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オレをアリスと呼ばないで  作者: 淫ヴェルズ
第一章 勇者の行方
6/88

第6話 雪世界

ザッザッザッ


 白い大地を二つの赤い光が駆けていく。薄く積もった雪を踏み抜き竜馬が人を乗せ道なき道を進む。奇妙なことに雪が竜馬を避けるように降り積もる。追手ががいないか気を張りながら先ほど超えた丘を振り返る。もう大分王都から離れたようで太陽が小さく目に映る。すでに王都周辺の農耕地帯は抜けており、神の加護による雪の減退領域内はすでに抜けている。


 ・・のだが、普段であれば雪はあまり降らないのに今日に限って雪が大量に降っていた。ここはすでにいつ死んでもおかしくない死と隣り合わせの領域。火の加護がなければすぐにでも凍死する。そんな領域での単独行動を行える【火継守】(ひつぎもり)たるフォトクリスを追って来るにはそれ相応の準備が必要だ。降り注ぐ雪のおかげで足跡は消え追跡は困難。これである程度の余裕はできたといってもいいが未だここはセプストリア聖王国の領土内。国境を越えなければ本当の意味で安心など出来やしない。これからいくつかの都市を経由し帝国方面へと向かわねばならないのだ。


「いや~なんとかなってよかったよぉ。エイヴォルが持っていた通行証のおかげでとてもスムーズに事が進んだよ」


「私としてはもう少し王都を見て回りたかった。あと体を洗いたいよ」


「・・・・」


 カンテラに灯した赤い炎が揺らめく。小さな炎であるが竜馬を駆る私たちを暖かな光で包み込む。熱でできた傘が降り落ちる雪を次々と溶かしていく。


 あの後城門を抜け、しばらくしてから死体を積んだ荷車を林の中へ放棄した。あれを抱えたまま外で行動すれば血の匂いに引き寄せられ魔獣が寄って来る可能性がある。魔獣は【火継守】(ひつぎもり)が使う炎を嫌うらしいが、私は外での活動がこれが初めて。知識で知っていてもちゃんとうまくいくか確証はない。リスクはできる限り減らしておくべきである。そんな私の胸中を知ってかヴァーセイがおだててくる。


「やっぱり火属性ってすごいなー。クリスちゃんがいなかったらすでに凍死してるか獣に食い殺されてたよ」


「まあ私は天っ才だからな」


「・・・凍死?」


 私の後ろに乗る勇者様が息を絶え絶えにしながら疑問を口にする。なぜそんなことを聞くのだろうと思ったが異界の存在である彼が知らなくてもおかしくない。この世界の雪の怖さをレクチャーしてあげないと。


「勇者様くれぐれも都市の加護領域の外へ単独で出てはいけません。今日は運悪く雪が降っていますけども本来であればここは聖王国の中心部だから太陽の影響もあって安全圏です。ですが、そんな王都からこれからどんどん離れていくので気温が下がっていくし雪で視界が悪くなっていきますからね」


「全てはあの太陽の恩恵があってごそか。そもそも加護領域って・・なんだ?」


「この国が国教と定め崇めている主神が敷いた結界とでもいいましょうか。その結界内であれば雪の力は弱まります。聖王国領土内の都市や村を中心に加護領域は展開されてまして範囲は広大ですが結界の中央から離れれば離れるほどその効力は弱まります。ただ王都の場合、太陽がありますので相乗効果で効果範囲も効力も段違いです。王都はこの国で一番安全な場所と言えます。まさしく太陽万歳って感じです」


 なるほどついでに熱量や光源はあれで賄っているのか。あの太陽は権威の象徴だ。そう考えるとこの国の構造は自然とあの太陽を戴く王都を中心とした円の形になるだろう。そうなるとこの国の領土は相当大きいらしいから国境まで結構時間がかかりそうだ。


 ・・それにしてもだ。ヴァーセイが口にしていた火属性だったか・・・それと何の関係があるのだろうか?

