40.おやすみなさい
* * *
カフェに着いたとたんに起きたヤイナの酒に付き合って、帰ったのは深夜。
誰も起さないようにそうっと部屋に戻る。
一切の音を立てずに廊下を進み、扉を開けると…………。
…………? なんでニーアがオレの部屋に居る。ってか何でオレのベッドで横になってやがる。ってか……目だけオレの方へ向けてやがる。
こーえよ!!
「こちらに洗体用の湯とタオルを。衣服は昨日の通りでお願い」
「へ…へい」
ベッドから起き上がったニーアはそのままスムーズに立ち上がってオレに桶を渡してきた。
「それと」
「!?」
頭を掴まれて引き寄せられる。
「昨日も今日も、衣服から女性の香りがしているのだけど?」
引き寄せられた頭に添うように、顔を近づけられ耳元でそうささやかれる。
「だけど?じゃないんだけど?」
「あなたがこの町で何をしているのか全く聞いてないわ」
そういや、昨日はコロロの話を聞くのに夢中で、今日は深夜に帰ってきたから話す時間が無かったな。
……さっきの質問とこの答えは繋がんなくないか?
いや待て。聡明なニーアが理解不能なことを言うはずが無い……度々理解不能なこと言ってんじゃん。
でも考えてみよう。
押さえるべき点は二つ。女性の香りがすると、町で何をしていたのか。
…!!
「誓おう。風俗には行ってない」
「そう言うことでは無くて」
「更に誓おう。ナンパとかもしてない、いやらしい事は一切してない。ってか出来ない。だからオレを信じろ、ニーア」
多分今離れたらあの目を見てしまう気がする。だから、怖いから、このままの状態で堂々と宣言させてもらおう。
オレは知っている。女性は男が風俗に行く事を嫌う。
そしてこいつはオレを疑っている。だったら真剣な表情で潔白を主張すれば良い。オレは潔白だ、主神ラリルレに誓ってな。
「……!! かぷっ」
「……なんで耳咬むの?」
二回目だから流石に慣れたけど…またコイツオレの耳を噛みやがった。
「前とは違うの…今のは気分が高揚して…」
怖い……顔が近いから吐息が右耳にダイレクトに入ってくる。
コイツが今どんな顔してるのか分からんけど……絶対にあの目してるのは分かる。見たくない。怖い。
「ニーア、一旦離して」
オレがお願いすると、ニーアが素直に離したので…オレは速攻で顔を手で覆う。
あの目怖いから見たくない。
「お前って噛み癖あんの? それともオレの耳が美味しいの?」
「分からない…でも、あなたに私が刻まれると堪らなく満たされるの」
「うん…うん?」
手で顔を覆ってるからどんな表情で話されてるのか分からんわ。
「でもそれ以上に刻んで欲しいの」
「エロ精神年齢の割りには性癖歪んでね?」
「……だめ?」
「ニーア。オレはな、性癖にダメは無いと思ってる。性癖は人それぞれが持っている大事なもんだ。許容しあう事はあっても、否定しあったり排斥しあったりするもんじゃない。ってかそもそも、自分の性癖を持っている時点で人の性癖を否定する権利なんてもんは無いんだ。もちろん、人様に迷惑をかけなければの話だけどな」
「それじゃあ……いいの?」
「なにが?」
「あなたを噛んでもいいの?」
おっと? さっきあんなこと行った手前断れないぞ? オレはコイツに対して等身大の十八禁本になるって決めてるからな。
でも考えてみよう。コイツはメイドとしては立派にやっている。近衛メイドともなれば規律やらなんやら厳しいだろう。知らんけど。
そんな抑圧された環境で、性の成長期みたいな時期を送るのは相当なストレスだろう。
せめてこの旅の間くらいは開放してやりたい。なにせオレはコイツに関わっちまったからな。オレの気持ちを無視するだけでコイツが満たされるならそれでいい。
「……いいだろう。ただしサンカが寝た後だけね。人目気にしてね」
「…ええ…もちろん」
そのニーアの声を聞いて背筋に何かが走った気がする。
恍惚とした声、その中に含まれる何か。それが背中に何かを走らせた。
あれ……? オレ、何かとんでもない事約束しちゃいました?
「じゃあ、あなたが体を拭き終わった頃にまた来るわ」
「あっ……へい」
オレの返事を聞いて、ニーアは音も無くこの部屋を去った。
…とてつもない後悔に襲われながら、オレは断頭台に上る死刑囚が自分の首を磨くように丹念に体を拭くことしかできなかった。
* * *
着替えはベッドに置いてあった。
だから着替えた。それが自然の摂理だ。
そしてまるでその状況を見ていたように、それが自然の摂理のように、着替えると同時にニーアが部屋に入ってきた。
肩だしの白一色の薄いワンピース。それがニーアの寝巻きか。
「オレは寝るから後はお好きに」
「…噛んでくれないの?」
ニーアは惜しそうに聞いてくる。
「お前がオレに何かをする分には良いけど、オレがお前に何かをするつもりは無い。それに跡なんて誰にも付けたくない」
「そう…」
ニーアは残念そうにしているけど、無視してオレは布団に入る。
それに習うようにニーアも自然と布団に入ってきた。
「じゃ、お休みー」
そうしてオレは目を瞑る。
……考えてみたけど、この状況で寝れんのか?オレは誰かに噛まれながら寝れんのか?
「かぷ、かぷかぷ」
ニーアは布団に潜り込んで、オレの袖を捲くり前腕や手、指をあまがみしてくる。……これってあまがみか? オレの防御力がそこそこあるから、そう感じるんであって割りと強めに噛んでね?
……中途半端に眠気を邪魔されて寝れねぇ…。流石のオレでも噛まれながらは寝たことねぇぞ…。
しゃーない。あれ使うか。
オレは自分自身に向けてとある魔法を使う。
<スリープ>




