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第72話 眠れるオートマタのレイゴウ(1)

 眠らない街バベルミラージュ。

 世界最新鋭の技術力を誇り、ここで製造されたアイテムは世界各地に輸出される。一年の大半が霧で覆われ、更に家庭や工場の煙突から煙が大量に排出されているせいで視界が塞がれてしまう。

 視界が悪いことで事故が絶えないことは勿論、夜間の犯罪率も驚異的な街。

 だから大半のお店は夕方に閉まってしまう。

 その代わり、人々の朝の活動は早く、日の出と共にパン屋が店を開く。誰もが朝パン屋に赴き購入し、家に持ち帰ってバターを塗って朝食を食べるのがこの街の一般的な生活スタイルだ。どの家庭も自分の家用の釜を持っている。日本じゃ考えられないが、冷えたパンを温め直したり、ピザを作ったりするためにあるらしい。

 実際こうして道を歩いていると、歩いている人が持っている紙袋から飛び出す細長いパンがいくつも目に映る。他には鉄製の馬車やら、自転車が道を横断している。それだけの光景でもこの街の技術が発達し、上流階級の人間の生活水準は高いことが分かる。

 その人達の視線がチラチラこちらを伺うように動かされるのは、俺達の手に付けられている枷のせいだろう。手首に付けられていて、冷たい感触がする。しかも肌に喰いこむぐらいにギチギチに締められている。一日中このままだと内出血しそうだ。日本のドラマだったら手首や頭にコートをかけてプライバシー保護をしてくれているところだが、そんな温情待遇は期待できない。

「これ、痛いんだけど」

「…………」

 予想できたことではあるが、ミストヤードであるゼロに無視される。

 顔見知りではあるのだが、顔を変えているせいで俺のことを認知してくれていない。いっそのこと素性をばらしたいところではあるが、逆効果かも知れない。前回だって余所者扱いされて、対応塩だったからな。それに、ゼロは口が固い上に頭も固い。

 他人に厳しい奴は自分にも厳しいのが持論だが、それの最たる例がこいつだろう。規律を重んじ、他の人間もかくあるべきという確固たる意志を持っている。ふざけ態度を嫌うから、ギャグを振って警戒心を解くこともできない。軽口を叩いても響かないなら、本題を切り込むしかない。

「俺の連れがいると思うけど、そいつは拘束しないでいいのか?」

「……彼女ならば何の問題もない。貴様と違って暴れ回っていないのだからな」

 おもっくそ暴れていたけど、どうやらその場にいた人間の記憶を改竄したようだな。あれから見てはいないが、無事だろう。

 そのパーソナルスキルを使えば、今の俺も簡単に助けだせるはずだが、何もしてくれない。どこにいるのかさえ分からない。相変わらず、集団行動が苦手な奴だ。

「何故我々の自由が奪われないといけないのか。我々は悪辣なる盗賊団を退治した善良なる一般市民なんだがねえ」

 案がジャラリ、と手を上げて錠を見せびらかす。

「シャーロキアン。貴様は我々の捜査の撹乱、並びに妨害行為を度々重ねている。今回の一件での器物破損、過剰防衛、暴行罪などに罰せられるまでもなく、いつ逮捕されてもおかしくはなかったのだ」

「貴君らの捜査に協力しているつもりだったんだがね。かの有名な怪盗紳士から盗品を取り返したのは僕だけなのは忘却の彼方かな?」

「怪盗紳士?」

「今この街には神出鬼没の大泥棒がいるのだよ。それが怪盗紳士と名乗る男だ。紳士かどうかは甚だ疑問だが」

「さっきの盗賊団みたいなものか」

「それに関しては否かな。鮮やかな手際に大胆不敵な犯行予告。今までにない劇場型の犯罪者ってところかな」

 快楽殺人鬼や暗殺者が跋扈していた昔と違って、随分と平和になったようだ。だけど、盗難も立派な犯罪。予告を出されながら逮捕出来ていないとなると、ミストヤードの面目丸つぶれだろうな。

