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第3話

 むかしむかし、この辺りを、すばらしい王様と王妃様がおさめておいででした。おふたりの間に、美しい玉のようなお姫様が生まれました。ひとびとは大喜びしましたが、ひとりだけ、快く思わない者がおりました。北の荒野に住んでいた、人間嫌いの魔法使いの老女です。老女は祝いの席に招待されなかったことに腹を立て、おそろしい魔法をかけました。それはお姫様が15歳の誕生日を迎えたら、死んだように眠り続けるという魔法でした……。


 幼い頃、母親が話してくれたこの昔話が、ノーラは大好きだった。この100年でほとんど廃れてしまった魔法が、当たり前に存在する世界。母親が、しゃがれ声で魔法使いの老女を演じるのが怖くて面白くて、繰り返しねだったものだ。森の奥に立派なお城があって、そこに美しいお姫様が眠っていると想像すると、わくわくした。三つ編みにしないとまとまらない、ごわごわの枯葉色の髪にそばかすだらけの自分と違って、お姫様はきっと、天使のような見た目に違いない。ふわふわの白いシーツにくるまって、静かに眠り続けているのだろう。それはとても幸福な光景のように思えた。

 だからノーラにとって、眠れる森とお姫様は生命と美の象徴であり、畏敬の対象だった。それがまさか、化け物などとは。

 

 最初の和やかなムードはどこへやら、一行は黙って足を動かし続けていた。ウルクスとヨハンネスを本当に城へ案内していいのか、ノーラは内心まだ答えが出ていなかったが、立場を考えれば断るという選択肢はない。そんなことをしたら、自分だけでなく、父親や里の人たちにまで迷惑がかかるかもしれないのだ。

 ウルクスは相変わらずむっつりと口を横一文字に結んだまま、前を見て歩いていた。この繊細さの対極にいるような男が、お姫様と対等な立場の王子様だとは。確かにまごうことなき金髪ではあるが、思い描いていた「王子様」のイメージとはかけ離れている。

 視線を外そうとしたとき、ヨハンネスと目が合った。疑うような目でウルクスを見ていたことを、見られていたのかもしれない。慌てて下を向いたノーラを見て、ヨハンネスは口の端で微笑み、ウルクスに話しかけた。

「ウルクスさま、一度休憩しませんか」

 ウルクスは仏頂面のまま立ち止まる。

「とくに疲れていない」

「でも、けっこうなペースで歩き続けていますよ。一呼吸入れたほうがいいでしょう」

「もうすぐ夕暮れだ。ここで休むより先を急ぐべきじゃないか」

「どちらにしろ今日中に辿り着くのは無理なのだから、あまり根を詰めるべきではありません。我々だけではないのですし」

 自分に気をつかってくれているのだと気づいて、ノーラは申し訳なさと嬉しさで胸がいっぱいになった。こんな庶民にやさしくしてくれるなんて、なんて紳士的なんだろう。ああ、ヨハンネス様のほうが、断然王子様という気がする。一方ウルクスは眉根を寄せたまま、「お前がそう言うなら」と、不承不承といった感じで認めた。

 適当な大きさの岩を見つけ、腰かけるようにして休息を取る。ノーラも疲れていないと思っていたが、いざ水筒の水を口にふくむと、たまらなくおいしく感じられた。

「なにか、甘いものでも持って来ればよかったですねぇ」

 ヨハンネスの言葉を聞いて、ノーラはすっくと立ち上がった。今度は自分がいいところを見せたい。

「あそこの木に、果物がなってます。甘くておいしいんです。あたし取ってきます!」

 言うが早いか、駈け出した。うしろから「ノーラさん!」と戸惑う声が聞こえるが、小さい頃から木登りはお手の物だ。木の枝に足をかけてひょいひょいと登っていき、あっという間に自分の背丈ほどの高さに届く。左足を太い枝の根元に置き、左手を幹のくぼみにしっかりとかけて、思いきり右手を伸ばす。赤い果実が手のひらにおさまった。

「取れました!」

 得意満面で振り返り、地上を見下ろすと、ヨハンネスは苦笑を、ウルクスは苦い表情を浮かべている。

「果物、嫌いですか?」

 きょとんとするノーラに、返事が返ってきた。

「いいえ、果物はウルクス様も私も好物なのですが……」

「危ないだろう!」 

 ウルクスの大きな声が響いた。

「それに、脚。脚が見えている」

 ノーラは自分の足元を見た。スカートの裾がめくれ上がっており、確かに高貴な人の目に触れさせるものではなかったかもしれない。

「はあ、お見苦しいものを、すみません」

「そういうことではない」

 ウルクスが呆れたような声音で言った。

「とりあえず降りるんで、どいてください」

「おい!?」

 ノーラは弾みをつけると、両手を離して、背面から飛び降りた。次の瞬間、本来なら地面に着地しているはずが、尻が何か堅いものにぶつかる。そのまま2本の腕に抱え込まれて、背中から倒れ込んだ。

「痛ぇ……」

 体の下からうめき声がした。気づくと、自分はウルクスを下敷きにしているではないか。ノーラは慌てて飛び起きる。

「えっ、なんで! 危ないじゃないですか。よけてくれなかったんですか!」

「あんな高いところから飛び降りる奴がいるか。危ないのはそっちだ」

 ウルクスが顎を押さえながら上体を起こす。どうやら、飛び降りたノーラを抱きとめようとして、一緒に転んだらしい。

「あたしは大丈夫ですって! やだ、怪我は?」

「顔面の打撲に、地面に転んだときの擦り傷というところだな」

 なんたることか、ノーラの尻が激突したのは王子の顔面だったのだ。不敬罪という言葉が頭をかすめ、血の気が再び引いた。

「ご、ごめんなさい!!」

「気にするな。受けとめきれなかった俺に責任がある」

 下手に出られると余計に困る。ノーラは唾を飛ばして訴えた。

「あの、あたし、親切にされても逆に困ります。ただ若い女だからって、えらいお方に助けてもらう必要なんてないですから」

 二の腕を強い力に掴まれる。ビクッとしたノーラの手から、取ってきた果物のひとつがこぼれ落ちた。

「その考え方は間違っている。お前は今、旅の仲間だ。性別や階級は関係ない」

 ウルクスのまっすぐな視線に見つめられる。そういうものなのだろうかと思いつつも、気迫に呑まれ、ノーラは「はい」と頷いた。

「とはいえ、屈強な男性なら、ウルクス様も抱きとめようとはしなかったでしょうけどね」

 空気をやわらげるように、ヨハンネスが茶々を入れた。

「余計な注釈はいい、ヨハンネス」

「さあ、せっかくノーラさんが取って来てくれた果物をいただきましょう」

 ウルクスはノーラの腕から手を離し、代わりに果物を地面から拾って土を払う。

「初めて見るな」

「王都では見かけませんね。リンゴの亜種でしょうか?」

 ヨハンネスは慎重に、ウルクスは潔くかじりつく。一口食べて「うまい」と顔を見合わせた。

「瑞々しいですね。酸味もちょうどいい」

「リンゴより食べやすいかもしれない。これ、もうひとつ食べていいか?」

「もちろんです」

 持っていたぶんをウルクスに手渡す。夢中になって食べるふたりを見て、ノーラはなんだか幸せな気持ちになった。

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