第3話 勇者を守る者
現在、医務室では厳重体制が敷かれていた。原因は医務室のベッドで横になる勇者にある。その周りで慌ただしく治療の準備を行う聖職者たち。そんな勇者といっしょに召喚されてきたよくわからない残骸を眺めながら私こと”フォトクリス”はため息を吐く。
「・・・まったく面倒な」
儀式に成功したあの時、召喚された勇者様はすでに死にかけだった。私もまさか死にかけの勇者様が現れるとは思ってもおらず、正直焦ったものだ。
他の勇者達はなんともないことから私の実力を疑問視し召喚に失敗したのだと陰口を叩く者もいるようだがあの時の私に落ち度はない。
(――――――そうだ、あの時)
私が召喚を行ない勇者様がこの世界に現れる瞬間に何者からの干渉を受けた。
他の者が勇者を召喚した際には確認できなかった召喚陣から発する謎の光。未開領域に意識を潜行させていた時、何者かに頬を撫でられた。
ざらついた感触。かすかに漂う潮の香り。
あの時の感覚を思い出すだけで背筋を凍らせる。アレは明らかに現世ではなく領域側からの干渉だった。干渉されたのは飛ばした精神の方なのにまるで肉体に直接触られたかのような感覚が後を引く。あの場に潜む恐ろしいナニかに目を付けられたのかもしれない。
領域内で私が勇者と繋がった時にはあのナニかは既に勇者の手を掴んでいた。危機感を覚えそこを私が振り払い掻っ攫った。それからはずっとずっとずっと私を恨めし気に見ていた。仕方が無かった。触れるべき相手で無かったのかもしれない。逆鱗に触れたやもしれない。それでも私の希望を奪われるのを指を咥えて見ていられるほど我慢強くもない。こっちも必死だ。
未だに解明されていない謎多き領域ではあるがまさかあんな存在が潜んでいるなんて思ってもいなかった。
儀式が終わった後ですら粘ついた視線のようなものを感じる・・・気がする。今この時も息をひそめこちらを窺っていると考えると怖気が走る。
ああ、こういう時こそ神の存在を心強く思える。
神の名を唱え祈ると心の奥底からポカポカとした暖かいものが湧いてくる。
「(温かい、これが・・祈りの効力か。それにしても・・勇者はなぜこの傷で生きていられるのか)」
ベットで死んだように眠る勇者様の全身にはおびただしい火傷の跡があり現在包帯でグルグル巻きにされている。司祭によれば彼の顔半分は火傷がひどく左目は機能していないだろうとのこと。火傷の酷い左腕も肘から先がないし、両足も膝から下が切断されている。
召喚された時、勇者様は何も身に着けてはおらず、何かの残骸とともに現れた。いったいどんな状況で呼んでしまったのか。
それでも流石は勇者様と言うべきか、この状態でまだ生きているなんて・・さすがは異界の存在。世界の法則が違うのかもしれない。
生命力も規格外だ。実力の方は未知数ではあるがこれなら期待してもよさそうだ。
「司祭様、本当に私の勇者様は治るのですか?」
「はい、なにも問題はありません、フォトクリス様。供物を使えばそれ相応の【奇跡】を行使できます。無くなった手や目もすぐに再生可能ですよ」
「・・・・」
にこやかな笑みを浮かべながら質問に答えてくれる司祭様。
こちらもニコニコと愛想を振りまきながら聞いてみたがその胸中は複雑な気持ちでいっぱいであった。
(・・・フォトクリス様、か)
これまでは名前ではなく番号呼びだったのに勇者を召喚してから、この態度の変わりよう。
今までの扱いがまるで嘘のようだ。それもそうか。勇者のパートナーである私を敵に回せばどうなるかなど想像に難くない。
(この国に連れてこられて初めて人間扱いされたな、私)
今はもう思い出せない裁断されし記憶の欠片。
もともと巫女という存在はそのほとんどがセプストリア聖王国が統合した周辺国から半ば強制的に連れてこられた素養のある子供たちで構成されており育成機関で痛みと薬で徹底的に洗脳教育を施されこの聖王国に忠実な僕に作り替えられる。そして最悪なことに今まで捧げてきた神への信仰も捨てさせられこの国の国教として定められた【アンティキア正教】へと強制的に改宗させられてしまう。一度捨てた宗教は二度と信仰できない。神はそれを許さない。
巫女の活用方法は多岐にわたり、例えば優れた才覚を認められたものは国を率いるエリートとして重用される。私はこのパターンで召喚の儀に成功すれば晴れてエリートの仲間入りとなる。ようはこの儀式は最終試験であったのだ。
そしてこの試験をクリアした私はようやく人として国により存在を認められたのであった。やはり戦勝国からの属国民に対する風当たりは強い。有益な存在であることを示さねばまともに取り扱ってはくれない。対して一定の基準に満たない巫女もどきの凡人どもには供物としての役割が与えられる。いやどちらかと言えば供物の方が本筋か。
