第67話 スチームパンクの中の名探偵アン(7)
第五車両。
貨物室。
そこにいたのは、中腰で荷物を物色する紳士服の男だった。
トイレから出た時に、手品紛いのことをしていた奴だった。
「「あっ」」
二人して驚きの声を上げる。
しかし、一体どうやってここに?
あの爆発が起きた時、確かに俺は目撃した。
一目散に、俺と反対方向に逃走した紳士のことを。
逃げ出したはずなのに、どうやってここに?
ここに来るまでは、一本道のはず。
必ず俺と鉢合わせになるはずだ。
それなのに、先回りされていた?
どういうことだ?
あっ……そ、そうか。
分かったぞ。
こいつの侵入経路が。
天井だ。
一度外に出て、天井を這うようにしてここまで来たのだ。
だが、それだと『黄昏より深く』の盗賊団と鉢合わせするはず。
無事にここまで到着できたのは、何故か?
それは、俺が『浸透脚』で天井にいた連中を、この『スチームパンク』から振り落としたから。その後からならば、誰であってもここまでこれた。
それとも、元々『黄昏より深く』のメンバーだからフリーパスだったとか?
爆発の瞬間の挙動を思い出す。
動き出しが早かった。
他の乗客達は慌てふためていた。
周りをキョロキョロしながら、とにかく誰かが今の状況を教えてくれると思い込んで席を立つものはいなかった。
第一車両は指定席。
より、金持ちの連中だ。
街の裏通りを歩いてチンピラに絡まれるみたいな、些細な荒事に巻き込まれることすら経験しなかった人間達だろう。
だが、紳士服の男は、すぐに踵を返した。
あの速さは、訓練を積まないと中々出ない。
ただ者じゃないと思っていたが、最初から知らされていたことだったとしたら?
遺産を守護する最後の番人だとしたら?
「そうか……」
ゆらり、と手を挙げると、指を差される。
「流浪の剣士くん、貴君は盗賊の一味だな!!」
構えていた刀を握る手が、一瞬緩んでしまった。
「……え?」
いきなり何を叫ぶかと思いきや、まるで見当違いのことだった。
「我が瞳――ゴッドアイ――は、あまりにも神々しいため、時として哀しき真実を見通す」
モノクルを日本の指で挟みこみ、不敵な笑みを浮かべる。
高い声は、まるでボイストレーニングでもしたかのように響く。
「こんな年端もいかない少年に、人殺しの十字架を背負わせるなんて。ああ、なんと痛ましい。だが、運命とは常に残酷であり、真実とはいつもみすぼらしいものだねえ」
ジェスチャーが多い。
今の会話だけでも三回以上はしていた。
それに、身振り手振りが大きい。
声の高さ、大きさといい……。
芝居がかっていて、まるで劇団員のようだ。
ここが舞台ならば映えるのかもしれないが、今、ここは戦場だ。
場違いだし、うるさくてかなわない。
「どういうことですか?」
「おっ、と。今になって隠蔽しようとしても無駄だよ。私にはすべてお見通しだ。貴君のその膝にかかっている血、それは返り血だね?」
確かに、それは返り血だった。
あれだけ『黄昏より深く』の連中を、斬ったり殴ったりしていれば返り血ぐらい服に付着するだろう。
「傷という傷は見当たらないようだし、血の付き方して、貴君は傷を負っていない。彼ら盗賊相手に貴君のような少年が無傷で、この車両にたどり着くはずがない。……つまり、貴君は無抵抗の乗客を殺してここまで来た。それができるのは、盗賊の一味だけ。どうだい? 狂いなき我が推理!! それもこれも灰色の脳を持つこの私にしか辿り着けない真実だ!!」
全部狂っているだろ、推理。
特に頭狂っているな、この人。
確かに、傷口から溢れた血と、返り血では付き方が違う。
前者は服の内側から滲むように。
後者は服の外側から付着するように。
一見しただけでそれを見抜くのは大したものだけど、推理の方向性がまるで違う。
推理とは、客観的視点による論理的な思考の行き着く先。
だが、こいつの推理もどきは違う。
ただの願望だ。
こうあって欲しいという主観的な想いのせいで、都合のいい真実を作りあげている。
「ちなみに、あんたは誰だ?」
「いい質問ですねえ。私は眠らない国にその名を轟かす『名探偵』こと、だん、だだん!!シャーロキ・アン・ホームズ」
ナチュラルに狂人だな。
ちなみに『だん、だだん!!』のところは効果音だ。
何やら自前の振り付けの時に、無駄にキレッキレッな腕の動かし方と同調していた。
戦隊もので変身するときにやる、謎のポージングみたいだった。
自分に酔っているタイプか?