「よく捕まらないな」

「民間人の協力者もいるらしいからねえ」

「協力者なんているのか?」

「貴族から奪った金品を平民にばら撒く義賊という側面もあって、怪盗紳士の熱狂的なファンまで出始める始末だからねえ。ミストヤードの長官もさぞお冠だろう」

 なるほど。弱い自分達の味方をしてくれるなら協力者もでてくるだろうな。身分制度が色濃く残るこの街は、奴隷制度がなくなった今でも差別意識は強いだろうからな。

「あまりベラベラ余所者に喋るな、シャーロキアン」

「彼がいたから『黄昏より深く』の名を冠する盗賊団を一網打尽にできたんだ。少しぐらいの情報提供はやってもいんじゃないのかな」

 どうやらアンとゼロは顔見知りのようだ。

 ゼロのことはかつて訪れた時に知っているが、アンのことはあまり知らない。

「あんた、何者だ」

「名探偵だと名乗ったはずだけどね。ただ私も新参者でね。事務所を構えても依頼人が来るほどの知名度はない。だから自ら現場に足を運んで営業をかけている訳だよ。そして今この街で一番ホットな話題をかっされている彼奴を捕縛するのは、この、私、シャーロキ・アン・ホームズだ! だ、だ、だん!!」

 バババ、と手を動かしたり、足踏みしたりしながらアンはポーズを取ろうとするが、手枷のせいで全然上手くできていなかった。咳払いをして誤魔化すと、

「どこぞの税金泥棒と違いこの私は、未然に盗みを阻止したり、盗品を取り返したりしているわけだ。今回だって怪盗紳士の犯行を阻止できたのはこの私アンのおかげだということを忘れないで欲しいな」

 そうだったっけ? むしろ積極的に邪魔された気がするんだけど。盗賊団を倒したのは俺と、ビブリアの二人だったんだけどな。

「怪盗紳士が何かを盗もうとしていたのは耳に挟んでいた。他の盗賊団が出張って来たのは、恐らく怪盗紳士が情報を流したからだろう。彼は徒党を組まないが、他人を利用することはある。同じような手口を以前使ったから私には分かる」

 ただ、と納得いかないようにアンは言葉を紡ぐ。

「問題は何を盗もうとしたかだ。一体なんだったのか」

「貴様らに話すことは何もないと言ったはずだ」

 何を盗もうとしていたか俺はビブリアのホワイトアルバムで知っていることは口に出さない方がよさそうだ。なぜ知っているのか質問された時が困る。それよりも気になるのは、怪盗紳士とかいう盗人だ。

「結局、怪盗紳士とやらは現れなかったけど、どんな奴なんだ」

「その姿を確認できたことはほとんどない。声や背格好から若い男ってことぐらいしか分かっていないみたいだが。仮面を被っているから正体が分からなのだよ」

「仮面か」

 顔を偽るスキルやダンジョンアイテムがある中、仮面を被って盗みを働くってことはそこまで強くないってことか? いいや。怪盗紳士とやらは何度も盗みを働きに成功しているらしい。あの、ミストヤードからだ。

 決して弱いとは言えない組織相手を何度も出し抜いているということは、相当な実力者ってことだ。

「もっとも。この私のほとんどの手柄を、君達に横取りされていたんだけどね。散々利用するだけして、いよいよとなったら口封じってところかな」

「罪人にはしかるべき処罰を与える。それまで留置所にいてもらうだけだ。キチンと現場を調査し、目撃証言を集める。貴様らが正義のために行動しているのならば、無罪放免だ」

「正義ね……」

「なんだ、余所者」

「別に。ただ、この街の有罪率を思い出しただけだ」

「……それだけ、我々の捜査が正確であるというだけだ」

 バベルミラージュで容疑者が検挙され有罪される率は、99%を超える。それを知っていて尚ミストヤードの捜査能力が高いと感心できるほど、この街の実状を理解できていない訳ではない。

 犯罪率の高さが尋常ではないこの国ではゆったりと一つの裁判、一つの犯罪にかまけているほどの時間の余裕はない。だからしっかりと調査しないし、それにミストヤードの威厳もある。冤罪ということが世間に公表されれば、人々の信頼は地に落ちる。

 そうなれば、ミストヤードの解体だってあり得る。それならば、逮捕した人間が無罪だったとしても、有罪に仕立て上げるぐらいのことはするかもしれない。

 それだけ容疑者を犯罪者に仕立て上げるのはミストヤードにとって大切なのだ。それにも関わらず有罪率が100%でないのには理由がある。

 検挙されたのが貴族だった場合だ。

 ミストヤードの人間や、裁判官だって人間だ。権力者に対して公平な判断ができるとは思えない。少しでも態度を間違えれば自分の首が飛ぶのだ。そんな相手を冷静に有罪にできるはずもない。つまり一般人は確実に犯罪者に仕立て上げられてしまうって訳だ。

「貴様、何をしている!!」

 周りを憚らず大声で叫び奴がいたので思わず振り返る。そこには杖を持って使用人を打ちのめしている特権階級の貴族様がいた。


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