第2話 召喚の儀
「――――――――――――――来るッ!」
聖殿に満ちる召喚陣から湧き出る聖なる輝き。今この場では勇者召喚の儀式が行われており、3人の勇者が召喚されている。
もうすでに10人の巫女がその役割を終え、最後はこの私だけ。失敗して無様に死んでいった同期の遺体を目の端に捉えながらも今こうして目の前で現出しようとしている存在にたしかな手応えを感じていた。
「やった、やったッッ!」
まだ完全に召喚が終えたわけでもないというのに体の奥底から湧き出る自信そのものが儀式の成功を裏付けしてくれる。自前の金髪は漂う魔力の輝きでいつも以上に煌めきを帯びている。なんとまあ心強いことか。
総勢11人同時で行った勇者召喚の儀だが私だけが未だに召喚が終えていないがそれも時間の問題だ。私はそこらに転がる巫女とは違う。天っ才なんだ!
「(最後まで気を抜くなぁッ!あんな序列下位のカスどもにできてスーパーエリートである私ちゃんにできない道理があるものかぁ!!)」
異次元に漂う未開領域【灰の海】でようやく掴み取った存在に自身の魔力を刻み込み強引につながりを作り上げる。これ以上精神を潜行させていれば領域に満ちた高純度の神性で自己存在が曖昧になって変異してしまう。そうなれば私が私でいられなくなる。
「(こちとら序列第一位様なんだよォォッッ!!!!)」
―――――――ッ!?つながったッ!ようやく!ラインが!
契約のラインパスがしっかりと繋がり不安が確信へと変わる。こうなればこちらのもの。後は呼び出すのみ。
さあ!
輝かしい未来のの為にも、
さっさと、
出てこい、
我が勇者アアアアアアァァァ!!
黄金の光に満ちる聖殿の中、勇者は確かな姿を伴いその身を降臨させるのであった。新たな希望を携えて――――
◇
「え、本当に成功したの・・・・それも4人も・・?そ、それはよくやった、な」
王の間というものはここまで広いものなのか。鏡のように光を反射する大理石で作られた床と支柱。装飾は豪華絢爛ではあるが自然との調和を考えられており、下品さは微塵も感じられない。
そんな王の間の中央に添えられた巨大な王座。そこに君臨するのもまた一角の人物なのか。
「・・・伝承は本当だったのか長官よ」
「はい、なんとか遺失技術の再現に成功致しました!やはり伝承は本物だったのですよッ!!」
「・・・勇者召喚なんぞ古いお伽噺だと思っていたんだが本当に・・・成功したのか」
玉座にてつまらなそうに報告を聞く王が君臨する。
対して唾をまき散らしながら嬉しそうに語る教会の司祭。彼は教会の下で組織された遺失物調査委員会の長官であり、どんな時でも冷静沈着なつまらん男だと思っていたのだがなかなかどうしてと認識を改めるべきか。普段の姿を知っている分、いつもとは様子が違う彼に少々引いてしまう。
だが伝説の存在が実際に現れたのだからそれも仕方がないことか。
そんな彼を冷めた目で見ながらこれからの事を考える。とても大事なことなのだ。
もともと神から与えられる恩恵の影響が強いこの王国内での教会の地位は非常に高い。教会のトップともなるとこの国の王である我と同列に扱われる程に、だ。それ故に教会のやることには簡単に口を挟む事もできない。
教会の連中は昔から存在したかどうかも疑わしい大昔の技術を再現・復刻する事に躍起になっており莫大な資金や資源をただただ消費する金食い虫である。今回の大規模儀式も大量の金と人が動いている。
王の立場からすれば国民の血税をそんな得体のしれない物に使うなど断固反対なのだが我が国が・・・神の提示する教義のあり方の問題でそれをやめろというわけにもいかない。神の加護ありきの我が国では神の教えこそ絶対的なものとして扱われる。反対したところでつまらぬ反感を買うだけ。何をするにしても正統なる理由や建前は必要だ。
・・この儀式が大失敗してくれれば少しはケチの付けようもあっただろうに。やめさせることはできなくとも予算をさげる、責任追及で弾劾と言った横やりも入れようがあったろう。
なのに、なのにだ。貴様らときたら。成功させてしまったではないか。なにをやってんだろう、ほんと。今回の成功で教会の発言力がますます高まってしまう。
・・・・まあ成功してしまったとあれば話は別だ。
我も幼きころから聞かされ胸踊らされた勇者伝説。まったくおもしろくなってきたではないかよ。
「勇者召喚が現実になってしまっては大戦当時に語り継がれてきたあまりに素っ頓狂な他の伝承も当時の歴史家たちの後付けと切り捨てることもできんな」
「はい!これで本当に魔王が実在したかどうかの論争にケリを付けることができるかもしれません!!!ただでさえ常軌を逸した大戦だと聞き及んでいるというのにまだ隠れた真実があるかもしれないのです。胸が躍りますな!」
王は自身の心臓がいつもよりも早く脈打つのを認めながらも冷静に勇者を召喚できたという事実について考える。
