39.浜辺で呑む酒はまた格別
* * *
飲み物の持ち帰りは瓶を丸々一本買う必要がある。だってプラスチック製のテイクアウト容器があるわけじゃないからな。
そのままラッパ飲みしても良いんだけど、なんと今回はナトリがグラスまで奢ってくれた。
瓶を直で飲むよりもグラスを使った方が優雅だからだって。ナトリは優雅のプロか?
数本の瓶と人数分のグラスをアイテムボックスに携えてオレ達は浜辺に戻ってくる。
「……?」
遠めから見てオレは違和感を覚えた。
何故かパラソルの下からヤイナの姿は消えていて、店員さんしか居なかった。
トイレでも行ったのか? と思いながら近づくと。
「お帰りっスー。ささ、はよはよっスー」
ヤイナの声がした。でもどこから? いや、そこからだ。
なんでかヤイナがビーチチェアの片方に寝そべっていやがる。
まったく、お前が一個使ったせいでナトリが優雅出来なくなっちまったじゃねぇか。
「何故ヤイナが阿呆の椅子を使っている」
到着と同時にナトリが変なことを言いやがった。
「え?あれ? ヤイナが座ってんのってさっきナトリが座ってた方じゃん。オレのじゃないよ?」
「どちらも我輩のだ、ならば当然優先権は我にある。後は空いた方に誰が座ろうと関係は無い。しかし、そこは我輩の場所だ。ヤイナはそっちへ座れ」
「あいあいさーっス」
ナトリは外側の元の椅子に、ヤイナはヤイナ自身が立てたパラソル側の椅子に座る。
「……オレの席は?」
「あたしの領土は拡大したっス、ここまでがあたしの陣地っス。パイセンはナトナトと一緒に座ればいいんじゃないんスか?」
「なるほどな。じゃ、お邪魔して」
「くく、何故そうなる、阿呆は正気か? 躊躇無くお邪魔するのか? ふははははは!!」
オレがナトリの横に添い寝しようとしたらまた爆笑された。
「だめだヤイナ。オレの領主様がご乱心したからそっちに亡命させて?」
「良いっスよ、難民受け入れするっス」
「じゃ、お邪魔して」
「うぐー、この日差しで添い寝は暑いっスー」
「そんな新領主様に朗報だ。なんとジュースがある、ついでに酒も」
「目上に対する贈り物が分かってる難民っスねー。褒賞としてあたしが魔法で氷を作ってしんぜようっス」
「て、店長……私には差し上げられるようなものは…」
「メアメアちゃんは生きてるだけであたしへの贈り物っス。よって同じ褒賞を与えるとしよーっス」
「ふふっ……感謝いたします」
この感じ懐かしいな。いつもクランホームでバカやってた空気にそっくりだ。
早くあいつらも合流しないかな。ラリルレにも早く同じ空気を味わってもらいたい。シアスタ達にはナトリとヤイナを早く教えてやりたいな。どこぞのバカはどうでもいい。
そして……早くチクマとナナさんとも合流したい。
昔の空気に懐かしさを感じながら、砂浜の時間が過ぎていく。
* * *
酒を堪能しまくること数時間。
「むにゃーっス、すぴーっス」
「その寝息はおかしくない?」
ヤイナの寝息聞くたびに毎度思うわ。
酒を呑みながらだらだらと浜辺で時間を過ごして、時刻はもう夕方だ。
ヤイナは酒飲んで爆睡してるから椅子に寝かしている。
ナトリはというと、変わらず椅子に偉そうに寝そべっている。対してヤイナに椅子を譲ったオレは、ヤイナ領土のパラソルにお邪魔していた。
「ようやくあやつ等の狩りが終わったのであるな」
朝から夕方まで、町の住人と海の民達は沿岸でシーサーペントをどうにかしようとしていた。
船を出し、海を泳ぎ、魔法を使い、武器を使い、網を使い、色んな方法を試しているようだったけど……こっからじゃ遠くで行われている戦闘の、しかも海中に潜んでいるシーサーペントの姿が見えないからダメージを与えてるのかどうか分からなかった。
さすがのオレの目も、見えないものを見る事は出来ない。
「みたいだな。収穫は……無しか」
でも、戻って来た奴等の顔を見れば結果は分かる。皆どんよりとしていた顔をしていたから、今日も失敗したんだろう。
「うーん、何であれだけ戦ってるのに死者ゼロなんだ? 普通は誰か死ぬだろ」
ゲームでも、レベル八十くらいの奴が装備を揃えてやっと安定して討伐できるくらいだったしな。こっちの世界じゃ相当な脅威だろうに。
「あやつ等の錬度はそれほど高くない。となると、こちらの世界のシーサーペントがよほどの雑魚か、はたまた別の理由があるのか」
「別の理由?」