供物とはこの国で崇められている神の【奇跡】を行使する際に必要なものであり要は生け贄のことだ。奇跡の行使には多くの命が必要であり命が足りなければ肉体も使用される。たまに生き残ってしまう場合もあるようだがどのみち二度目の生け贄に流用され死ぬ。実際に今回は【奇跡】特有の超出力を利用した未開領域へのアクセスを旨とする儀式であったので多くの候補生が虚空の彼方へと消えていった。
(貴様たちという、ちょうどいい踏み台がいたからこそだな)
この国の神がいかにも好みそうな存在に育てあげられた巫女たちはさぞかし供物としてのエネルギー効率が良いのだろうな。なんせ巫女は1人で異教徒100万人分の効率を誇るのだから。
・・・・まあ供物以外の道もあるのだがそれは運よく供物として使用されずに生き残るパターンである。運というよりも幼い頃に受ける洗脳教育に耐え抜いたやつは騎士や教会の人間に媚びへつらい供物にならずに済んでいる。そういった奴は別の用途が生まれる訳だが・・。
「(うーん、さっさと終わらんものかな)」
今頃他の勇者と巫女たちは教皇と聖王に接見しているはずだ。この国のツートップがわざわざこちらに出向いているという事態がそもそも普通のことではない。
裏では激しい権力闘争を繰り広げられているとは聞いてたが、なるほどさっそくヘッドハンティングか。
ああ、その場に私がいないことがどれほど悔しい事か。
すぐにその場に向かいたいという衝動に駆られるもなんとか抑える。私だけ行っても意味がない。
バンッ!!
それはあまりにも突然な来訪であった。
乱暴な音とともに開かれる扉。物々しい複数の足音が室内に響き渡る。
「いきなりなんですかあなた達は!ここをどこだと・・」
「おい、噂の勇者ってのはどいつだ」
いかにも偉そうな男の声にいやな予感を覚える。
「(この声は・・・まさかエイヴォル元教官!?左遷させられたあの男がなぜここに・・・)」
咄嗟に物陰に隠れながら様子を窺う。
黒を基調にそろえた軍服と修道服を組み合わせたような服を着た者たち。
その中で一人いかにも育ちの悪そうな面をした男がいる。
――――――忘れもしない、あの顔は・・・唐突に鮮烈に彩られた記憶が蘇る。
―――――――――振り上げられる血に濡れた拳。石造りの床に倒れ伏す血塗れの私をニヤニヤと見下す下卑た笑みを浮かべる男の顔。まったく嫌な面をしている。
優秀な巫女になるために過酷な状況で育てられた私は教育機関に入れられた当初、指導と称し当時教官であったこの男に理不尽な暴力を振るわれたことがある。新人への見せしめとして運悪く選ばれた私は顔が腫れあがるほど殴打された。暴力ってのは人を躾ける上でとても有効だもんなあ。この出来事は今も、決して、この先ずっと忘れない。いつか殺そう、そう思いました。
それ以降、成績が優秀だった私はこの男から直接指導を受けたことはなかったが教官達の行き過ぎた指導はどんどんエスカレートしていき、ついには死人を出してしまうほどであった。教官どもの中心人物であった元教官はこの事実を巧妙に隠蔽した。長い間隠蔽に成功していたのも他の教官達との連携があったからこそ。それからだ、"アノ"事件が外部に露呈するまで聖殿奥の教育機関は奴の王国という名の地獄と化した。
「(クソッ!!あの一件で教官の職を追われ遠方に左遷させられたはずだろが・・・どんな生き方をすれば、ああも不遜でいられるんだ?)」
「あ!クリスちゃん」
「・・おまえ」
後ろからいきなり呼び掛けられ一瞬反応が遅れる。このどこか媚びたような声のせいで一気に機嫌が悪くなる。
一応確認のため振り返ってみれば、しゃがむ私のすぐ後ろで毛先が少し黒い銀髪の女の子がこちらを見下ろす形で立っていた。目が合い嬉しそうに口の端を歪める。この顔・・間違いない。
「いやー儀式に成功したんだってね!とりあえず、おめでとおー」
「・・・・誰かと思えば体調不良を理由に儀式をすっぽかしたヴァーセイ君じゃないか」
「急にお腹が痛くなっちゃてねー、参加できなくてほんと残念だよねー」
「・・・」
・・ワザとらしくお腹を抱えるこいつは巫女候補生No.52。名はヴァーセイという。昔の自分の名前を憶えている数少ない巫女の一人。本来、今回の召喚の儀は序列持ちの巫女12名で行う予定であったが序列12位のこいつは体調不良を理由に参加をしなかったのだ。自分の未来の明暗を分ける大事な岐路なのだから体調不良だろうがなんだろうが無理やりにでも参加しなくてはいけないはず。なのに参加しなかったのだ。こいつは根本的に他の巫女達とは違う。儀式に真摯に取り組むのを馬鹿にしているように感じすごくムカつくので鳩尾を思いっきり殴りつける。どうせいつもの仮病だろが、てめー。オラッだったら本物にしてやるよ!
