第7話 元奴隷であるアシュラの親代わりになりたい(1)
学校へ行くといっても、俺が学生というわけではない。
俺はただ迎えにきただけだ。
「おっ、いたいた」
ウィーベル学園。
ここらで唯一の学園ではあるが、生徒数は日本に比べると少ない。
人口が少ないこともあるが、学園に入れる費用などを考えると幼少期から働かせた方がいいと考えるご家庭が多いからだ。
そこに通っている生徒を、俺が迎えに来たのだ。
城から遠いので、帰りは俺が迎えに来ることになっている。
朝は寝ていたいから――ではなく、王様とやらの仕事で忙しいから馬で通っているが、それでも何十分もかかるので通学は大変だ。
せめて帰りぐらいは送ってやりたいし、何より会話がしたい。
最近本当に多忙になってきた、ただでさえ会話が少なっているのだ。
「ちゃんと勉強しているのかな?」
真正面から校門をくぐったら、ちょっとした騒ぎになる。
まあ、一国の王が学園にきたら、誰だって驚く。
大騒ぎになって授業どころじゃなくなった時だってあった。まあ、その先生にサインを書いてあげたら上機嫌になったのだが……。
だから俺は静かに見守ってあげようと思う。
授業参観の気分だ。
バレないように、木の上から様子を窺っている。
親という漢字は『木の上に立って見る』って書くけど、まさにそんな感じだ。
真面目に授業を受けている少女の名前は、アシュラ。
元奴隷だった少女だ。
頭の上には角がついている。
鬼と人間の間に生まれた子どもであり、忌み子として扱われた。
親に見放された彼女は、奴隷市場で売られていた。
勇者として旅をしている途中、アシュラと出会った。
彼女を商品として扱っていた奴隷商人と、俺達勇者パーティーはひと悶着あった。
結果的に、その奴隷商人を倒して奴隷達を解放した。
それから元奴隷達だった人達は、みんな思い思いの場所へと行った。
自分の故郷だったり、新天地だったり、子ども達は教会など保護してくれる施設に行ったり、冒険者になったりする人だっていた。
その中で唯一、旅に同行すると言ってついてきたのがアシュラだった。
もちろん、彼女はまだ十歳で、過酷な旅の途中だったので旅に同行させることはほとんどできなかったのだが、それでも長い付き合いで仲間だ。
最後まで世話をしてあげたいと思って、学園に通わせている。
勉強して、スキルを磨けばいい就職先が見つかる。
もしくは独立して、新しい事業を起こすことだってできる。
日本と違ってまだまだ発展途上なところがあるから、独立も夢じゃない。
沢山の可能性が彼女にはある。
最早親代わりとなってしまった俺としては楽しみであり、心配でもある。
「私達のいるこのウィーベルには、城下町があります。城ができたのは最近のことですが、どうして城下町がこれほど短期間で発達したか分かりますか? ベンティス君」
「あっ、えっ、と……」
窓越しの教室では、授業をやっている。
授業内容は社会科みたいなものかな?
眼鏡をかけた真面目そうな先生が、男の生徒に問題を問いかけている。
「……城があるからですか?」
「もっと詳しく」
「えっ、城があるから、その城を建てる人がいて、それからその建設作業をする人達には食糧とか休むところが必要だから、人が増える、とか?」
「その通りです。よくできましたベンティス君」
へえー、こんな風な授業もやるんだー、と身を乗り出すとガサッと木の葉が揺れる。
「まっ、まず」
先生がこちらをチラリと一瞥するが、何の反応もない。
咄嗟に陰に隠れたから見られなかったかな?
先生が授業を続ける。
「あの城ができたから人々が増え、住む場所が増設され、文化が栄えるようになりました。ですが、どうしてこのウィーベルという小国にお城が建てられたか分かりますか? アシュラさん」
おおっ!
アシュラがあてられている!
答えられるのか?
うちの子は優秀なのか?
「それは――かつてこの世界を救った勇者が召喚された王都から距離が近かったからです」
「その通りです。私達の世界を救ってくださった勇者様は、召喚された国の王になることを拒否しました。そしてこのウィーベル国に自らの城を建てたのです。そのおかげでこの町は発展したので、私個人としては勇者様に感謝しています」
おおお。
うちの子、かなり落ち着いていないか?
流石に数々の修羅場をくぐってきただけのことはある。
答えも的確だし。
他の子どもに比べて頭いいんじゃないのかな?
うちの子って、もしかして天才!?
しかも、超絶可愛いし。
気のせいじゃなければ、アシュラが話している時、男子からはあ、と幸せそうな溜め息をついていた。
もしかして一丁前にアシュラに恋焦がれているんじゃ!?
くっ。
アシュラをやりたくない!
うちの子に手を出すなら、まずは世界最強の俺を倒してからにしろ!
「先生!」
「どうしましたか? ダニオス君」
「どうしてぇ、勇者様は召喚された国で王様にならなかったんですかあ?」
「そうですね。残念ながらその答えは私にも分かりません。噂によるとその国の王女様と結婚するのが嫌だったからとか、新しい国を建国するつもりだからとか、色々とありますが、どれも推測の域は出ていません。その真相は誰にも分かっていません」
キラリ、と先生の眼鏡が光った気がした。
「――ですので、ご本人にお聞きしましょうか」
先生の視線を辿って、みんなが俺に注目する。
「えっ、うそ」
「勇者様だー。すげー」
「王様だー。王様ー!!」
うわー、あの女の先生気がついていたんですね。
授業時間もそろそろ終わりということで、先生なりに生徒を気遣ってサービスしてくれたんだろう。
でも、この注目の仕方はまずいかもしれない。
「あはは」
乾いた笑いをしながら、手を振りかえす。
生徒はみんな笑顔だったけど、一人だけ例外がいた。
アシュラだけは自分の保護者が目立ったせいで、嫌そうに顔を歪めていた。