「どちらにせよ我輩の脅威になるようなことでもなければ、興味を引くようなことでもない。心底どうでも良いのである」
「実はシーサーペントじゃないかもよ?」
「店長が……あれは間違いなく…シーサーペントだと言っていました…から」
「だったら、じゃないかもの可能性ゼロじゃん」
オレよりこの戦いを見てきたヤイナが言うなら、そうなんだろうな。
目の前に広がる海は夕焼けに照らされて、青かった海が赤に染まっている。そろそろオレ達も帰るか。
「あなた達何やってんのー?」
片付けをしようとしていたオレ達に、誰かが大声で尋ねてきた。
「…?」
砂浜を見ても誰も居ない。気配探るか。
「ごめんごめん、こっちだよー!!」
「マーメイドか」
ナトリが海を見ながらそう言ったので、気配を探るのを止めてオレも目を向けると。
そこには褐色で短髪黒髪の子供……じゃなくて、ナトリ曰くマーメイドが居た。上半身人間だから、水に沈んでいる下半身が見えないとただの人だな。
にしてもそっかそっか。ここは異世界だし海から声を掛けられることもあるんだよな。また一つ賢くなった。
マーメイドは頭と腕だけを海面から出して人懐っこそうな顔をしながら、手をぶんぶん振っている。
と思ったら、トプンと潜って姿を消し。次の瞬間水面から大きく跳ねてオレ達の前まで華麗に落ちてきた。まるで大道芸を見せられた気分だ。
……ちっちぇ、マジで子供じゃん。胸しか隠してないし、風邪引きそう。
「ねね? 何してたの?」
下半身を器用に使って立っているマーメイドは、なんでかオレに詰め寄ってきた。
「何って……マジでなんだろ? 砂浜で駄弁ってたってしか言い様が無いわ」
「今海がこんな危険なのに!? 変わってるー!!」
驚きと興味が爛々と輝いている顔をしながらそう言われましても……。別にどうとでもなるし…。
「むしろお前の方が危なくない? 海が危ないんだし、戦いに巻き込まれちゃうだろうから子供が近づいちゃダメでしょ。お家で大人しくしてな」
「私なら大丈夫、泳ぎ得意だもん」
マーメイドは胸を張ってフフンと鼻を鳴らしながら答えた。
うーん、自慢げに言われたけど……。
「逆に泳ぎが苦手なマーメイドって居なくない?」
「得意な中でも得意なの!! 子供の中じゃ一番速いんだよ!!」
オレの疑問に少し怒りながら答えるマーメイド。様子を見る限り、泳ぎの速さに相当な自信を持っているようだな。
「して小娘。我輩達に何用だ」
ビーチチェアの縁に足を組んで、その上に手を組みながら座っている偉そうなナトリは、マーメイドに尋ねた。
「用事って訳じゃないの。ただ……なにこのおじさん怖い!!」
ずっとオレだけを見ていたマーメイドがナトリに目を向けると、体をビクつかせながら驚いた声を出す。
まあ、そうなるよね。スーツにシルクハットはまだ良いけど、あの仮面がね……。
「大丈夫、見た目怖いけど中身は優しい……ある程度優しい奴だから」
「ある程度なんだ……」
「で、どしたの?」
「え? あ……うん。危ない海見ながら楽しそうにしてたから、何してるのかなーって気になって声かけてみただけだよ」
「ただの好奇心であったか」
「逆にそっちは何してたの? 危ない海で散歩? 止めた方がいいぞー今の海危ないから危険で危ないぞー」
「あなたに言われなくても分かってるもん。マーメイドの私の方が海に詳しいもん!!」
「ギャラちゃーん!! そろそろ帰んないと怒られるのー!!」
また海の方から声がする。
波打ち際に居るのは……あれはスキュラか?
灰色の髪に青白い肌。黒いタコの足。このマーメイドと同じ年くらいか?
「分かってるよアルー!! じゃ、おにいさん達またね!!」
ロリマーメイドは軽く手を振ると、砂浜から大きく飛び跳ねて海に戻った。
ロリスキュラも軽く会釈して海に消えると、何事も無かったかのように元の夕方の砂浜に戻る。
「なんだったんだ?」
「好奇心に身を任せたのであろう」
「あー……ね。子供ってそう言うところあるよね」
何事も起きないなら、これで今のは終わりだ。
「さっさと帰って晩飯にしよう」
「今日はどうするのだ?」
「うーん……一緒には食うけど泊まりはしないかな」
「ほう? 如何なる理由だ?」
「同室の子が寂しがるだろうから」
「ならば良い」
またナトリの口が歪んだ。そうなる琴線がいまいち分からん。
その後オレ達は、荷物を仕舞ってヤイナを担ぎ、カフェへと戻った。




