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オレをアリスと呼ばないで  作者: 淫ヴェルズ
第一章 勇者の行方
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第7話 猟犬

「・・・・なにこれ」


 大きく穿たれた真っ黒な大地の縁でフォトクリスは影を潜める。黒々しい爆心地の災禍は凄まじく、ところどころにガラスのようなものが見受けられる。

 その中央でヴァーセイが化け物に嬲られていた。十字架のように拘束され身動きが取れず無抵抗に触手でぶん殴られている。


 フォトクリスはうつ伏せになりクレーターの縁から様子を窺っていたのだが先ほどからずっとこの調子である。執拗なまでに手加減された攻撃。すぐに殺すつもりはない?やはり最初から狙いはヴァーセイだったのか。


 ・・・どうしようかな。このままあいつを置いて勇者様と一緒に逃げるべきか。あれほどの一撃を受けてなおピンピンとしているあの化け物の相手をするのは相当に骨だぞ。正直今の魔力量では心もとない。得体のしれない敵とは不用意に戦うべきではない。リスクは可能な限り避けるべきだ。


 ・・・よし見捨てよう。ヴァーセイよ、できるだけ時間を稼ぐのだ。そうすれば先ほどの件は許してやるとする。


 そうなると勇者様はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。爆発でバラバラになっていたらどうしよう。先ほどからずっと探しているのだがどこにも見当たらない。


 もう一度注意深く探ってみる。


 ・・・あ、よく見たら化け物の下敷きになっている。


 いやなぜそうなる。勘弁してくれ。


 なぜよりにもよってそこなんだ。


 化け物の尻に敷かれてるなんて想像できるかよ。


(はあ、結局こうなるのか・・・)


 意を決しフォトクリスは奇襲を掛けるのであった。




 ドゴォォォォォン


 目の前で化け物の体が炎に包まれ爆発する。ヴァーセイを拘束していた触手が吹き飛び自由になる。


「うぐ」


 ヴァーセイは力なく地面に崩れ落ちる。


 先ほどまで腹筋ボコボコにされていたせいか足に力が入らない。でもあまり顔を殴られなくてよかった。ほんとよかった。殴られている間一心不乱に顔だけはやめてと祈ったかいがあったというもの。これも全て信心の賜物か。

 それに思った通りクリスちゃんはやはり来てくれた。まあ、あれぐらいじゃ死なないよね。僕の魔力特質と腰元にカンテラがあったからこそ雪の影響もなく発動した魔術。あの渾身の一撃を食らってなお平然と襲い掛かるこの化け物から僕は逃げることは早々に諦めていた。


 なぜならすぐには殺されないという確信があったからだ。なぜか化け物は僕に対し異様に執着している。もしかして僕が好きでエロい目に合うだけかなと思いワザと捕まってみたがすぐに後悔することに。痛いばかりで気持ちよくない。その触手は見掛け倒しかよ~。


 保険としてそこらに転がっていた死体同然の勇者様の所へ化け物を誘導したおかげでこうやってクリスちゃんも見捨てずに助けに来てくれた。やはり・・・あれで生きているのか、ふむ。さすがに彼女も勇者様は見捨てられないか。やっぱり嫉妬しちゃうなぁ。


挿絵(By みてみん)


「クリスちゃん気を付けて!そんな攻撃じゃ」


「あ゛あ゛ッ!そんな攻撃ってどんなだよッ!!」


 フォトクリスは襲い掛かる触手を避けながら魔術を紡ぐ。化け物に纏わりつく炎がより強く燃え上がる。粘り気の強い炎がクリスちゃんの怒りに呼応するかのように入念に肉体を破壊していく。勇者様にもお構いなしだがそれはいいのだろうか。


「ほああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ」


 勇者様の悲鳴が響き渡る。僕が思うに勇者様の耐久力は明らかにおかしい。僕の魔術や先ほどの木の枝の件といい余りにもタフ過ぎる。勇者という存在は皆こうなのか。そうであるのならばクリスちゃんが見捨てずに執着する理由も理解できるが、どうも何かが引っかかる。勇者の肩書が思考を阻害する。