 まるで普通の人間は外で活動できないみたいな言い草だ。この程度の雪の勢いならある程度着こめば十分そうなんだが・・・

  

「・・・この世界は呪われているんですよ。神の恩恵で信徒は自ら火石を媒体に火をおこすことが可能になりましたが火石を媒介にした炎は生活する上ではその炎で十分ですが加護領域外ではあまり役に立ちません。所詮は偽物のカス炎です」


「そんなに、ここはやばい場所なのか」


「少なくともこんな格好で来ていい場所じゃないですね。常人が私みたいにお洒落で肩を露出してたら余裕で死にますね。火が無ければあっという間に体温が奪われて死にます。魔力だって掻き乱しますしね。まあ私には関係ないですけど。火属性ですから!ふふふ」



(軽装備・・・)


 今のフォトクリスの格好は聖殿内で見せた服と違い肩や首元を普通に露出するよう着崩して赤と黒のダウンジャケットのような服を身に着けている。なんか現代風味というか、急に親しみ深い格好になったな。余計に混乱させる。はっきり言ってすごく寒そうなのだが本人はケロッとしている。


 歳の割に攻めすぎじゃ?と思いもするが本人は楽しそうなのでまあ、いいのかもしれない。背伸びをしたい年頃か。俺にも覚えはある。それにお洒落は女の子の特権、誰にも邪魔することなどできない。


「やっぱり外に出回っている服は変わっている。こんなの見た事も無い」


「クリスちゃん。こういった服って誰かが意図的に流行らせてるらしいよ。ダンジョン産の装備を参考に仕立てているんだって」


「それにしては住民どもは面白みのない普通の格好してなかったか?」


「こういう凝った服って高いらしいからね。貧乏人はお洒落する余裕もないからね。可哀想にね」


「ふーん、人生損してるなー見た目って重要だと思うんだけど。無個性が怖くないのかな」


「クリスちゃんは統一された巫女服が嫌いだったもんねー」


(お洒落の為なら強盗するような奴らが言う事だ。一味違うな)


 こいつら服を手に入れるために息をするように強盗に入ったときはもはや笑いしか出なかった。その後に証拠隠滅と称し放火したのを忘れてはいけない。店員がいなくて本当によかった。恐らく目撃者は殺していただろう。恋都はぼんやりとした面持ちでカタカタと揺れ動くカンテラを眺める。俺なんてミイラ男だぞ。


 雪は今も少し降っているし風も吹いているが彼女が持つカンテラのおかげか寒さをまったく感じない。こんな状態で危険と言われてもいまいちピンとこないが先ほどから偶に見かける道端に転がる人間の遺体らしきものが事実を物語っている。はっきり言って異常だ。ところどころで小さな動物が死体に群がり噛り付いている。


「なあ本当に追手は問題ないのか?」


「糞みたいな炎でもこうやってカンテラにいれればそう簡単に消えることはないですが周囲に発する熱量の問題がありますので長時間の都市外活動はまず無理ですね。例え寒さに強い耐性を持つ獣人でもこの距離では追ってくることはまず不可能です。ウクク、私のような選ばれし天っ才はそういませんからね。凡人は大変です。戦闘になってもこっちが超有利です。だからそう心配しないでください。私がお守りいたしますので」


 フフン、と誇らしげに胸を張るフォトクスリス。


 前から感じていたが彼女は他人を見下す節がある。事あるごとに自分を誇示するが俺にはどうにも彼女が無理をしているように感じる。まるで他人を寄せ付けないようにしているようだ。これは・・・自分を守っている?