「どちゃくそが!」
「グエッ」
膝をつき、お腹を抑えプルプルと肩を震わせる。思い知ったか!この!
そもそもこいつの成績は神秘耐性と属性特質以外の全ての項目(筆記、魔術、体力、特殊技能、固有属性、魔力の保有量)が平凡である。はっきり言ってこいつより優秀なやつはいくらでもいる。
ではなぜそんな奴が末席とはいえ序列持ちなのかその理由は・・
「おまえ、どこから入って来た!?ここはお前みたいなチンカス野郎がくるような場所じゃないんだよ!死ね!」
「あ、うぐぐーいつにもまして酷いぃ、こ、これ見てホラ、これッ!」
なんだこの紙切れは。そう思っていたところに司祭がやってくる。隠れていたはずなのに騒ぎ過ぎたか。
司祭の姿を確認するやいなや急に立ち上がりどこか媚びた様な態度に戻る。
「勇者様のそばでなにをそんなに騒いでいるのですかッ!」
「あはは!急に押しかけてごめんね司祭様!!勇者様にどうしても会ってみたくてさ☆あ、これ許可証ね」
「え、い、いえッ。きょ、許可があるのでしたらそれは、はい!」
「うん、ありがとねー司祭様!好き!」
手をとり顔を寄せあざといの笑みを見せつける。
顔を真っ赤にする、あきらかに女慣れしてなさそうな司祭。私は昔から同じような光景を見てきたせいか、強い既視感を覚える。
やつは幼い頃からその優れた美貌を使い多くの教官に媚びを売ってきたのだ。人間扱いされず徹底的な差別を受けていた巫女たちの中で唯一人として扱われてきた生粋のゴマスリ野郎なのだ。
やってることはもはや娼婦そのものである。態度が気に入らないから、よく鳩尾をぶん殴っていじめていたのだがなぜかこいつは性懲りもなく私に構ってくる。序列第一位の私に取り入る気満々なのが見え透いている。勇者を召喚したのをどこからか嗅ぎ付けてここに来たのだろう。相変わらず耳聡い奴だ。
「おいおいおいおいッ!このボロ雑巾みたいなのが勇者なのかよッ!!がっかりな上に、なんか・・気持ちわりいなあッ!!」
「(ッと、こんなカスに構っている場合じゃなかった!)」
そう言って奴は勇者様の眠る寝台を蹴り飛ばす。転がり落ちる勇者様に巻き込まれ周りに添えられていた儀式の道具が床に散乱する。
「貴様!勇者様になんてことを!!」
私は元教官に飛び掛かり襟首を掴みかかる。突然現れた私の顔を見て一瞬驚いたような顔を見せるがすぐに不敵な笑みを浮かべる。
「おっと見覚えのあるその顔。そんな貴様はNo.297じゃねーかよ、ここはてめーのような薄汚い属国民がいるとこじゃねーよ。徳が下がる」
「口に気を付けろよクソ野郎。今の私は勇者付きの巫女だクソ野郎。おまえこそ自分の立場がわかっているのか左遷クソ野郎?」
「ア”ァッ!てめー誰に向かって口答えしてんだよ。クソガキがぁ・・」
空気が変わる。辺りはシンと静まり緊張が広がる。後ろに控える黒服どもも強い視線をこちらに浴びせてくる。よく見ると治療の準備を進めていた聖職者たちは後ろ手を縛られ拘束されている。すぐにでも治療が必要なのに邪魔する気か。このままでは勇者様の体が持たない。
この場に私の助けとなる存在はいないか。だがここで引くわけにもいかない。そして引く理由もない。この空間内で私の立場は間違いなく一番高い。この場を支配する権利を行使する。ただそれだけの話だ。私は素敵な権力者だ。
「貴様ぁ、何の真似だ。勇者様がどんな状態か見てわからないほど脳が退化したのか?」
「ハッ、こんな虫の息じゃあ流石の勇者もダメそうってかぁ?」
「だから今奇跡の準備を―――」
「いやいやそれは無理ってなもんよ。なんせその勇者は廃棄処分が決まったからな」
「・・・どういうことだ」
奴の口から衝撃の発言が飛び出す。