「ッと」


 僕は考えに耽りすぎたせいか躓いてしまう。戦闘中だというのに気が抜け過ぎだ。立とうとするもまた転んでしまう。違和感を感じ足元を見ると足先が黒く透明に透けている。奇妙な感覚を肌で感じ慌てて周囲を見渡すとそこには幻想的な光景が広がっていた。黒く透き通るような純然たる闇に飲まれる赤い炎。だんだんと色彩を失っていく様子に現実味を失っていく。それに辺り一面が暗い。夜が訪れるにはまだ早すぎる。


 ガチャリと何かが地面に落ちる音がした。


 見ればクリスちゃんも右手を抑え顔をしかめている。足元に落ちた銃で何が起きたか察してしまう。


「ひ、さじブり、だ、な」


 いや喋れんのかよ。


 化け物から言葉が紡がれるたびに大きな口から瘴気が漏れる。あまりの匂いに二人は思わず鼻を抑える。魚が腐ったような匂いに目の奥がジンジンと痛み涙が止まらない。尋常じゃないぞコレは―――――


 魔力特質を利用し瘴気による体に対する影響を最小限に抑える。腰のランタンから展開される結界がまるで機能していない。あと一歩のところで失禁してしまうところだった。


「お、オでのこと。おぼえて、いるが」


 化け物が僕に対して話しかけてくる。やばいなんて答えよう。お前の様な醜い化け物なんて知らない。話しかけんなクセーしキモイんだよ!と、言ってやりたいところだが返答次第で生きるか死ぬかが決まってくる。この場で生殺与奪の権利を持っている相手にその返しはまずい。それにこの足のこともある。どんな力を持っているのかも未知数なのだから今はとにかく時間を稼いで情報を引き出し打開方法を考える必要がある。時間さえあればきっと本物の天才である彼女がこの状況を打開してくれるはずなのだ。


 僕はそういう彼女が好ましい。期待を裏切らない彼女だからこそちょっかいを掛けたくなる。


 やることは決まった。あとは自分の役割を徹するだけ。


「・・・うん、久しぶりだね教育機関以来だね」


「ふウーふうークキキキキ」


 僕、というより巫女は存在が秘匿されているので基本的に聖殿の外に出ることはできない。教育機関は聖殿の最奥に存在し巫女達のコミュニティは自然と顔見知りばかりのものになってしまう。人間の欲とは業が深く狭い箱庭は僕には狭すぎた。底から抜け出すために色々と覚えることになったが後悔はない。それからの僕は上手く立ち回ることで例外的に王都まで出ていたけども外では誰ともトラブルを起こさないように人との接触は最低限にとどめ慎重に行動していたつもりだ。バレたら後が怖いのだもの。


 つまり、ここまで憎まれているということは同期の人間以外にありえない。


 となるとこいつは・・・いや、決めつけるにはまだ情報が足りない。ただでさえ心当たりが多いんだからね。この一時を楽しんでみるかな、ふふフ。


「いやあ姿が全然変わってるもんだからたまげちゃった」


 思い当たる節はあるが確信がないので少しずつ絞り込んでいくしかない。


 しゅるしゅると化け物の体から触手が伸び、僕は頬を打ち据えられる。


「―――――ッ」


 どうやら今ので奥歯が抜けてしまったようだ。できるだけ当たり障りのない会話をすることを心がけたつもりだったがお気に召さなかったようだ。何がダメだったのか。化け物の精神構造なんてわからないよ。あと、顔はやめてよね。


「だれのせいだとおもっでいるんだああああ゛あ゛」


 いつの間にか両足が黒く透明になっている。足の感覚はあるというのにすり抜けて立つこともできず逃げることすら許されない。鞭のように振るわれる触手を前に体を蹲らせ、ただただ耐えるしかなかった。