 俺自身も彼女には思うことはいろいろある。もしかしたら彼女たちの境遇に自分を重ねているのかもしれない。いや、違うか。彼女は俺とは違い他人に植え付けられた思想に染まらずに確固たる主体性を持ち行動できる人間性の持ち主だ。それにくらべ俺はただ言われたことを額面道理に受け取り行動することしかしてこないつまらない生き方しかできなかった。


 まさか・・・嫉妬してるとでもいうのか、こんな子供相手に。


 ・・・どうもフォトクリスに対して妙に感情が入り乱れる。やはり何かがおかしい。


 いくら考えても答えは出なかった。ただただ俺には彼女が眩しく映り直視できなかった。


 そんな時だ。急に体が跳ねる。雪に紛れた石か何かに躓いたのか竜馬が一瞬体勢を崩すもなんとか持ち直すが、もともと力の入らない腕で彼女にしがみ付いていた俺は竜馬から落馬してしまう。


「ヴぇッ」


「あ、勇者様が落ちた」


 ヴァーセイの声にフォトクリスは背後から消えた勇者に気づき慌てて竜馬を止める。それなりの速度で進む竜馬から落ちた勇者様は血みどろになりながら白い大地の上で転がる。


 竜馬から飛び降り勇者様に駆け寄る。


「大丈夫ですか勇者様!」


 雪に沈んだ勇者様の頭を引き抜くと首があらぬ方向へ曲がっている。後ろから駆け寄ってくるヴァーセイに見られる前に首を無理やり元に戻し、ペチペチと頬を叩く。ギュキュとしてはいけない音が聞こえたが不死者だし問題ない。それから意識は戻ったようだがどうにも混乱しているようだ。まるで死んだことに気づいてない様子。ここで騒がれてヴァーセイに気づかれると面倒なのでごまかす。この世界における不死者の立ち位置についてまだ話していなかった。


「あれ、いま俺・・」


「だめじゃないですか勇者様。ちゃんと捕まっていなきゃ。でも無事でよかったです」


「え、無茶言うなよ・・まともに動くの右腕だけだし、この揺れのせいで傷ゴヘェッ!ゴホォッ!ハアハア。あああああちくしょおおおおおぉぉぉ!」


 咳き込みながら勇者様は突然大声で叫ぶ。口元を抑える手の端から血がにじみ出る。

 勇者様は体調のせいで相当精神に余裕がないようだ。いきなりキレた勇者様にヴァーセイが驚く。その場で意味もなく体をばたつかせ暴れる。普段は平気そうに体面をつくろってはいるがその実、体中の痛みで常に不安定である。

 こちらで痛みは緩和したとはいえ普通なら発狂していてもおかしくないのだが大した精神力をしている。やはり勇者はそうでなくてはな。かっこ悪い勇者様なんて見たくない。取りあえず落ち着くまでなでなでしておこう。


 ・・・・おかしいなぁ。私ってこんなに気遣いをする人間だったのか?


 勇者を前にすると、ひどく女になる。



「・・・・・・・・ヴァーセイ、私は見てのとおり撫でるのに忙しいから血のあとは全部消しといて」


「あいあいー」


 赤く染まった雪に手をかざす。するとどうだ、途端に血の色が薄くなっていき次第に消えていく。いったいどんな原理でそうなるのか。フォトクリスに頭を抱えられながら俺は痛みをよそに凝視してしまう。非現実な光景を見てスッと冷静さを取り戻す。


(これが魔術ってやつか・・)


「もしかして・・・勇者様は魔術を初めて見るのかな?」


 そんな俺の様子が気になったのかヴァーセイが疑問を投げかけてくる。


「そんなものは見たことも聞いたこともない」


「でしょうね、勇者様からはぜんぜん魔力の存在を感じとることができませんから。最初は隠蔽しているだけかと思ったんですがびっくりしましたよ。魔力を持たない人間がいるだなんて・・・そっちの世界じゃ神の祝福も存在してなさそうですね」


「え!祝福も無しに今までどうやって生きてこれたの!?」


「・・・そもそも神とかいない」


「さすがは異世界。こちらの常識が通じないようですね」


 それはこっちのセリフだ。さっきから神様神様言いやがって。そもそも神ってなんだよ。そんなあやふやかつ抽象的概念が世界の根底にあるなんてどうなっているんだ。ここまで神の話が出てくるんだ。まさか本当に存在するとでもいうのか?もしそうなら、えらい世界に来てしまったぞ。