「まあ事実だけ伝えるとさ供物がたりないんだよねー」
そんな剣呑な雰囲気を醸し出す私たちの間に割って入ってきたのはヴァーセイであった。
「なにを・・言ってるんだ供物ならまだたくさんいたはずだッ!あのカスどもはこういう時のための存在だろう!?」
「なんかよくわからないけどー教会のお偉いさんはこんな死にかけは勇者に相応しくないってさ。だからそんな奴に貴重な供物を消費したくないんだって」
「な の で奇跡の行使は 無 理。残念でした!!アヒャヒャヒャッ!!・・・・・超笑える」
一瞬頭が真っ白になる。これまで積み上げてきたものが一気に崩れていく音が聞こえる。勇者様を召喚し巫女になれば私は属国の人間と蔑まれることなく生きていくことができると信じていたというのに。
「―――――――なるほどそれで直接始末しに来たという訳か」
「ごめいとう!そんな聡明な巫女様にはプレゼントッ!!」
懐からとりだしたナイフを床の上で仰向けになる勇者の心臓に突き立て、
「ッ!」
咄嗟に妨害を試みるがいつの間にか後ろに回り込んでいた黒服たちに取り押さえられてしまう。司祭に助けを求めるが彼も首元に剣を突きつけられて動けない。
私に群がる男どもを振り払おうともがくがそうこうするうちに ナイフは 心臓へと深々と突き刺さる。
ビクビクと勇者は体を震わせそのうち動かなくなった。
あまりに残酷な展望に思考が追い付かない。伝説の勇者と言えどこんなにもあっさりと死ぬものなのか。これでは私の今までが全部無駄ではないか。
愕然たる現実が私をあざ笑う。
「また、ただの巫女に逆戻りだね!おめでとうNo.297。そして指導の時間だぜァッ!」
返り血で汚れた手を服で拭いながら動けない私に近づいてくる。
「えー今回は上からの意向もありますので貴様は殺さないでおいてやるよ。なーんせとってもお珍しい【火の属性】持ちだもんなあッ!!まったくうらやましいねぇ!あやかりたいねぇッ!」
そう言って地面に組み伏せられた私の顔に向かって蹴りつける。
「ガあッ」
「だいたい、なんで、こんな、汚らしい属国民が、【火の属性】持ちなんだよ!!世の中おかしいだろ!しかも、俺より立場も給金も上になるだとぉッ!ふざけやがってえええッ。なんでこんなに給金が安いんだよ!もっと俺の事評価しろよッ!」
「しょうがないですぜ隊長は一度やらかしてるんですから・・」
「オレは、なにも、悪くねえよ!!こなクソがッッ!」
鼻が熱い。蹴りが入るたびに血がボタボタと垂れ落ち床を汚していく。これは夢だ。現実ではないんだと逃避してしまうが彼との契約の証であるラインパスがまったく感じ取れない。その事実が私の心に深い絶望を降りかからせる。
周りの大人たちはそんな私を楽しそうにあざ笑う。何がそんなにおかしいってんだ・・・だが咎めようにも気力がわかない。
「やめなさい!彼女がどれほど貴重な存在かわかっているのか!」
「おい聞こえなかったのか?殺さないって言ったよな・・・あれ言ってなかった?そこんとこどうだ?」
司祭が静止を呼び掛けるが止まる様子はない。その間にも視界が真っ赤に染まっていく。
・・・結局司祭もか。この身に流れる血がそんなに大事か。沸々と怒りが燃え上がる。生命力を魔力へと変換し魔術の行使を決意する。止まることのない激しい暴力の前にもはや手段は選んでいられない。
希望であった勇者様は死に私は上層部に見捨てられた。勇者様を召喚できない巫女の未来なんて碌なものではない。ここで逃げねば最悪の未来が待ち受ける。
決意が募る。
魔術を行使しようとした寸前で意外な者から静止の声がかかる。それはまるでタイミングを見計らったかのように。
「エイヴォルー、そろそろそのへんで」