 服が裂け赤くなった肌があらわになる。ところどころから血で滲み出る。カンテラがなかったら寒さで死ぬなこれ。


「このときヲ。どれホど、ま、まっていだかあ゛あ゛あ゛あ゛」


「ブタ野郎がッ無視すんな!!高まりし気運<嚇炎>(かくえん)!!」


 化け物を中心に炎が陣を描くように触手を焼き切る。もう動くのかクリスちゃん。さっすが!!それにこの炎のライン、彼女と目を合わせその意図を直感で感じ取る。


「いったい誰だよてめーわ!何が目的!」


「クキキキキ・・・ぞうかオマエはおでをじ、じらないのかああ。あンなにきぞいあった。な、なかだってのにいいいい。オこぼれのおおオ、だいいちいのクセにいいいい!」


「はぁ?」


 ああ、なるほどそういうことか。ようやくこいつ正体がわかった。でも、だからこそわからない事もある。


「・・・本当に久しぶりだね。まさか生きていたなんて」


「いや、誰だよ・・・だれ」


「クキキキキキキ・・」


 地面のあちらこちらから触手が生え空高く屹立する。よほど嬉しいのか闇の中で白く波打つ。ここら一帯は化け物の操る謎の力で真っ暗である。先ほどまで雪原にいたはずなのにこの常識を疑うような光景。まるで夢を見ているような錯覚に陥る。

 夢か現実か。空からは輝く闇の帳が落ち謎の重圧で押しつぶされてしまいそうだ。こんなのどうしろと言うんだ。もはや人間にどうこうできる範囲を超えている。


「ぜんブぜんぶ、おまえ、のせいだあ!こん、なすがタになったのもスベてッ!!」


「もっとゆっくり喋ろ。耳障りだ」


「やられたんだよ!そいつに!毒を!」


「毒?ヴァーセイが?」


「・・・・・」


 やっぱりか、と僕は正体を突き止める。


 急に流暢になる言葉。クリアな声。化け物の胸元から人間の上半身が生える。まるで脱皮だ。粘ついた体液を纏いながらビクビクと痙攣させながらゆっくりと動き出す。あの青い髪どこかで見たような・・それにしても気持ちが悪いな~。


「お前・・・どこかで見た顔だな。巫女、なのか。その姿は一体・・・」


 フォトクリスは古い記憶を呼び覚ます。確かこいつは―――――


「こいつに毒を仕込まれてから俺の人生は変わっちまったッ!なんとか一命をとりとめた俺があの後どうなったかわかるかあ。巫女になれなかった者の末路をよおおお」


 化物から現れた人物は鬼の形相で泣きながら先ほどから沈黙したままのヴァーセイの罪を弾劾する。


「毒の影響で半身不随になった俺は教育機関を辞めさせられ、教会の連中に身の毛もよだつ様な実験のモルモットにされた!その結果がこの姿だ!どうだッこの醜い姿は!!!お陰様で俺はもう人間じゃないッ!」


「ごめんね!」


「ごッッごめ、、ッ、なんだその態度は!!この姿を見て何とも思わないのか!?お前のせいで俺は、俺はああああ”あ”あ”!」


 にこやかに対応するヴァーセイと怒り狂う怪物。


 軽い。とにかく言葉が軽い。まるで何とも感じていないような冷淡な受け答えに化け物が憤慨する。それに対しヴァーセイはニコニコと笑いながらその実まるで無表情。笑顔の仮面をつけているようだった。