 竜馬がこちらに駆け寄ってくる。ただのデカい爬虫類かと思いきや案外人懐っこい生き物なのかもしれない。


「さてさてどうしようか?このままだとまた勇者様が落ちちゃうよ」


「どうするといってもな」


 街道を避け追跡されないように敢えて荒れた道を選んだせいか雪に埋もれた石や倒木が進行の妨げになっている。おかげで勇者様は落馬するし・・余り余計な時間を食うわけにもいかない。


「仕方ないからサンドイッチにする」


「そうだねせっかくだし晩御飯にしよっか。ちょっと早いけど」


「ちがうわ!休憩する暇なんてないんだぞ。ああッもう!とにかくやってみる!」


 しゃがんで待機している竜馬の上に勇者様を跨らせ挟み込むようにフォトクリスとヴァーセイが乗る。


 聖殿で手に入れた荷物は全てもう一匹の竜馬に積ませる。なるほど挟み込むことで安定性を図ろうということか。頭がいいな。


「とりあえずお前は勇者様が落ちないように後ろから支えろ」


「・・まあ僕としてはこれでいいけどもう一匹の竜馬はあのままじゃ逃げるんじゃないの?」


「それはない。竜馬は孤独を嫌う生き物だ。群れを作りただの一匹で行動することはまずない。それにカンテラを持つ私についてきたほうが長生きできると本能的に気が付いている。無駄話はもう終わりだ、行くぞ」


 雪の勢いが少しばかり強くなり辺りが薄暗くなってきた。降雪量で王都までの距離を予測し、これでもう追って来るのはまず不可能だと確信する。本格的に夜になればさらに捜索は不可能になる。夜の世界は視界の利かない闇そのもの。闇の中であろうと私の炎は昂然と光輝く。誰であろうと追跡は不可能だ。追手も光を追えばいいという話ではない。


 カンテラが発する光がより強く浮き出る。ここにとどまっていても仕方がない。

 

 フォトクリスは再び竜馬を走らせる。


「ねえ、クリスちゃんはこれからどうするの」


「さあな、とりあえずは別の国で再出発か。幸い私は火継守だし引く手数多だ。場合によってはアンティキア正教への誓約を破棄して新たな改宗も必要かな。ゆくゆくはそれ相応の立場を得れればいい。冒険者も一つの手だ」


「信仰を捨てるって・・簡単に言うけど罰が当たらないかな・・・?」


「・・罰??・・・正式な手続きを踏めば問題ないらしいぞ・・・まあ二度と誓約できなくなるらしいが。どうせ押し付けられた信仰だし未練はない」


「不安には思わないの?・・僕は思わない」


「思わないのか・・・」


 困惑した面持ちでつい聞き返す。じゃあなんで聞いたんだよこいつ。


「そもそも幼ない頃に攫った上に初手洗脳かましてくるような国が好きになれるはずがないよ。属国民は滅茶苦茶差別されるしね」


 聖殿内でうまく立ち回っていたはずのヴァーセイにすらそう言わせるのだ。説得力が違う。


「言葉の端やら態度からチラチラ見えるんだよね。それに過激派もいるみたいだしどんなに出世しても属国民のレッテルが付きまとって来るよ」


「自分の生まれ故郷に帰りたいと思わないのか?」


「うーんあんまり思い入れもないし別にいいかなって。それに今はクリスちゃんに勇者様がいるしね。寄生させてもらうよ!」


(いや寄生するのかよ)


 たわいのない話が俺越しに飛び交う。彼女たちも先行きの見えないこれからに不安を感じているのだろうか。気を紛らわせるなら会話が一番だ。


「お前は娼婦にでもなってろ!!」


「えー養ってよーゆくゆくは結婚してくれよー全力で依存させろよー」


「ふざけんな!そうやって他力本願な姿勢のまま保身に走ってばっかだから他の巫女どもに嫌われんだよ」


「でもクリスちゃんはなんだかんだいって僕に構ってくれるよねー。ああ思い返すは美しき友情!」


「いや碌な思い出がないんだけど・・・勝手に美化すんな。そもそも私ら友達でもなんでもないだろ」


「もー照れ屋さん!」


 驚いたことにこの世界では同性同士で結婚が認められているようだ。俺の世界じゃ人類存続のために絶対に認められない行為であるためなかなか興味深い。まさしくファンタジー。