「ああッ!!邪魔すんじゃねえよッ。こいつをもっと面白い顔にしてやんなきゃ、気が済まないなぁッ!」
「そんなことしたら誰だかわかんなくなっちゃうじゃん。ほらほら気を静めて」
そう言って無理やり顎に手を添えキスをする。流れるような無駄の無い動きに元教官は唇を奪われてしまう。時間にして20秒ほどか、ようやく唇を放す。
「ふーふー、お前ほんとアバズレだな。・・・まあ、いいさ。続きは死体を片付けた後だ。おい!」
息を荒げながら踵を返しお仲間を連れて勇者のもとに向かうエイヴォル元教官。
私は血に濡れた顔を上げ助けた者の姿を確認する。去りゆくクソ野郎を眺める整った横顔。
――――まさかヴァーセイに助けられるとはな。
「・・・・・」
「うーん、そんな目で見ないでほしいなあ」
そもそも、なぜヴァーセイはここにいるのか。いや考えるまでもない。奴らと一緒に来たという事はこいつもお仲間というだけのこと。
・・・だがどうしてか、そう考えるも違和感が拭えない。なにかが変だ。
「いったい誰の指示で・・・聖王様や教皇様はこのことをご存知なのか」
「あはは、どうでもいいじゃないかそんなこと。僕たちには関係ないことだよ」
そう言って頭部の傷に治癒魔術をかけてくれる。暖かい光が頭全体を包み込み、みるみると傷が癒える。属国民死ね死ねクソ野郎に大事にされるだけの才覚はある。
「ほらほら、そんなところにいたら治療の邪魔だよ。死なれたら困るんでしょ?散った散った」
血に濡れた私の顔を布で拭いながら拘束していた黒服どもを散らす。拘束を解かれ顔を上げるとヴァーセイの顔が目の前に。お互いの息づかいを感じるほどの距離。それでもなお、ゆっくりと顔を近づいてくる。艶のある唇が言葉を紡ぐ。
「た す け て」
「――――は?」
思いもよらぬ発言に私は一瞬耳を疑う。そのまま周りを気にする様子で小声のままヴァーセイに聞き返す。
「お前はあいつの仲間じゃないのか?」
「はえぇ。冗談はよしてよ。僕はただ勇者様に会いたくてここまで来たんだよ」
「答えになっていない」
「ほら、この場所って特別区画じゃん。入るには許可が必要なんだよね。そこでちょうどこの区画に踏み入る元教官達を見つけてさ、ご相伴にあずからせていただいたってわけさ☆」
「そういえばおまえあの男のお気に入りだったな。だが勇者なら他にもいただろ。わざわざここに来る必要はないだろ」
すると恥ずかしそうにしながら私から目をそらす。その挙動がワザとらしく見えるためイライラしてくる。
「いやぁ、ちょっと出遅れちゃったんだよねぇ。ほら僕って他の同期に嫌われてるからさ。勇者様にどう接触しようか考えてたら聖王様と大司祭様が来ちゃってさ」
「それでしぶしぶこっちに来たってわけか」
「まあそうでもあるけど、一番優秀だったクリスちゃんが召喚した勇者様がどんなのかただ純粋に興味があったんだよね」
「どうせ勇者様に取り入るつもりだったんだろ。得意だもんなこういう事!」
「べ、別にいいじゃん!儀式に参加しなかった僕がこの先安心して暮らしていくには勇者様に媚びを売るしかないじゃない!勇者様の口添えがあればどうとでもなる。供物にはなりたくないよ!」
「おい!!私の勇者様だぞ!媚び売ってんじゃねー」
「でもさあ、それなのに。こいつらがまさか勇者様を殺しにきたとか思いもよらなかったよ!」
「ハア!?だいたいお前は――――――」
その時 キン、と。響き渡る金属音。その音が妙に耳に残った。
「――――ァグゥ―――ァこ―こハ・・・」
「・・・・おいおいおいおい驚いた!こんなんでも流石だねえ舐めてましたわ勇者様ッ!!そう簡単には死なねーてかあぁッ!!」
い、生きている・・・?まだ生きているというのか!