「うーん、強いて言うなら滅茶苦茶キモイなーて、あははは。あ、僕のせいでそうなったんだっけ、ぶっほw」


「ヴ、ヴァーセイ?」


 ヴァーセイの態度に流石のフォトクリスも戸惑う。


「いやーその必死な負け犬面。はっきりと思い出したよNo.352。なるほど通りでねえ、驚いて損しちゃった」


 ヴァーセイはヘラヘラと笑いながら楽しそうに語る。久しぶりに出会った知人に話しかけるように、なんの億尾も無く声をかける。


「あの時素直に死んでいればそんな姿にならずにすんだのにね。半端な実力持っているからそうなるんだよ」


「・・・お前・・やっぱり毒を仕込んだってのは本当だったのか・・・」


「やっぱりって・・・あれ、何で驚いてるのクリスちゃん?知った上で今まで僕に付き合って・・・・ん、あ゛ッ!?」


 え、なんだこの反応・・・いや待てよ―――――


 そういえば過去に成績優秀者が何人も消える事件があったことをフォトクリスは思い出す。生徒の間では教官からの行き過ぎた指導で死んだともっぱらの噂であったし死人が出てもおかしくな環境だった。あのクソ教官もまるで自分が殺したかのように振る舞っていた上に暗に自分が殺したと受け取れる様な示唆もしてもいた。奴は教官の中で一番苛烈な指導を行う事で有名でもあったからこそ誰もがエイヴォルを犯人だと思い込んでいた。


 だが、実際には指導で誰も死んでいなかった・・・・?


 あいつなら殺っていてもおかしくない。そういった先入観が、思い込みが、視野を狭めていたというのか?


「な!?まさかお前!?」


「あちゃーまさか知らなかったとは・・やっぱり序列一位(ホンモノ)は違うなあ。無意識に毒を無効化してたってことか。今まで殺してきたマガイモノどもとは違うなあ。やっぱり好きだなぁ」


「つまり施設内での巫女の不審死は・・・」


「お察しの通り全部僕がやった。目に付く僕より優秀な人にはもれなく毒をプレゼントしてあげた。もちろん君にもね」


 ようやく長年の疑念が晴れる。成績上位の人間ばかり死んだあの事件。指導で殺されるなら普通は実力の足りない劣等生であるはず。指導はあくまで成績が悪い人間への罰であり成績向上を意図とする目的で行われるものである。一応指導を受けるのは劣等生だけではない。優秀な成績を持つ者には反抗的な態度をとる者が多くいた。その態度の矯正のために指導が入ることもあった。


 今までは属国民をよく思っていない教官達が行き過ぎた指導の結果殺してもおかしくないと考えられていたが教官達の目的はより優秀な人材を育て上げ聖王国に帰化させる事である。優秀な人材が消えればそれだけ自分達の首を絞めることになる。彼らも成果を上げなくてはならないはずだ。ではなぜ教官達はまるで自分たちが殺したかのような思わせぶりな態度を取り続けたのか?


「ちなみにだけどエイヴォルくんは誰かが巫女を意図的に殺している事実に気が付いていたみたいだよ。敢えて犯人を放置し死という恐怖を利用してクソ生意気な態度を取る巫女達の態度の矯正と巫女全体の成績の底上げを図るつもりだったみたい」


 確かにあんなことがあったせいか表立って反抗的な態度を取る人間が減ったのも事実。誰もかれもがよく躾けられた家畜の様だった。まあ、誰だって死にたくはないもの。


「お前さえ、お前さえいなければああああああ!いつもいつも卑怯な事ばかりやって俺の様なまっとうに努力してきた人間の足を引っ張る!このゴミ屑野郎ッ!」


「足?君もう足ないでしょ」


「誰のせいだと思ってんだああああああああああッッ!!屑野郎オオオオオオオオ!」


「いやいやでもほらNo.35・・・もう言いにくいから芋虫君でいいや。とりあえず芋虫君は努力なんかじゃ手に入らない至高の力を手に入れてるみたいだし、君の元の才能を考えると望外の結果じゃないか。僕に感謝してくれてもいいんだよ!―――――――――――すんごいキモイけど!アハハハッッ!!笑えるね~」


