第8話 元奴隷であるアシュラの親代わりになりたい(2)
学園が大騒動になってしまった。
群がってくる子ども達をむげにすることなどできなくて、質問に答えたり、握手をしたりした。
それだけで終わらず、集まってくる先生たちもご挨拶をした。
不機嫌になっていくアシュラが一人で帰ろうとしていたので、流石に切り上げたが――やっぱり簡単には許してくれそうもない。
「いつも言っていますよね。学園の敷地内に入らずに外で待っていてくださいって」
「いやあ、ごめんごめん。どうしてもアシュラが勉強をしている姿が見たくてさ。駄目だったかな、やっぱり?」
待たせちゃったからなー。
女の子が、王様かっこいー。恋人いないんですかー? 私立候補しちゃおうかなー、とか言われて頬を緩めたのがいけなかったのかもしれない。
アシュラから歯軋りの音がしたし。
大人がいうならまだしも、相手はまだまだ子ども。
微笑ましいし、カッコいいって言われて嬉しくないはずがない。
どうしようかなー、あと十歳君が年齢を重ねて美人になったら考えちゃおうかなーとか冗談を返していたら、そっぽを向いていたし。
ここは平謝りするしかない。
「敷地内に入ったら駄目ですよ。……人気者の自覚がないから嫌です。他の女の子がユウシのこと狙っているんですから。先生だって独身なのに……」
「え? なんだって?」
「なんでもないです!」
駄目とか嫌とかだけは聴こえたんだけどなあ。
そんなに怒るってことは、やっぱり待たせたのが悪かったのかな?
最近、アシュラが冷たくなって寂しい。
出会った頃は、とことこ後ろをついてきていた。
素直で愛くるしかった。
だけど、最近は反抗期なのか怒りっぽい。
すぐにへそを曲げるし、理由を訊いてもまともに答えてくれない。
だからといって放置すれば、さらに機嫌悪くなるし。
俺にどうしろと?
何を考えているのかさっぱり。
こういう時は、アシュラが怒っている理由は考えちゃだめだ。
考えても答えなんて出ない。
だから、分かりやすくご機嫌取りといこうか。
「わっ、ちょっと!」
「お姫様、今日は空の遊覧飛行といきましょうか?」
アシュラの腕をとって、俺は宙に浮いた。
魔術スキルである『フライ』を使ったのだ。
空中を蹴って移動する『スカイムーヴ』と違って、反動がなく静かに移動できる。
街並みが一望できるまで、ぐんぐん上昇する。
恐がらせないように、ゆったりとした速度で前へ進んでいく。
まるで鳥のようだ。
「……すごい」
「眺め良いだろ?」
ギュッ、と服をつかんで寄り添ってくる。
落っことしてしまわないように、アシュラにもスキルをかけてあげているが言わないで置く。
腕に寄り添っているアシュラが、甘えてきているようで可愛いからだ。
「……こんなのじゃ誤魔化されませんから」
「はい、もちろんです」
アシュラは笑っていた。
どうやら少しは機嫌をなおしてくれたようだ。
城からの眺めとはまた別の良さがあるもんな。
少し危険だけど、たまにはこういう遊びもいいかもしれない。
「今日はなんでお迎えがこんなに早かったんですか?」
「……ちょっとね。サリヴァンがまた結婚しろ結婚しろってうるさいから」
「またですか。ユウシも観念して誰かと結婚すればいいんじゃないですか?」
「メイドが勝手に決めた人と結婚だなんてなあ。どうせだったら、自分で決めたいよ」
「だったら、もっと身近な人でいいんじゃないんですか?」
「え?」
どういうことだ?
身近な人っていっても、思い当たる人がいない。
当然のように、この異世界でも俺は恋人なんていないしな。
「見知らぬ人と結婚するぐらいだったら、仲が良い人と結婚するんだったら、ユウシだっていいってことじゃないんですか? ま、まあ、その女の人が結婚できない年齢だったら、求婚するだけでサリヴァンさんだって黙ると思いますけど」
「……アシュラ。まさか、お前」
「い、いえ、そういうわけじゃなくて――」
「サリヴァンからそういうように指示されたのか?」
「え?」
素で驚いている顔をしている。
ああ、やっぱりそうか。
いきなりアシュラらしくない話になったと思ったら、何か吹き込まれたな?
「お菓子で釣られたのか? いいか。あの人はお前が思っているような人じゃない。自分のことしか考えていないんだ。家に帰ったら俺がお菓子あげるからな、こういうことはもう止めなさい」
「違うから! 子ども扱いしないでくれます!? 最低! 鈍感!」
プイッ、とアシュラがまた怒ってしまう。
ああああ。
何がいけなかったんだ。
鈍感と言われても、何がいけなかったのか。
お菓子じゃなくて、もっとガッツリ系がよかったのか?
女の子だから甘いものがいいかなって思ったけど、まさかの肉派だったのか?
子ども扱いじゃなくて、一人前の大人扱いしろってことなのか?
分からない。
分からないけど、とにかくご飯を食べれば機嫌もなおるかな?
もう、お昼時だし。
「あっ、ほら、お昼ごはん欲しくないかー? 屋台が色々あるぞー」
「また誤魔化そうとしていますか?」
「そんなことないって! なっ! 美味しいご飯がいっぱいあるぞー」
「……しかたないですね。一緒に食べましょうか。一緒に!」
なんで一緒にという部分を強調したのか分からないが、よし、今度こそアシュラを完璧に喜ばせるぞ!