だが、アホすぎて嘘はつけなそうだ。
どうやら、盗賊団の一員ではないらしい。
名探偵ならぬ迷探偵ではあるようだが。
「名探偵ね……。今すぐ転職をおススメするよ。俺はただ乗客で――」
「聞く耳は持てないよ!!」
銃声。
銃弾は靴を掠めた。
足を上げていなかったら、足の指が負傷していたかもしれない。
アンのポケットには銃弾でできた穴と、硝煙が出ていた。
ポケットの膨らみと、いきなり手を入れる行動を不審に思ったから避けられた。
威力の低さと携帯できるほどのサイズ感。
護身用の拳銃か?
そんな装備品は、『黄昏より深く』が持っていなかったのだから自前なのは確かだ。
「あ――ぶなっ」
「蛇は禁断の果実を食べさせるために嘯く。悪党の言葉など聞くに値しない」
銃を連射する。
だが、ポケットの中に入れたまま発砲して動きが制限されているせいで、どこに向けて撃つか、ある程度の予測はできる。
「運命に翻弄されるしかない子羊は、私が縄で繋いであげよう。往く道迷わぬようにね」
「言葉が通じないタイプらしいな!!」
縮地を使い一瞬で距離を詰める。
そうしようと思った矢先、躓く。
「な――、んだ!?」
床がまるで足に絡みついたようだった。
高速で動こうとした反動で、体が浮かび上がった。
首を下げて確認すると、床がめくれ上がっていた。
俺が踏み出した時、異常なんて何もなかったはずなのに。
何かやったのか!? この自称名探偵が!?
「くっ!!」
アンは両手を床につけている。
床に魔力を電導させて、床に干渉したのか!?
着地するまでもう間がない。
飛び出してしまって、アンにぶつかりそうだ。
空中では体勢を整えることもできない。
なら、このまま体当たり気味に攻撃してやる。
刀で一閃する。
だが、
「避けた!?」
未知の現象に混乱して、僅かに速度を落としたとはいえ縮地のスキルが見切られた!?
と、驚愕していると、
「うわああああああああ」
あちらはただ単に、こけただけのようだ。
ゴロンゴロンと無様に転がる。
偶発的に避けたようだ。
「ふっ、余裕だ」
「嘘つけ!!」
アンは起き上がらず、両手を床につけたままだ。
やはり、魔力を任意の場所に移動させるのではなく、魔力を電導させることしかできないのか。
大体分かってきた。
注視すべきは、床。
どうやらこいつは、床から攻撃を仕掛けることに特化したスキルが得意らしい。
だが、そればかりだとどうしても攻撃が単調になる。
護身用の拳銃を持っていたのは、その弱点を補強するためか。
銃口のサイズからして、直撃してもそこまでダメージを負うわけではない。
惑わされずに、床に干渉するスキルの初動を見極めるのが大事だ。
偶然とはいえ、俺の攻撃を避けたのは事実だ。
気を引き締めなくてはならない。
「強い……。だが、知っておいた方がいい。どれだけ貴君が強くとも、力が交わることなければ、あなたのスキルは『無力』と同義であることを」
「……なんだ、逃げるのか? 俺としてはそっちの方がありがたいけどな」
「まさか。ただあなたは『初見殺し』というやつに膝を屈することになるだけだよ」
「? ……なんだって?」
「さようなら。再び貴君に会えることを祈っています」
突然。
床に、俺を中心とした円形の穴が開く。
「え?」
落ちる。
高速で移動する蒸気機関車から振り落とされたら、最悪死ぬ。
穴の大きさはどんどん大きくなっていっている。
だが、まだ縁に手を伸ばせばギリギリ届く。
手を伸ばして円の縁を掴み、足をかけて跳躍する。
万事休すと思いきや、
「がっ!!」
背後を強打する。
床が鞭のようにしなって攻撃してきたのだ。
そのまま壁にぶつかると思いきや、壁が蠢いて俺を避けた。
俺は為す術もなく、外に放り出された。