 化け物の体躯を気持ち悪そうな顔で見ながら嘲笑い挑発する。化け物の注意は完全にヴァーセイ一人に逸れている。


 だが、こちらも化け物を殺すための準備があるのにどうしても気になってしまう。彼の時間稼ぎは私にとっても興味を引く要素が多すぎる。


 こいつの煽りっぷり、まるでゴミ野郎みたいだ。やっぱり後で殺すべきかもしれない。


「おいぃ!そこの金髪!!お前もこいつに毒殺されかけたんだ!そいつは裏切者なんだぞおッ!」


 ヴァーセイの精神を揺さぶるために始めた罪の糾弾は彼を動揺させるどころか調子に乗らせるばかり。これではいけないと攻め方をこちらを巻き込む形にシフトさせてきた。


 なんだろなぁ。絶望的な力を振るう敵だと思っていた相手がなんとまあ情けないことか。もはや逃げるという選択肢はなくなった。こいつはもう化け物ではない。今やただの・・・


「その顔・・・・負け犬そのものじゃん」


「―――――な、に」


「だいたい考えが甘いんだよ。話を聞いて気づかなかったのか?ヴァーセイの行いは優秀な巫女を作るために教官に敢えて見逃されていたんだよ。それに毒とかそういった工作活動は私以外の序列持ちは全員やってたぞ」


 流石に殺しまではやってなかったようだけどな。と心の中でごちる。殺しまで行ったヴァーセイがのうのうと生きているんだ。黙認されていたと見て間違いない。これでクソ教官と仲がよかった理由もわかった。裏でいろいろと繋がってわけか。そう、いろいろと。


「そんなことがあってたまるかよおおお。少しは俺がかわいそうだと思わないのかアアアア」


「気安く話しかけるな負け犬が。いちいち落ちこぼれのカスのことなんざ覚えてねーよザーコ。何もかも劣っているおまえが悪いんだよ。おまえはいい加減そこの卑怯者の地道な努力に負けたことを認めたら?」


「で、でも毒、ど、毒を盛られたんだ!毒をお、お、れは」


「何度も言わせないでよ。だからそれがあいつの努力なんでしょ。おまえは負けた、あいつはめっちゃ頑張った。そういうこと」


 不安そうに見つめていたヴァーセイの顔がパッと明るくなる。


「クリスちゃん!!」


「ふざけるなああああああ!!それのどこが努力してるっていうんだよおおおおおおおおおお!!」


「そんなことないよーめっちゃ努力してたよ。好きでもない奴に精一杯媚びを売ったり、お金渡したり、エッチしたり、外に出て物資を掻き集めたりさ。芋虫君には〇〇〇の味なんてわからないよね。あの場所じゃあ僕の才能なんかじゃ勝てないほどに優秀な人間がたくさんいたからさ、正直ムカつくよねー。それに一部の上澄み以外は供物にされちゃうし、だから足を引っ張ってあげなきゃ申し訳ないと思って。こんなに努力している僕を差し置いて自分だけ助かろうなんてこんなの許される訳ないじゃん!!もっとみんな苦労するべきだよ。僕の気持ちを知るべきなんだよ!まあ、その努力が実って序列12位になれた訳だし、やっぱり僕がやってきたことは間違いなんかじゃなかったんだ!やっぱり努力って最高だよ!!」


「まあ後でおまえも殺すけども」


「え”、クリスちゃんッ!!??」


 ワナワナと震えるヴァーセイを放り、化け物を見下す。語れば語る程、化け物の外装は剥げ落ちしょぼくれた中身が顔を見せる。化け物のままでいればこうもならなかった。私たちに勝ち目は無かっただろう。

 主義主張に駆られそれを抑え込めなければ弱さを晒すだけとなる。怪物は黙して淡々と追跡者の役回りに徹していればよかったのに。それを自ら捨て去るとか馬鹿だなぁ。復讐者がやたらと語りたがるのはやっぱり知ってほしいからなんだろうな。それで弱体化してちゃ世話も無い。


 流れが傾いたことで私は戦いでは勝てないので精神的に勝つことで優位性を確保することに注力する。これならば溜飲が下がるというもの。奴はあれほどの力を持ちながら私たちは未だに生きている。こいつは覚悟も信念も薄っぺらい。泣き言ばかりをよく喚く。うるさいだけだ。


