第71話 スチームパンクの中の名探偵アン(11)
「フゥ……」
アンが尻もちをつく。全身から冷や汗が出ているが、怪我らしい怪我はしていない。見た目で分かる傷はなさそうだ。
「大丈夫か? 手足震えているけど」
ただし、内面の傷はどうか分からない。
「……フッ。心配ご無用だよ。武者震いというやつだからね」
「戦闘後の武者震いは聴いたことないんだけど」
冗談が言えるぐらいには元気らしい。先ほどの戦闘センスはとんでもなかったが、どうにも締まらない。先ほどの戦いは全て偶然が重なっただけな気さえしてきた。
「歩けるか?」
手を出すと、素直に握り返してくる。口では強がっていても、一人で立ち上がるのも辛かったようだ。
「うおっと」
持ち上げようとした瞬間、急ブレーキがかけられる。予期せぬタイミングだったので、バランスを崩してつんのめる。
「わ、悪い――ブッ!!」
アンの谷間にチョップの形で手が入っているし、膝は股の間に喰いこんでいた。何がどうなったらこんな『くんずほぐれつ』の状態に仕上がるのか。
「あうっ」
動揺して身体が動いたせいで、手のひらは胸をつかむみたいに、膝はさらに喰いこんでしまった。
「ごめん!!」
「フッ。だ、だ、大丈夫だ。探偵になってから私は、男として潜入捜査をやっている。男として完璧な演技だってできるからね」
「そうだな……」
顔真っ赤だし、無意識に胸を腕で隠しているから、本当は恥ずかしくて仕方ないんだろうな。本当に申し訳なくなってくる。
……しかし、探偵になってから、か。
当たり前だけど、探偵になる前だって、アンにはあったんだよな。いつから探偵になったんだ。探偵って捜査だけして、身体能力に長けているイメージってあんまりない。迷子の猫探しとか、不倫調査とか、そういう地道な仕事をやっているだけって感じで。日本に当てはめて考えるのはおかしいが、それでも違和感があるな。探偵になる前は何をやっていたんだろう。
そういえば、まだスキルレベルを確認していなかったな。
あの戦い方だと総合スキルレベル50以上はあるかも知れないな――
ドン!! と扉が蹴り壊される。
何だと驚いていると、ぞろぞろと武装した人間が入ってきた。車窓が割られ、そこからも人間が転がり込んでくる。外にも大勢の人間が待機していて、銃口を向けられる。引き金に指をかけていないとはいえ、数十人の人間から武器を向けられたら両手を上げるしかない。
「こいつら……」
投入してきた連中は、先ほどまで眼にしていた流失した中古品ではないエクスマキナを身に着けていた。
丁寧に手入れされている装備品に、軍隊のように統率された動き。
間違いない。
こいつらバベルミラージュの治安を守るミストヤードだ。
そしてそれらを指揮するのは若い男。
「二人とも動くな」
ゼロ。
ミストヤード長官補佐であり、かつて共に戦った元盟友。
だからこそ、どれだけ頭が固いかも知っている。
「ミストヤードの名において、今から君たちを拘束する」