顔を向けると死体処理の準備をしていた黒服たちの中で怪しげに蠢く包帯に巻かれた白い腕。
慌てて彼との契約のラインパスを確認するも間違いなく復活していた。さっきはあまりの動揺で見落としていたとでもいうのか。
だがはっきりしたことがある。まだ私の希望は潰えていない。その事実に止まっていた天っ才の脳みそが一つの答えを導き出す。
――――――――全員殺せ。
「どけェよッ!」
「うわ」
目の前のヴァーセイを乱暴に突き飛ば無機質な地面を駆ける。
深淵通ずる黒き穴から魔力を引き出し祈りを添えて、さきほど私を取り押さえていた男たちに対して魔術を行使する。
――――――聖句が口火を切る。
「我ガ道を指し示す黄金回路。赤き血潮に間引かれ燃エろ!【核線香】」
聖句による詠唱を終えたとたん、どこからともかく火花が散り爆炎が巻き起こり室内を真っ赤に照らす。ほんの一瞬で周りにいた男たちを消し炭にし、そのまま塵となった人間が落とした剣を拾い元教官に勢いよく突っ込む。剣身が熱で少し変形しているが問題ない。そう何も――――
「え”、反抗すんの!?殺さないって言ったのに、うわーほんとうに嫌で嫌でしょうがないがこれは殺してしまってもしょうがないなッ!よし、おまえら殺せえよッ」
「ま、待てくださいよ隊長。そっちは必ず生かして捕らえるって命令だったでしょ!」
「アレが手加減できるような相手に見えんのか!?俺が育てた生徒の中で一番優秀なんだぞ!」
男たちはそんな命令に戸惑いながらも襲い掛かってくる。突っ込んでくるこいつら自体は問題ないが後方で瞬時に切り替え魔術の詠唱を行う者たちもいる。あまり時間を与えるわけにはいかない。
「魔術を使えるとはいえ所詮はガキだ!!数で抑え込め!!」
「我が象徴タる焔の冠を与えたマえ。エンチャント=アクティブ!」
エンチャント魔術の起動。途端に私が持つ剣が赤い光を帯びる。それに呼応するかのように室温が一気に上昇する。あまりの熱量に空間が歪んで見える。火属性はやはりいい。特別そのもの。だって熱量ばら撒いてりゃ勝手に死んでくれるんだからなぁ!
私は後方の魔術師に向かってそれを投擲する。
「こんなもの!」
瞬時に魔力障壁を展開され防御される。今まで見たことがないような精巧な障壁。なんだこいつら、普通の兵隊じゃないぞ。力量の高さを把握し放たれようとする魔術に危機感を覚える。
だが、しかし。
だったらその前に始末すればいい。
「ハッ」
「何笑ってんだー、死ね。【着火】」
その瞬間、空中に弾かれた剣が赤く発光。後方の魔術師が跡形もなく蒸発する。巻き添えを食らったのか周囲の男たちは肺の中から焼き殺される。地面に落ちる前に投擲した剣をキャッチし魔力放出を起こし瞬間的に加速する。
一瞬で黒ずんだ燃える男どもの死体を踏み抜け元教官へと肉薄する。
「うわあああ俺のかわいい部下ちゃんがあああああ!クソッタレがあああ」
そのまま奴の心臓へと剣を突き刺し確かな手ごたえを感じる。
「死ねよおおおおおおお!」
「グハッ!?――――――――――――――――なんてな☆」
だがそれが叶うことはなかった。急に元教官の姿がぶれる。剣で刺したのは元教官ではなく勇者様の心臓であった。
「な、んだ、と」
「いやー助かるぜ。俺の代わりに殺してくれるだなんてな。手間が省けた」
「幻、術・・・」
突き刺した心臓からどくどくと血があふれる。刺した剣を伝って血が滴り落ちる。勇者様の体から命が消えていく。引き抜かれた剣が地面に落ち音が空しく鳴り響く。
「あ、ああ。だ、ダメ!死ぬなッ」
「お前が殺したんだぜ、お前がな。いやーこれも幻術だったらよかったのになあ、卑しい属国民には泣きっ面がよく似合う」
ああ・・・これで本当に終わってしまった。よりにもよってこの手で全てを終わらせてしまった。そのまま膝から崩れ落ちてしまう。二度目の奇跡が起こり得る筈もない。
呆然とする私をよそに勇者の死体を確認する元教官。
「よーし息も脈も止まっているな。死亡!おつかれ!」
死んだ勇者様をこちらへ蹴り飛ばす。べっとりとした血が私の服を汚す。そんな彼を思わず抱きしめてしまう。やはり契約の証であるラインが感じ取れない。
――――ああ本当に死んでしまったのか。
思えば彼はどことも知れぬ異世界に呼ばれ、まったく無関係な諍いに巻き込まれ、そして死んでしまった。きっと自分が死んだことも認識してはいないだろう。ああ、かわいそうな勇者様。こちらの勝手な都合で呼び出され意味もなく死んでしまったかわいそうな勇者様。