 やっぱ負け犬はダメだな。どんなに無敵な力を手に入れようと染みついた負け犬根性はそのまんま。力を手にしても人間の根底にある本質は早々に変わるようなものではないということがよくわかった。肝心な時に素を晒し肝心な時に役に立たない。


 さあ、あと少しで準備が終わる。貴様らの終焉はすぐそこだ。


「だいたいね、甘いよ。毒食らった程度でヒイヒイ喚くような奴がこの先うまくやっていけるものか。生半可な実力で序列持ちになれると思うなよ、水に浮いた垢野郎」


「お、俺は被害者なんだぞおおおおお。何も、何も悪くないのにいッッ!!どうして責められなきゃいけないんのおおおッ!?」


「うるせさっさ死ね」


「ほら芋虫君謝って!自分の無能さ加減を棚に上げて僕を侮辱したこと謝って!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ライアあ゛あ゛あ゛あ゛」


(・・・・ライア?)


 叫びに呼応するかのように私たちの体が闇に溶けていく。もうすでに体の大半が闇に食われた。どちらが先に死ぬか楽しいデットレースが始まる。


「もう、いい殺す!殺してやるッ!?教会の思惑なぞ知るものかアッ!殺す殺す殺す殺す殺す今から人を殺しますううううッ!!!」


「おあああクリスちゃんんんんんッ!!おたすけえええええ」


「死ぬのは貴様の方だ!逝っちまえよぉッ!儀式――――――展開」


 先ほど炎で描いた陣が光を放つ。闇の中で一筋の閃光を抱く。


「何をしようと無駄だッ!ありとあらゆるものは常世の闇に抱かれこの世界に一部となる!輝く黒き経典の薫陶に当てられ夜の海に飲まれてゆけッッ!夜よ、夜よ、よるうううううううう俺を導いてくれえええええ!」


 私たちの意識が黒い靄で覆われ始めてくる。まさか精神にも作用するのかコレは。ただでさえ欠落の多い記憶が穴ぼこになり黒く穿れていく。このままではすぐに命の輝きすら塗りつぶされてしまう。


 だが、


 しかし―――――


 普通ならここで終わりかもしれないが、貴様が相手しているのは天っ才なんだぜ。


「ッ!!な、なんだこの光はぁ!!馬鹿なッ夜そのものとなった俺には何物にも干渉されないはずだろがあああ」


 夜に包まれた化け物の巨躯から光が漏れ出す。深い闇の底からまばゆい光が突き抜ける。


「たしか<夜>と言ったか。なるほどあらゆるものを夜の闇に同化するのか。その力はきっとどんなものでも飲み込んでみせるだろうね。だが、しかしッ自分の素性を晒した時点でもう終わってるんだよねえ!」


「―――――――――なにを、した」


「んーああ、なるほどそういうことか。これが勇者召喚の儀なんだね・・・芋虫君も元とは言え巫女だったもんね」


「なんなんだ、これはどういうことだッ!!」


「察しが悪いなあ、貴様はこれから奇跡を行使する際に必要な供物の役割を全うするんだよ。さあ泣いて喜べッ!なりたくてなりたくてしょうがなかった巫女に戻ってお前の本来あるべき惨めな未来を歩ませてやるよおッッ!!あと、いい加減そのでかケツを勇者様の上からどかしやがれっ!」


 黄金と言えるまばゆい光が化け物を中心に花開く。その栄光の輝きはまるで化け物を祝福するかのようだった。化け物の体躯が完全に光に飲み込まれる。


 炎の魔術で描いた陣が更なる光を求め力強く輝く。


 ・・・結局これしか思いつかなかった。奇跡自体が勇者召喚の術式として組み込まれているのでどうしてもその下準備に時間がかかってしまったがやはり奇跡の強制力は凄まじいな。