「それにしても火継守はいいよね。その気になればノージョブでも生きていけるんだからさ」


「私は確かに特別だけど、そういうおまえだって魔力特質持ちだろ」


「でもクリスちゃんだって持ってるじゃん。ただでさえ珍しい属性持ってる癖にこれって不公平だよ!勇者様まで召喚しちゃってさあ。なんだか嫉妬しちゃうな☆」


「・・・?」


 恋都は一瞬粘ついた仄暗い感情を感じる。振り返るも不思議そうに首をかしげるヴァーセイ。こちらに向かってニッコリと笑い返す。


 ―――――――――なんだか不気味だ。


 ぎゅっと背後から抱き着いてくる二の腕がまるで拘束具のように思える。


 ・・・・・・それにしてもなんか密着しすぎじゃない?少しは恥じらいがあってもいいのではと思ったがそういやこいつ尻軽だったな。いや、考え過ぎか。俺が落ちないようにしてくれているのにこの考えは失礼だ。


 こちらの内心を悟ったのだろうか耳元で囁いてくる。


「ほら、また落ちたら危ないからね。ふふふ」


 それにしては・・・なんだか手つきがいやらしく感じる。


 もしかして俺セクハラされてるッ!?


 彼女の吐く息が耳にかかる。なんか近い・・近くない?いやでも俺のためにやってくれてることだし、多分勘違いだ。そうであってほしい。


「勇者様ってとっても暖かいね。まるでクリスちゃんみたい。それにいい匂いもするし」


 すんすんと首筋の辺りで匂いを嗅ぐ。鼻息がこそばゆい。背筋がゾクゾクする。うひッ。反射的に体がびくりと跳ねる。そのせいで吐血してしまう。


 ―――――つうかさっきから腰付近に硬い何かが竜馬が揺れるたびにガンガン当たってクソ痛いんだけど!的確に俺の弱いとこを突いてきやがってぇ!


 血がだらだらにじんできてるし、マジ吐きそう。さっきから前に座るフォトクリスの綺麗な金髪が見る影もない。粘り気のある血の塊がへばり付いて毛先で垂れているのを見てすごく申し訳のない気持ちになる。


「おい、なにやってんだこのチ〇ポコ野郎ッ!!」


「すまない。ゆるしてくれ・・・」


「ん?いや違います勇者様のことじゃないです!そこのホモ野郎のことですよ!」


「――――――――――――――――え゛」


 ま、まさか腰に当たるコレは・・・


「おまえ男だったのかよ!!」


「そうだよぉ。同性同士こんなに密着していても何もおかしいことはない!それともナニかなぁ男である僕に興味があるのかなぁ」


 まるで挑発するかのように力強く抱きしめてくる。こいつ何考えてんだッ!つうか見た目に反してデカくなぁい?


「ア゛ア゛ア゛キズがア゛ア゛アアアア―――――」


「ちょ、ちょっとあんまり、暴れ―――――ッ!?」


 電撃のように体を駆け巡る痛みに体を激しく揺らす。いかに体がボロボロといえど俺は遺伝子操作によって強靭な膂力を有する。

 アカデミアでの体力測定で重量上げがあるのだが成績最下位の生徒ですら400kg相当の鉄の塊を片手で持ち上げるのだ。さてそんな人間が暴れればどうなるか想像に難くない。竜馬は見事にバランスを崩し盛大に雪の大地に転がる。速度が出ていたせいか乗せていた人間も吹っ飛ぶ。


「ッ!」


 迫る地面にフォトクリスはなんとか受け身をとるが勢いを殺しきれずそのまま雪に埋もれてしまう。まったく何をやってるんだヴァーセイは!と、首を振り顔についた雪を振り払う。


