37.馬車の一幕とカフェの論争
* * *
「バカからか」
馬車に揺られて、シャーユへの旅路を進むソーエン一行。
ラリルレの通話が終わるのを待ってソーエンが声を上げた。
そしてラリルレは微笑みながら言葉を返す。
「キョーちゃんがね、もし仲間の誰かが敵さんになったらどう思う? だって」
「そんなことはありえないだろう」
「んふふ~、だよねぇ。皆仲良しだもん」
ソーエンの自信の篭った言葉に、ラリルレは当然のように返した。
そんな平和な一行が乗っている無蓋馬車は、ロロが手綱を引いて道を進んでいる。
「でも、なんでキョーちゃんは急にそんなこと聞いてきたんだろう?」
ラリルレは、膝に乗せている双子を撫でながらソーエンに訪ねる。
「予想は付く。大方、ラリルレの声が聞きたくて適当に話題を作ったのだろう」
片やソーエンは、自分の体を座椅子のように扱いながらだらけているソーキスを無視し、煙草の煙を吐き出しながらラリルレの問いに答えた。
「んふふ~、そっかぁ。私の声が聞きたかったのかぁ。なんだか嬉しいな」
「ラリルレずるい」「わたしたちもおにーさんのこえききたい」
「ん、んんっ。双子、おれに引っ付くな」
ずるいと言った双子の為に、ラリルレは精一杯イキョウのマネをしてみせる。
「にてない」「でもいう」「「きゃっきゃ」」
「ふぅ……悪くない」
「やっぱり恥ずかしい……」
自分でやって、自分で恥ずかしがるラリルレ。その姿を見たソーエンとロロはというと。
「それがまた良い」
「いつか我のマネもして欲しい」
「旅路で学んだのだけれど、この二人はラリルレにバカみたいに甘いね……」
「ですです、新しい発見です!!」
ソーエンとロロの姿を見て呆れるシーカと、不思議な関係に目を煌かせるマール。
「……」
そんな中。シアスタだけはラリルレがさっき言った『私も大好きだよ』という言葉を聞いてから、心の内に出た謎のもやもやを抱えながら馬車に揺られていた。
* * *
店員さんに淹れてもらったコーヒーを飲んで一息つくオレとヤイナ。
オレが座っているカウンターの席に店員さんも座って一緒にコーヒーを飲む。
……一個分席を開けられてるけど、店員さん人見知りらしいからしょうがないか。パーソナルスペースは大事だ。
「で、話し合いの結果?」
「馬鹿とラリルレが到着するまで、我輩は貴様等に対して敵対行為とならない範囲で邪魔をするのである」
「クソ頑固野郎がよ……」
「ナトナトにしては譲歩した方っスよね……。リルリルちゃんの言葉が無かったら唯我独尊っスもんこの人」
ヤイナの言う通り、ナトリが自分の意思を捻じ曲げて我慢するのは中々に珍しい。ってか、ラリルレの言葉位しかコイツの意思を捻じ曲げる事は出来ない。
ただ、ラリルレの言葉を持ってしてもこれが限界だ。捻じ曲げる事は出来てもゼロには出来ない。
うーん。そう思うとナトリは凄い奴だ。よくラリルレの言葉を聞いても反抗できるな。オレなら絶対に無理だぞ。
「幸いだけど、到着が早まって数週間が四日に縮まった。本当は今すぐにでもちゃっちゃと終わらせたいけど、数日ならギリ待てる範囲だからこのまま待機で」
「ならば我輩は海岸にて見張りをしておこう」
「それってシーサーペントが被害を出さないための見張りってことだよな?」
「町の住人が余計な事をしないかの見張りである。場合によっては武力を行使することも視野に入れておけ」
「コイッツほんとブレねぇな。」
「しかもそのせいであたしたちは、ナトナトが万が一にも住人に被害を出さないように、わざわざナトナトの見張りをする必要があるっスよ……」
「いよいよ持って真の敵が分からなくなってきたぞ」
そう、話し合いもまた、捻じ曲がった結論に至った。
ナトリはシーサーペントを討伐しようとしている町のやつ等を見張る。で、オレ達はナトリが変なことをしないようにナトリを見張る。
オレ達全員シーサーペントを見張るってことをしてないの。仲間内で見張りあわなきゃいけなくなってんの。
「メアメアちゃん、そう言う訳でまたお店お休みっス」
「店長の判断なら…大丈夫ですよ」
「この店、オレが知ってる限りじゃ休みの日しか無いんだけど」
「ナトナトが変なことを言わなかったら明日から開店するはずだったんスよー。全部ナトナトが悪いっス」
「その分の稼ぎは我輩が補填しよう」
「変なところでアフターケア発揮しないで欲しいっスよ。別に良いっス、お金はあるっスから」
「遠慮するでない。補填と言っても、客が来ないカフェの稼ぎなど高が知れているからな」
「なははこのド腐れ仮面めー、あたしはお金持ちっスから稼ぐ必要がないんスよー」
「ふはははは、奇遇だな。我輩もだ」
「ウケケケケ、てめえらマジで張っ倒すぞ。異世界生活、金欠から始まったオレの前で金持ち自慢か?嫌味か? いいか、予言してやるよ。お前等いつか絶対にその金失うからな。そんなに順風満帆に事が進むと思うなよ?」
「ふはははは、ほざけ。我輩がそのような状況に陥るとでも?」
「そうっスよ。パイセンみたいな波乱万丈な日々でも送んなきゃそうはならないっスよー。メアメアちゃんも安心して良いっスよ。あたしの都合で店閉めるから、給料は満額払うっスー、なっはっはー」
「くっそ腹立つぅぅぅぅぅううううううう――――ッぅぅぅぅうううううぅぅぅぅ」
