第68話 スチームパンクの中の名探偵アン(8)
車両の外に飛ばされた。
どんなスキルを使ったのかは不明だが、何もしないままでは地面を高速で転がることになる。
「くっ!!」
スキルの『フライ』で中空を静止する。
が、このままでは、置いてけぼりになってしまう。
だからといって、空中では『縮地』は使えない。
例え『スカイムーヴ』を使ったとしても、最新蒸気機関車に追いつけることなどできない。
既存のスキルでは、完全に詰んだ状態。
こうなったら『スキル合成』を試すしかない。
この世にまだ存在していないスキルを創造する。
最近眼にしたパーソナルスキルは2つ。
それが『ベクトルキャノン』と『スライム』。
どちらにも問題点がある。
ベクトルキャノンは、速すぎるために方向転換が効かない。
予備動作が大きく、敵に動きが読まれやすい。
スライムは、接触しなければ物を柔らかくすることができない。モンスターのスライムのように、弾力のあるものに変えることができない。
使用者である鎧の女は上手くパーソナルスキルを活用していたが、俺はまだまだ使いこなせていない。
二つのパーソナルスキルは、戦闘に生かしづらい。
だけど、二つを合わせれば?
長所だけを特化させた使い方をすればどうだ?
「やってみる価値は……あるっ!!」
まずはスライムで、空気を柔らかく弾力性のある物質に変異させる。
それを足場にして空中で静止するとともに、勢いをつけるためにつま先に力を入れる。
ロケットスタートする陸上選手のような姿勢になる。
それから両手は銃の形を取る。
ベクトルキャノンと縮地の推進力を合わせれば、高速で移動する蒸気機関車に追いつくことができるはずだ。
これこそが『弾』力のある足場で『砲』撃のような威力で移動できる縮地。
「『砲弾縮地!!』」
景色が歪む。
眼もまともに開けられないほどの速度。
肉体への負荷がいつもの比ではない。
だが、一瞬で追いついた。
「あ――」
生き物のように壁は未だに蠢いて、閉じようとしていた。
壁が閉じきる前に肉薄できた。
自称名探偵が言葉を発し終えるよりも前に、俺の両の手が腹部に突き刺さる。
「があっ――」
アンと共に反対側の壁まで突っ切る。
バラバラに壊れた壁に、アンの半身が飛び出る。
このまま落としてやろうかと思って腕を上げたら、ギシッと鈍い音がした。
「これは……」
蜘蛛の糸のように張り巡らされているのは、鉄。
色の付き方からして、列車の鉄をそのまま加工しているのが分かる。
この粘着性のある鉄の糸に絡まれて、速度が落ちたらしい。
拳の手触りも明らかに違う。
鉄の糸を編んで、まるで鎖帷子のように俺の拳の威力を殺していた。
ああ、そうか。
列車がまるで生き物のように蠢いたのは、列車そのものを糸のようにしていたためか。
「なんて……速度と威力。……が、私には通じないのだよ」
頭から血が流れている。
壁と激突して頭を打ったのか。
だが、その程度の傷で済んでいるだけで、脅威を感じる。
「『緋色の糸』」
ガシャガシャガシャンと、後方から鉄の糸が編まれる音がする。
形作られたのは無数の武器。
剣や槍が造られていく。
「くそっ!!」
串刺しになる前に、こちらから仕掛けて攻撃キャンセルを狙う。
お互いに接触するぐらいの至近距離にいると、どうしても攻撃の幅が狭くなる。
そして、距離がない分、威力も弱くなる。
だから肉体ではなく、内臓器官を攻撃する。
指を握り締める『拳』ではなく、手の甲を使った『掌打』を使う。
脚や拳よりも内部に衝撃に伝わりやすい攻撃方法だ。
肋骨の骨の間を狙って、肉体の柔らかい部分を手の甲を下から上に突き上げる。
打点がズレないように、左手は右手を掴んでおく。
一本の槍を突き刺すイメージで、身体に突き刺す。
これが、
「『浸透槍掌!!』」
肉体が跳ね上がるほどの威力を持つそれは、鎖帷子をも破壊した。
背後に控えていた武器たちはコントロールを失い、頭に被っていたシルクハットと同時に床に落ちた。
その衝撃で、ハラリと、髭が丸ごと落ちる。
蓄えられたものじゃない。
付け髭だ。
鎖帷子が壊れ、衣服が破れる。
胸の膨らみが見え、手のひらからは柔らかさが伝わってくる。
「お前、女か……?」