・・・私はこれからどうなるのか。エリートの道をはずれたとは言え私は希少な【火の属性】持ちっである。供物にされることはないだろうがこのままではもともとの既定路線である短い寿命の終わりが来るまでどことも知れない貴族と子供を作るだけの人生となることだろう。勇者様という存在は私の唯一の生存戦略だったのだ。子供を作るだけの・・まるで道具のような人生なんてごめんこうむりたかった。生まれがそんなに大事か。寿命さえ長ければ他の道があったというのに。それもこれもエイヴォル元教官のせいである。
教育課程で神性への耐性を高められた巫女の寿命は短い。神性は人間にとって毒だ。供物としての消費前提の運用が主である巫女は基本的に体はボロボロである。とても希少な【火の属性】持ちの私は本来であれば教育機関にいていい人物ではない。だが教官は教育現場の惨状が外部に漏れるのを恐れ私の存在を隠匿。巫女の一人が教官に孕ませられるという事件・・・その情報を誰かが外部へリークしなければあの場所は地獄のままであっただろう。
「まったく派手に暴れちゃってさあ。ま、さっさと諦めてその身をお国のために捧げるんだなオレのようにさ」
「・・・お前が?」
「なんだ意外か?オレはこれでもこの国が大好きなんだぜ。この国に生まれたことを誇りに思っているし愛国心ってやつにも満ち溢れている。巫女どもに対する指導は趣味と実益が重なった結果さ。右も左もわからない属国の人間をいたぶるのは楽しかったしそんなオレに恐怖し実力をめきめきと上げていくおまえらを見るのはとっても楽しかった!お前らが優秀であればあるほどオレの評価が高くなる。そんな優秀なオレからの指導を受けれて幸せだったろ」
「・・・・・」
「あらら、あまりのショックに口もきけなくなっちゃったか、可哀想に」
(もうどうだっていい、どうだって)
反応のなくなった私に興味を失ったのか踵を返す。
「いや~思った以上に時間がかかっちまったがようやくこれでお仕事終りょ」
「――――ン・・ナァ・だ」
「―――――――――!?」
胸に抱いた勇者様から声が聞こえる。今日はいったい何度驚かせられるというのか。腕の中で命の焔が再点火する。勇者様とのつながりの証であるラインパスが復活する。
死んだはずの勇者様が息を吹き返す。
「・・・え、なになにねえど、どうゆうことだッ!!なぜ死なないんだッ!勇者といっても限度があるだろおおお」
刺し傷がみるみると再生する。そう明らかにおかしい。この異常な再生力、復活の速さ。この世の摂理に逆らう貪欲な生命力。
そうだ私はこれを知っている。この世界で生きる者なら誰だって知っている忌み嫌われし存在。
まさかの、まさかの―――――
「あ、ありえない。死者が蘇るなんざ。それこそ―――――なんだとッ?まさかこいつ!不し」
カチャリ。
首の下から響く鈍い音。
「な、おま」
「さっきから、うるせーんだよ」
バァン!
銃弾が轟音を伴い炸裂する。頭を狙ったはずなのだがこの距離で躱されてしまう。恐れた表情を浮かべたままエイヴォル元教官は軽快なステップで私から距離をとる。
「ああああああ!ちくしょおッ!!撃つ相手を間違えるな!気でも狂ったか!」
「だれ・・が気狂いだ」
「よりにもよってなんて奴を召喚してしまったんだ貴様はあッ!やっぱ属国民てクソじゃねーか!」
それはわかっている。勇者様の正体がなんであっても、もはやそんなことは関係ない。召喚してしまった私も無事には済まないだろう。どうやっても途切れることはない勇者様と私を繋ぐラインパス。これがある限り新たな勇者様を再召喚したところで契約し直す事もできない。そう、もはや後戻りはできない。そのためにも正体に感付いたこの男は生かしてはおけない。
頼む、これから先の未来のためにも是非とも死んでくれ。
「こいつは存在しちゃいけないんだよッ!それぐらいおまえにもわかるはずだろ今まで何を学んできたってんだよおおおッ。んもおおおおおお」
「――――――――そうだとしてもッ」
もはや他に道はない。覚悟はすでに固まった。
私はエイヴォル元教官へ銃弾を放つ。だが襲い来る銃弾を切り払い機敏に躱されるも死角からの跳弾が背後から襲い見事に命中するが弾丸がやつの体をすり抜けた。
やはり幻術・・・だが実体は間違いなく目の前にある。でなければここまで魔力を感じたりしないはず。だったらなぜ攻撃がすり抜ける。クソ!相手を甘く見るな。奴は選抜騎士候補に選出されるほどの男。くそ、気に入らないなあッ!