「あの……私も…できればお手伝いを…シーサーペントの…」
「え? 店員さんが? ……手伝いって言われてもなぁ……店員さんは戦いの心得は?」
「えっと……争いごとはしたこと無くて……でも、見張りをする位なら…」
「レベルや戦闘経験は?」
「レベルは…測ったことが無いです……戦った事も…無いです…」
店員さんはデスクワーク派だったし、レベルを測ったことが無いのも当然か。
戦いに身を置く者。たとえば騎士や冒険者とかじゃないと、レベル測る意味は無いしな。
「だったら危険――」
「パイセンうるさいっスー、メアメアちゃんが自分の意思でやろうってのに邪魔するんスか?」
「いや、でも」
「メアメアちゃんがカフェ以外のことで意見を言うのは初めてっス!! だったら店長として意思を尊重するっス!!」
そうはいわれてもなぁ…。
でも、店員さんと一番関わりが深いヤイナがそう言うならオレが気を回す必要も無いのか? うーん……うーん……。
「それでいい」
ナトリがオレを見ながら何かをボソっとつぶやいた。
でも、何を言ったのかははっきりとは聞こえなかった。
まあ……ヤイナがそこまで言うなら判断はヤイナに任せるか。
オレがそんな事を考えながらヤイナに視線を向けると、あいつは落ち着いた顔をしながらオレを宥めるように口を開いた。
「大丈夫っスよー。あたしが見ている限りじゃ特に問題なかったっスしー」
「そういや昨日も海を見に行ってたんだっけ?」
「そうっス。流石にメアメアちゃんが住んでる町の問題を放置するって訳にはいかないっスから。
最初の頃は、あわよくば、頭を出したところに魔法をぶち込もうとも思ったんスけどー……まー、相手もおバカさんじゃないようで無理だったっス。最近は日課みたいに海を見る位っスね」
「こんな殊勝な行いをしてるやつが居るってのに……もう一方は……」
「力を振るう事が殊勝であるか? 浅はかな考えだ。ならば力の無い者は悪罵されるべきであるな。そも、この世界において我輩達はイレギュラーな存在だ。そのイレギュラーに頼るしかない事案に直面した言うのならば、この世界の自然の摂理に添った場合この町の者は滅びる道を辿るのが正しいのである。それが世界のあり方だ。むしろ、我輩達が介入するという事はその自然の摂理を歪めることに等しいのであるぞ? さらに言うのであれば、イレギュラーで歪める事により救われるものが居るのならば、その者達から賞賛される事はあれど罵倒される言われはない。もししようものならば、筋違いであり甚だしいことである」
「やーん長文頭痛いからやめやめ。ロジック派のお前と違ってオレはパッション派なの。んな細かい事はどうでもいいのよ」
「クックック」
オレの言葉で、ナトリは心底嬉しそうな顔をする。いっつもこうだ。ナトリが難しそうな話をして、オレやソーエンが適当な答えを返すとナトリは絶対に喜んで返してくる。
ナトリは仮面をしているから表情は一切変わらない。それでもオレには分かる。こいつは今、口角を歪めて愉しそうな顔をしている、と。
その理由は分からない。
でも、こちとら年中顔を隠してる奴が親友だぞ。仮面で隠されたって表情はなんとなく分かるわ。
そんな怪しげな笑みを浮かべているナトリは、尊大な雰囲気を纏いながらオレに目を向け――。
「貴様に問おう。蜘蛛の網に掛かった蝶が居るとする。蜘蛛は空腹、蝶は捕食から逃れたい。どちらかを放置すればどちらかが死ぬのである。さあ、どちらを優先する」
こんなことを聞いてきた。
「それって答えあるんスか?」
「勝手に生存競争やってろよ。仮に、オレがどっちかに関わってたならそっちを優先するくらいだ。知り合いの蝶だったら助けるし、知り合いの蜘蛛が死にそうになる程空腹なら邪魔しない」
「普通そんな知り合い居ないっスよ?」
「ならばどちらも貴様の仲間だったら? どちらも切に生を望むのならば?」
「意地悪い追加項目っスねナトナト」
「だったら蝶を助けて代わりにオレが食われれば良いだろ。それで万々歳じゃん」
「まーたこのパイセンは……」
「……やはり最高で……最低だ」
ナトリの顔は、口角は、今まで感じた事が無いくらいに悦と悲哀に浸って歪んでいる。
コイツ、傲慢なだけあってドSっぽいしな。こういう問答大好きなんだろ。前からちょくちょくやられてたし。
その顔、仲間じゃなかったら心底怖いぞ。ああ、でも仮面で隠れてるから他には感じ取れないのか。なら、他は怖がらないか。
仮面便利だな。オレもよく感情が表情に出るって言われるし仮面してみようかな。
ミステリアスイキョウ。かっこよくないか?
「ふはははははははは!! 我輩は最高で最低に気分が良い!! さっそく海岸へと赴くとしよう!!」
「何でその気分でそうなるっスか?」
「ふははははは!!」
「あ、ヤバイ。これマジで行く気じゃん」
「うっわ。あたしたちも行かなきゃならないっス」
「私……お役に立てるよう頑張ります」
「うーん。墓守、もしものときは、店員さんのことお願いね」
「(グッド)」
「うわ!? 完全に存在忘れてたっス!!」
悠然と店を出て行くナトリに付いていくオレ達。
誰も止める者が居ないし、止める必要も無いからオレ達は止まらない。
ソーエン達が到着するまで残り四日。何も起こりませんように。そう願いながらオレは店を後にした。