「ぶっちゃけさぁ、三人乗りは無理があったよね」


 真横で倒れたまま話しかけるヴァーセイ。こうなった原因である彼のケツを蹴飛ばし勇者様を探す。辺りを見回すも姿がどこにも見えない。どうやら遠くまで吹き飛んでいったようでどこにも見当たらない。手前の木に手を当て一息つく。クソ、こんなことをしている場合じゃないのに。


 その時、頭の上に何かがポタポタと落ちてくる。手で触って確認すると・・それは真っ赤な血であった。恐る恐る顔を上げるとそこには枝に刺さった勇者様の姿。心臓を突き破り赤く染まった枝が伸びている。

 ああクソ。また勇者様が死んでらっしゃる。ピクリともしない勇者様。普通ならば死んでいてもおかしくない傷なのだが・・・


「あれ、嘘・・死んで、る?」


 顔を真っ青にしたヴァーセイが遅れてこちらにやってくる。まずい、このままでは勇者様が不死者であることを隠し切れない。不死者であることに感づけば面倒なことになること間違いない。


「いや、勇者様はあれくらいじゃ死なないから」


「えッ!い、いやだってどう見ても死んでるんじゃ」


「だって勇者なんだぞ」


「何言ってんの!そ、そんなことよりも早くなんとかしなきゃ・・ッ!?」


 あわあわとしていたヴァーセイは突然こちらを凝視したまま動きを止める。いや、視線の先にいるのは私ではなくその後ろ、それもかなり遠い。


 フォトクリスは勢いよく振り返り確かめる。白く彩られた木々の隙間から確かに見えた異様な姿をした何か。遠目であってもわかる大きなシルエット。


 だが瞬きをした一瞬で姿を見失う。


「・・・見えた?」


「・・・ああ」


 腰に差した銃の存在を手で確かめ周囲を警戒する。


 ふとなんとはなしに振り返るとヴァーセイの背後に醜悪な化け物の姿が―――――――――



 考えるよりも先に体が動いた。



 自分でも驚くほど冷静に腰から銃が引き抜かれ引き金を引く。私の感情の機微を感じ取り銃を抜く前に脇に飛ぶヴァーセイ。撃ち出された弾丸は見事に化け物の腹に着弾するが傷が浅い。3発全て着弾しているがそのうちの1発が血を出すことなく皮膚で止まっている。


(こいつッ、なんて硬い皮膚をしてやがるんだ)


 いったいどこから湧いてきたのか。見れば見るほど奇妙な化け物である。


 顔の無いずんぐりむっくりな灰色の体。いたるところにブツブツがついた芋虫の様な体の脇には異様に長い毛のような触手。身長5メートルは超えるであろう。どこをどう見ても不愉快な要素オンパレードな化け物が目の前に佇んでいた。


「――――――――――――――――――――ッ!!!」


 見た目以上に大きな口がゆっくりと開き化け物が吠える。ビリビリと体の奥底まで響くその声に体中から力が抜ける。恐怖で体が竦み思うように動けない。脇に控えるヴァーセイも同じように動けずにいるようだ。そんな中、そばにいた竜馬が半狂乱になりわき目もふらずに私たちを置いてここから逃げる。


 そんな竜馬を化け物から伸びた触手が白い槍となり貫く。


「ギィッッ!!」


 あの細い触手のどこにそんな力があるのか、軽々と持ち上げられる竜馬。


 そのまま引き寄せられた竜馬は化け物の頭上で力任せに引き裂かれる。竜馬の筋肉がぶちぶちと嫌な音を立てながら体は無残にも裂ける。降り落ちる大量の血が化け物を色鮮やかに染める。よくみれば頭頂部にギョロリとした赤い目がついておりグリグリとせわしなく動き続ける。


 漂う血の香にむせる。先ほどから冷汗が止まらない。辺り一帯を生ぬるい空気が包み込む。まだお昼半ばだというのに辺りが急に暗く見えた。


「ハハhハハhハハハハハハa!!!」


(こいつ・・笑ってるのか・・)