そう、できてしまったからには備えなければならない――――――
――――――遺失技術。
約900年前に勃発した【終末戦争】で使用されたとされる技術群。今の魔術・科学とは比べ物にならないほどの力を持ったとされるそれらは今もこうして伝聞・伝承という形として残っている。当時の大戦で多くの国々が消えていったが我が国【セプストリア聖王国】はその大戦に深く関わりながらも今日まで現存する数少ない国家である。
もちろん当時の資料も多少は残っているのだがどれも暗号化されている上に保存状態が良くなかったのか損傷もひどく、いまだに解読に時間がかかっているそうな。おまけに解読できた部分的な内容はどれもちぐはぐで整合性にかけたものばかりであり、これらを完全に理解するのは不可能とされてきた。ただの落書き説、狂人のメモ帳などと言われてきたのも無理はない。
そんな数ある伝承の一つである勇者の記述。勇者のことについてはこの国の人間なら一度は耳にするお伽噺である。
勇者が現れたとされる【終末戦争】とはどこからともなく現れ侵略戦争を仕掛けてきた不死者と人間の闘いである。
決して滅することのできない不死者たちに対抗するためにいままでいがみ合っていた国々は国家の垣根を超え手を取り合い連合を組むも消耗を知らない不死者たちの捨て身の攻撃にじわじわと戦力を削られ、もはやいよいよかという時にその者たちは光を纏い現れた。異界よりきたりし彼らは異質な力を振るい不死者たちを撃退しこの地に安寧と栄光をもたらした。
人々は彼らを【勇者】と呼んだ。
伝説によれば勇者は一騎無双の力を持ち忌み嫌われる不浄なる不死者どもを退治したという異能の力を保有するとのことだが、いったいどれほどの真価を持つというのか。そう考えるとこの身に流れる血が震えてくる。
もし力が本物であればこの国はとんでもない爆弾を抱えてしまったと考えれる。
勇者の伝説はこの世界で有名なお伽噺である。勇者の存在が周知の事実となれば各国との戦力バランスが崩れ戦争になってしまう可能性もある。
教会の立場からすれば周辺諸国の統治のために勇者を聖王国の聖戦士としてその力を運用する心算なのだろうが、王たる我としては勇者伝説の威光を借りて国内で勝手をやる貴族連中の動きを牽制したいのだが・・・
「ですが少し問題が・・・」
「何だ?」
「勇者の中に一人、召喚の際に大けがをした者がおりまして・・しばらくは治療に専念しなくてはなりません」
「ふむむう、そうか。勇者はこの国の財産だ。なんとしてでも生存させるのだ。それとけっして失礼のないようにするのだぞ」
「・・・・仰せのままに」
・・・すぐに使うことはできないか。まあ遥か遠い世界から召喚されたのだ。他の勇者たちもさぞかし困惑しているのだろう。時間をかけて慣れさせるしかない。それにこれからの事で忙しくなる。
まず間違いなく勇者の所属先が問題になるだろう。
儀式がうまくいったのは教会の人間のおかげなのかもしれないがそれで勇者の全てを持っていかれるというのはなんとも面白くない話だ。
儀式に必要な資金を捻出してるのは誰だと思っているんだ。こちらとしても教会が動く前になんとしてでも我が陣営に引き込む必要がある。召喚する確信があるからこそ行動に移したのならば、懐柔がすぐに入る事だろう。対してこちらはまるで準備が出来ていない。完全に出し抜かれた形となる。
――――――時間は有限だ。ならば我自ら動くしかあるまいよ。
「勇者たちの顔を見たい。とりあえず残りの三名をここに連れて・・・いや我が直接出向こう!」
「ッ!御身自らですか!?しょ、召喚の儀式でさすがの勇者たちもお疲れののようですので、明日にされてはいかがでしょうか・・?」
「ならぬ!突然この国に呼び出されているのだ。さぞかし不安がっていることだろう。精神上観点から直接赴いて王である我が召喚された経緯を話す」
「な、なにも王自らそこまで・・(まずいな、このままでは教皇様と鉢合わせになってしまう)」
「これからこの国に尽くしてもらうのだ。それが誠意であろう!!それに儀式の際多くの犠牲者が出たのだろう。召喚に尽力した者も儀式の礎に為った者も労いたい。親衛隊隊長、すぐに準備を」
「仰せのままに!」
脇に控えていた親衛隊隊長が隊員にテキパキと指示を出す。これからしばらくは教皇派と聖王派の間で暗闘が始まるだろう。きっと死人もでる。大事になれば面倒な帝国や無理やり統合した国々などに潜む不穏分子どもに付け入る隙を与えてしまう。
どのみちいつかは表舞台で活躍させることになるのだ。勇者の存在を明るみに出せば必ず何かしらの派閥へと取り入れようとする勢力が湧いてくる。
勇者の立場を宙ぶらりんな状態にしておくのはよろしくない。だからそれまでにある程度の地ならしを行う。
―――――――――すべては我が国の繁栄のために。