先達
朝日がアマネを照らす。出発の時だ。
「なんだよ、もう行っちまうのか?」
そこに浩太が現れる。止めようとしている雰囲気はない。
「もう行かないといけないから」
「そんなに急がないといけないことなのか?」
「・・・えぇ。これは私の復讐を果たす為の旅だから」
「復讐?」
「・・・あまり思い出したくないけど」
アマネは少しづつ語り始めた。何故自分がこの旅を続けているのかを。まだ彼女が少女だった頃、普通の何処にでもある家庭だった。何不自由もなく幸せだった。だが、それは1人の男の気まぐれによって強奪された。扉を開け迎えた父は刺し殺された。母はアマネを守ろうとして切り殺された。そして、自分は・・・
「なんか飽きたなぁ・・・お前、見逃してやるよ」
・・・男の気まぐれによって生き延びた。それ以来少女は現在に至るまで捜し続けている。自分から幸せを奪ったあの男を。
「旅をしながら情報を集めて奴が指名手配されてることを知ったわ。奴の名はサルバール。強奪者の異名で呼ばれている男」
浩太もその名には聞き覚えがあった。だからこそ、人を助け続けていた。
「俺も聞いたことがあるよ。アマネはそいつを捕まえて法で裁きたいんだな?」
「いいえ、奴は私の手で殺すわ」
「え・・・」
殺す、そう彼女は言った。人を殺すなんて例えどんな理由があってもダメなことだ。でも、誰かを殺したいという気持ちは分からなくもない。それだけのことを彼女はされているのだ。止める権利など自分にはありはしない。
「・・・引いた?貴方が助けた女はそういうことをしようとしているのよ。だからーーー」
「このまま見送れって?・・・無理だね。・・・・・・俺も行く」
「は?」
「殺す、殺さないは置いといて、1人じゃ無理だ。無茶をしすぎる。俺が助けた時だってそうだったろ?」
「あの子達の事はどうするつもりなの?」
「あいつらは俺がしばらく居なくたって大丈夫だよ、そんなヤワな神経してない。」
「どうしてそう首を突っ込みたがるの?」
「ん〜、そうだなぁ・・・話してもらったし、今度は俺の番だな!」
浩太がまだ子どもだった頃、兄貴分だった人がいた。その人はいつも誰かの為に頑張ってボロボロになって帰ってきていた。
「なんでそこまでして人を助けるの?」
ふとした疑問だった。彼は大好きなブラック缶コーヒーを飲みながら当然のように答えた。
「だって、助けたいじゃん。困ってる人がいたらさ」
格好いいと思った。そんな簡単に言えることではないことを知っている。だからこそ、格好いいと思えた。自分もそうなりたいと心の底から思った。
「俺も兄ちゃんみたいになれるかな?」
「このブラックコーヒーが飲めたらなれるんじゃねぇの?知らんけど」
彼はそう笑いながら言った。・・・そして、それが最後の言葉でもあった。それは不慮な事故だった。いつものように人助けをしていた最中、崖から落ちてしまい、人を庇って下敷きになって亡くなった。最後まで誰かを助けることにその命を燃やしたのだ。その頃には浩太も18歳になっていた。
「・・・それが今の貴方を作ったのね」
「そ!今の俺があるのは兄ちゃんのお陰なんだよ。だから、俺もそうなりたい。そうありたいんだ。だからお前を助ける!でも人殺しは出来ればさせたくない」
「それは約束できないわね」
「分かってる。俺に止める権利なんてないからさ。でも、それでも俺はあんたを助ける。そうしたいから」
「・・・勝手にすれば?」
そういう彼女は何処か嬉しそうだった。一人で、独りで、命を奪ってやるという事しか頭になかったあの時とは違うようになるかもしれないと・・・。
「今から出発するけど、あんた、準備できてるの?」
「おうよ!俺はいつだって準備OKだぜ!」
2人は旅に出る。きっとこの旅路で何かが変わるかも知れないから。その旅の途中、浩太は兄貴分の事を思い出していた。葬式が終わり、いつものブラック缶コーヒーを2本買って、近くの椅子に座った。すぐ隣に1本を置き、自分の分の缶コーヒーの蓋を開けた。
「・・・乾杯、俺もようやく普通に飲めるようになったよ、兄ちゃん・・・」
缶コーヒーを隣に向けて乾杯の振りをする。その時だった。コツンッと何かが当たる感触がした。振り向くと、置いてあった缶コーヒーの蓋が開き、中身が無くなっていた。浩太は一口珈琲を飲み、呟いた。
「・・・やっぱ苦ぇなぁ・・・」