6.旅立ち
「それじゃあ、父さんも母さんも本当に大丈夫なんだね?」
「ああ、これでもアマミレイアが生まれる前はちゃんと二人で暮らしていたんだ。安心して行ってきなさい」
「王都は賑やかなところだから、初めは戸惑うかもしれないけど、楽しんでくるのよ」
お姉ちゃんが王都の魔導学院に入学することが決まってから、話はトントン拍子に進んだ。両親がどこからか仕入れてくれた情報によると、今の時期はまだ魔導学院では新年度が始まったばかりで、入学試問を受ければ編入することができるという。反対に時期を逸しすぎると、編入試問に合格しても新年度が始まるまで入学を待たないといけないということだった。そこで俺とお姉ちゃんはさっそく準備を進め、今日旅立つことになったのだった。
両親に別れを告げると、俺とお姉ちゃんは旅を始めた。行商人にでも連れて行ってもらうのかと思ったら――
「大丈夫?るぅくん、お尻痛くない?」
「だ、大丈夫だけど……お姉ちゃんこそ、大丈夫なの?」
「大丈夫!あたしはるぅくんを体で感じて、むしろ幸せいっぱいだよむはははははははははははははははははっ!はぁっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ~~幸せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ♡♡♡」
俺は姉に肩車されていた。そして姉は走っていた。それで馬よりもはるかに速かった。意味がわからん。
多少変態チックな息を吐きながら、俺の下にいる姉は楽しそうに走っていく。周囲の草木はすさまじい速度で視界の後ろへとどんどん流れていった。どこかで見たその光景に俺は必死で前世の記憶を辿るが、結論は新幹線の窓から見た光景に一番よく似ているということだった。
「ごめんね~お姉ちゃん一人だったらもっと速く走れるんだけど、るぅくんが風で振り落とされたり窒息したりしないように魔法で空気の壁を作りながら走ってるから、どうしても遅くなっちゃうんだ……」
申し訳なさそうにそんなことを言う姉は、その間も走るスピードを全く緩めない。
走る場所はいわゆる街道が多かったが、大きく迂回しているような場所は街道から外れ、山や森の中を走っていくこともあった。普通の人間には絶対選べないルートも、この姉には全く関係ない。鳥や獣たちが驚いたように飛び上がり、逃げて行くのを俺は横目で眺めていた。前世の世界にいた生き物たちと多くはよく似ていたが、まれにファンタジーの中でしか見たことのないような生き物もいた。二度ほど空を飛ぶドラゴンを目にしたし、上半身は肉食獣で下半身は馬のような生き物、ゴリラよりもはるかに大きな猿も目に入った。定番のプルプルしたスライムもちょこちょこ見かけた。俺はそんな生き物たちを見てちょっとばかりテンションが上がった。これまでも姉が夕食にときどき狩ってきてくれていたが、こうして実際に奇妙な生き物たちが動いているのを見るのは初めてだ。俺は異世界に来たことを深く実感していた。
お姉ちゃんも、そんな俺の気持ちを察してくれたのか、珍しい生き物が視界に入ったときはスピードを緩めてくれた。そして、それらの名前を教えてくれる。
「あれはブルードラゴンだよ!寄生虫がいなくて刺身でも食べられるんだ」
「あっちはレッドドラゴン!よく狩ってきてるからるぅくんもわかるよね?るぅくんは覚えてないかもしれないけど、るぅくんが生まれた日もお祝いにレッドドラゴンのステーキを食べたんだよ?」
「あれはメシルコストラね!この前蒸し焼きにして食べたでしょう?」
「あれはドクノウマね!その名の通り毒があるから、調理方法を覚えないうちは食べちゃだめだよ!」
なんだか、食に関するトピックしか教えてくれないのがアレだが、ともかく優しいお姉ちゃんのおかげで、俺はこの世界の生き物についてたくさん学ぶことができたのだった。