 フォトクリスたち序列持ちの巫女は何度も何度も予行練習させられてきたおかげで確実に遂行できる。本来なら過剰な負荷処理をを分散させるために複数人で行う儀式であるが私ほどの天っ才であれば一人でも可能だ。過剰な負荷も、いざとなればそばにいる優秀な拡散装置くんが保険になってくれる。


 展開された偽りの夜が崩壊し始まる。


「クリスちゃん!!やっぱり君はすごいよおッ!一目見た時から好きでしたッ!これから先、一緒にたくさん冒険しよう!」


「何言ってんだお前もここで死ぬんだぞ」


「え”ぇ!?」


「私に毒盛るようなクソ野郎を生かしておくとでも?ここで死ぬべきだと思うよね、貴様もさ?特別に奇跡を孕まさせてやる」


「ちょ」


 ヴァーセイの体も光に包まれ消えていく。それを笑いながら見送る。


 あの負け犬が正真正銘の化け物でなくて本当によかった。奇跡を行使するには行使する者と供物となる者の信仰する神が一致せねばならない。奴が元巫女であってくれたおかげで生け贄不足による不発。そこから生じる不足分のとりたてもなく無事に奇跡は発動した。


 ああ、巫女が二人いてくれて良かった。最低限の数を確保できてよかった。


 これで邪魔者は全て消えた。勇者様を連れてさっさと離脱しよう。



 夜の結界が黄金の光で満たされていく。もうじき夜が明ける。ありとあらゆるものを光が貫いていく。


 ―――――そんな私の体すら透過していく光に不吉な前兆を覚える。


「!??」


 ・・・待てッ。なんだこの力の流れは!?


 私はあくまで巫女二人分で可能なまったく意味のない奇跡を行使しただけだぞ。どうしても処理できない芋虫野郎を供物として捧げて殺すためにやっただけで奇跡によってもたらされる結果は求めていない。


 奇跡は神の力の一端だ。誰にもその発動を妨げられることはできない。夜との同化という強力な力ですらその執行力には抗うことはできなかった。


 奇跡を行使するために必要な最低限の供物は用意したがこの奇跡によって生まれるエネルギーでは勇者召喚の儀を行うための必要な出力が圧倒的に足りていない。

 未開領域へアクセスするには最低でも供物用の巫女が30人は必要だ。それですら精神をだけを捻じ込むだけの小さな門しかできない。

 最低でも2人は必要というのは召喚の儀の場を開くために神に支払う手数料のようなものでしかない。


 なのになぜこれほどまで大きな門が開いてるんだッ!?


 巫女二人分で行う奇跡なんかじゃ門が開けるはずがないのに。なのにこの出力はなんだ!?このエネルギーはいったいどこから湧いてくるというんだ。


 ――――――――――――――――まさか。


 意識を集中し勇者様との繋がりであるラインパスを確認する。案の定ラインパスを通じ莫大な力の根源が勇者様本人にあることを理解してしまった。


(なんだこれは出鱈目にもほどがある――――――)


 まさしく無限の命。術式に吸われ生命力が氾濫する。


 そこからはあっという間だった。


 奇跡は不死者を媒介に世界に楔を打ち付け異空間へと私たちを飲み込む。勇者を中心に一帯が巻き込まれる。


 ただただ落ちていく。底知れぬ神性の渦へと。巫女をいくら使っても精神を飛ばすことしか叶わなかった未開領域。まさか物質すら飲み込むほどの門を開くなんて。


 まさしく、奇跡だ。全てが光に満たされていく。


 ――――――ああ、なんだそういう事だったのか。


 のちの世に語り継がれるほどの暴虐の限りを尽くした不死者。不死の名を冠する彼らがこの世界から消えるという矛盾。


 その不死者がこの世界から消えたのは・・・きっと・・・・


(勇者、様・・・)


 そんな思いも空しく揺蕩う神性の巣窟へと堕ちていく。そこにはなんの慈悲もなくあるとすれば漫然な許しのみ。神はこんな私でも救ってくれるのだろうか。


 祈りを捨てた私を。



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