Autumn breeze with you
夏の暑さがやわらぎ、ようやく過ごしやすい季節になってきた、そんな日曜日の午後。私は大型スーパーの洋服売り場へと足を運んだ。
店内の陳列も秋物へと移行し始めていて、夏物の洋服が値引きされていた。
私がここへ来たのはもちろん洋服を買う為だが、夏物は目当てではない為、一瞥して通り過ぎた。そして、少し歩いたところで、黒いマウンテンパーカーが目に留まった。本当のアウトドア用の物ではなく、カジュアルな雰囲気で、私でも着れそうな気がする。
手に取ってサイズを見てみると、ぴったり合いそうで、手触りも悪くない。値段も手頃で、一着あれば色々と着まわせるかもしれない。
そんなことを考えていると、視界の左側に人影が見えた。店員さんかと思い、無意識に体が硬直してしまう。目だけを動かして恐る恐る確認すると、それはよく見知った人物だった。
「……あ」
「紗耶香先輩、こんにちは」
「……和音さん、こんにちは」
和音さんだと分かると、強張った身体が解れ、気持ちも落ち着いてきた。
「……和音さんも一人?」
「えっと、家族と来てるんですけど、今は別行動していて一人です。私、ウィンドウショッピングが好きなんですけど、家族はそうでもないので、こうやって別行動することが結構あるんですよ」
えへへ、と少し恥ずかしそうに笑う和音さん。
「……そうなのね。私は服を買いに来たの」
「その服、素敵ですね。きっと似合うと思います!」
「……ありがとう。あと、菫なら居ないわよ」
手に取った服を買い物かごの中に入れた後、周りの様子を窺っている和音さんにそう言うと、
「えっ、そんなに私分かりやすいですか?」
予想通りの反応が返ってきた。
「……ええ、まあ。菫と一緒だと、可愛い服ばかり勧められるのよ」
「ああ……。じゃあ、時々着てる可愛い服は菫先輩が選んだ服なんですねー」
少し思案した後、和音さんはそう言った。恐らく、私がどんな服を着ていたのか思い出していたのだろう。
「……そうよ。和音さんは可愛い服似合うわよね」
現に、パンツスタイルの私とは違い、丈がやや長いスカートを履いている。
「あ、ありがとうございます……。そうだ、折角なので、お互いに服を選んでみるなんてどうですか?」
頬をほんのりと染めた和音さんは、予想外の提案をしてきた。
「……えっと、あんまり可愛いのじゃなければ……」
迷ったものの、折角の提案を無下にするのも気が引けるし、和音さんならそれなりのチョイスをしてくれそうな気もする為、私は了承することにした。
「ありがとうございます!」
まだ何もしていないのにそんなに喜ばれると、嬉しい反面、恥ずかしくもある。
「えっと、それじゃあ……これなんてどうですか?」
和音さんが手に取ったのは、真っ白なワンピース。セーラー服のようなデザインで、襟から伸びたリボンには、肉球があしらわれている。
とてもじゃないが着れそうにない。
「……私、さっきなんて言ったかしら?」
「すみません、つい……」
そう言う和音さんは楽しそうに見えて、提案を受け入れて良かったと思った。
それから二人で歩きながら商品を見て回った。
時折、この服は菫に似合いそう、だとか、若菜ちゃんに似合いそう、といったことを話しては二人で笑いあった。
「……和音さん、こういうのはどうかしら?」
そう言って私が手に取ったのは、白い長袖のブラウス。装飾は少ないが、襟や裾は丸みを帯びていて、女の子らしい可愛い雰囲気と、少し大人びた感じがなんとなく和音さんに似ていると思った。
「わぁ……。こういうの着たことないので新鮮です」
和音さんは軽く羽織って姿見を覗き、目を輝かせていた。気に入ってもらえたようで安心した。
ブラウスをかごの中へと移し、次は私の服を探すことに。
「あっ……!」
声を漏らした和音さんの視線の先には、一体のマネキンが立っていた。そのマネキンは、黒いワンピースの上に青いシャツを羽織り、頭には黒いベレー帽を被っていた。
「……お洒落ね」
思ったままに呟くと、和音さんの視線がマネキンから私に移り、
「紗耶香先輩、きっと似合うと思います」
と力強く言われてしまった。私が肯定的な発言をしたせいか、和音さんの押しが強く感じられた。
マネキンの傍には、マネキンが着ているのと同じワンピースが並べられていて、おまけに、試着室が目と鼻の先にあった。
和音さんに押されながら試着室に入り、少しの逡巡の後、私はワンピースを試着した。
「……どう、かしら?」
カーテンを開けて和音さんの反応を窺う。
「凄くいいです!」
和音さんは両手を重ね、真っ直ぐに私を見てそう言った。恥ずかしさと嬉しさがごちゃごちゃになり、なんともいたたまれない気持ちになった。
「……そう。じゃあ、これにしようかしら……」
カーテンを閉めて自分の服に着替える際も恥ずかしさは収まらず、もう秋だというのに汗をかきそうだった。
会計を終えて店を出ると、隣を歩いていた和音さんは私に向き直り、感謝の言葉を並べた。
「紗耶香先輩、今日はありがとうございました。すっごく楽しかったです!」
「……こちらこそありがとう。私もとても楽しかったわ。色々と驚くこともあったけれど」
「えへへ……。それじゃあ私は家族のところへ行くのでこれで失礼します」
「……ええ、また明日」
一礼して去って行く和音さんを見送り、ため息を一つつく。
まさかこんな日になるなんて思ってなかったけれど、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。