しながら宿屋へと戻った。




