8.刺身
「さぁさぁさぁ、一体誰から死ぬのかなぁ!決められないならあたしが適当に選んでドラゴンの口の中に放り込んであげるよぉ!」
「お、お姉ちゃん、そのへんで……」
さて、さすがに人間消化ショーを見たくはないので、俺はお姉ちゃんの暴虐を食い止めることにした。
「ああ、るぅくんちょぉっと待っててね♡今お姉ちゃんこの原生生物どもをたんぱく質に分解するのに忙しいから」
「ま、待ってよお姉ちゃん!」
爽やかな笑顔でそんなことを言う姉を俺は必死になって止めた。
「ぼ、僕もうお腹すいちゃって仕方ないから――は、早くブルードラゴンのお刺身が食べたいなぁ」
「え、そ、そう?うーん、こんなゴミを食べさせたドラゴンをるぅくんに振舞うわけにはいかないし……」
――よし、もう一息だ!
「お、お姉ちゃんの作ってくれたお刺身が食べたいなぁ!今、今すぐに食べたいなぁ!」
「え――?ほ、本当に――?るぅくんが、あたしの料理を食べたいって言ってくれてる――!?!?!?!?えぇちょっと待ってヤバいヤバいヤバい幸せ過ぎて息ができないマジマジマジで!?!?!?だって料理なんて作ったら実質それはお嫁さんじゃん――はぅぅぅぅっ!?!?!?」
お姉ちゃんは顔を真っ赤にしながら目を白黒させて、そのままぷしゅーっと湯気を立ててしまった。チョロすぎないか、お姉ちゃん。
「待っててねるぅくん!!!!こんなゴミなんてほっといてすぐにドラゴンを捌いちゃうから!!」
そう言うとお姉ちゃんはもう盗賊たちには見向きもせずに、一瞬でブルードラゴンの息の根を止めると、手際よく素手で分解しだした。バキバキと骨が折れる音が鳴り、血しぶきが舞い散って盗賊たちにかかる。彼らは手際よくブルードラゴンを殺し解体する姉を見て信じられないような顔をしているが、俺にとってはもはや見慣れた光景であり、さして動揺することもない。
「あー、お姉ちゃん、この人たちは適当に縛っといて、あとで王都に通報するとかでいいんじゃないかな」
「うんそんな奴らなんでもいいよるぅくん!今鮮度を落とさないように切り分けてるからほんの少し待っててね!」
調理に集中しているお姉ちゃんの隙をついて、とりあえず盗賊たちを殺さないことの同意を得た。甘いかもしれないが、お姉ちゃんに殺戮させてしまうのも寝覚めが悪い。
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
俺の意図を理解した盗賊たちが涙目で次々と礼を言ってきた。王都に連行されて行かれたって、決して幸せではないだろうが、ここでドラゴンの餌になるよりは彼らにとってもマシなのだろう。
盗賊たちをロープで縛ろうかと思ったが、この距離にお姉ちゃんがいるなら彼らが何をやろうとしてきても絶対に対応できる。盗賊たちもそれは肌でひしひしと感じているようで、逃げたり反抗したりしようとする奴は驚くべきことに一人も現れず、おとなしくその場で座り込んでいた――腰が抜けているのかもしれないが。
まぁ大人しくしていてくれるのは助かる。次に何かしたら本当にかばいきれないだろうし、残念ながら姉の両手が血に染まるのを見ることになってしまうことだろう。
「るぅくん、できたよ~♡」
そうこうしている間に、お姉ちゃんはドラゴンを捌き終えた。少し青みがかった白い肉は、一見するとそこまで美味しそうに見えないが、俺は何度か食べさせてもらったおかげでこの味を知っている。
「ありがとうお姉ちゃん、いただきます!」
俺は差し出された肉を手で摘まみ、そのまま口の中に入れる。マグロと牛のいいところを合わせたような、ほのかな甘みのある肉の味が口全体に広がった。
「おいしい~!ありがとう、お姉ちゃん!」
「お、お、お、お、おいしいってるぅくんが言ってくれたあああああああああああっ!!やったああああああああああああああ!!!!!!!!!!!1その言葉だけで一週間は生きていけるぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!るぅくんマジ最高ううううううううううぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!」
姉は悶えながら喜んでいる。ちなみに我が家ではこんな会話が一日に何回か繰り返されるのが当たり前だった。今思うとなかなかなご家庭である。
盗賊たちが何やら羨ましそうな顔をしながらこちらを見ていたが、さすがに振舞ってやる義理はない。