 まるでこれからの私たちの未来を見せつけるように振る舞う化け物の態度に体が震えてくる。


 これは・・恐怖か?いや違うこれは怒りだ。


 こちらを完全に見下した態度をとる化け物にプライドの高い私がそれを許容できるはずがない。恐怖を怒りで塗りつぶせ。


 最初はその奇妙な風貌から都市外で彷徨う害獣と呼ばれる存在を思い起こしたがどうやら違うようだ。ならその眷属である魔獣かとも考えたがやはり違う。そもそも魔獣は火を嫌い巨獣は太陽の近くに現れることはない。それに瞬間移動なんて力を操れるなんて聞いたことがない。


 このタイミングで出てきたということは十中八九、王都からの追手だろう。


 そうだ!こいつは王国の犬だ!犬畜生ごときに舐められていい道理があるのか!躾がなっていないんだよッ!!


 横凪に振るわれる触手。立ち並ぶ木々をなぎ倒し迫る。私の腕と同じぐらいの太さだが一発でもまともに喰らえばそれだけで終わってしまうだろう。


 だが甘い。恐怖で未だに動けないとでも思っているのだろうがその思い込み、代償は高くつくぞ。


 フォトクリスは垂直ジャンプとともに魔力放出を行いその推力を使い高く飛び上がり振るわれし触手を軽々と飛び越える。空中で腰の剣を引き抜き化け物の頭に叩きつける。触手がいくつも頭を守るようにうねらせるが赤く発光した剣が触手ごとその大きな頭をバターのように切り分けた。


「斬撃じゃあないんだよなあッ!かわいくないんだよッ、この不細工!!」


 着地と同時に化け物から距離を取る。シュウシュウと黒く焦げ付いた断面から熱を発する。辺り一面に広がった雪が融雪していく。銃弾を止めるような頑丈な肉体だ。最初から剣ごときで切れるとも思ってはいない。だから高熱で一気に焼き斬る。


 手ごたえはあった。私よりも弱い奴が死ぬこの感触。堪らない。普通ならこれで終わる。終わるはずなんだ。


 だというのに。


 知性もなさそうな小さな脳みそを斬られたんだから早く死ねよ。なんでまだ生きてるんだよ。生意気な。


「うおあああ放せ放せ!」


 声のする方へ顔を向けるとヴァーセイが触手で拘束されていた。敵である私を無視してヴァーセイの元へと近づく化け物。這って進むその姿はまるで芋虫のようだ。化け物はまるで私のことなど最初から目に入ってなどいないかのように振る舞う。まさか最初の一撃の狙いは私ではなく・・・


 その考えに至った瞬間、私の中の苛立ちが最高潮に達した。


 グズグズと傷口が修復され断面で肉片が泡のように湧き踊る。あっという間に切られた頭と触手が元通りになっていく。ギチギチと締め付けられヴァーセイは口から血を吐き出し助けを求める。


「ゆ、勇者様あああああ」


 ヴァーセイが助けを呼ぶも彼は未だに枝に刺さったままである。そんな勇者の下で竜馬が心配そうにカリカリと前足を使い木を引っ掻いている。


 このままでは死んでしまうと思ったのであろう彼は思いもよらない行動に出る。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”、指し示すは我が終焉。遥かなる深淵を迎え蹂躙するは純白なる魂!【白星雲】(しろネビュラ)ッッ」


「な、なんだと!?」


 ヴァーセイが魔術を使っただと!!?


 化け物を中心に白い靄が立ち込める。プシュプシュと音が鳴ったかと思えば光が視界を白く塗り焼きつぶす。


―――――――――――轟音




 ビリビリと震える空気。気が付けば私の体は宙を舞っていた。グルングルンと回る視界。しばらくしてようやく自分が空を飛んでいることに気づく。


(い、いったい、どれだけ飛ばされたんだ!?)