第二ラウンドが始まる。
(あれは回転式拳銃!こいつッ、そもそも銃なんてどこから仕入れてきやがったんだよ、当たり前のように使いこなしやがって。火の属性ってのは、まったくッ!)
聖王国ではなじみのない武器にエイヴォルは驚きを隠せない。外界から隔絶されたこの場所ではあるはずのない物品。まさか自分で作ったとでもいうのか。ああイラつくぜ属国民の分際で!当たり前のように振るうその力、いったいどれほどの人間が欲してやまないと思ってんだ。もっと立場をわきまえさせないといけない!
イライラしすぎて先ほどからどうにも調子が悪い。視界が赤くぼやける。なんだ、いったいなんだというのだ。まさかあの真っ赤な炎に魅入られているとでもいうのかよ。ムカつくんだよクソがッ。
彼の戦闘意欲が高まっていく。同期の間では負け知らずの力が今解き放たれようとしていた。見せたからには必ず殺す。それが長生きの秘訣なのだ。
(まさか幻術ではない・・・?ならば)
フォヨクリスは思考する。先ほどからこちらからの攻撃が一切通じていない。私の知らない魔術を使うなんて生意気な。どうせ固有魔術かなにかだろう。
こちらも相手が使用する魔術にいろいろな推測を立てながら攻略の一手として辺り一帯に炎をまき散らす。この熱量では息をするのも困難であろう。聖王国の仮想敵たる帝国の象徴に銃弾を込めながら相手をよく観察する。頑丈なのはいいが片手で使うには少し重いな。
だがそれでも平然とした姿で奴は炎の中で佇む。司祭や他の残党は火達磨になっているというのにだ。これも通じないとは奴の実力は間違いなく高位。流れ出る神性から聖句も使われている。だとすれば・・
信仰レベルが高ければ高いほど神と誓約した者が受ける祝福の恩恵は増える。その恩恵の中に、ある魔術が存在する。既存の神話体系を基に作り上げられた魔術である【神言魔術】。何者にもよらない人間の叡智の結晶である通常の魔術とは違い【神言魔術】には神性が籠る。神への信仰心から生まれる祝福と魔術が組み合わさり現実へと神の力の一端を現出させることができてしまう。この魔術体系は各国で確立されておりその国で崇められる宗教によって特色がかなり変わってくる。奴からはわずかながら神性の匂いを嗅ぎ取ることができた。認めたくないがどうやら愛国心うんぬんは本当だったようだ。
こちらが放つ銃弾を意にも介さず炎の壁を突っ切り腰の鞘から引き抜いた剣で切り込んでくる。この速度、勇者様を抱えた私には避けられない。
死を告げる銀の閃光が容赦も慈悲も無く襲い掛かる。
それを私は――――
「――――ッ!」
「な!」
――――勇者様を盾にして防ぐ。
肩が熱い。
完全に防げなかったのか肩に剣が食い込んでいるが剣は勇者の肉体に深々と食い込みガッチリと固定する。選抜騎士の一撃を喰らって両断されないかは賭けだった。想像よりも勇者様の体は固かった。命がけの賭けであったがここまでうまくいくとは思いもよらなかった。
一瞬生まれた思考の間を逃さない。
弾丸に魔力を込め銃弾をその場で錬成し貫通性の高い弾頭を形成する。勇者様越しに私と元教官の真っ赤な瞳が交差するがそのまま勇者越しに引き金を引く。勇者様の体を貫通した弾丸が元教官の心臓に直撃する。
「グボァッ」
胸元を抑えるも耐え切れず血を吐き膝立ちになる。
「ば、馬鹿な・・な、なぜオレが負ける。オレの、魔術は完璧に完璧だったは、ず・・・」
「・・結局どんな魔術を使われたか最後まで分からなかったよ。――――――だが勝ったのは私だ」
「な・・なんだ、そりゃ」
呆然としつつもどこか馬鹿らしい、そんな薄い笑みを浮かべる彼に私は銃を突きつけ引き金を引く。彼の顔からはあちこちから血がにじみ出ている。・・・この症状は間違いない。
(俺が教育者として優秀すぎたのが敗因、か)
ドンッ!
辺り一面に吹き飛んだ脳髄が散らばる。苦節10年これでようやく積年の恨みを晴らすことができた。
――――――満足のいく結果とは程遠い物であったが。