 フワフワとした感覚と耳鳴りに包まれながら未だに地面に激突する気配を見せない。いや違うもうすでに落ちているんだ。


 重力という見えない腕に掴まれ今にもこの体を叩きつけようと待ち望んでいる。もう、すぐそこへと地面が迫ってくる。慌てて魔力放出を行い勢いを和らげつつ、位置を調整し樹木に突っ込む。


 木の枝や葉を突き破り大地に接する。ゴロゴロと斜めの角度から地面に転がり出来る限り衝撃を殺す。どれほど転がり続けたのか動きを止め仰向けになったまま息を整え思考をクリアにする。体中から痛みを感じ慌てて手足が欠けてないか確かめ、ようやく安堵する。

 あの一瞬、腰に下げたカンテラを利用し前方に火の結界による防衛機能を集中したことで爆発の衝撃を防ぐことができたが、もし間に合わなかったら一体どうなっていたことか。


「ゲホォッ、グッゲェゲェッ――――――」


 だが相性がよろしくなかった。火属性は水属性に弱い。水属性のヴァーセイの魔術が生み出した衝撃がいくらか結界を抜けてきてしまった。口元から垂れる血を拭う。


 とっさに使ってしまった魔力放出のせいでかなり消耗してしまった。いろいろと便利ではあるが本来この技は大量の魔力を消費してしまうため頻繁に使うべきものではない。魔力量に恵まれた者以外が使えばすぐに息切れし、すぐに死に至るような燃費に問題がある技術だ。


 ・・・いったい何があったというのか。いや元凶は間違いなくあのヴァーセイだ。まさかあの劣等生がこれほどの魔術を使うなんて・・・今まで手を抜いてやがったな。空に昇るキノコの形をした煙を見ながら思う。火属性以外でも爆発は起こせる。決定的な違いは継続的な熱量を維持できない点か。


 初めて見る魔術であるが大方既存の魔術を持ち前の魔力特質でアレンジし作り上げた派生の魔術であろう。

 魔力特質があってこそできる芸当だ。それにこの破壊力。雪に閉ざされたこの世界では水属性であることはとにかく有利に働く。水属性持ちにとって最高のパフォーマンスが可能だ。雪による魔力撹乱の影響が薄い。


 ・・・・あれ、雪って魔術の威力を低減させるよな。それでこれ程の威力なのか・・・いや、拡散の性質を使えば・・・いや、だが・・・しかし・・・


 そもそも奴がまともに魔術を使うところを初めて見た。私が一番驚いているのはそこだ。魔術の講義は碌に出ないし模擬戦では一方的にボコられる。媚び売り野郎故に誰からも相手をされず唾を吐きかけられる。

 それは奴が序列末席に参列してからも変わらなかった。どうせ媚びを打った結果手にした地位だとみんなは思った。そんな落ちこぼれがこれほど凶悪な魔術を行使できるなんて。


 ・・・・・なるほどなるほど今まで猫を被っていたということか。


 どれほの研鑽を積めばここまで至れるのか。生半可な道筋ではなかっただろう。魔力特質があるとは言え魔術をそう簡単にアレンジできるものではない。

 アレンジすると言っても既存の魔術を自分に合った形に再編成した上でそこに持ち前の特性組み込み術式を変異させる。その後は調整に調整。元の術式の原型はほとんど残らずオリジナルだといってもいい。半端な知識でこんなことはできない。


 これで序列最下位だと?


 ははははしてやられたなあ。おかげで死にかけた。


 敵が1人増えてしまったじゃないか。あいつは本当に嘘まみれだ。まさかあの劣等生が私と同等の実力を持っていると一瞬そんな考えがよぎってしまった自分が許せない。プライドに見えない亀裂が入る。こんなことがあっていいものか。取りあえず命乞いさせてやらねば気が済まない。私の勇者様ごと吹き飛ばしやがって。いったいどう弁明するのか楽しみだ。痛む体を引きずり爆心地へ向かう。その足取りは思いのほか軽かった。



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